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第三章 欲望顕現

第九十五話 到着からの契約履行

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 夏場はリゾート地として人気な諸島で、一番大陸に近い場所を【一の島】と呼んでいるらしい。

 なんの用があるのか分からないが、我が一行は船に乗って【一の島】を目指していた。

「案外近いものだね。まさか今日中に着くとは」

「快速船を用意してもらったんだ。早く行かなきゃいけないってタマさんが力説してたからな」

 嫌な予感しかしないのに、カーさんは何故協力するのだろうか。

「……まさかとは思うけど、早く行けば早く先に進めると思ってる?」

「――は? 違うのか?」

「いやいや! タマさんがそんなに親切なことをするわけないじゃん! 時間いっぱいまで作業をさせられるに決まってるって!」

「マジかよ! 観光も我慢したのに!」

 今更気づくとは……。狼兄弟はすでにお通夜状態というのに……。

「ラビくん、新しい島に着くよ! 楽しみだね!」

「……うん。……でも、観光できないんでしょ?」

「…………はい」

 俺が悪いわけじゃないのに……心が痛い。
 リムくんなんか一鳴きもせず、やけ食いしているではないか。

「きっと楽しいことが待ってるって! ねっ!」

「……うん」

 旅行ができると楽しみにしていただけに、落ち込みようがハンパない。

 ――タマさんよ、モフリ神であるアルテア様に怒られてしまえ。

「お世話になりました!」

 あいさつを終えて船を降り、目的地である場所に向かおうとしたのだが、今まで気配すら消していたタマさんが光りを帯びて現れ制止した。

「待ちなさい! 昼も過ぎたし、先に食事にしたらどうかしらー?」

「……昼? おやつの時間ですが?」

「なら、軽食でも食べたらー? いい場所を紹介してあげるー! 観光にもなるでしょー?」

「……怪しい」

 タマさんに全員の視線が集中するが、光る板はどこ吹く風である。

「こっちよー!」

 言われるがままついていくと、一軒の酒場に到着した。

「……酒場で軽食を摂れと? 飲酒って大丈夫でしたっけ?」

「はい? あんたドロン酒飲んでるでしょうに! 今更何言ってんのよ! さっさと入りなさい! 契約したでしょ!?」

 わずかな抵抗は無駄に終わり、契約を盾に無理矢理入らされる。
 というか、やっぱり契約に関係することだったんだな。……嫌すぎる。

「おいおいっ! ここは貸し切りだぞ! 子どもが来てんじゃねぇぞ!」

 テンプレかな? と思ったが、貸し切りなら仕方がないか。帰ろう。

「貸し切りでしたか。さっき島に着いたばかりで知りませんでした。帰りますので、御安心ください」

「はぁーー!? 船もないのにーー!? 泳ぐってことかぁーー!?」

「……もしかして、島ごとですか?」

「当たり前だろ!? ここは王領だからな!」

「でしたら無理ですね。あなたは国王ではないですから」

「はぁ……。これだから無知なやつは困るんだよ。カッペにいいことを教えてやる! 俺様は王太子だから次期国王なんだよ! 一つ利口になったな! 感謝しろよ!?」

「え? まだ誰も立太子されていないので、王太子はいないはずですよ。王太子を僭称することは重罪ですよ。一つ利口になりましたね。感謝してください」

 一目で分かるほど怒っている。キレる寸前だ。
 目が血走り、顔を紅潮させている。
 全身に力が入っているのか、筋肉が張っているように感じられた。もちろん、拳を作った状態で。

