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第二章 冒険、始めます
第五八話 ママの頑張り劇場
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ディルが夜の大掃除に向かった頃、双竜の楽園亭本館の食堂では子爵領の今後を決める会議が開かれていた。
「──んっ? また……」
「やっぱり……、包囲網を抜けられたわ……」
「おや、一人にしたのは失敗だったかね?」
「いや、無意味だろ。どうせ出掛けていたはずだ。ルークとイムレを残していったってことは、ただのお出かけだろ。過保護にしすぎると嫌われるぞ」
「ちょっと、エイダン。私が嫌われているって言いたいの?」
「言ってない。過保護にするなってことだ」
「それは無理よ。やっと笑顔を見せるようになったのよ? やっと暗い瞳に光が宿ったのよ? それに、隙を見せたらきっとすぐにいなくなってしまうわっ」
ルイーサとカミラの二人と会話するだけでも劣勢状態だったのに、そこに三人もの援軍が加わった。
会話に加わっていないが、ブルーノの加わっただけでその場の空気が張り詰める。主に護衛の騎士や冒険者たちが勝手に緊張しているだけだが、その緊張が伝播する。
エイダンは諌めているようでいて、言葉を引き出す手伝いをしているだけ。
シスターは中立に見せつつ、ルイーサ側に立っている。
領都ポットにおいて各分野の顔役が一堂に会し、一様にディルに対する数々の無礼に対する責任を追及していた。
この場に相応しくない破廉恥な服装をしているカミラを見て、鼻の下を伸ばす余裕がある者はおらず、指摘する余裕がある者もいない。
ただただルイーサたちの会話に集中し、少しでも弁明の糸口を見つける努力をしていた。
領主の子爵家からは名代の嫡男と家宰が派遣され、同時に護衛の騎士が食堂内に二人、それから宿屋の前に八人配置されていた。
名代の同行者には狼公と部下の姿もあり、状況を理解していないというようなことがなさそうだと、ルイーサたちは少し安心していた。
それから、狼公の命を救おうと交渉中のシルフォード商会の商会長も同席したいと申し出たため、名代側に着席している。
最後に、そもそもの原因を作った冒険者ギルドからはギルドマスターと女性秘書に、ブルーノと親しい解体部門長のガリウスに、護衛の冒険者が同席している。
ギルドマスターは女性でありながら、辺境のダンジョン都市に赴任できるほどの実力者だ。
しかし、到着直後から体が硬直して指先すらまともに動かすことができずにいた。
理由は明白。
ルイーサやカミラが周囲の魔力を制御下に置き、ギルドマスターを中心に圧をかけていたからだ。
高濃度で高密度な魔力を浴びせ続けられるというのは拷問にも等しいことで、息苦しい状態が続いたり、重しで体を拘束されたり、魔力に抵抗しようと反発することで魔力が枯渇したりと、様々な状態異常を相手に与える。
それに加え、ルイーサを始めとするエルフが躾けに魔力放出を使うことから分かるように、外傷や証拠を残さず序列と恐怖を植え付けることができるのだ。
ギルドマスターは宿屋に着いた瞬間から、このような苦行を受け続けていた。
でも解放された瞬間があった。
それはディルが魔光貝の下処理を行ったときだ。
ルイーサとカミラから一時的に魔力の制御権を奪い、魔力濃度が普段通りの濃さに戻ったことで地獄から解放された。
同時に二人が確認のために席を外したことも幸いし、短い休息も摂ることができた。が、再び戻ってきたときに余計なおまけも連れてきた。
そして再び始まる苦行。
回避方法に選んだのは名代の近くに座るという肉盾作戦だ。
だが、待っていたのはみんなで仲良く折檻タイムだった。
同じ釜の飯を食った戦友ではなく、同じ折檻を受けた戦友として絆は太く硬いものになるはず。
