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<やまねこのふえ>のお話
23 月の丘再び
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今日は、満月ではありませんが、
丘の上は、影ができるほどの明るさがあります。
風は、そよぐ程度。
なんとも気持ちのいい、夜の空気です。
月明かりに照らされて、
ニノくんは、また、クモのマダムの曲を吹き始めました。
クモのマダムの曲は、ステキなメロディーです。
無理なく演奏できる音域の音が使われており、
たいした技巧も必要ありません。
でも、何度聴いても飽きないのは、
やはり、メロディーがいいからに違いありません。
でも…、
「こんな曲ばかり吹いていて、いいの?」
また、聴こえました。
この間から、聴こえないふりをしていた「ふえの声」が、
今は、強く聴こえます。
「ぼくたち、できる限りの音楽を奏でようよ。
ねえ、もう、つまらないよ。
魂がふるえるような、音を出そう。」
ふえの声が、いっそう強くなったのは、
この月の丘が生まれ育った場所で、
ふえにとって、慣れ親しんだ環境にいるからなのでしょう。
この場所が、そんな特別なところだとは、
ニノくんは知りません。
ただ、ふえが、喜びそうだったから、
ここを選んで寝所にしたのです。
ニノくんにとって、ふえは、なくてはならない存在です。
それは、銀色の森で、うさぎの楽器やさんのお店を初めて訪れた時からでした。
あの日、
ニノくんは、オリーブのお店の3周年記念セールのサービスを目当てに、
アイスやさんに行きました。
3階のアイスやさんで、3段のアイスを食べて、すべり台をおりると、
おりたすぐ近くに、ちいさなお店ができているのを見つけました。
アイスを食べにきたのは、久しぶりだったので、新発見でした。
新しいのに、オイルの染み込んだ使い古された色をしたドアには、
黒い飾り枠がついた小窓がついています。
そっと、小窓をのぞくと、
お客さんがふたりくらい、中にいて、
棚のものを見ています。
ニノくんには、ここが何やさんなのか、
さっぱりわかりませんでした。
だって、棚には、ほとんど何もなかったんですから!
そのうち、お客さんのひとりが
お店をでました。
すると、お客さんで見えなかった棚の上に、ふえがあったのです。
ニノくんは、ふえを見たとたん、
吹けそうな気がして、触ってみたくなりました。
すると、もうひとりのお客さんも、
吸い出されるようにお店のドアを開けて出てきたので、
ニノくんは開いたドアから、するりと中に入りました。
お店の中は板張りの床で、
歩くとコツコツという音がします。
楽器やさん?
棚に残されたものは、ほんの少しで、
順に見ていくとどれも楽器のようでした。
ふえの前にくると、やはり、
吹いたこともないのに、吹けそうな気がしました。
どうすれば、いい音が鳴るのかも、
知っているような気さえするのです。
手にとって見ようと思ったときに、
店主の白いうさぎが声をかけてきました。
そして、ふえの持ち方と吹き方をおしえてくれるのです。
知っているのに!
ニノくんは、なんでこのうさぎは、
知っていることを教えてくるのだろうと、
あきれて見ていましたが、
ふえを持たされたので、もう、うさぎのことは気にならなくなりました。
ふえと、自分だけ。
吹き方も、鳴らし方も知っている。
「はじめまして。」と鳴らした音は、ソの音でした。
音は身体を通って響きました。
その快感は、忘れられないものになりました。
でも、その日以降、知っていたはずの吹き方は、忘れたのか、それとも知っていたことが幻だったのか、
一から練習が必要になり、
それを、親切にうさぎの楽器やさんがおしえてくれたのです。
「こんな曲ばかり吹いていて、いいの?」
こんなに強く聴こえると、ニノくんも、答えないわけにはいきません。
「いいんだ、ぼくは。
みんなが喜んで聴いてくれるんだもの。
それが一番いい。」
ニノくんは、メロディーにのせて、ふえに答えました。
「ニノくんは、いいかもしれないけれど、ぼくは、どうなるの?
いやだよ。もっと、もっと、できる力を試したいよ。」
きみとなら、それができる。
ニノくんだって、わかっているはず。
魂がふるえる音を出したとき、
なんとも言えない快感があること。
夢中になって演奏した後、
自分しか たどりつけない世界にいること。
それがないとしたら、何のために ふえを吹いているの?
ニノくんは、このままクモのマダムの曲を吹いて、逃げていてはいけないと、感じていました。
ふえの意志と決別しなければ。
ただ、今だけは、もう少し、クモのマダムの曲を吹いていたい。
ふえを吹いて、誰かにこんなに喜んでもらえることなんて、初めてなのですから。
今の、この場に、自分がいることが、うれしいのです。
月の丘に登る道を歩いていくニノくんの姿を、白キツネは、少し離れたところから確認していました。
そして、北の森に残っていた若いカラスに、自警団に伝えるように言いました。
「あの、ふえ吹きのやまねこを見つけたと言え。
いいか、静かに動けよ?
