91 / 97
第三章 雑用、始めます
第七三話 以夷制夷
しおりを挟む
司令官を隔離空間に入れたところで、辺境砦はもぬけの殻になった。
資材置き場や金庫なども全て丸ごと回収し、その後馬を連れて砦の外に出る。
「あっ、忘れてた」
『どうした?』
「シェイドール商会の幹部を回収するの」
『コイツで良いだろ。尋問官よ、シェイドール商会の位置情報を聞き出せ』
今度の熊さんは尋問官。
しかし見た目は獄卒。
そして聞き出し方は頭部への噛みつき。
『うむ。ご苦労』
ぺっと吐き出された珠を受け取り、尋問官を送り返すヴァル。
それにしても不思議な能力だ。
『行くぞ』
「はーい」
記憶珠を左手に持つヴァルの右手を握り、帝国内部のシェイドール商会の支店を転移で回る。
その際商会長に次ぐ権限を持つ幹部を拉致した。
他の者や対応は辺境砦と同じだ。
唯一の違いは、去り際にヴァルが魔力でマーキングしたこと。
これらを繰り返し、時にはモブ従業員を拉致して商会にあった隷属化魔導具で奴隷にし、ペーパー商会を作らせた。
理由はシェイドール商会の資金を吸い取るため。
王国の北部公爵家に行う計画の短期版である。
彼らには大都市の商業ギルドでシェイドール商会から融資を受けるという名目で、怪しまれないギリギリの金額を口座に入金させる。
広大な帝国内の各都市をシェイドール商会を襲撃するついでに回り、各所の商業ギルドで同様のことを繰り返した。
ただ一つ問題がある。
帝国と王国では貨幣が異なる。
それゆえ帝国内で引き出した場合、どこかで両替をする必要がある。
商業ギルドを始めとする各ギルドで対応しているのだが、それぞれ上限が定められているため全ての現金化は不可能だ。
ということで捻り出した答えは、「現金化担当商会を創る」である。
その名も【グリム商会】だ。
商会長は、リーパー君。当然偽名である。
身分は奴隷で、戦闘能力もそこそこ。
彼は王国の北部公爵領周辺で引き出し続け、その現金はテオの商会に入金させて計画の資金源とする。
そして引き出しきれなかった際は、北部公爵領乗っ取り計画で創ったロンダリング商会に入金後、倒産させる。
グリム商会への融資をした全ての商会は全て潰した。
その上で口封じも済ませた。
それもリーパー君の目の前で。
「君も彼らのようにただの駒で終わりたくはないだろう? 働き次第では、契約継続または奴隷からの解放を約束するよ。どちらが良いか考えておくといい」
「いいえっ! 奴隷からの解放などの望んだことはございませんっ! 一生そばに置いてくださいませっ!」
おぉ。意外と賢い。
普通なら解放を望むだろう。
しかし、そちらは墓地がセットでついてくる選択だ。
目の前で行われたことを見せしめ以上の情報として受け取っていれば、さすがに解放を選ぶことはないはず。
そしてリーパー君は短いやり取りから、自分の能力を証明した。
「期待しているよ」
「はいっ」
報復も終盤に入り、最後の目的地は帝都にあるシェイドール商会の商会長の屋敷だ。
「ヴァル、できればあの家ごとほしいんだけど」
『任せろ』
「代わりの物をプレゼントしてあげたいんだけど、それもできる?」
『うむ』
報復が終わっていないのに機嫌がいいヴァル。
理由は有能さを証明することに必死なリーパー君が、美味しい蜂蜜を取り扱う商会を教えたからだ。
この商会の素晴らしいところは独自開発の蜜菓子も販売しているところで、味見の時点でご満悦だったヴァルは大量の蜂蜜と蜜菓子を大人買いしていた。
『お前、意外と使える』
「ありがとうございますっ」
リーパー君はヴァルの話し相手をしつつ、死体を全裸にするという作業に従事している。
そこでも有能さを発揮し、兵士が使っていた認識票の予備に所属と名前の文字入れを行い管理しやすくしていた。しかも全裸作業と同時並行で。
「君、うちの外注先より使えるね」
「ありがとうございますっ」
モブだと思っていたけど、結構良い拾い物をしたと思う。
『じゃあ移動するぞ』
ヴァルは死体の山を先に辺境砦の集団墓地へ送り、建物を地上と地下とで二分割して辺境砦近くに転移した。
地下空間と建物はそれぞれ分けて置く。
事前に回収していた財産とは別に回収したかった時計塔を丁寧に解体し、プレゼント第一弾の準備は終了した。
