うさぎの楽器やさん

銀色月

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<やまねこのふえ>のお話

60 協奏曲 第三楽章

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短い休符を感じた後、
インコ先生が、羽根を振り下ろします。

冒頭から、打楽器と管楽器の破壊的なフォルテッシモが、落雷を表現します。

嵐が来るのです。


クラリネットとフルートが、風のメロディーを吹きます。
雨雲を呼ぶ、しめった風が、
長いフレーズで吹き抜けてゆきました。



やまねこは、崖の上にたち、
森と空のようすをみています。

灰色と黒い雲のうずが、
だんだんと、迫ってきました。

ホルンと管楽器の低音メロディーに、
バイオリンがアクセントをつけて不穏な空を表現します。


かつてないほどの、
とてつもなく大きな嵐です。



また、しめった風が吹き抜けます。


ぽつぽつ、と雨が降り始めました。


森の動物たちは、嵐にそなえます。
ここから逃げなければならないものもいます。

弦楽器の継続的なスタッカートが、
危機感をしめしています。


小鳥たちは、雨がひどくならないうちに、この森から逃げることにしました。
でも、ヒバリは、やまねこのそばを離れなかったため、強い風にあおられて翼を痛め、
風の中を飛べなくなってしまいました。

悲鳴のようなフレーズを
テンくんが演奏します。

雨が、激しくなってきました。



やまねこは、崖の上に立ち、
嵐に去るように頼みました。

ニノくんがふえを吹く姿は、
崖の上で雨と風に打たれて、嵐と対話する、そのものに見えました。
どこかの森で見たような気さえしてきますね!
 

嵐は、やまねこに答えます。

嵐の声は、チェロが演奏します。
チェロの音は、声のように聴こえるときがありますね!
配役にピッタリで、ほんとうにすてきです。

嵐は、ここを去るかわりに、
やまねこの命を欲しがりました。

やまねこは、戦います。


ニノくんの演奏は、鬼気迫るものでした。
ニノくんの奏でる音の振動が、
肌に、心に、伝わります。

息づかいまでもが魅力的で、
自信に満ちた音色の芯に、青い炎の色が見えてくるようでした。


ふえは、
ニノくんがほんとうに連れていかれると感じました。

ふつうのふえなら、なんでもないクライマックスの演奏です。でも…、
今日のニノくんは違いました。

喜びを知った1stのふえを吹いているのです。


どこまでも、どこまでも、
ニノくんの表現が、伸びていきます。

もちろん、あの魔の音を、たくさん使います。


でも、ランの2ndがカバーしているので、
聴いている動物たちには影響ありません。

ただ、一度勢いを失った銀色トウヒは、
どんどんダメージを受けていきました。

しかし、銀色の森の動物たちは、
だれひとり席を立ちません。


ここにいるだれもが、
このニノくんの演奏は、いま、ここでしか聴けないことをわかっていたのです。

たとえ、また次に同じ曲を聴く機会があったとしても、
それは、まったく違う状況の、
まったく違う演奏なのですから。



全身全霊をかけて、
演奏する喜びを、
ニノくんは、1stのふえに吹きこんでいました。


 ふえが好きで、

 最高のふえとめぐり合って、

 いま、ここに、
 演奏している。


 みんな、ありがとう。

 ぼくは、ふえが好きだ。
 ぼくは、幸せなんだ。







連れていかれる!

1stのふえは、ニノくんが天に連れていかれるのがわかりました。



だから、


割れたのです。

冬桜の枝でつくられた横笛の、
吹き口からヘッドの方に向かって、
き裂が入りました。



 ニノくんを連れていかないで。

 ダメだよ。

 ニノくんは、そっちにいっちゃ、
 ダメなんだ。


1stのふえが演奏不能になったのがわかり、
すかさず、ランが代吹きに入りました。
 

嵐は、やまねこの音楽の美しさに感動し、
命を取るのをやめて、去っていきました。

雨は止み、雲の間から光がさします。


森の動物たちは、助かったことを知ったのです。


コンサートマスターの演奏するヒバリが、
傷んだ羽根で、ぎこちなく、やまねこのもとに飛んできて、
優しく、安堵の歌を歌います。



 さわやかな風。

 そして、虹です。

ここも、弦楽器に加えて、オルガンが助演し、
これが終曲となりました。
 



銀色の森の動物たちは、
音がきつ立して、舞い上がるのを見ました。

虹の音は、カサカサになった銀色トウヒの葉を払い落として、
まっすぐに空に向かったのです。


虹が通ったところから、
さんさんと強い光がさしこみ、
音楽堂は、かつてない明るさをたたえて、終演を伝えました。









 ブラーーボゥ‼︎

タヌキのグラハムさんが、声を飛ばしました。
虹の後を追って、空を見ていた動物たちは、我にかえってワァッと拍手をしました。

割れんばかりの
拍手喝采でした。
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