うさぎの楽器やさん

銀色月

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<やまねこのふえ>のお話

44 ヒーロー

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「ドコマデ、キタノダロウ。
 モウ、ボクガイタトコロガ、ミエナイ。
 オモイダセナイ。」

『大丈夫。一緒にいるから。』

「イッショニ…。」

『そう。君と僕だからこそ、ここまで来れた。
 もっと、先に進もう。
 この先の世界を、君も見たいだろ?』

「ウン。イッショナラ、コワクナイ。」

『僕だって、そうさ。』



オークとレノさんは、うさぎの楽器やさんより先に、オークのお店がある丘の南西の斜面にたどり着きました。

カラスたちの姿は確認できませんが、
必ずどこかで見ているはずです。


南西の斜面には、大きな木がはえていますが、数はまばらで、
視界はそれほど悪くなく、眼下には銀色トウヒの群生地と、
その向こうに小川が流れているのが見えます。

その先には、動物たちの住処があります。


オークは、この場所にあまり入ったことがありませんでした。

足場が悪くて危険でしたし、お店に必要なお茶になる葉っぱや花やフルーツがないからです。


少し下の斜面に突き出た岩の上に、ふえを吹いているニノくんの姿を確認しました。

ふえの影響は、受けていません。

途中から、やけに上手い2ndの演奏が、支えてくれています。

うさぎの楽器やさんではないことは、わかりますが…、

「誰かわからないけど、助かった!」
オークは、足場の悪い斜面をニノくんに気づかれないように降りていきました。


とにかく、ふえを確保できれば、
それから先は、うさぎの楽器やさんならどうにかできるという確信がありました。


大きな木の枝をつかみながら、斜面をおりますが、
演奏にまぎれても、枯れ枝をふんでしまったら、異音に気づかれてしまうでしょう。


 慎重に。

そのとき足がすべって、つかんでいた木の枝の方が、パキッと音をたてて折れるなんて、
物語には当然の展開ですよね!


ニノくんは、ハッとオークに気づき、
こちらを振り返りましたが、
同時にカラスたちの鳴き声を聞いたため、
空にも気を取られて体制をくずしました。


いくらやまねこといえども、ここから滑落しては、ひとたまりもありません。

バランスを立て直すことができず、
ゆっくりゆっくり、
傾いていきます。

ついに軸が岩の上から外れ、
落下を止められなくなる寸前のニノくんの身体を、一点、
支える手が伸びました。


レノさんの右手です。

左手は、近くの木から延びたツルをつかんでいます。


その一点の支えにより、ニノくんの身体の軸は、岩の上に戻ってきました。

レノさんの右手は、そのままニノくんの腰をつかまえ、
その反動を使って、左手につかんでいたツルを離して、
両手でニノくんを抱きしめました。


すこしの間、岩の上で。
ニノくんは、手足を投げだしてレノさんに抱きしめられていました。

驚いて見開いていた目は、ゆっくり閉じられ、
レノさんの体温を感じているようにも見えました。



ところが、
ぶらりと下げてふえをつかんでいたニノくんの左手が、ピクリと動いたとたん、
レノさんにゾワっと悪寒が走ったのです。

北の森でニノくんと組み合った時に感じたのと同じ恐怖でした。

「あの時よりも、さらに強くなっている。」


恐怖は、レノさんの毛穴からじわじわと入り、神経を侵していくように奥に奥に入りこんできます。

全身から冷や汗が出てきました。



ここで手を離すというなら、
それは諦めを意味すると、レノさんにはわかっていました。


 かなわない。

 自分のちからが。
 成し遂げようとしていたことが。

 血のつながりも、
 このふえには、かなわない。



レノさんは、とうとうちからが入らなくなって、ヒザから崩れおちました。

ニノくんと入れ替わりに、
レノさんの身体が南西の斜面に吸い込まれるように落ちていきます。

それを追うように、すぐさま青い湖のある森のカラスと北の森のカラスが飛んでいきました。


ザザザ、ザザ、ザザ、と、
斜面をすべりおちるレノさんの身体にカラスたちが追いつき、
くちばしで服の端をひっぱりながら力強くはばたき、なんとか勢いを止めました。

斜面の途中で止まったレノさんは、傷だらけになっていましたが、
気を失ってはいませんでした。

心配そうなカラスたちに見守られながら、
うっすらと目を開けると、
その目にぼんやりうつったのは、
眼下の山道を走ってくる白いうさぎの姿でした。

「はは…。」


カッコよくもない、ただのおじさんうさぎが、汗だくになって走るすがたは、
ちょっと笑いを誘いましたが…。

なによりも、
誰よりも、

このうさぎがスーパーヒーローに見えたのです。
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