シェイドール商会長の屋敷にある時計塔は帝都の名物の一つになっているそうで、そんな素晴らしいものをもらっておいて返礼品が一つというのは失礼に当たると思う。
だからこそ次の名物になるものを返礼の品とさせて頂く。
「あ、あの……それは何かを伺っても……?」
「土属性魔法で作った巨大な槍だね。天を穿つような大きさは、彼らが迷わず神の御下に行けるような配慮からだよ」
「そ、そうなんですね……」
シェイドール商会ポット支店の倉庫に落としたのは土属性魔法で作った巨剣。それも巨人が大地に突き刺したかのように、刃が下向きだ。
だが今回は刃が上向きで、大地に接している部分は石突となる。
これは巨大な墓標であり、遺体が眠る場所を指し示す石碑であり、シェイドール商会が壊滅した日を記念する記念碑でもある。
オベリスクをイメージした巨槍の柄には今まで集めてきた認識票を埋め込んでおり、光が当たるとキラキラと輝き装飾としての効果も期待できた。
「こちらの槍を屋敷があったところにお願い」
『屋敷は?』
「あー……適当に捨ててくれればいいよ」
『あいよ』
蜂蜜を食べ終わったヴァルは機嫌よく無茶難題を聞き入れてくれた。
個人的には面倒くさい注文だと思うから、本当に感謝している。
『まずは砦からだな』
どんな熊さんが出現するか楽しみにしていたのだが、今回は出現しないらしい。残念。
代わりにヴァルが自ら実行するらしいから、ヴァル単体の能力を観察しようと思う。
『結界から出るなよ』
「はーい」
「はいっ」
直後、合掌をするヴァル。
どこかプニッと聞こえて来そうな優しい合掌にほんわかしてしまったのだが、目の前の光景が現実に引き戻してくれた。
砦が地面ごと圧縮されて消え去り、その場には巨大なクレーターが残っただけ。
集団墓地の住民や熊に抱かれた司令官は、順にクレーター中央に開いた穴の中へ消えていった。
そして穴が塞がった後、砦の水源から水が湧き出てクレーター内に溜まり始めた。
もしかしたら湖となり、観光名所になるかもしれない。
「「…………」」
衝撃的な光景を目にした俺達が呆然とする中、ヴァルは一度両手を離した後、屋敷と巨槍に向かって両手を向け、再びの合掌。
『結果が見たいだろ?』
「あ、ありがとう」
「ありがとうございますっ」
消えた屋敷と巨槍の代わりに現れる巨大スクリーン。
そこに映し出された映像は、壊滅という言葉では生温いほどの被害だった。
まずは各支店。
これらは辺境砦と同様に圧縮されて消えてなくなった。
ただ、俺達のときとは違って周囲に尋常じゃないほどの被害が出ているところだ。
結界に守られていた俺達に被害はなかったが、本来なら空間が歪んで消滅したわけで、不思議効果によって急速に空間が修復されるときに衝撃波が発生するらしい。
現に森の外苑の木々は衝撃波でなぎ倒されている。
ヴァルの魔法の効果でクレーターが発生しているところに、さらに衝撃波による波状攻撃だ。
被害の規模は想像したくもない。
次に、名物贈呈式である。
こちらは屋敷がなくなったことで多くの野次馬がいた。
しかしいないものとされ、無慈悲に投下される巨槍。
「──素晴らしいっ。帝城の高さを超えたっ」
本来なら絶対に許されない行為だ。
建築の申請をした時点で叛意ありとされ、拘束からの公開処刑がセットらしい。
つまり、俺は帝国史上初の記録を打ち出した人間となったわけだ。
「えっ? えっ?」
俺が悦に浸っている間、リーパー君を焦燥させる事態が発生したらしい。
「どうした?」
「あ、アレ……」
彼が指差した画面を見ると、そこには屋敷を投下した場面が映し出されていた。
俺が適当に捨ててと言ったわけだから当然の事態なのだが、場所が最悪だった。
「て、帝城……」
その上空にポイッとされた映像が映し出され、元帝国諜報員のリーパー君は顔面蒼白にを通り越して気絶一歩手前の表情をしている。
『うーん……やっぱり結界はあるよな』
「だよねっ」
弾かれてどこに行くのかと脳内の帝都地図から導き出そうと必死に頭を働かせていると、ヴァルが可愛いお手々を握り込んだ。
何のためかを考えるまでもなく、画面に答えが出ていた。
