暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一

文字の大きさ
上 下
37 / 97
第一章 居候、始めます

幕間一  衛兵隊長の苦難

しおりを挟む
 私の名前は、イーサン・オルツ。
 東部辺境領のダンジョン都市【ポット】の衛兵隊長に就任して早数年。
 ダンジョン都市としては当然のごとく事件の発生率は高いが、他の都市と比較しても激務と言うほど問題は起きていないと思う。
 もちろん、我々の日々の努力が実を結んでいると思うし、子爵閣下の統治能力が高いことも影響しているだろう。さらに、辺境伯閣下から派遣されている【餓炎狼公】も、表に裏にとサポートしてくれ、大変助かっている。

「──はあぁぁぁぁ……」

 今日何度目か分からない溜息が無意識に口から漏れ、ほんの数日前までの平穏な日常が遠い思い出のように脳内を駆け巡る。

「これで四日連続か……」

 すまない。
 先程は嘘をついてしまった。

 領主の子爵閣下は、辺境伯閣下の右腕と称されるほどの武勇に長けた方だが、統治能力ははっきり言って微妙だ。
 良く言えば寛大。
 悪く言えば大雑把。
 そんな領主を支えているのが、領主の愛妻である奥方だ。
 報告の場にいることが多いのだが、ここ数日は不在らしく、連日の報告では顔を合わせずに済んでいる。

 しかし、面会の待合室内の雰囲気を見るに、どうやら今日は奥方が同席しているようだ。

「寄りにも寄って、何故今日なのだろうか……」

 領都では、絶対に逆らってはいけない五人の女傑がいる。
 五人中二人は比較的温厚で良識のある人物で、私の気苦労も理解してくれる方々である。
 反対に、残りの三人が私の気苦労の元になることが多い。

 一人目はダンジョン都市において避けては通れない冒険者ギルド、そのギルドマスターだ。彼女を敵に回すということは、ギルドに所属する全ての冒険者を敵に回すということ。
 この領都ポットにいる冒険者の数は、領兵と衛兵を足しても上回ることはないほど多い。

 そして、その冒険者ギルドに所属している最大戦力こそが二人目だ。
 薬師や治療師としても有名で、私の妻子を始め多くの者がお世話になっている。冒険者としては夫婦で活動しており、多くの冒険者が慕っている先達だ。
 パーティー名をもじった宿屋を経営しているらしく、妻子に度々ねだられている。近々連れて行かないと、家庭内での私の立場が拙いことになるだろう。

 最後に、曲者揃いの冒険者ギルドとの折衝役を担当する子爵夫人だ。
 報告しているだけなのに、何故か私が悪さをしたような気になる。決して、何かをしてくるわけではない。子爵が終始見惚れるほどの微笑みを浮かべて話を聞いているのだが、何を考えているのか全く分からず、言わなくてもいいことまで話してしまうのだ。
 結果、隠したいことまで言わされ、指摘と質問の嵐に心が砕け散る。

「はあぁぁぁ……」

 今日も今日とて私が悪いわけでもないのに、責任者ということで地獄の報告会に来た。

 目の前には憔悴している【餓炎狼公】と、女傑の一人が一緒にいるという謎の状況が展開されているが、面会前に余計なことを知りたくないので、今回は無視させていただく。

 すまない。

「──オルツ卿、中へどうぞ」

「はい」

 ついに、この時が……。
 胃が痛い。


 ◆


「──という結果になりました」

 昨日の事件の説明を終え、子爵夫妻の言葉を待っている。
 沈黙が死刑執行直前の緊張感と同じで、緊張で吐血しそうだ。
 いつもは処する側なのに、何故他人が仕出かしたことで処される側にならねばならないのか。

 昨夜簡単に報告をしたのに、報告書で済むかと思ってまとめておいた、その報告書を持参した上での説明。

 ……分かっていた。社会人だから、きっと事情説明を求められると分かっていたさ。
 でも、少しくらい期待してもいいだろう?

