暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一

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第三章 雑用、始めます

第七五話 ママ

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 昨夜お別れしたばかりの般若様が、たった数時間で帰ってきてしまった。

「ディル?」

「今回は僕ではないですよっ?!」

「じゃあ紹介してもらえる?」

「はいっ。この熊さんは僕の新しい従魔で、名前は【ヴァル】と言います。子分思いの優しい熊さんです」

『うむ』

「お話できるのね」

『うむ。ルークも話すだろ? 同じだ』

「──同じ?」

 ルイーサさん、そこに食いつくってことは気づいちゃったかな?

「えっ? 嘘でしょ? ディル、違うわよね?」

「えっと……何のことか分かりません……」

「ディルっ。お薬使えば頭の回転が早くなるかしら?」

「あぁぁぁっ。分かったかもしれませんっ」

「じゃあ教えてくれるかしら?」

「はい」

 ルークとヴァルに両手を向けて一言。

「同じです」

「そんな……」

 ふらついたルイーサさんを支えるブルーノさん。
 そんな彼らに追い打ちをかけるルーク。

『単純な強さで言えば、オレよりヴァルの方が上だぞ。というか、オレたちの中で最強だからな』

「ちなみ有言実行で初志貫徹です」

 俺は追い打ちをかけるつもりはなかった。
 本当のことを言っただけだからね。
 だけど補足をしてしまうルーク。

『オレみたいに交渉はできないぞ。面倒くさいことが嫌いなやつだからな』

『うむ。細かいことは子分に任せるに限る』

『その子分はどこにいるんだ?』

『縄張り』

『じゃあやらないってことだろ?』

『そうなるな』

 もしかしてあの不思議な能力って、面倒くさいことをしてもらうための能力なのか?
 だとしたら戦闘も面倒臭がってやらないかもしれない?

『まぁそんなことはどうでもいいだろ。紹介も済んだなら蜂蜜を食べに行くぞっ』

「う、うん」

 俺の手を引っ張り催促するヴァルだが、俺は蜂蜜がある場所を知らないからなぁ。

「ヴァルに蜂蜜をお願いします」

「あ、あぁ」

 ルイーサさんを支えながら食堂に向かうブルーノの後に続き、ヴァルと一緒に食堂に向かうのだった。



 ◆



 朝食後。
 改めてヴァルを紹介することに。
 特にニアへの紹介は必須だ。

「ニア、ルークとヴァルが交代で護衛についてくれるからね」

「はじめまして、ニアです。よろしくおねがいします」

『うむ。敬語は不要だ』

「ありがとう」

『うむ。以前ルークの視界から消えたことで危険になったと聞いたから、既に土地全体に結界を張っておいた。入口は宿屋の入口だけ。それ以外から侵入しようとする者は結果以外に強制的に転移させるようになっている。もちろん、感知結界もあるから触れただけで分かる』

「こちら後ほど改良を加えさせていただきます」

 まずは空魔石に表示するようにして監視カメラのようにする。
 次に通行証を持つ人や動物を通過させるようにする。
 そうでないとルークの子分も入れないからだ。

「あ、あの……ヴァル……」

『何ぞ?』

「さわってもいい?」

『少しだけな」

 勇気を出して聞いたニアの後ろに、ちゃっかりとテオとナディアさんの姿があった。

「早く俺にも熊の従魔を……」

 触り終わったテオの感想だ。
 切実な気持ちが伝わってくる。

「どんまい」

「ムカつく……」

 そして一通りの挨拶が済むと、全員でお出かけとなる。
 デートと言っていたから二人かと思っていたのだが、雑用依頼の打ち合わせもしたいということで全員で孤児院に向かうそうだ。

『じゃあ我はこっち』

 迷わずデッドマン号に乗り込むヴァル。

「テオ様、いつもより重いけど大丈夫?」

「最初から補助ありで頼む」

 やっぱり重いか。
 ヴァルも都市内ということで、成体の熊サイズではなく超大型犬サイズまで小さくなってくれてはいる。
 でも本来ならヴァル無しで補助ありなのに、ヴァルありスタートだからビクともしないらしい。