「ブースト来たぁぁぁぁっ」
帝城に張られた結界に衝突する瞬間、ヴァルが屋敷に結界を張り弾かれないように進路を固定したらしい。
相手の術師も拙いと判断し、柔軟に対応してきた。
『人間にしてはなかなかやる』
結界を強度重視から弾性重視に変え、防御力を落とす代わりに直撃を避ける方向に舵をきったようだ。
術師の判断は功を奏し、帝城に直撃するはずだった屋敷の残骸は広大な庭園に落下した。
「見ごたえあったなぁ」
『ああいう人材は大事にした方が良いと思うぞ』
「…………」
リーパー君はホッとしているようだったが、同時に俺達に向ける視線に変化が見られた。
もしかして、子供らしいと思ってくれたのかな?
だったら嬉しいな。
「じゃあ最後にシェイドール商会の幹部と合流しますか」
『うむ』
彼の認識票は既に巨槍に埋め込み済みだ。
行き先も決まっている。
というのも、彼が兎さんを苦しめる指示を出した張本人だから。
幸せな家庭を持ち、幼い娘もいる。
それなのに、幼い兎さんを苦しめるという非道。
敵なら理解できるが、森を開拓するための駒の一つにすぎなかった。
ならば、彼にも我々の気持ちを味わってもらおう。
ついでに計画の駒にもなってもらう。
「こちらです」
馬車三台分に乗せられた様々な奴隷。
これは全てシェイドール商会の手形で購入させた。
本来、奴隷の購入時は現金払いのみだ。
特別扱いの理由はシェイドール商会だから。
後ろ盾が帝国だからで、信用も国が保証している。
それ故の特別扱い。
「ご苦労。君は役目を果たした。安心して安全なところに行くと良い」
彼は司令官がいる空間で、永遠と家族を見守るという呪いがかけられた。
家族に何かがあっても見ること以外は何もできない。
逆に目を逸らすこともできない。
『本当にこれで罰になるのか?』
「なると思うよ。帝国はこれから復興支援でてんてこ舞いになる。シェイドール商会の人員も海外に派遣しているメンバーしかいない。再編のために帰還命令を出さざるを得ないほどに弱体化すると思うんだよね」
『それが?』
「奴隷商たちは奴隷商人組合みたいな組織が後ろ盾になっていて、これが大国でも無視できない組織なんだよね。さらに言えば、復興で予算を使うから諜報活動に回す予算は減らされると思うんだ」
『ふむ』
「そこに手形が不渡りになるという悲劇っ! シェイドール商会の信用は失墜し、奴隷商人に喧嘩を売るという最悪の状況っ。犯罪者をも抱える奴隷商人は奴隷の仕入に制限をかけることはしないはずっ。そして見せしめも兼ねた最初の奴隷はっ?」
俺のプレゼンに「まさかっ」とこぼすリーパー君。
「──リーパー君っ! 答えをっ!」
「さ、先程の方の家族……」
「大・正・解っ! 奴隷となった家族を見ていることしかできず、目を逸らすこともできない無力さを味合わせるには最適だと思うんだっ!」
まぁ計画自体は九分九厘予想通りに進むだろう。
前職で王弟がやったことをパクっただけだから。
ただ、王弟は奴隷商人組合に喧嘩を売ることにビビってたから、最初から連携する方法を取っていたけど。
「ど、奴隷はどうするのです?」
「君が使う? これからの仕事で人員は必要でしょ?」
「よろしいので?」
「今は連れ帰っても場所がないからね。情報漏洩にだけ気をつけてくれれば、君に全部任せるよ」
「ありがとうございますっ」
事前に確保していた服に着替えさせ、ヴァルの転移で北部公爵領の西端に移動し、各所から現金を引き出して回るように指示を出す。
同時にシェイドール商会時代にも行っていた諜報行為も任せることに。
仕事の出来で去就が決まるリーパー君は、決死の覚悟で取り組むと意気込んでいた。
「じゃあ森に帰ろうか」
『うむ』
報復を終え、すっきりした気分で森へ帰還するのだった。
資材置き場や金庫なども全て丸ごと回収し、その後馬を連れて砦の外に出る。
「あっ、忘れてた」
『どうした?』
「シェイドール商会の幹部を回収するの」
『コイツで良いだろ。尋問官よ、シェイドール商会の位置情報を聞き出せ』
今度の熊さんは尋問官。
しかし見た目は獄卒。
そして聞き出し方は頭部への噛みつき。
『うむ。ご苦労』
ぺっと吐き出された珠を受け取り、尋問官を送り返すヴァル。