「──先程受けた報告と一致しますね」

「うむ」

「付け加えるとしたら、ルイーサ様は契約について話し合いましょうと伝言をされたそうなの。衛兵隊は把握しているかしら?」

「うむ」

 閣下、返事をするところではありませんよ。

「どうなの?」

「……把握しておりません。我々衛兵隊は宿屋周辺での対応でしたし、途中からルイーサ様の代わりに従魔が対応したと報告を受けました」

 絶対に【青獅子】と言ってはいけない。
 衛兵隊が都市を危険に晒したと知られたら……。

「うむ。──そうだ、従魔と言えば【青獅子】らしき魔獣がギルドに登録されたらしいぞっ。なっ?!」

 余計なことをっ。
 そこは「うむ」だけでいいでしょうがぁっ。

「まぁっ。どこの誰の従魔になったか把握しているかしら?」

「……は……い」

「え? もっと大きな声で言ってくれないと聞こえないわ」

 言いたくないんだよ。
 いや、聞いて欲しくないのか?

「把握してるよなっ! 昨日の夕方前に報告に来てくれたもんなっ!」

 おぉぉいぃぃぃ。
 百歩譲って報告はいい。
 夫婦だから、逆にしないとおかしいと思う。
 しかし、巻き込むなよっ。

「あら、私は聞いてないわよ?」

「すまん。忘れてた」

「次からは気をつけてくださいね」

「うむ」

 優しすぎるだろう。
 でも、私にも優しくして欲しい。

「それで、誰なんです?」

「今回の被害者の一人です」

 はい、詰んだ。

「ん? 状況がよく分からないわね。辺境伯家の次男が誘拐されたと通報があって、制圧に向かった場所が【双竜の楽園亭】だった。衛兵隊はルイーサ様と交戦することになったけど、途中で従魔と交代した。その従魔は【青獅子】に似ており、被害者の一人と契約している。──被害者って誰のこと?」

「そこは調査中でして……」

「じゃあ通報者はどこにいるの?」

「それも調査中でして……」

「従魔の契約者が誰か分かっていれば、被害者が誰か分かるでしょう? どうして調査中なの?」

「全体像がはっきりせず、現在裏取りを行っている最中です」

「通報者がいないのに、どうやって裏取りするの? それとも裏取りが終わるまで報告を先延ばしにするつもり?」

「いえ……」

 おい、「うむ」はどうした。
 場を和ませてくれよ。

「隠していることはないかしら?」

「……ありません」

「そう。じゃあ、ルイーサ様とその家族に濡れ衣を着せて拘束しようとしたことは、報告書に書き忘れたのかしら?」

「──それは、違いますっ! 宿屋周辺の対応に向かった隊員が目を覚まさず、確実なことを報告できなかったのですっ!」

「じゃあ、私が事件の詳細を教えてあげるわね」

 何で夫人が……?

「ルイーサ様の御息女が宮廷魔法士長に就任した際、子爵に叙爵されたことは知っているわよね? その御息女親子が帰省していて、娘さんが今回誘拐されそうになったそうなの。そこを辺境伯家の次男が助け、身代りに拉致された。ここまでのことで知っていることはある?」

「いえ……」

 拙い、拙い。

「ふーん。まぁいいわ。続きを話すわね」

「お願いします」

「拉致した犯人は辺境伯家の次男を人質にしたのは自分たちなのに、【餓炎狼公】と衛兵隊に嘘を吹き込んで冤罪をでっち上げたの。そしてろくに調査もせず、犯人の思惑通りに動かされたのよ。あなた達を陽動にして、自分たちは捕縛に協力しているふりをして誘拐を企てる。なんて卑劣でしょう」

「…………」

「まだ五歳の女の子の誘拐に加担するなんて、ね? そして結果はどうなったかしら?」

「…………」

「衛兵隊や領兵が目撃した次男を担ぐ姿は、治療をするためにルイーサ様の元に連れて行っている最中。監禁現場からは多くの被害者が発見された。通報者は何故か消えてしまった。どうしてかしらね?」

「調査中としか……」

「大丈夫よ、理解しているわ。あなたの制止も聞かず飛び出した、愚か者たちの暴走ってことはね。でも、忘れているようだから教えておくわね。ルイーサ様の御息女は子爵なの」