「顔……赤いですが、大丈夫ですか?」

 世の中で言うところの余計な一言だが、これは指示された一言であり、俺は空気が読めないわけではない。

「テメェ……死んだぞ!?」

「はて? 生きてますが?」

「死ねッ!」

 振りかぶられた拳をどうしようかと思っていると、一人の青年が間に入って拳を受け止めていた。

「殿下! ダメです!」

「うるせぇ! 馬鹿にされたまま済ませられるかよッ!」

「いいえ。馬鹿にしてません」

「はぁ!? 今更撤回しても遅いわ!」

「馬鹿にはしてませんが、――阿呆にしました」

 一瞬理解できなかったようで、彼らの中で反芻され理解した後、再び殴りかかってきた。
 しかし二度目も止められ、自称王太子はそれが我慢ならないようだった。

 俺だって言いたくないんだ。全ては鬼畜天使の指示で、俺の意志で言ったことはほんの少ししかない。

「放せッ! ブッ殺してやるッ!」

「無理ですよ。私は死体のようですから、二度死ねません。ほら、先ほど死んだって言ってたでしょ?」

「――あなたも煽るのはお止めください! 不敬罪で処罰することにしますよ!?」

「プッ! ――失礼。面白いことを言うので、つい……」

 怒り狂う王太子の手綱を引いている方の青年まで怒り始めてしまった。

「――何がおかしいのでしょうか?」

「次期国王になろうとしている方と、その補佐官が貧弱な発言をしたものですから。不敬罪って王侯貴族なら誰でも使える権利でしょ? 武力がなくても。問題が起きたら身分でしか対処できないなんて、武官が聞いて呆れますね。神子と同じ師匠を持つと貧弱に育つみたいですね。あの祈り方してますか?」

 二人の体が震えだしてしまった。

「あんた言い過ぎよー! あたしは怒らせてって言っただけじゃないー!」

 嘘つけ……。王家の武術指南をしていた叔父が、神子の指南役をしていたとか知らなかったし。

「――拾えッ!」

 突然、手袋が投げつけられた。
 これはアレだ。決闘の申し込みだ。

「キタァァァァァァーー!!!」

 耳元で歓喜の声が聞こえ、段々鬼畜天使の思惑が分かってきた。

 ……たしかに強奪はしないのだろうが、決闘で全部奪うつもりだろう。オールオアナッシングである。
 だから怒らせろって言ってきたのか。

「拾え……拾え……。邪魔が入る前に拾いなさい! 【霊王】の契約を忘れたの!?」

「……受けて立ちましょう。それで賭けの条件は何にしましょう?」

 手袋をひらひら振りながら尋ねると、予想していなかったのか驚いた顔をしている。……補佐官が。
 ここで初めてはめられたことに気づいたのだろう。手遅れだけど。

 俺もさっき気づいたからシンパシーを感じるな。

「……負けたときが怖いとか? じゃあ仕方がないですね。ビビりと記録しておきます」

「テメェが記録することはないッ! 死ぬんだからなッ!」

「なるほど。そちら側が考える勝利条件は死亡ですか。では私は、そちらが負けたときのために救済措置を用意しましょう。気絶ではなく誠意ある謝罪をすること」

「――それでは二つになってしまいますよ?」

「気絶を含むと一撃で終わりそうなので盛り込んだのですが――」

「減らず口をッ! 気絶はなしだッ! 気絶なんかじゃ許さねぇ!」

「だそうですよ」

 脳筋単細胞がいると交渉が楽だ。

「他はどうします?」

「生きていたら奴隷にしてやる! 貴様ら全員だ!」

「良いでしょう。私も王太子殿下と優秀な部下を奴隷に持てるなんて、最高の経験ができそうです。私たちの追加条件は、敗者の所有物を全て勝者に譲渡するというものです」

「なっ! それは……!」

「おや? もう負けたときの心配ですか? 王太子殿下は弱いのですか?」

「――なんでもいいから早くやらせろッ!」

「じゃあこちらにサインをお願いします」

「魔力契約ですか……いいでしょう」

 俺とカーさんの二人が連名でサインしたことで、自称王太子と補佐官を連名でサインさせることができた。

 よし! 連帯保証人ゲット!!!