ちなみに、この時点で同席を希望したシルフォード商会の商会長レイフは同席したことを後悔していた。
今すぐにでも帰りたいと言ってしまいたいが、それができないことを理解しているため苦行に堪えながら交渉の糸口を探していた。
対して、同じ空間にいるエイダンたちはというと、「いつもと何か違うか?」というような感じで談笑していた。
ディルへの無礼など怒りをぶち撒ける女性陣と、漁獲した鮫や魚介類の食べ方を考える男性陣。そこにいつのまにかデブ猫モードになったルークとイムレも加わり、和気藹々と話が盛り上がっていた。
ここに来てようやく家宰は気づく。
嫡男程度では役不足だと。
将来辺境伯を支えつつ、ダンジョン都市をより良くして行こうと文武に力を注いできたと自他ともに認め、今回の謝罪と賠償交渉も是非にと自薦した嫡男。
本来なら子爵夫人が謝罪に向かうはずだったが、ルイーサたちと面識を持ってもらった方が良いと家宰も支持したことで、名代という大役を担うことができた。
しかし家宰が予想していた状況よりもかなり悪いことが、今になって初めて気づいた。
宿屋前の示威行為も魔力放出も、すべて冒険者ギルドに対するものだと思っていた。が、今は一緒になって魔力放出を受けている。
ここまで機嫌を損ねているなら、子爵夫妻での訪問が必須であると理解できる。
夫人が最後の最後まで不安そうにしていた気持ちが、今なら理解できる。そして同時に自分の失態も理解した。最悪の場合は、自分の命と引き換えにしてでも嫡男を守ろうと覚悟を決める。
「──それで、いつまで黙っているの? 本当にディルの言ったとおりね。私が聞くまで謝罪の一言もないって、何しに来たの? こっちも暇じゃないの。これ以上居座るだけで何も話さないなら、今すぐ帰ってくれないかしら?」
謝罪する上で一番最悪な謝罪対象に何をしに来たのかと問われるまで何もせず、黙り込むということを彼らは実践していた。
言われた後に謝罪したとしても、誰かに言われたから謝罪しに来たとしか受け取りようがないだろう。それもディルに言われた数時間後に、全く同じことをするという学習能力の低さ。
マイナスから始まる交渉を成人したばかりの若者がどのように
プラスに持っていけるか、エイダンたちは別の方向に興味を持っていた。
「──兄貴っ」
ルイーサが話しかけたのに、お互いが謎の譲り合いをして話し出さない。
本当なら子爵の名代が話を進めるべきのだが、すでに気絶一歩手前という情けない姿を晒しているから、ギルドマスターが対応するべきだろうと全員が視線を向けた。
ギルドマスターは当事者の狼公やレイフから伝えた方が良いと考え、二人に譲っていた。
このままじゃ埒があかないと判断した解体部門長が、ブルーノへと声をかける。
「ガリウス、悪いことは言わない。黙って座ってろ」
「兄貴……」
「ルイーサ、謝罪は受けても無駄なようだ。ルークの条件について話した方が気が楽だ」
「そうね。せっかく再契約ができるチャンスだったのにね? これからの防衛は自分たちでやってね」
「兄貴……、姐さん……」
「──それではっ特例扱いにはできませんぞっ!?」
防衛契約はできないという二人に、家宰が食い下がる。
「ん? 何故?」
「防衛契約と引き換えに土地の使用権ではなく所有権としているのですぞ? 防衛契約が破棄されれば、使用権に戻すのが筋でございましょう?」
「あなたたちが道理を説くの? 公爵に聞くと良いわ。ここは防衛契約の引き換えではなく、貧弱なあなたたちの代わりに領都を防衛した英雄に対する報酬なのよ。ここは永久に私たちの土地なの。ねぇ? 名代で来ているのよね? 子爵は英雄に対する報酬を取り上げる嘘つきってことでいいのよね?」
「……私は名代ではありません」
「じゃあ黙っていたら? そこでお寝んねしてる坊やを連れて帰りなさい。大人の会話に邪魔よ。あんよができるようになったら相手してあげるから」