それにしても不思議な能力だ。
『行くぞ』
「はーい」
記憶珠を左手に持つヴァルの右手を握り、帝国内部のシェイドール商会の支店を転移で回る。
その際商会長に次ぐ権限を持つ幹部を拉致した。
他の者や対応は辺境砦と同じだ。
唯一の違いは、去り際にヴァルが魔力でマーキングしたこと。
これらを繰り返し、時にはモブ従業員を拉致して商会にあった隷属化魔導具で奴隷にし、ペーパー商会を作らせた。
理由はシェイドール商会の資金を吸い取るため。
王国の北部公爵家に行う計画の短期版である。
彼らには大都市の商業ギルドでシェイドール商会から融資を受けるという名目で、怪しまれないギリギリの金額を口座に入金させる。
広大な帝国内の各都市をシェイドール商会を襲撃するついでに回り、各所の商業ギルドで同様のことを繰り返した。
ただ一つ問題がある。
帝国と王国では貨幣が異なる。
それゆえ帝国内で引き出した場合、どこかで両替をする必要がある。
商業ギルドを始めとする各ギルドで対応しているのだが、それぞれ上限が定められているため全ての現金化は不可能だ。
ということで捻り出した答えは、「現金化担当商会を創る」である。
その名も【グリム商会】だ。
商会長は、リーパー君。当然偽名である。
身分は奴隷で、戦闘能力もそこそこ。
彼は王国の北部公爵領周辺で引き出し続け、その現金はテオの商会に入金させて計画の資金源とする。
そして引き出しきれなかった際は、北部公爵領乗っ取り計画で創ったロンダリング商会に入金後、倒産させる。
グリム商会への融資をした全ての商会は全て潰した。
その上で口封じも済ませた。
それもリーパー君の目の前で。
「君も彼らのようにただの駒で終わりたくはないだろう? 働き次第では、契約継続または奴隷からの解放を約束するよ。どちらが良いか考えておくといい」
「いいえっ! 奴隷からの解放などの望んだことはございませんっ! 一生そばに置いてくださいませっ!」
おぉ。意外と賢い。
普通なら解放を望むだろう。
しかし、そちらは墓地がセットでついてくる選択だ。
目の前で行われたことを見せしめ以上の情報として受け取っていれば、さすがに解放を選ぶことはないはず。
そしてリーパー君は短いやり取りから、自分の能力を証明した。
「期待しているよ」
「はいっ」
報復も終盤に入り、最後の目的地は帝都にあるシェイドール商会の商会長の屋敷だ。
「ヴァル、できればあの家ごとほしいんだけど」
『任せろ』
「代わりの物をプレゼントしてあげたいんだけど、それもできる?」
『うむ』
報復が終わっていないのに機嫌がいいヴァル。
理由は有能さを証明することに必死なリーパー君が、美味しい蜂蜜を取り扱う商会を教えたからだ。
この商会の素晴らしいところは独自開発の蜜菓子も販売しているところで、味見の時点でご満悦だったヴァルは大量の蜂蜜と蜜菓子を大人買いしていた。
『お前、意外と使える』
「ありがとうございますっ」
リーパー君はヴァルの話し相手をしつつ、死体を全裸にするという作業に従事している。
そこでも有能さを発揮し、兵士が使っていた認識票の予備に所属と名前の文字入れを行い管理しやすくしていた。しかも全裸作業と同時並行で。
「君、うちの外注先より使えるね」
「ありがとうございますっ」
モブだと思っていたけど、結構良い拾い物をしたと思う。
『じゃあ移動するぞ』
ヴァルは死体の山を先に辺境砦の集団墓地へ送り、建物を地上と地下とで二分割して辺境砦近くに転移した。
地下空間と建物はそれぞれ分けて置く。
事前に回収していた財産とは別に回収したかった時計塔を丁寧に解体し、プレゼント第一弾の準備は終了した。
シェイドール商会長の屋敷にある時計塔は帝都の名物の一つになっているそうで、そんな素晴らしいものをもらっておいて返礼品が一つというのは失礼に当たると思う。
だからこそ次の名物になるものを返礼の品とさせて頂く。
「あ、あの……それは何かを伺っても……?」
「土属性魔法で作った巨大な槍だね。天を穿つような大きさは、彼らが迷わず神の御下に行けるような配慮からだよ」
「そ、そうなんですね……」
シェイドール商会ポット支店の倉庫に落としたのは土属性魔法で作った巨剣。それも巨人が大地に突き刺したかのように、刃が下向きだ。