「──あっ」

「私たち東部辺境領の貴族が、先王陛下自らが叙爵した臣を襲撃したって状況は理解しているかしら? 誰かは東部と北部の戦争かと言われたそうだけど、私は今後の対応次第では国との戦争になると思うわ。そこに【青獅子】が加わったらどうなるか理解してる? 領地がという話では済まないわよ?」

 そこまでの状況になっているとは思わなかった。
 これなら【餓炎狼公】と、待合室で情報のすり合わせをしておくべきだった。

「私が何故知っていると思う?」

「分かりません」

「ルイーサ様親子と辺境伯家の次男による連名の書状が、昨夜私の元に届いたのよ。久しぶりにルイーサ様の精霊を見ることができて嬉しかったのに、書状の中身を見て嬉しさが絶望に変わったわ。ちなみに内容については、待合室にいた二人から間違いないと確認が取れているから安心してちょうだい」

「そんな……」

「さて、今後について全員で話し合いましょう。場合によっては、公爵閣下と辺境伯閣下に対応をお願いすることになるわ。まぁそこまで事態が悪くなる前になんとかしないとね」

「はいっ!」

「──あなた?」

「う、うむ」

 誰か、隊長を代わって欲しい。



しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

破滅する悪役五人兄弟の末っ子に転生した俺、無能と見下されるがゲームの知識で最強となり、悪役一家と幸せエンディングを目指します。

大田明
ファンタジー
『サークラルファンタズム』というゲームの、ダンカン・エルグレイヴというキャラクターに転生した主人公。 ダンカンは悪役で性格が悪く、さらに無能という人気が無いキャラクター。 主人公はそんなダンカンに転生するも、家族愛に溢れる兄弟たちのことが大好きであった。 マグヌス、アングス、ニール、イナ。破滅する運命にある兄弟たち。 しかし主人公はゲームの知識があるため、そんな彼らを救うことができると確信していた。 主人公は兄弟たちにゲーム中に辿り着けなかった最高の幸せを与えるため、奮闘することを決意する。 これは無能と呼ばれた悪役が最強となり、兄弟を幸せに導く物語だ。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

生活魔法しか使えない少年、浄化(クリーン)を極めて無双します(仮)(習作3)

田中寿郎
ファンタジー
壁しか見えない街(城郭都市)の中は嫌いだ。孤児院でイジメに遭い、無実の罪を着せられた幼い少年は、街を抜け出し、一人森の中で生きる事を選んだ。武器は生活魔法の浄化(クリーン)と乾燥(ドライ)。浄化と乾燥だけでも極めれば結構役に立ちますよ? コメントはたまに気まぐれに返す事がありますが、全レスは致しません。悪しからずご了承願います。 (あと、敬語が使えない呪いに掛かっているので言葉遣いに粗いところがあってもご容赦をw) 台本風(セリフの前に名前が入る)です、これに関しては助言は無用です、そういうスタイルだと思ってあきらめてください。 読みにくい、面白くないという方は、フォローを外してそっ閉じをお願いします。 (カクヨムにも投稿しております)

女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)

土岡太郎
ファンタジー
 自分の先祖の立派な生き方に憧れていた高校生の少女が、ある日子供助けて死んでしまう。 死んだ先で出会った別の世界の女神はなぜか彼女を気に入っていて、自分の世界で立派な女性として活躍ができるようにしてくれるという。ただし、女神は努力してこそ認められるという考え方なので最初から無双できるほどの能力を与えてくれなかった。少女は憧れの先祖のような立派な人になれるように異世界で愉快で頼れる仲間達と頑張る物語。 でも女神のお気に入りなので無双します。 *10/17  第一話から修正と改訂を初めています。よければ、読み直してみてください。 *R-15としていますが、読む人によってはそう感じるかもしないと思いそうしています。  あと少しパロディもあります。  小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様でも投稿しています。 YouTubeで、ゆっくりを使った音読を始めました。 良ければ、視聴してみてください。 【ゆっくり音読自作小説】女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮) https://youtu.be/cWCv2HSzbgU それに伴って、プロローグから修正をはじめました。 ツイッター始めました。 https://twitter.com/tero_oo

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

処理中です...