「不け──」
狼公が家宰の口を塞ぐがすでに手遅れ。
「東部に貴族の下らない法律を持ち込まないでくれる?」
「うっ──」
「武勇こそ全てという公爵の主義を、家臣の使用人ごときが否定するなんて何様なのかしら?」
ルイーサの逆鱗に触れた家宰は名代と護衛の騎士ともども、ルイーサの威圧によって気を失い、交渉に至ることなく退場することに。
「あら、優秀な冒険者を連れて来たのね。防衛契約は彼らと結ぶことにしたら良いと思うわ。でも気をつけてね。ここは報酬を取り上げる領主がいるから、契約を迫られる前に逃げても良いかもね」
ダンジョン都市の関係者が集っているだけあって、護衛を含む全員が高い戦闘能力を持っている。
ゆえに、意図的に威圧の範囲を絞られていることを全員が理解していた。解体部門長がいる周辺が交渉側で唯一の安全地帯で、冒険者たちは解体部門長の近くにいた。
ただそれだけ。
彼らが特別優秀ってことではない。
そして冒険者たち自らも理解している。
でも、否定も肯定もできない。
彼らは現在進行形で竜種と対峙している心境だからだ。
「整理するわよ? 防衛契約は破棄。雑用系指名依頼は採用するのよね? 冒険者ギルドと行政の施策に関することだから断るはずないと思うけど、断った場合は別の案を使いなさいよ?」
本来は防衛契約の条件だったが、すでに孤児院のシスターや関係各所に通達を出した後だ。
今更やりませんという言葉は通らないだろう。
「次は狼公かしら? ディルからの依頼を熟せないなら、今すぐにお金や預かったものを返しなさい。強盗への対応は厳しいものになるわよ? まぁあなたの命は宙に浮いている状態だろうけど。それから、外壁工事に関してはエイダンが代わってくれるそうだから、建築系の仕事も白紙に戻して結構よ」
狼公が言葉を発する前に、レイフへ視線を向ける。
「仕入に関してはどちらでもいいけど、ディルとの契約を果たせないなら狼公の命はないわよ? 他の騎士は自ら禊ぎの旅に出たわ。──公爵城へ、ね」
「「──っ!」」
公爵の御城に宮廷魔法士が訪問し、公爵に諫言を行うという無礼千万な行動に加え、諫言の内容による被害が説明次第で騎士たち以外にも及ぶことが予想された。
辺境伯の耳に入れることさえ事態が収束した後と考えていたのに、辺境伯の執り成しがない状態で公爵の耳に入ってしまうという突然の凶報。
絶対に回避したかったことだけに一瞬固まってしまう首脳陣。
「ディルは優しいでしょ? そんなことのために生存のチャンスを与えるなんてね。でも、狼公はもっと幸運よ。土地と引き換えにするだけだもの」
「──あっ! 思い出した。早くしないと土地と命の交換は無効になるぞ」
「どういうこと?」
ギルドマスターの秘書と依頼について打ち合わせていたエイダンが、午前中のことを説明する。
「ほら、アレを採掘したろ? 燃やさないようにテオが土地の所有権を父親から獲得するって言ってたぞ。そしたら、その契約は無効だろ?」
「恩知らずで恥知らずしかいないと思っていたけど、テオに救われたわね。じゃあ狼公たちは用済みかしら? 私とシスターが数日前に助けてあげたというのに、全くの無意味だったみたいね。あと、これが【青獅子】からの条件。しっかり読んですぐに行動に移しなさい。じゃなければ、王都が更地になるわよ?」
謝罪は不要だから黙って言うことを聞けという、至ってわかりやすい指示を出すルイーサ。
「他に何かあったかしら?」
「ディルの情報を漏洩した職員がいるんだろ? 賠償金を払うことを忘れるなよ?」
ブルーノが珍しく強めの口調で発言する。
何故知っているのかという疑問もあったが、ブルーノの行動に驚いた解体部門長が思わず返事をした。
「はいっ」
この返事をもって会議は終了となり、ルイーサによって強制的に退去させられた。
