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<やまねこのふえ>のお話
19 クモのマダム
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忘れられた森の植物には、
たった1日で、影響が出ました。
枯れはじめた場所の霧が消えて、
日の光が差込みます。
もともと、稀な条件下で成り立っていた森なのです。
ほんの少しの変化で、
現状は、もろく崩れ始めてしまいます。
忘れられた森に住むものの中で、このうっそうとした環境を好んでいたものは、
すぐに、変化に気がつき、
危険を感じて、森を出る準備を始めました。
一方、
他の誰からも忘れられたくて、この森に住んでいるものたちは、
危険を感じても、まだ、動くことができずにいます。
「こんな森は、ほんとうは ない方がいいのさ。
みんな、わかっているんだよ。」
元々なければ、逃げも隠れもできない。
ほんの いっ時、逃げこむつもりが、
ずるずると甘えてしまったと、クモのマダムはいいました。
やまねこは、できることなら、自分もこの森にずっと居たいと思いました。
誰からも忘れられたら、
どんなに楽だろう。
しかし、ふえが望むとおりに吹くと、
拒否されるように、この森も枯れていきました。
今までの、どの森もそうでした。
ふえが望むから?
ちがう。
ぼくも、望んで吹いている。
望んでいるのは、ふえなのか自分なのか、
やまねこは、もう境界線がわからなくなっていました。
そうして、いつのまにか、魔物になっていたのです。
もう、自分の心がどれなのか、わからないのです。
その時、月の光のように、
声がさしこみました。
「あんたは、ふえじゃないよ。
奏者だ。
そこんとこ、間違えたらいけない。」
見上げると、クモのマダムがそばに来ていました。
「楽器と一体になるなんて、演奏者としては、幸せな感覚だろう。」
やまねこは、クモのマダムの言葉に耳をかたむけました。
「でもね、それはしょせん本当に一体になれないものが言う、憧れみたいなもんさ。」
やまねこは、クモのマダムが言うことの半分しか意味がわかりませんでした。
でも、半分わかると、興味がわいてくるものですよね!
「あんた、楽譜は読めるかい?
ちょっと、おいで。」
クモのマダムは、やまねこにいうと、
クモの巣で描いた五線譜のところへ連れていきました。
やまねこは、楽譜の読み方は、知っていました。
ふえに出会ったばかりのころ、
だれかにならったのです。
だれか…。
そのとき、白いなにかが、記憶をかすめました。
「どういう理由か私の知ったことじゃないけれど、
あんたは、出してはいけない音を、出している。」
「…」
クモのマダムの言葉に、
やまねこの耳が、ピクリと動きました。
音は、はっきり聴こえている音だけではなく、
聴こえない範囲のものも、同時に鳴っていることがあります。
音階の整った音楽の中には、特にその響きが現れやすいといえます。
ひとつの音が鳴っているのに、
その上の空間に和音が聴こえたことはありませんか?
それも、そのうちのひとつです。
「アタシはね、
ふえ吹きのやまねこは喜んでいるんだと思っていたんだよ。
ふえを吹くことで望みを叶えて、ね。
でもね、音を聴きゃあ、わかる。
この森に来る前、そのたぐいのことを、していたからね。」
「…」
やまねこは、覇気のない目で、クモのマダムを見つめていました。
次の言葉を聴くまでは。
「この曲は、
その音を使わずに作ってある。
あんたの心が困っている時は、
これを吹くといい。」
「…!」
大きな円形の五線譜の中の、小さな銀色の音符が、
キラキラと輝きました。
クモのマダムが、なぜ、こんな楽譜をつくることができるのか、忘れられた森にいるのか、それは、また別の機会におはなししましょう。
ただ、クモのマダムは、この森に来る前に、こんな仕事をしていたのです。
なかなかの売れっ子作曲家だったのですよ!
ただし、これは、一時しのぎにしかならないと、クモのマダムはいいました。
何事も、根本的に解決したかったら、
自分が解決しなければなりません。
それには、相応の覚悟というものが必要なのです。
それでも、
たとえ一時しのぎだとしても、
今のやまねこにとっては、救いになりましたよ。
まるで、クモの糸にすがるような、ね!
あなたにも、こんなふうに、導いてくれる人がいるとしたら、
その人は、恩師ですから、感謝しましょう!
