うさぎの楽器やさん

銀色月

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<やまねこのふえ>のお話

29 ふえの声

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ニノくんが、ふえと話ができるようになったのは、
あのお披露目コンサートの後、
銀色の森を出て間もなくのことでした。


数日、あてもない旅を続ける中、
時々ふえを吹いていたのです。


『ねえ、今の音、ちょっと低かったよね。』

それまでにも、ふえと気持ちが通じ合うような感覚は、何度かありましたが、
はっきりとふえの声をきいたのは、
その時が初めてでした。


それから、ふえを吹くたびに、ふえの声をききました。

『いい音だね。』

『そう。それでいい。』

『どうしたの?今日はあまり響かないね。』

ふえは、励ましたり、もっといい吹き方をおしえてくれたり、
褒めたりしてくれました。


そのうちに、ニノくんは、
ふえの声に答えることができるようになりました。

「わかった。」

「どうすればいい?」

「いまの、良かったよね?」

すると、またふえが答えてくれるのです。
『そう。その調子。』

そんな会話は、ふえを吹いている間にだけ、やりとりされていました。




北の森のレストランやお店がならぶストリートの一角。
ちょっとした広場になっているところで、
ニノくんはふえを吹き始めました。

ふえと話をしなければならなかったのです。
今すぐ。

ニノくんは、少しイラだっていました。


だんまりを決め込んでいるふえに、
答えさせるには、ふえを吹くのが一番はやいのです。

「なんで、こんなことしたの?
 クモのマダムの曲が嫌なのは分かるけど、   
 ぼくの気持ちは、分かってくれないの?」

すると、ふえは答え始めました。

『もう、その曲、やめなよ。』

「どうして?」

『きみは、もっと、やれる。
 そんな曲ばかり吹いていたら、
 感覚が、さびついてしまうよ。』


「この曲なら、ぼくはみんなに喜んでもらえるんだ。
 しってるだろ?」

『みんな、きいてなんかいないじゃないか。

 音楽が、鳴っているのを聞き流しているだけだよ。』


「…それは、わかってる。」

『きみは、それで幸せなの?
 きみのほんとうの心は、喜んでいるの?』


 喜んでる?自分が?

そんなこと、考えたことがありませんでした。
ニノくんは、ただ黙り込んで、ふえを吹き続けていました。


ただ、そのふえとニノくんのやりとりの様子は、
ストリートでステキな笛ふきが演奏会を開いているように見えましたから、

いつの間にか、動物たちが集まり、
ニノくんのふえの音に聴き惚れていたのです。

もちろんその曲は、クモのマダムの曲ではありません。

ニノくんは、動物たちが集まっていることに気づいていましたが、
かまってなどいられませんでした。


心が喜んでいるかといったら、どうか、わからない。
ふえを吹いて、夢中で、
どうしようもなく満たされていたのは、いつだったか?

その感覚を知っていながら、
ぼくは、ガマンしているの?

磨いた感覚の先には、まだ見ぬものがあるというのに?
 
ニノくんのふえの音は、久しぶりに冴えわたり、その絶妙な技巧を存分に発揮していました。


そして、とうとう、
ギャラリーの動物たちの中の、感受性の豊かな者に、変化が現れました。

タヌキのお姉さんは、しだいに湧いてきた不安な気持ちが抑えきれなくなって、
涙が止まらなくなり、座り込みました。

気分が悪くなって、その場に倒れこむ者も何人かいました。


それでも、ニノくんは演奏をやめません。
考え込んでいるのです。
勝手に聴いている者のことなど、知ったことではありません。


ギャラリーの動物たちが、騒然としだします。
「あれが、ふえ吹きのやまねこじやないか?」という声もきこえます。



その時、ニノくんは肩を強くつかまれ、
ふえから口が離れました。

それでも、夢の中にいるように、まだ目は宙をさまよっています。

「おい!」

ハッとして我にかえり、顔を上げると、

そこには、自分とよく似たやまねこが、
こちらに強いまなざしを向けていました。
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