冒険者たちは気絶している貴族組の介抱を行った後、ルイーサたちに丁寧なあいさつをして帰っていった。
「さて、外出の言い訳を聞きましょうか」
「ナァァァゴッ」
「──んっ? また……」
「やっぱり……、包囲網を抜けられたわ……」
「おや、一人にしたのは失敗だったかね?」
「いや、無意味だろ。どうせ出掛けていたはずだ。ルークとイムレを残していったってことは、ただのお出かけだろ。過保護にしすぎると嫌われるぞ」
「ちょっと、エイダン。私が嫌われているって言いたいの?」
「言ってない。過保護にするなってことだ」
「それは無理よ。やっと笑顔を見せるようになったのよ? やっと暗い瞳に光が宿ったのよ? それに、隙を見せたらきっとすぐにいなくなってしまうわっ」
ルイーサとカミラの二人と会話するだけでも劣勢状態だったのに、そこに三人もの援軍が加わった。
会話に加わっていないが、ブルーノの加わっただけでその場の空気が張り詰める。主に護衛の騎士や冒険者たちが勝手に緊張しているだけだが、その緊張が伝播する。
エイダンは諌めているようでいて、言葉を引き出す手伝いをしているだけ。
シスターは中立に見せつつ、ルイーサ側に立っている。
領都ポットにおいて各分野の顔役が一堂に会し、一様にディルに対する数々の無礼に対する責任を追及していた。
この場に相応しくない破廉恥な服装をしているカミラを見て、鼻の下を伸ばす余裕がある者はおらず、指摘する余裕がある者もいない。
ただただルイーサたちの会話に集中し、少しでも弁明の糸口を見つける努力をしていた。
領主の子爵家からは名代の嫡男と家宰が派遣され、同時に護衛の騎士が食堂内に二人、それから宿屋の前に八人配置されていた。
名代の同行者には狼公と部下の姿もあり、状況を理解していないというようなことがなさそうだと、ルイーサたちは少し安心していた。
それから、狼公の命を救おうと交渉中のシルフォード商会の商会長も同席したいと申し出たため、名代側に着席している。
最後に、そもそもの原因を作った冒険者ギルドからはギルドマスターと女性秘書に、ブルーノと親しい解体部門長のガリウスに、護衛の冒険者が同席している。
ギルドマスターは女性でありながら、辺境のダンジョン都市に赴任できるほどの実力者だ。
しかし、到着直後から体が硬直して指先すらまともに動かすことができずにいた。
理由は明白。
ルイーサやカミラが周囲の魔力を制御下に置き、ギルドマスターを中心に圧をかけていたからだ。
高濃度で高密度な魔力を浴びせ続けられるというのは拷問にも等しいことで、息苦しい状態が続いたり、重しで体を拘束されたり、魔力に抵抗しようと反発することで魔力が枯渇したりと、様々な状態異常を相手に与える。
それに加え、ルイーサを始めとするエルフが躾けに魔力放出を使うことから分かるように、外傷や証拠を残さず序列と恐怖を植え付けることができるのだ。
ギルドマスターは宿屋に着いた瞬間から、このような苦行を受け続けていた。
でも解放された瞬間があった。
それはディルが魔光貝の下処理を行ったときだ。
ルイーサとカミラから一時的に魔力の制御権を奪い、魔力濃度が普段通りの濃さに戻ったことで地獄から解放された。
同時に二人が確認のために席を外したことも幸いし、短い休息も摂ることができた。が、再び戻ってきたときに余計なおまけも連れてきた。
そして再び始まる苦行。
回避方法に選んだのは名代の近くに座るという肉盾作戦だ。
だが、待っていたのはみんなで仲良く折檻タイムだった。
同じ釜の飯を食った戦友ではなく、同じ折檻を受けた戦友として絆は太く硬いものになるはず。
ちなみに、この時点で同席を希望したシルフォード商会の商会長レイフは同席したことを後悔していた。
今すぐにでも帰りたいと言ってしまいたいが、それができないことを理解しているため苦行に堪えながら交渉の糸口を探していた。