だから、今、涙がひとすじ、ながれているのです。
彼の透明なビー玉の中の黄色い瞳は、
やっと、暖かく潤いました。
自分が救いを求めていたことすら、
わからないでいたなんて。
楽譜の読み方をおしえてくれたのが、
だれだったか、思い出せないでいたなんて。
「…ありがとう。」
やまねこは、クモのマダムに初めて声を聴かせました。
たった1日で、影響が出ました。
枯れはじめた場所の霧が消えて、
日の光が差込みます。
もともと、稀な条件下で成り立っていた森なのです。
ほんの少しの変化で、
現状は、もろく崩れ始めてしまいます。
忘れられた森に住むものの中で、このうっそうとした環境を好んでいたものは、
すぐに、変化に気がつき、
危険を感じて、森を出る準備を始めました。
一方、
他の誰からも忘れられたくて、この森に住んでいるものたちは、
危険を感じても、まだ、動くことができずにいます。
「こんな森は、ほんとうは ない方がいいのさ。
みんな、わかっているんだよ。」
元々なければ、逃げも隠れもできない。
ほんの いっ時、逃げこむつもりが、
ずるずると甘えてしまったと、クモのマダムはいいました。
やまねこは、できることなら、自分もこの森にずっと居たいと思いました。
誰からも忘れられたら、
どんなに楽だろう。
しかし、ふえが望むとおりに吹くと、
拒否されるように、この森も枯れていきました。
今までの、どの森もそうでした。
ふえが望むから?
ちがう。
ぼくも、望んで吹いている。
望んでいるのは、ふえなのか自分なのか、
やまねこは、もう境界線がわからなくなっていました。
そうして、いつのまにか、魔物になっていたのです。
もう、自分の心がどれなのか、わからないのです。
その時、月の光のように、
声がさしこみました。
「あんたは、ふえじゃないよ。
奏者だ。
そこんとこ、間違えたらいけない。」
見上げると、クモのマダムがそばに来ていました。
「楽器と一体になるなんて、演奏者としては、幸せな感覚だろう。」
やまねこは、クモのマダムの言葉に耳をかたむけました。
「でもね、それはしょせん本当に一体になれないものが言う、憧れみたいなもんさ。」
やまねこは、クモのマダムが言うことの半分しか意味がわかりませんでした。
でも、半分わかると、興味がわいてくるものですよね!
「あんた、楽譜は読めるかい?
ちょっと、おいで。」
クモのマダムは、やまねこにいうと、
クモの巣で描いた五線譜のところへ連れていきました。
やまねこは、楽譜の読み方は、知っていました。
ふえに出会ったばかりのころ、
だれかにならったのです。
だれか…。
そのとき、白いなにかが、記憶をかすめました。
「どういう理由か私の知ったことじゃないけれど、
あんたは、出してはいけない音を、出している。」
「…」
クモのマダムの言葉に、
やまねこの耳が、ピクリと動きました。
音は、はっきり聴こえている音だけではなく、
聴こえない範囲のものも、同時に鳴っていることがあります。
音階の整った音楽の中には、特にその響きが現れやすいといえます。
ひとつの音が鳴っているのに、
その上の空間に和音が聴こえたことはありませんか?
それも、そのうちのひとつです。
「アタシはね、
ふえ吹きのやまねこは喜んでいるんだと思っていたんだよ。
ふえを吹くことで望みを叶えて、ね。
でもね、音を聴きゃあ、わかる。
この森に来る前、そのたぐいのことを、していたからね。」
「…」
やまねこは、覇気のない目で、クモのマダムを見つめていました。
次の言葉を聴くまでは。
「この曲は、
その音を使わずに作ってある。
あんたの心が困っている時は、
これを吹くといい。」
「…!」
大きな円形の五線譜の中の、小さな銀色の音符が、
キラキラと輝きました。
クモのマダムが、なぜ、こんな楽譜をつくることができるのか、忘れられた森にいるのか、それは、また別の機会におはなししましょう。
ただ、クモのマダムは、この森に来る前に、こんな仕事をしていたのです。
なかなかの売れっ子作曲家だったのですよ!
ただし、これは、一時しのぎにしかならないと、クモのマダムはいいました。
何事も、根本的に解決したかったら、
自分が解決しなければなりません。
それには、相応の覚悟というものが必要なのです。
それでも、
たとえ一時しのぎだとしても、
今のやまねこにとっては、救いになりましたよ。
まるで、クモの糸にすがるような、ね!
あなたにも、こんなふうに、導いてくれる人がいるとしたら、
その人は、恩師ですから、感謝しましょう!
だから、今、涙がひとすじ、ながれているのです。
彼の透明なビー玉の中の黄色い瞳は、
やっと、暖かく潤いました。
自分が救いを求めていたことすら、
わからないでいたなんて。
楽譜の読み方をおしえてくれたのが、
だれだったか、思い出せないでいたなんて。
「…ありがとう。」
やまねこは、クモのマダムに初めて声を聴かせました。
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