 ただ、これは魔力契約ではなく、最高位の【神前契約】だ。
 神の承認を得た契約は、神にしか破棄することができず、契約不履行は即神罰対象である。

 サインをした四人の体に契約書が分離して溶け込んでいったことで、優秀な補佐官がいち早く気づく。

「そんな馬鹿なッ! あり得ないッ! こんな……たかが決闘なんかで……! 何故だッ!」


『ラビペディア大先生、神様がいなくても契約できるんだね』

『――ふぇっ? あぁ……うん、そうみたいだね。天使のおかげかな? それとも天界で見守ってくれてたのかな?』

『どうしたの? なんかそわそわしている感じだけど?』

『え? そんなことないよ? アークを心配しているだけだよ!』

 不自然に挙動不審になるラビくんが気になり、さらに突っ込もうとしたところに、鬼畜天使が割り込んできた。

「一応根回しはしたからねー!」

『……アルテア様に怒られませんでしたか?』

「うーん……渋い顔をしていたけど、やり過ぎなければ黙認してくれるみたいよ。全ては可愛い狼兄弟のおかげね!」

『なっ――何でかな!?』

「ほら、アルテア様って犬派じゃない。……多分」

 モフ丸のことがあるから納得しかけたが、タマさんもラビくんの姿に気づいたようで、余計な一言を付け加えていた。
 いつもなら過剰に反応して怒っているのだが――。

『なるほどねーー! 狼でよかったよーー! これで謎が解けたねっ! ねっ!』

 ……機嫌良すぎないか? 良いことだが、釈然としない感じが気持ち悪い。

「――おいッ! 表出ろッ! その綺麗な顔面をグチャグチャにしてやるッ!」

「褒めていただけて光栄ですが、私にはそっちの気はないので御遠慮したいですね」

 気のせいかもしれないけど、「ブチッ」と何かが切れた音が聞こえた。

「ほら! アーク! 早く始めちゃいなさい! 始めればなんとかなるから!」

『……なんかあるんですか?』

「面倒な邪魔者が帰ってくるのよっ! 警戒されたら長引くでしょう!?」

 だから喧嘩売ってまで急がせたのか。

「では始めましょうか。邪魔してきた者がいた場合、その者も決闘の参加者ってことでいいですか?」

「――その兎や狼も加えたいってか!?」

「……補佐官殿、調教不足では? 従魔の扱いを教えてあげないと恥をかかせてしまいますよ?――今みたいに」

 自称王太子は島ごと貸し切ったと言っていたが、俺の他にも一般客がいて、決闘の場所は往来だ。
 季節はずれのリゾート地に来た観光客たちの娯楽として、最高の見世物になっている。

 この野次馬の中には我が一行も含まれており、カーさんは椅子とテーブルを運んできて酒盛りしているし、ラビくんとリムくんは決闘という空き時間を使って観光をする気だ。
 カーさんに買い物をさせて美食を楽しんでいた。

「で、殿下……。従魔は武器の扱いです。剣や盾と同じですから……人数には含まれません」

「そんなのズルいじゃねえかッ!」

「御安心を。私一人で十分ですので、ビビらなくてもいいのですよ? 胸を貸してあげますが、抱きつかないでくださいね? 補佐官の役割を奪うことにもなりますしね」

「――ふざけたことを言うなッ!」

 クスクスと野次馬が笑ったり邪推されたり、ついに我慢の限界が来たらしい補佐官が咆えた。

「冗談ですよ。早く始めないので遊びたくなってしまったのです」

「おいッ! さっさと合図をしろッ! おまえッ! お前でいいッ!」

 俺たちや自称王太子の関係者が合図をすることは望ましくないので、たまたま近くで屋台を開いていた青年に合図をするように命じた。

「は、はいぃぃぃーー!」

 チラチラ見てたから気になっているようだったが、まさか審判になるとは思わなかっただろう。
 貴重品だけ持って野次馬をかき分けてきた。

「そ……それでは……両者構えっ!」

 両手を握ってファイティングポーズをする自称王太子に対して、俺は腰を軽く落とす以外は自然体で構える。

 審判は少し躊躇っていたが、俺の動きに変化がないことを確認し腕を振り下ろした。

「始めーーーーっ!」

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