対して、同じ空間にいるエイダンたちはというと、「いつもと何か違うか?」というような感じで談笑していた。
ディルへの無礼など怒りをぶち撒ける女性陣と、漁獲した鮫や魚介類の食べ方を考える男性陣。そこにいつのまにかデブ猫モードになったルークとイムレも加わり、和気藹々と話が盛り上がっていた。
ここに来てようやく家宰は気づく。
嫡男程度では役不足だと。
将来辺境伯を支えつつ、ダンジョン都市をより良くして行こうと文武に力を注いできたと自他ともに認め、今回の謝罪と賠償交渉も是非にと自薦した嫡男。
本来なら子爵夫人が謝罪に向かうはずだったが、ルイーサたちと面識を持ってもらった方が良いと家宰も支持したことで、名代という大役を担うことができた。
しかし家宰が予想していた状況よりもかなり悪いことが、今になって初めて気づいた。
宿屋前の示威行為も魔力放出も、すべて冒険者ギルドに対するものだと思っていた。が、今は一緒になって魔力放出を受けている。
ここまで機嫌を損ねているなら、子爵夫妻での訪問が必須であると理解できる。
夫人が最後の最後まで不安そうにしていた気持ちが、今なら理解できる。そして同時に自分の失態も理解した。最悪の場合は、自分の命と引き換えにしてでも嫡男を守ろうと覚悟を決める。
「──それで、いつまで黙っているの? 本当にディルの言ったとおりね。私が聞くまで謝罪の一言もないって、何しに来たの? こっちも暇じゃないの。これ以上居座るだけで何も話さないなら、今すぐ帰ってくれないかしら?」
謝罪する上で一番最悪な謝罪対象に何をしに来たのかと問われるまで何もせず、黙り込むということを彼らは実践していた。
言われた後に謝罪したとしても、誰かに言われたから謝罪しに来たとしか受け取りようがないだろう。それもディルに言われた数時間後に、全く同じことをするという学習能力の低さ。
マイナスから始まる交渉を成人したばかりの若者がどのように
プラスに持っていけるか、エイダンたちは別の方向に興味を持っていた。
「──兄貴っ」
ルイーサが話しかけたのに、お互いが謎の譲り合いをして話し出さない。
本当なら子爵の名代が話を進めるべきのだが、すでに気絶一歩手前という情けない姿を晒しているから、ギルドマスターが対応するべきだろうと全員が視線を向けた。
ギルドマスターは当事者の狼公やレイフから伝えた方が良いと考え、二人に譲っていた。
このままじゃ埒があかないと判断した解体部門長が、ブルーノへと声をかける。
「ガリウス、悪いことは言わない。黙って座ってろ」
「兄貴……」
「ルイーサ、謝罪は受けても無駄なようだ。ルークの条件について話した方が気が楽だ」
「そうね。せっかく再契約ができるチャンスだったのにね? これからの防衛は自分たちでやってね」
「兄貴……、姐さん……」
「──それではっ特例扱いにはできませんぞっ!?」
防衛契約はできないという二人に、家宰が食い下がる。
「ん? 何故?」
「防衛契約と引き換えに土地の使用権ではなく所有権としているのですぞ? 防衛契約が破棄されれば、使用権に戻すのが筋でございましょう?」
「あなたたちが道理を説くの? 公爵に聞くと良いわ。ここは防衛契約の引き換えではなく、貧弱なあなたたちの代わりに領都を防衛した英雄に対する報酬なのよ。ここは永久に私たちの土地なの。ねぇ? 名代で来ているのよね? 子爵は英雄に対する報酬を取り上げる嘘つきってことでいいのよね?」
「……私は名代ではありません」
「じゃあ黙っていたら? そこでお寝んねしてる坊やを連れて帰りなさい。大人の会話に邪魔よ。あんよができるようになったら相手してあげるから」
「不け──」
狼公が家宰の口を塞ぐがすでに手遅れ。
「東部に貴族の下らない法律を持ち込まないでくれる?」
「うっ──」