だが今回は刃が上向きで、大地に接している部分は石突となる。
これは巨大な墓標であり、遺体が眠る場所を指し示す石碑であり、シェイドール商会が壊滅した日を記念する記念碑でもある。
オベリスクをイメージした巨槍の柄には今まで集めてきた認識票を埋め込んでおり、光が当たるとキラキラと輝き装飾としての効果も期待できた。
「こちらの槍を屋敷があったところにお願い」
『屋敷は?』
「あー……適当に捨ててくれればいいよ」
『あいよ』
蜂蜜を食べ終わったヴァルは機嫌よく無茶難題を聞き入れてくれた。
個人的には面倒くさい注文だと思うから、本当に感謝している。
『まずは砦からだな』
どんな熊さんが出現するか楽しみにしていたのだが、今回は出現しないらしい。残念。
代わりにヴァルが自ら実行するらしいから、ヴァル単体の能力を観察しようと思う。
『結界から出るなよ』
「はーい」
「はいっ」
直後、合掌をするヴァル。
どこかプニッと聞こえて来そうな優しい合掌にほんわかしてしまったのだが、目の前の光景が現実に引き戻してくれた。
砦が地面ごと圧縮されて消え去り、その場には巨大なクレーターが残っただけ。
集団墓地の住民や熊に抱かれた司令官は、順にクレーター中央に開いた穴の中へ消えていった。
そして穴が塞がった後、砦の水源から水が湧き出てクレーター内に溜まり始めた。
もしかしたら湖となり、観光名所になるかもしれない。
「「…………」」
衝撃的な光景を目にした俺達が呆然とする中、ヴァルは一度両手を離した後、屋敷と巨槍に向かって両手を向け、再びの合掌。
『結果が見たいだろ?』
「あ、ありがとう」
「ありがとうございますっ」
消えた屋敷と巨槍の代わりに現れる巨大スクリーン。
そこに映し出された映像は、壊滅という言葉では生温いほどの被害だった。
まずは各支店。
これらは辺境砦と同様に圧縮されて消えてなくなった。
ただ、俺達のときとは違って周囲に尋常じゃないほどの被害が出ているところだ。
結界に守られていた俺達に被害はなかったが、本来なら空間が歪んで消滅したわけで、不思議効果によって急速に空間が修復されるときに衝撃波が発生するらしい。
現に森の外苑の木々は衝撃波でなぎ倒されている。
ヴァルの魔法の効果でクレーターが発生しているところに、さらに衝撃波による波状攻撃だ。
被害の規模は想像したくもない。
次に、名物贈呈式である。
こちらは屋敷がなくなったことで多くの野次馬がいた。
しかしいないものとされ、無慈悲に投下される巨槍。
「──素晴らしいっ。帝城の高さを超えたっ」
本来なら絶対に許されない行為だ。
建築の申請をした時点で叛意ありとされ、拘束からの公開処刑がセットらしい。
つまり、俺は帝国史上初の記録を打ち出した人間となったわけだ。
「えっ? えっ?」
俺が悦に浸っている間、リーパー君を焦燥させる事態が発生したらしい。
「どうした?」
「あ、アレ……」
彼が指差した画面を見ると、そこには屋敷を投下した場面が映し出されていた。
俺が適当に捨ててと言ったわけだから当然の事態なのだが、場所が最悪だった。
「て、帝城……」
その上空にポイッとされた映像が映し出され、元帝国諜報員のリーパー君は顔面蒼白にを通り越して気絶一歩手前の表情をしている。
『うーん……やっぱり結界はあるよな』
「だよねっ」
弾かれてどこに行くのかと脳内の帝都地図から導き出そうと必死に頭を働かせていると、ヴァルが可愛いお手々を握り込んだ。
何のためかを考えるまでもなく、画面に答えが出ていた。
「ブースト来たぁぁぁぁっ」
帝城に張られた結界に衝突する瞬間、ヴァルが屋敷に結界を張り弾かれないように進路を固定したらしい。
相手の術師も拙いと判断し、柔軟に対応してきた。
『人間にしてはなかなかやる』
結界を強度重視から弾性重視に変え、防御力を落とす代わりに直撃を避ける方向に舵をきったようだ。
術師の判断は功を奏し、帝城に直撃するはずだった屋敷の残骸は広大な庭園に落下した。
「見ごたえあったなぁ」
『ああいう人材は大事にした方が良いと思うぞ』
「…………」
リーパー君はホッとしているようだったが、同時に俺達に向ける視線に変化が見られた。