 ──【念動】

「おぉっ」

 力を込めずともスルスルとスムーズに進むデッドマン号に驚くテオ様。

「軽っ」

「テオ様? いつもは重いの?」

「おい、やめろ。こっち見てるだろ」

 ボソッと声を潜めながらも語気を強めるテオだったが、潜める意味は全く無いと思わせる般若様の声がかかる。

「テオ、大丈夫?」

「はいっ! 問題ありませんっ!」

「そう。よかったわ」

 俺やルークに、ブルーノさんたち徒歩組は、テオの反応を見て笑いが堪えきれなかった。

「覚えてろよぉぉぉ」

「まぁまぁ。ヴァルを触らせてあげるから頑張ってよ」

「まぁそれなら……」

 ヴァルとの触れ合い会は、アイドルの握手会みたいに強制終了させられるという短時間のイベントだった。
 しかもヴァル本獣に「終わり」と告げられる悲しいイベントだ。

 基本的に寝ているヴァルの睡眠を邪魔するのはやめた方が良いとルークに伝えられたため、触れ合い会は不定期イベントだと決定した。
 そのヴァルに触れる権利だ。
 熊好きのテオにとって最高の権利だろう。

「着きました」

 孤児院に寄付するための物資や、ルークとヴァルのおやつに果物を購入したりするうちに、教会を併設する孤児院に到着した。
 本来は教会が主体なのだが、教会よりも孤児院が占める範囲が広く、教会自体が倒壊しそうなほどボロいため主体は孤児院という認識だ。

「相変わらずボロいなぁ」

「何がボロいって?」

 ボソッと呟いた言葉を拾ったのは、孤児院の代表者であるシスター。
 ルイーサさんの友人ももれなく地獄耳らしい。
 困ったものだ。

「何のことです?」

「相変わらず──」

 生意気な子供とでも言いたかったのかもしれないが、シスターもニアと同様に一点を見つめたまま固まった。

「──何故ここにっ!?」

「あぁ。ご紹介が遅れました。この度僕の新しい従魔となりました【ヴァル】です」

『うむ。よろしくな』

「なんてこと……」

「照れますぅぅぅ」

「褒めてない」

『こいつのことは言っちゃダメなんだろ?』

『そうそう。女性の秘密は触れるべきではないと誰かが言っていた』

『ババァでもか?』

「──おい。あたしのことじゃなかろうな?」

『自覚があるなら別だが、我はそのようなことを言うとらん。似たような状況があった場合の話をしたまでだ』

「口の減らない熊だよ」

『照れるぅぅぅ』

 ヴァルくん、真似したらヘイトがこっちに向くだろ。

「そっくりだな」

「そんなぁ。僕はヴァルのように可愛くありませんよ」

『うむ。可愛いか』

 ちなみにこの場にいるのは、俺とニアにルークとヴァル、そしてイムレのみ。
 他の大人たちとテオは物資を倉庫に入れに行っており、ここにはいない。だからこそシスターを煽り続けられたとも言う。

「ディルも可愛いわよ」

 三対一の構図で劣勢だったシスターに、最強の助っ人である般若様が合流してしまった。
 もちろん、背後から忍び寄っていることは知っていた。
 だが、大人しくバックハグを受け入れた理由がある。

 それはナディアさんの助言があったから。

 そろそろここら辺で一度ルイーサさんの折檻を受けて、ルイーサさんのストレスを発散させないと色々大変なことになるそうだ。
 大変なことの内容はあまり考えたくなかったため、本日のデートでは全てを甘んじて受け入れる覚悟である。

「さぁ改めてシスターにご挨拶しましょう」

「……ディルです」

「違うでしょう?」

 バックハグの状態から少し体をズラして顔を覗き込んできたルイーサさんの迫力に負け、再び挨拶をすることに。

「ママの第四子のディランです」

「よくできましたっ!」

 良い子良い子と頭を撫でられる俺を、ニヤケ顔で見つめるシスターとテオ。

 覚えておけよ。

『ふむ』

 ヴァルは何か思うところがあったようで、珍しくポテポテと歩いてルイーサさんに近づく。

「どうしたの?」

 ルイーサさんも不思議に思ったらしくヴァルに声をかけた。

『ママ』

「──っ!」

『我、腹減った。蜂蜜欲しい』

「あ、あげるわっ」

 突然のヴァルの奇行。
 抱きつきながらのママ呼びで、ルイーサさん陥落。

『ありがとう』

「えぇっ」

『ちょっと来いっ』

 蜂蜜をもらってご満悦のヴァルは、慌てた様子のルークに呼び出されて何やら注意を受けていた。

 内容は大体予想できる。
 そこから言えることは一つ。

 どうか俺達のハードルが下がりませんように。




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