うさぎの楽器やさん

銀色月

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<やまねこのふえ>のお話

28 罠

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罠なんていうと、
大人の社会の危険な罠を想像してしまいそうですが、

きつねの若者たちが考えたのは、やまねこを誘導して、
少し深く掘った穴に落として捕まえようという、落とし穴作戦でした。

ついこの前まで、素直な子どもだった彼らですから、ご安心を!


月の丘に登る道の途中の、悪い桜の株があった場所より、もう少し上のほうに、
ちょうどカーブになっていて、見通しのわるいところがあるので、
そこに仕掛けをつくります。

やまねこが、まんまと穴に落ちたら、
網を掛け入れるのです。

網は、ジャスミンのつるで編みました。


きつねの若者たちは、本格的ないたずらを許されたみたいで、ワクワクしています。

しかけは、やまねこがいない間のわずかな時間で、手際よくつくり込むため、
メンバーのリスが、やまねこが月の丘を下りて街に向かうのを、木の上で見張っていました。

でも、リスは首をかしげます。

やまねこの姿は、どうも話に聞いて想像していたのと違うのです。


リスは、ふえ吹きのやまねこを実際に見るのは初めてでしたが、
カラスたちや白キツネが言うやまねこの姿とは、かけ離れていたのです。

自分たちより、少しお兄さんの、
なんの変哲もない、オーラも感じない、
ふつうのやまねこなのです。
…ふつうよりはちょっと美形かな?
森を潰してしまうような悪者?
とてもそうは見えません。


その頃のニノくんは、栄養も行き届いて毛ヅヤもよく、
クモのマダムの曲を吹いているだけで、気持ちが落ち着き、
心が満ち足りていましたから、

よくいる、健康で美しいやまねこの姿にすっかり戻っていました。



このやまねこで、間違いないんだろうか?

…でも、他に該当するやまねこもいないので、
リスは、そのやまねこが丘をおりていくのを確認して、GOサインを出しました。
 


その日、ニノくんとふえは、なんとなく息があわず、
いつも立ち寄る、りんごのお酒のおいしい店で演奏した時に、
思いどおりの演奏ができませんでした。

ほろよいのお客さんに、音の調子が良くないことをからかわれましたが、
ニノくんは、そのお客さんにごちそうになりながら、楽しそうにしていました。


しかし、ふえは、そうではありませんでした。
「こんな曲ばかり吹いているから…。」
ニノくんの冴えわたる感性が
どんどん鈍っていく。

それに、ゆるい環境に慣れてしまって、
全てがなあなあの演奏になっているのです。


ふえは、悔しくて、悔しくて、
ニノくんのほんとうの力を見せつけてやりたいと思いました。

だから、次のリクエストが来た時に、
ちょっといじわるをしたのです。

ニノくんは、また違うお客さんに頼まれて、クモのマダムの曲を吹きました。
ところが、思った音程が出せないのです。

自分でねらった音が、まるで磁石にはじかれたように、外されてしまいます。

「どうした、どうした!」
お客さんたちは、ニノくんが上手だろうが下手だろうが、どちらでも構わないくらい、
たいして真剣には聴いていなかったくせに、

できないとなると、おもしろがって、からかい始めました。

「あれぇー?」
「ガクッ」
「おいおい、オレの方がうまいぜ。」
「ちょっと、かしてくれよ。」

ニノくんは、何を言われても怒ったりしませんでしたが、
ちゃんと演奏できないのに、ごちそうになっているのは気が引けたので、
動物たちがひとしきりからかい飽きてこっちを見なくなったところで、
そっと店を出ました。



「なんで、そんなことするの。」

ニノくんは、歩きながら、ポツリとふえに話しかけました。
ふえのしわざなのは、わかっています。
でも、ふえは答えません。

ニノくんとふえは、今やちょっとしたコミュニケーションなら、いつでもとれるようになっていました。

ききたくなくても、ふえの声が聴こえてくることだって、ありましたから。
ニノくんのつぶやきも、ふえは、きいているはずです。

ただ、複雑なやりとりとなると、演奏を介していないと理解できません。

逆に言うと、演奏を介してなら、
かなりはっきりとコミュニケーションがとれるのです。

銀色の森を出てから、ずっとそうして、
ふえとだけコミュニケーションをとってきたのですから、
むしろ他の動物と話すよりも、ニノくんにとってはラクでした。


ふえが、何も答えないので、
ニノくんは、お店がならぶ通りの中にある、ちょっとした広場になっている場所で立ち止まり、
腰の高さの石段に座って、
ふえを吹き始めました。
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