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第一章 転生と計画
第二十話 クロエ、騙される
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ティグルが取引を終えて家に帰った頃、エルフの村では宴の準備が行われていた。ヴァーミリオン商会の隊商参加者はティグルがいないことに慣れ特に気にしていなかったが、今回初めて参加するクロエは違った。
今まで容姿のことでいじめられてきたクロエにとって、初めて美少女だと言ってくれた相手がティグルだったのだ。そんなティグルはクロエより一つ年下にもかかわらず、身長が百七十センチを超える高身長に引き締まった体。さらに、薄緑色に青みがかった白銀色のメッシュが入った清潔感ある髪に、引き込まれるような深い青色の瞳。
ティグルがクロエのことを非の打ち所がないほどの美少女だと感じたように、クロエもまたティグルのことを美少年だと感じていた。それに気づいたからこそ父親のイフェスティオ・ヴァーミリオンは驚き、周囲は笑いを堪えていたのだ。
そしてクロエにとって嬉しいことは容姿のことだけでなく、ティグルがモフモフ好きだということもあった。昔からいじめられてきたせいで少し奥手で会話が苦手なクロエも、モフモフのことを話すときは会話が止まることなく話せた。しかし特殊な家庭環境で生活するクロエにとって、話を聞いてくれる相手はいつも家の者だけだったのだ。
だからこそ、初めて本当の友人ができるかもしれないと思い、ティグルとたくさん話すために辺りを見渡して探していた。でも村にティグルの姿はなかった。
「お父様、ティグルさんはどちらにいらっしゃるのですか?」
「あぁ、彼は家にいるらしい。だが、村はずれの家は罠があるから行ってはダメだよ」
「罠……? なぜそのようなものが?」
「そういう事情があるんだよ。正確な場所は私も知らないんだよ。つけていったら信用を失ってしまうかもしれないからね」
「……そうですか……」
残念そうに俯き隊商から離れて歩いていると、目の前に二人の幼女とも言えそうなくらい幼い少女たちが現れた。
「あなたは村長さんの……」
「神子のリース・クローバーよ!」
「神子様の従者であるモンステラ・ウィードよ!」
「あなたあのハーフの家に行きたいそうね!? 神子である私なら知っているわよ!」
クロエの前に現れたのは自称神子であるリース・クローバーと、神子筆頭従者のモンステラ・ウィードの二人だった。実のところ、記憶を消される前ならともかく、この二人もティグルの家の正確な位置を分かっていなかった。
ところが、クロエにその事実を知る術はなく自称神子の甘言に乗ってしまった。
「本当ですか? 教えてください!」
自称神子と神子筆頭従者の二人は視線を交わしてニヤリと笑うと、ティグルの元本宅から森に入る方を指差した。
「ここをまっすぐ行くと数分で着くわ! でもこれは特別に教えたことだから、私たちの名前は出さないでよ!」
「わかりました! ありがとうございます!」
クロエはそう言って頭を下げると、一人で森の中に入っていってしまった。
◇
そして残った二人はというと、ハイタッチして大喜びしていた。
「神子でもないくせに【魔導師】スキルを持っているからこうなるのよ。【魔導師】は私だけでいいのよ!」
「その通りです! リース様!」
「いつもありがとう、ステラ!」
定番の茶番を終えたあと、自称神子が神子筆頭従者に疑問を投げ掛けた。
「それにしても向こうに行くと蛙の化け物がいるなんてよく知っていたわね!」
「いつも見る夢に出て来るのです。父や母は精霊の導きかもしれないから近づいてはダメだと言っておりました」
「じゃあ今頃面白いことになっているわね! クククッ!」
醜悪な笑みを浮かべた自称神子は森を一瞥すると、すぐに何もなかったかのように振る舞い宴に出席するために集会場へ向かうのだった。
◇
一方その頃、自称神子と神子筆頭従者の二人にはめられたクロエはというと森の中を彷徨っていた。真っ直ぐと言われても道はなく、あっという間に迷ってしまったクロエは薄暗い森をビクビクしながら一歩一歩進むしかなかった。歩みを止めたらこの世から消えてしまうのではないかと思ったからだ。
「どうすれば……」
クロエは森の中の歩き方を知らない。そして気配の消し方も探り方も。その点ティグルは長い虐待期間の間で気配の消し方や探り方を学べたため、森の中の歩き方を知らなくてもある程度生活できた。気をつけるときは荷車を引いているときだけだが、一応対策は取っていた。
蛇の頭の骨を砕き、自分が通る道に撒いてあるのだ。嗅覚に優れた頭がいい魔物なら決して近づかなかった。そしてクロエが今通っている道は、神子筆頭従者がつけてきたときに使用していた最短距離だが危険な道であった。
結果、クロエは魔物の獲物として狙われていた。
「グララララ……グラララ……」
「ホロロ~……ホッホロロ~」
どこからともなく聞こえてくる魔物の鳴き声に、クロエはいつ気絶してもおかしくないほど追い込まれていた。それ故、ついにその場に蹲ってしまったのだ。耳を抱えて鳴き声を聞かないように努め、身を縮めて防御態勢を取った。生物としての自然な動きだったが、魔物にはそれが襲撃開始のサインにしか見えず、一体のロックボアがクロエを視界にとらえ突撃した。
クロエもその光景を見ていて、もう終わりだと思ったとき体の力が抜けてしまい、それと同時にクロエは意識を手放した。
◇◇◇
荷車を引いて家に帰るとアポロが家から飛び出してきた。何を買ったのか気になる子どものように、毎回購入物を訪ねてくる。でも毎回変わり映えしないものを購入しているため、期待を裏切ってしまうのは申し訳なく感じていた。
「ん? ティグル、顔赤いけど何かあったの?」
「エッ? 何もないけど」
思わず声が裏返ってしまった。だがそれも仕方がない。同年代の外国人はとっても可愛かったからだ。一目惚れとは言わないまでも、気になるくらいには思っていた。
勘のいいアポロはぐいぐいと突っ込んだことを聞いてきたが、のらりくらりと交わしていた。殺伐とした魔境の森で和やかな雰囲気で話すのは不思議な感じだが、この時間が何よりも好きだった。
そんな中ベガの一言で事態が急変する。
「敵性反応デス」
普段から俺たちは避難訓練をしている。主にアポロたちが隠れるという内容の避難訓練だ。そして今も敵の方角を聞いたあと二人を隠し、俺はサーベルボアの槍と長剣を装備して敵性反応があった場所に急いだ。
何で……?