もしかして、子供らしいと思ってくれたのかな?
だったら嬉しいな。
「じゃあ最後にシェイドール商会の幹部と合流しますか」
『うむ』
彼の認識票は既に巨槍に埋め込み済みだ。
行き先も決まっている。
というのも、彼が兎さんを苦しめる指示を出した張本人だから。
幸せな家庭を持ち、幼い娘もいる。
それなのに、幼い兎さんを苦しめるという非道。
敵なら理解できるが、森を開拓するための駒の一つにすぎなかった。
ならば、彼にも我々の気持ちを味わってもらおう。
ついでに計画の駒にもなってもらう。
「こちらです」
馬車三台分に乗せられた様々な奴隷。
これは全てシェイドール商会の手形で購入させた。
本来、奴隷の購入時は現金払いのみだ。
特別扱いの理由はシェイドール商会だから。
後ろ盾が帝国だからで、信用も国が保証している。
それ故の特別扱い。
「ご苦労。君は役目を果たした。安心して安全なところに行くと良い」
彼は司令官がいる空間で、永遠と家族を見守るという呪いがかけられた。
家族に何かがあっても見ること以外は何もできない。
逆に目を逸らすこともできない。
『本当にこれで罰になるのか?』
「なると思うよ。帝国はこれから復興支援でてんてこ舞いになる。シェイドール商会の人員も海外に派遣しているメンバーしかいない。再編のために帰還命令を出さざるを得ないほどに弱体化すると思うんだよね」
『それが?』
「奴隷商たちは奴隷商人組合みたいな組織が後ろ盾になっていて、これが大国でも無視できない組織なんだよね。さらに言えば、復興で予算を使うから諜報活動に回す予算は減らされると思うんだ」
『ふむ』
「そこに手形が不渡りになるという悲劇っ! シェイドール商会の信用は失墜し、奴隷商人に喧嘩を売るという最悪の状況っ。犯罪者をも抱える奴隷商人は奴隷の仕入に制限をかけることはしないはずっ。そして見せしめも兼ねた最初の奴隷はっ?」
俺のプレゼンに「まさかっ」とこぼすリーパー君。
「──リーパー君っ! 答えをっ!」
「さ、先程の方の家族……」
「大・正・解っ! 奴隷となった家族を見ていることしかできず、目を逸らすこともできない無力さを味合わせるには最適だと思うんだっ!」
まぁ計画自体は九分九厘予想通りに進むだろう。
前職で王弟がやったことをパクっただけだから。
ただ、王弟は奴隷商人組合に喧嘩を売ることにビビってたから、最初から連携する方法を取っていたけど。
「ど、奴隷はどうするのです?」
「君が使う? これからの仕事で人員は必要でしょ?」
「よろしいので?」
「今は連れ帰っても場所がないからね。情報漏洩にだけ気をつけてくれれば、君に全部任せるよ」
「ありがとうございますっ」
事前に確保していた服に着替えさせ、ヴァルの転移で北部公爵領の西端に移動し、各所から現金を引き出して回るように指示を出す。
同時にシェイドール商会時代にも行っていた諜報行為も任せることに。
仕事の出来で去就が決まるリーパー君は、決死の覚悟で取り組むと意気込んでいた。
「じゃあ森に帰ろうか」
『うむ』
報復を終え、すっきりした気分で森へ帰還するのだった。
65
お気に入りに追加
327
あなたにおすすめの小説

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~
暇人太一
ファンタジー
仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。
ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。
結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。
そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

破滅する悪役五人兄弟の末っ子に転生した俺、無能と見下されるがゲームの知識で最強となり、悪役一家と幸せエンディングを目指します。
大田明
ファンタジー
『サークラルファンタズム』というゲームの、ダンカン・エルグレイヴというキャラクターに転生した主人公。