カアカア言うんじゃないぞ。」
若いカラスは、「カア」と小さい声で答えて、飛び立ちました。
「コラ!」
丘の上は、影ができるほどの明るさがあります。
風は、そよぐ程度。
なんとも気持ちのいい、夜の空気です。
月明かりに照らされて、
ニノくんは、また、クモのマダムの曲を吹き始めました。
クモのマダムの曲は、ステキなメロディーです。
無理なく演奏できる音域の音が使われており、
たいした技巧も必要ありません。
でも、何度聴いても飽きないのは、
やはり、メロディーがいいからに違いありません。
でも…、
「こんな曲ばかり吹いていて、いいの?」
また、聴こえました。
この間から、聴こえないふりをしていた「ふえの声」が、
今は、強く聴こえます。
「ぼくたち、できる限りの音楽を奏でようよ。
ねえ、もう、つまらないよ。
魂がふるえるような、音を出そう。」
ふえの声が、いっそう強くなったのは、
この月の丘が生まれ育った場所で、
ふえにとって、慣れ親しんだ環境にいるからなのでしょう。
この場所が、そんな特別なところだとは、
ニノくんは知りません。
ただ、ふえが、喜びそうだったから、
ここを選んで寝所にしたのです。
ニノくんにとって、ふえは、なくてはならない存在です。
それは、銀色の森で、うさぎの楽器やさんのお店を初めて訪れた時からでした。
あの日、
ニノくんは、オリーブのお店の3周年記念セールのサービスを目当てに、
アイスやさんに行きました。
3階のアイスやさんで、3段のアイスを食べて、すべり台をおりると、
おりたすぐ近くに、ちいさなお店ができているのを見つけました。
アイスを食べにきたのは、久しぶりだったので、新発見でした。
新しいのに、オイルの染み込んだ使い古された色をしたドアには、
黒い飾り枠がついた小窓がついています。
そっと、小窓をのぞくと、
お客さんがふたりくらい、中にいて、
棚のものを見ています。
ニノくんには、ここが何やさんなのか、
さっぱりわかりませんでした。
だって、棚には、ほとんど何もなかったんですから!
そのうち、お客さんのひとりが
お店をでました。
すると、お客さんで見えなかった棚の上に、ふえがあったのです。
ニノくんは、ふえを見たとたん、
吹けそうな気がして、触ってみたくなりました。
すると、もうひとりのお客さんも、
吸い出されるようにお店のドアを開けて出てきたので、
ニノくんは開いたドアから、するりと中に入りました。
お店の中は板張りの床で、
歩くとコツコツという音がします。
楽器やさん?
棚に残されたものは、ほんの少しで、
順に見ていくとどれも楽器のようでした。
ふえの前にくると、やはり、
吹いたこともないのに、吹けそうな気がしました。
どうすれば、いい音が鳴るのかも、
知っているような気さえするのです。
手にとって見ようと思ったときに、
店主の白いうさぎが声をかけてきました。
そして、ふえの持ち方と吹き方をおしえてくれるのです。
知っているのに!
ニノくんは、なんでこのうさぎは、
知っていることを教えてくるのだろうと、
あきれて見ていましたが、
ふえを持たされたので、もう、うさぎのことは気にならなくなりました。
ふえと、自分だけ。
吹き方も、鳴らし方も知っている。
「はじめまして。」と鳴らした音は、ソの音でした。
音は身体を通って響きました。
その快感は、忘れられないものになりました。
でも、その日以降、知っていたはずの吹き方は、忘れたのか、それとも知っていたことが幻だったのか、
一から練習が必要になり、
それを、親切にうさぎの楽器やさんがおしえてくれたのです。
「こんな曲ばかり吹いていて、いいの?」
こんなに強く聴こえると、ニノくんも、答えないわけにはいきません。
「いいんだ、ぼくは。
みんなが喜んで聴いてくれるんだもの。
それが一番いい。」
ニノくんは、メロディーにのせて、ふえに答えました。
「ニノくんは、いいかもしれないけれど、ぼくは、どうなるの?
いやだよ。もっと、もっと、できる力を試したいよ。」
きみとなら、それができる。
ニノくんだって、わかっているはず。
魂がふるえる音を出したとき、
なんとも言えない快感があること。
夢中になって演奏した後、
自分しか たどりつけない世界にいること。
それがないとしたら、何のために ふえを吹いているの?
ニノくんは、このままクモのマダムの曲を吹いて、逃げていてはいけないと、感じていました。
ふえの意志と決別しなければ。
ただ、今だけは、もう少し、クモのマダムの曲を吹いていたい。
ふえを吹いて、誰かにこんなに喜んでもらえることなんて、初めてなのですから。
今の、この場に、自分がいることが、うれしいのです。
月の丘に登る道を歩いていくニノくんの姿を、白キツネは、少し離れたところから確認していました。
そして、北の森に残っていた若いカラスに、自警団に伝えるように言いました。
「あの、ふえ吹きのやまねこを見つけたと言え。
いいか、静かに動けよ?
カアカア言うんじゃないぞ。」
若いカラスは、「カア」と小さい声で答えて、飛び立ちました。
「コラ!」
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