「武勇こそ全てという公爵の主義を、家臣の使用人ごときが否定するなんて何様なのかしら?」
ルイーサの逆鱗に触れた家宰は名代と護衛の騎士ともども、ルイーサの威圧によって気を失い、交渉に至ることなく退場することに。
「あら、優秀な冒険者を連れて来たのね。防衛契約は彼らと結ぶことにしたら良いと思うわ。でも気をつけてね。ここは報酬を取り上げる領主がいるから、契約を迫られる前に逃げても良いかもね」
ダンジョン都市の関係者が集っているだけあって、護衛を含む全員が高い戦闘能力を持っている。
ゆえに、意図的に威圧の範囲を絞られていることを全員が理解していた。解体部門長がいる周辺が交渉側で唯一の安全地帯で、冒険者たちは解体部門長の近くにいた。
ただそれだけ。
彼らが特別優秀ってことではない。
そして冒険者たち自らも理解している。
でも、否定も肯定もできない。
彼らは現在進行形で竜種と対峙している心境だからだ。
「整理するわよ? 防衛契約は破棄。雑用系指名依頼は採用するのよね? 冒険者ギルドと行政の施策に関することだから断るはずないと思うけど、断った場合は別の案を使いなさいよ?」
本来は防衛契約の条件だったが、すでに孤児院のシスターや関係各所に通達を出した後だ。
今更やりませんという言葉は通らないだろう。
「次は狼公かしら? ディルからの依頼を熟せないなら、今すぐにお金や預かったものを返しなさい。強盗への対応は厳しいものになるわよ? まぁあなたの命は宙に浮いている状態だろうけど。それから、外壁工事に関してはエイダンが代わってくれるそうだから、建築系の仕事も白紙に戻して結構よ」
狼公が言葉を発する前に、レイフへ視線を向ける。
「仕入に関してはどちらでもいいけど、ディルとの契約を果たせないなら狼公の命はないわよ? 他の騎士は自ら禊ぎの旅に出たわ。──公爵城へ、ね」
「「──っ!」」
公爵の御城に宮廷魔法士が訪問し、公爵に諫言を行うという無礼千万な行動に加え、諫言の内容による被害が説明次第で騎士たち以外にも及ぶことが予想された。
辺境伯の耳に入れることさえ事態が収束した後と考えていたのに、辺境伯の執り成しがない状態で公爵の耳に入ってしまうという突然の凶報。
絶対に回避したかったことだけに一瞬固まってしまう首脳陣。
「ディルは優しいでしょ? そんなことのために生存のチャンスを与えるなんてね。でも、狼公はもっと幸運よ。土地と引き換えにするだけだもの」
「──あっ! 思い出した。早くしないと土地と命の交換は無効になるぞ」
「どういうこと?」
ギルドマスターの秘書と依頼について打ち合わせていたエイダンが、午前中のことを説明する。
「ほら、アレを採掘したろ? 燃やさないようにテオが土地の所有権を父親から獲得するって言ってたぞ。そしたら、その契約は無効だろ?」
「恩知らずで恥知らずしかいないと思っていたけど、テオに救われたわね。じゃあ狼公たちは用済みかしら? 私とシスターが数日前に助けてあげたというのに、全くの無意味だったみたいね。あと、これが【青獅子】からの条件。しっかり読んですぐに行動に移しなさい。じゃなければ、王都が更地になるわよ?」
謝罪は不要だから黙って言うことを聞けという、至ってわかりやすい指示を出すルイーサ。
「他に何かあったかしら?」
「ディルの情報を漏洩した職員がいるんだろ? 賠償金を払うことを忘れるなよ?」
ブルーノが珍しく強めの口調で発言する。
何故知っているのかという疑問もあったが、ブルーノの行動に驚いた解体部門長が思わず返事をした。
「はいっ」
この返事をもって会議は終了となり、ルイーサによって強制的に退去させられた。
冒険者たちは気絶している貴族組の介抱を行った後、ルイーサたちに丁寧なあいさつをして帰っていった。
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