敵性反応という存在を目にした瞬間、驚きで口が思わず開いてしまった。おそらく相当な間抜け面をさらしているのだろうが、この状況で驚かないのは無理だった。
あっ! マズい!
俺が驚きで呆然としている間に、ロックボアが攻撃態勢に入った。ロックボアは岩が動いているみたいに硬く重い。それ故、その体での体当たりを最大の攻撃方法として使用してくる。でも弱点はある。
俺は急いで御令嬢の前に飛び出して槍を構えた。石突きを地面に固定し、穂先を前方に向け地面に対して平行より少し角度をつけた状態で突進を受けた。結果、槍の穂先はロックボアの口内に突き刺さり、衝撃で槍は折れてしまったが俺と御令嬢の二人は無傷で危機を脱した。
さて、どうするか……。事情が分からないし。残していけないし。ロックボアの肉は少し硬いけど長い時間煮込むとホロホロと蕩けて美味い。雑食なのに魔境産の香草代わりの薬草を入れると臭みも消え、甘い脂身が口いっぱいに広がる。アポロの好物の一つだ。
他の魔物に取られたくないから周囲に蛇粉を軽く撒き、御令嬢を背負って家に向かった。その最中、大きな胸が背中に当たるも意識しないよう努めた。
「アポロ、ロックボア取ってきてくれる?」
「任せてー!」
魔法で加速しながら飛んでいったアポロは、ロックボアを浮かせてすぐに戻ってきた。それからベガを引き連れ、そのまま解体場に飛んでいった。俺はというと御令嬢を毛布を敷いただけのベンチに寝かせ、上からの軽く毛布をかけて様子を見ていた。
「商会長心配しているだろうな」
日も傾きもうすぐ夕食という時間であるため、村では宴が行われていてもおかしくなく、俺たちも夕食の支度を始めなければいけなかった。しかしこの問題を放置してはおけないというのもあって、なかなか準備できないでいる。
「う……ん……」
悩むこと三十分。ようやく目が覚める気配があったため、声をかけてみることに。
「大丈夫ですか?」
「……え? きゃっ! イノシシ……イノシシは!?」
「ロックボアなら倒しましたよ。どうか落ち着いてください」
まぁ目の前にロックボアが襲ってきた直後に気絶したなら、目が覚めたときこうなるよな。
「では……ここは……」
「私の家です」
「本当にあったのですね……」
「本当とは? それとつかぬ事をお聞きしますが、誰に森に入るように言われましたか?」
気になる言葉を聞き、これが誰かに唆されたことだと気づいた。だいたい分かっているが、一応の確認のために聞いたのだが口止めでもされているのか話そうとしない。
「御言葉ですが、悪意を持って接してきた相手にまで義理を通す必要はありませんよ。あの道は私も使っていませんし、エルフの狩人も使いません。危険だと分かっているからです。さらに私の家は例え神子でも分かりませんよ。そのように細工してますからね。だから自称神子に義理立てする必要はありませんよ」
「……わかっていたんですね……。わたしは騙されて……。何か悪いことをしてしまったのでしょうか……」
「お腹空いたーーー!」
御令嬢が落ち込み始めた瞬間、解体を終わらせたアポロが戻ってきてしまった。習慣とは恐ろしいもので、時間通りにお腹が空いてしまったアポロは、人がいることを忘れてしまったのである。
アポロの姿を見た御令嬢は目を見開き、しゃべるモフモフに全神経が集中していた。
「……やっちゃった……。てへっ!」
手を頭に置いて舌を出す姿は御令嬢の胸を打ったことだろう。当然俺もやられてしまった。
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