ダンカンは悪役で性格が悪く、さらに無能という人気が無いキャラクター。
主人公はそんなダンカンに転生するも、家族愛に溢れる兄弟たちのことが大好きであった。
マグヌス、アングス、ニール、イナ。破滅する運命にある兄弟たち。
しかし主人公はゲームの知識があるため、そんな彼らを救うことができると確信していた。
主人公は兄弟たちにゲーム中に辿り着けなかった最高の幸せを与えるため、奮闘することを決意する。
これは無能と呼ばれた悪役が最強となり、兄弟を幸せに導く物語だ。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)
田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ?
コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。
(あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw)
台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。
読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。
(カクヨムにも投稿しております)

女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)
土岡太郎
ファンタジー
自分の先祖の立派な生き方に憧れていた高校生の少女が、ある日子供助けて死んでしまう。
死んだ先で出会った別の世界の女神はなぜか彼女を気に入っていて、自分の世界で立派な女性として活躍ができるようにしてくれるという。ただし、女神は努力してこそ認められるという考え方なので最初から無双できるほどの能力を与えてくれなかった。少女は憧れの先祖のような立派な人になれるように異世界で愉快で頼れる仲間達と頑張る物語。 でも女神のお気に入りなので無双します。
*10/17 第一話から修正と改訂を初めています。よければ、読み直してみてください。
*R-15としていますが、読む人によってはそう感じるかもしないと思いそうしています。
あと少しパロディもあります。
小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様でも投稿しています。
YouTubeで、ゆっくりを使った音読を始めました。
良ければ、視聴してみてください。
【ゆっくり音読自作小説】女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)
https://youtu.be/cWCv2HSzbgU
それに伴って、プロローグから修正をはじめました。
ツイッター始めました。 https://twitter.com/tero_oo

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

称号は神を土下座させた男。
春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」
「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」
「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」
これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。
主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。
※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。
※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。
※無断転載は厳に禁じます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる