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第三章 始まりと報復

第四十八話 隊長は逃げられない

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 翌朝。リアたちを起こして食事をさせている間に俺は出発の準備を整えていたのだが、その頃には盗賊たちも大分回復したのか騒ぎ始めていた。

「おい! 鎧野郎! これが人のやることか!」

 だって、俺半分は人じゃないし。とは思うが、さすがに言うわけにはいかず対応することに。もちろん、汚れているだろうから幌を開けず幌越しにだ。

「あなたたちに言われたくありません。人を殺して物を盗むのは人がやる普通のこと何ですか? 俺がやったことは普通の人間がやってることですよ。まぁ相手は家畜ですけど。これから犯罪奴隷として鉱山に行くあなたたちに人権はありませんから、家畜と同じ扱いにしたんですよ。これでも褒めてほしいくらいですよ。それに他に乗り物はないですし」

「ふざけるな! まだ犯罪奴隷になると決まったわけじゃねぇ! それに馬車ならもっとあっただろうが!」

「はぁぁぁ? 盗賊討伐のために守護者が動いて捕まえたんだから、犯罪奴隷になるに決まっているだろ? それとも背後に教会や貴族の協力者がいるから逃がしてもらうって? そんなことはさせないから安心してくれ! それに他の馬車はここにはないぞ? 馬車の後ろにロープで固定して、馬車の速度に合わせて走ってくれてもいいけど、これ以上騒ぐなら仕方がない。昨日言った通り上下逆さで抱き合ってもらおうかな?」

 こいつらが国境周辺で行ったり来たりできたのは、二つの領地の権力者が支援していたからだ。違法奴隷の輸送係や物資の輸送に、献金などを行い安全を買っていた。しかし今回、代官御用達商会の隊商を襲撃してしまった。一向に届かない商品に焦った商会が守護者に依頼を出してもおかしくないし、商品を用意できないことで代官の不興を買うくらいなら盗賊の可能性を話すだろう。

 結果、代官に見放される形で盗賊討伐試験が行われることになったのだ。教会としては困るかもしれないが、国教でないのに自由にさせてもらっているのに、隠し資産がなくなったとなれば教会も見捨てるだろう。教会は自分たちのことで精一杯になり、盗賊のことなど無視するどころか処分してくれて喜ぶ可能性もある。

 さすがの盗賊も情報が漏れているのに、俺が報告しないわけないと悟り黙り込んでしまった。さらに昨日とは状況が違い、絶対にしたくない抱き合いをやらせると聞き完全に意気消沈したようで、静まり返っていた。

「素晴らしい。さすがに家畜と違い言葉が理解できるのですね。おかげで助かります。それではもう言うことはないですね。もうすぐで着きますので静かにしていてくださいね」

 嫌みったらしく敬語を使って話し、幼児に話し掛けるようにゆっくりと言い聞かせた。その頃には女の子たちも準備が終わり、出発の時間となる。

「出発! 進行ー!」

 かけ声とともに再び出発するとき、遠くの方で試験官らしき反応を感じたが彼を待たずに出発と相成った。そして半日ほど馬車で進むと、ようやく城塞都市ドルペスが見えてきた。

 スキル【感知EX】と【探知EX】で街門の様子を窺うと、以前のように武装して隊列を組んでいた。馬の大群が近づいて来たからっていうのは分かるが、ほとんどが誰も乗せていない空馬だ。これでビビって隊列を組むとかどんだけ貧弱なんだよ。

「止まれー! これはいったい何事だー!?」

 無能な警備隊長が出てきたため、俺が対応することにした。

「こんにちは。お久しぶりですね?」

 何人かが『またお前?』みたいな顔をして、「またかよ」と呟いていた。それはこちらの台詞だ。

「早速質問に答えようと思います。私たちはギルドで盗賊討伐試験を受けてきた帰りで、盗賊の死体と捕縛者を護送してきました。さらにその場には、数日前にこの街から出たばかりの違法奴隷の被害者もいましたので救助してきたんですよ。ーーおや? 以前にもこんなことがありましたね? 警備兵は情報を得られていなかったのでしょうか? それとも得られた上で協力していたなんてことはないでしょうね?」

「無礼な! 我々警備兵が盗賊と共謀しているというのか!?」

「いえ。盗賊の会話を聞いたところ、被害者を連れてきたのは教会だったそうです。つまり違法奴隷を盗賊に渡していた犯人は教会となりますが、そのような情報は得られていなかったのですか? そして教会が獣人を連れていることに何の疑いも持たず、街を出してしまったなら共謀と言わずなんと言うのか教えていただきたい。これがもし奴隷商人の馬車だったなら、商品だからと言われれば調べられないでしょう。しかし人族至上主義国家の教会が、正規な手段で購入した奴隷かはすぐに調べられるでしょう? なぜしていないんです?」

「教会……。そんな情報は……ない」

 情報をもみ消しやがった。自分が責任を負いたくない典型的な無能だ。管理職や責任者の主な仕事は責任を取ることだというのに。

「じゃあ無能なんですね……。情報がなくても不審に思い、事前に調査をすることが街の安全に繋がるのでは?」

「我々警備兵は忙しいのだ。事件が起こってからでないと調査をする暇などない!」

「たかが空馬に隊列を組む暇があるのに? お馬さんは大人しくて可愛いですよ?」

 審査待ちで門の外で列を作っている人たちが、声高に話す俺の言葉にクスクスという笑い声をあげていた。それに対し警備隊長と警備兵が怒り鋭い視線を向けていたが、笑っていた多くの者は荒事に慣れている守護者が主だから、弱小警備兵の視線などどこ吹く風である。

「どこまでも愚弄するつもりだ!」

「愚弄も何も事実でしょう? この街の警備兵の奴隷に対する認識が教国のようで不思議です。まぁ教国とも違いますが。奴隷は肉体労働をせず肉を食べるのが当たり前だと思っている方たちですから、違法奴隷になること自体が幸せであると考えていても不思議ではなさそうだ。それから俺も聞きたいことがあったんですが、たった三人で北の大盗賊を捕まえられたのに何故今まで捕まえられなかったのでしょうか?」

 俺の『北の大盗賊』の話しに周囲の商人や守護者がざわつく。三人での討伐成功。しかも試験って言っている時点で兵士ランクであることは明白。そこで、市民から警「備兵含む領軍はいったい何してたんだ?」って疑問が湧いただろう。

 この答えの正解は「代官が見逃していた」だが、言えるはずもない警備兵たちは市民からの不満や不信などの感情を一身に浴び、ひたすら屈辱や恥辱に堪えるしかなかった。

 そんな中、若い警備兵の一人がこの状況に我慢できず抜剣して俺に斬り掛かった。興奮して冷静な判断ができないのか、突進からの上段というワンパターンな攻撃である。速度も遅くカウンターを入れられたが、一度斬り掛かられるという状況が正当防衛には必要だ。

 俺はギリギリで左にかわす。次は俺に向かって渾身の横一閃ーーのつもりだったのだろうが、右手で警備兵の右肘に向かって掌打を叩き込んだ。

 ゴキッという音を鳴らし右肘があらぬ方向を向いたおかげで、俺には惰性のへなちょこ攻撃しか届かなかった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁあぁっぁぁ!!!」

「いやいや。斬り掛かってきたのは君だから。しかも君は抜剣してるじゃん。それにしても……弱すぎじゃね? 馬に蹴り殺されちゃうよ? 大人しくて可愛いお馬さんも正当防衛は知っているからね!」

 またもやお客さんたちは笑ってくれ、門の外はちょっとした演劇場となっていた。

「さて、そこで痛がっている警備兵には犯罪奴隷の仲間入りになってもらいましょうか。まぁこの街で奴隷になれれば、お肉をもらえて楽な仕事ができるんだから、たとえ片肘が壊れても大丈夫でしょう」

「警備兵を奴隷とするだと!? 違法奴隷ではないか!」

「あなたは何を見ていましたか? そして何を聞いていましたか? 以前と同じで違法奴隷の被害者を救助してきた上、『北の大盗賊』を捕まえてきた守護者に向けて斬り掛かったんですよ? 街の外で。剣を持った者に襲撃された。盗賊とどう違うかを教えていただきたい。さらに街の外でも中でも襲われた場合での正当防衛は認められているはず。答えが出せないなら、しっかりとした司法官を呼んで欲しいですな。まぁこんな単純なことで司法官を呼んだら、代官様と一緒に叱責されてしまうでしょうね」

「ぐっ……! どうか許してはもらえんか?」

 前回は許してやったが、今回はさすがに無理だな。

「今まであなたたちが見逃してきた違法奴隷の被害者たちは、あなたたちがしていることを許すでしょうか?」

「だから、見逃してなどいない! 教会のことなど知らなかった!」

「分かりました。そこまで言うのなら一緒に守護者ギルドに行き、嘘発見器を使用しても構いませんね? 本当に知らなかった場合は行き違いだったことにして、この警備兵を許しましょう。でも本当だったらあなたを含めた警備兵全員が違法奴隷に関与していたことになりますが、本当によろしいんですね?」

 この質問はどう答えても詰みだ。

「……!」

「おやおや? 無実なら即答しましょうよ! 部下の未来がかかっているんですから!」

「……隊……長……! お願い……します……!」

「ほらーーーー! どうしますーーー?」

 隊長も既に詰んでいることが分かっているのだろう。民衆の中にも何人か気づいている者がおり、周囲の人に教え回っている。結局、どちらにしても警備兵全員の未来は既に決まっているのだった。

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