暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一

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第一章 居候、始めます

第四話  野生のラスボスに捕まった

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 まさか壷が原因で動かなかったとは思わなかったけど、原因がわかっているなら対処は簡単だ。

「お、俺から離れろっ!」

 恐怖で体が震えている賊は今にも壷を落としそうで、それに恐怖するおっさんが飛び去るように後退した。

「き、君も下るんだっ」

「はぁ」

 片足を一歩だけ下げ、二人の要求に応える。

「もっとだっ!」

「はぁ」

「そ、それと魔法を使うなよっ」

「はぁ」

 まぁ【念動】は良いってことかな?
 じゃあ、さようなら。

「いい──」

 壷を空中に固定しつつ、首をへし折る。
 何とも簡単な人質救出作戦だろうか。

「あぁぁぁぁぁーーーーっ」

 賊が倒れた瞬間、壷の落下も免れないと思ったのか、おっさんは膝をついて絶叫した。

「おっさん。お家──じゃない。壷は無事だから、ここに置いておくね。じゃっ」

「──ふぇっ」

 天を仰いだおっさんの間の抜けた声を背に受けつつも、俺は猪さんの下に急いだ。


 ◆


「猪さん、ただいまっ!」

 猪さんは無事だった。
 獣に荒らされるかと思ったけど、意外にも荒らされた様子すらなかった。

「あとは洋服屋さんかな」

 まだ来てないだろうと思ったのだが、すでにいた。
 しかも増えてる。

「あら、あなたが新規のお客さん?」

「…………多分」

「そうなのね。でも、あそこは狩り小屋だから泊まるところがないの」

 寝られれば十分な俺からしたら、過去最高の宿泊施設だったけどね。
 野営とかじゃなくて、ただの野宿なんてざらだった。

「町に入れれば、寝るところなんてどうにでもなります」

 警戒はしておくが、無愛想になりすぎてもいけない。
 まだ服を頂いていないからね。

「うーん、それもそうね。今はお風呂の方が大切だものね」

「──は? 風呂……ですか?」

 無愛想にならない便利な口調は、やはり敬語だろう。
 瞬間湯沸かし器みたいな王弟のおかげで、一番教養がなさそうな暗殺者たちでも敬語を身につけられた。
 タメ口は、王弟を挑発する言葉として一番効果を発揮していたのは間違いない。

 いや、そんなことよりも今は風呂だ。
 個人的には入りたい。
 でも、二人の実力者を目の前にして風呂に浸かるなんて……絶対あり得ない。

「そうよ」

「えっと……服があれば大丈夫です。代価に猪も持ってきたので」

 動揺しているせいか、敬語が崩れる。

「まぁ美味しそうね。一緒に食べましょう」

「い、いえ。僕は大丈夫です」

「私は大丈夫じゃないわ」

 頬に手を当てて首を傾げる美人エルフは、華奢な見た目とは裏腹に極太の芯を持っているようだ。
 全く折れる気がない。
 俺が願いを聞き届けるまで解放する気がないのだろう。
 しかも逃げることも許されていないから、さらにたちが悪い。

 何でこの人を連れてきたんだ?
 服だけ持ってきてくれれば良かったんだけど。
 それに本人はどこだよ。

「……それなら肉の一部をもらえれば大丈夫です」

「あら、一緒に食べるってことね」

 えっ? 何で?
 別々って意味に決まってるのに。

「いえ、そうではなく──「腕によりをかけてご飯を作るわね」」

 無理。勝てない。
 仕方ない。服を諦めよう。

 技能スキルてんこ盛りでサクッと逃げれば、きっと逃げれるはず。

 ──と、思い上がったときもありました。

「さぁ、こっちよ」

 魔力を巡らせようとした瞬間、腕を捕まれて逃走を阻止された。
 技能は魔力を消費しないと思っている人が多いけど、実際はそんなことない。
 だから、発動の際に魔力が漏れ出す。
 達人たちは経験から察して動くことができるらしいが、目の前のエルフは発動前に動き出していた。

 もしかしたら、魔力を知覚しているのかもしれない。
 精霊と契約することが可能な種族だから、種族特性技能があっても不思議じゃない。

「……はい」

 小屋の方角は分かっているのだが、手を離してくれない。
 それどころか、カップル繋ぎをしようと手を動かし始めた。
 俺にとってもチャンスであるため、拘束から逃げ出そうと手首を捻る。が、失敗に終わった。

「むぅ」

 短時間だが激しい攻防が繰り広げられた後、視線を感じて視線の方向に顔を向けると、むくれた表情をした美人エルフがいた。
 俺は黙って視線を逸らすことにした。
 何も突っ込むまい。

「おかえり」

「ただいま。お風呂はどう?」

「湧いた」

 ここにいたんかいっ!

「この子がね、お洋服の代わりに猪を獲ってきてくれたみたいなの。私たちだけ食べるのは悪いと思ったから、食事に誘ってみたんだけど、快く受けてくれたわ」

 嘘だっ!

「……そうか」

 マッチョエルフが一瞬だけ俺に視線を向けたけど、すぐに美人エルフに視線を戻した。
 言葉数が少なく、表情もあまり変わらないからわかりにくい。
 でも、俺の真意はわかっているはず。

「さぁお風呂に行きましょう」

「え? 本当に入るんですか?」

「えぇ。早く入らないと町の門が閉まっちゃうわよ?」

 俺は別に大丈夫だけど。
 明日以降に入町すればいいし。

 それとも、入町の混雑を狙って人混みに紛れるのもありかも?

「──えっ? 何しているんです!?」

 方針を考えていると、美人エルフが服を脱ごうとしていた。
 俺を入れようとしていたのではなく、自分が入るための風呂ってこと?

「入り方がわからないから、お風呂を嫌がっているのでしょ? 別に恥ずかしいことじゃないのよ? 私たちも町の中では入浴なんか滅多にしないしね。だから、一緒に入りましょう。教えてあげるから。ね?」

「いやいやいや。知ってますっ! 入り方、知ってますっ!」

 お風呂大好き日本人だったんだぞ。
 一人で入れるに決まってるだろ。

「あら、じゃあどうして嫌なの?」

 あんたらがいるからだよ。とは言えるわけもなく、もっともらしい理由を説明した。

「僕も十二歳で、あと三年で成人なんです」

「──あぁっ。男の子だもんね。うちの子たちもそうだったわ」

 え? 子供いるの? 全然見えないけど。
 じゃあ、マッチョエルフが旦那さんってこと?

 ……尻に敷かれてそう。

「ん? 何か言った?」

「いえ」

 勘もいいとは……。

「じゃあ私は向こうに行っているから、ちゃんとお風呂に入るのよ?」

「……」

「入るのよ?」

「……はい」

「良い子ね。じゃあまた後でね」

 一生勝てない気がする。
 でも、この感じはどこか懐かしい。



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