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第三章 欲望顕現

第九十二話 情報からのプレゼン

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「――起きて! アーク! 起きて!」

 バシッ! バシッ!

「起きた! 起きたよ!」

 肉球ビンタで起こしてくれたらしく、目の前には馬乗りになったラビくんの姿があった。
 いつもは真ん丸なお腹が視界いっぱいに広がっているが、今日はラビくんの可愛いお顔があって新鮮だ。

 せんちゃんを診察した後、魔力の九割を使った魔力水とドロンに薬草で、なんちゃって神薬を作って飲ませて内傷を治療した。
 残りの一割の魔力は回復魔術を使う場合の保険だったが、使うことがなかったから、せんちゃんとふうちゃんの古傷を治すのに使った。

 治療時に聞いた話によると、せんちゃんは魔力制御が得意なのだが、ふうちゃんを守る際に無理をしたせいで内傷を負い、その後の制御が上手くできなくなったらしい。
 内傷が治れば再発する心配がないと言っていたのは嬉しい誤算である。

 そして回復魔術を使った後、いつも通り気絶して今に至るわけだ。

 起床後はリムくんを召喚し、風呂や竃の片付けをして出発準備をする。応急処置済みの船はすでに収納した。

「リムくんが送還されないような魔力タンクも創らないとね。ラビくんもリムくんも寂しいでしょ?」

「創って!」「ガウッ!」

 気絶訓練の最大の弊害はリムくんの送還だからね。

 なんとかしなければと考えていたところ、今回の診察で魔力タンクという言葉を思いついたのだ。
 外部に魔力タンクを創って、俺から魔力が供給されない十五分くらいは、そこから供給するようにすればいいだろう。

 レニーたちが合流した後、イチャイチャしているときに寂しい思いをさせずに済むし、リムくんも夜に一緒に寝たいだろうしね。

「じゃあ船や馬車での移動中に創るとして、そろそろ出発しよう! ……ふうちゃん、せんちゃん! また会おうね! ロッくんたちもまたね! あと食材の配達もお願いねーー!」

「ちゃんと配達しておくよーー!」

「ありがとうなの! また絶対会うの!」

「治してくれて、ありがとう! 今度はたくさん遊ぼう!」

 ふうちゃんとせんちゃんをモフモフした後、ロッくんに声を掛ける。
 ロッくんたちが飛び立ってから氷を壊し、俺たちもローワンさんの船を追いかけるように移動を開始した。

 俺は《立体機動》で、ラビくんはリムくんに乗って、そしてネーさんを乗せたカーさんは空を飛んで。さすが高位精霊だ。
 魔術とかじゃなくて、精霊が本来持ってる能力を使ってるらしい。

 本音を言わせてもらえるなら、リムくんの背中に乗りたかった。でも、まだ飛ぶのに慣れてないから、あまり重量を感じないラビくんやネーさん以外は無理なんだとか。

 ゆえに、暗闇が広がる空をスキルで走るという面倒くさいことをしている。

「アーク! そろそろ追いつくと思うぞ!」

「え!? 魔具使ってるんだよね!?」

「アレはずっと使えないんだよ。緊急事態用だから、姿が見えなくなれば通常航行に戻していると思うぞ! ――ほら! あそこ!」

 カーさんが指差す方向を《探知眼》で確認すると、ローワンさんの商会紋が掲げられた船があった。

 急いでリムくんに姿を偽装してもらって、《ストアハウス》から応急処置済みの船を出す。
 意外にも早く合流してしまい、航行しなくてはいけなくなったため、氷魔術で船底を保護する。抵抗の少ない形にしておけば大丈夫だろう。

 リムくんたちと一緒に甲板に降り、無事なマストに呼びの帆を取りつけていく。
 夜だから大丈夫だろうという油断はせず、闇魔術で闇に溶け込むように隠れながら作業する。

 とりあえず、ここまで自走してきたという体裁を整えれば、あとは曳航してもらえばいいのだ。
 アクシデントがあったとしても魔具を使ったのだから、もうすぐ港に到着するだろう。

「カーさん、ローワンさんを呼んできて。シーサーペントの取引とか、曳航の依頼とか終わらせといた方が良くない?」

「曳航する必要あるか?」

「あんまりないけど、どこの国の船にしろ恩を売れるでしょ? ただでさえ多くの人がなすりつけの現場を見ているんだから、その犯罪者の船を遺体ごと運ぶ慈悲深い商会だと噂雀を放つだけで、商会の宣伝になるんじゃないかな? これから拠点を移すんだから、悪いイメージよりも良いイメージを持ってもらった方がやりやすいでしょ」

「なるほどな」

「それに船体が一部凍っていることを確認すれば、氷魔術を使ったアスピドケロン討伐者との繋がりの深さを臭わせることができるでしょ? 『アナド商会』に手を出せば、脅威度八を討伐できる人物が出てくるかもしれないと、後ろ暗い者は思うかもしれないじゃん」

「……それは証明できないんじゃないか?」

「できるよ。そのためのシーサーペントじゃん。たくさんの綺麗な死体をローワンさんが事件直後に扱うんだよ? 脅威度六でも群れで襲われれば脅威度が上昇するし、戦闘に余裕を感じさせる傷の少なさ。これで疑うようなヤツは、元々脅威でも何でもない。頭の中がお花畑になっているヤツだからね」

「……確かに。じゃあ呼んでくるわ!」

「よろしく!」

 ローワンさんには媚びを売れるだけ売っておこう。全ては餅米のために。

「くぅーー……」

 リムくんの上で突っ伏して爆睡しているモフモフ天使のために。

 満腹状態のラビくんにしては頑張って起きていた方だろう。移動中に寝なくてよかったよ。
 真っ暗闇の海に落ちるのは危険だからね。

「待たせたーー!」

「ひえぇーーッ!」

 ローワンさんの船の船尾からフワリと飛んできたカーさんと、悲鳴を上げながらカーさんにしがみつくローさんが棺桶船に乗り移って来た。
 ラビくんを愛でていたから、そんなに長く待った感じはない。

 だが、周囲が白んで来たことを見れば、かなりの時間待っていたことが分かる。
 まぁ深夜に起こされて、支度やら説明やらあったのだろう。文句よりも先に申し訳なさが湧き、全く責める気にならない。

 しかし時間はない。

 何故なら、すでに港が見える範囲にいるからだ。肉眼で見えているし、もう少し近づけば他の船が航行している姿も確認できるだろう。

「時間がないですし、先に曳航してる体裁を整えましょう。この船も無理のない範囲で帆を張ってありますし、ほとんど空船だから負担は少ないと思いますよ」

「わ、分かりました! それから……本当にシーサーペントの取引を……?」

「もちろんです!」

「ありがとうございます!」

 あの巨大蛇がはけて俺も嬉しい。俺からもお礼の言葉を言いたいけど、混乱するだろうからやめておこう。

 そこからは早かった。

 カーさんが魔術で造ったロープを船に固定して偽装曳航作業を終え、ローワンさんに船に移ってシーサーペントを卸す量と金額を決めた契約書を交わした。
 その際、適正価格より低く設定すると困惑されたが、多めに買ってくれるからと押し切った。

 それでも何か裏があるのでは? という商人らしい疑惑が晴れることがなかったため、本来の目的である餅米のことや醤油などの調味料のことを質問してみた。

 すると、意外な答えが返ってきたのだ。

「餅米がどんなものかは分かりませんが、飼料にも使われる穀物なら【迷宮都市】に近い魔境に自生している可能性がありますよ。ピュールロンヒ辺境伯領の魔境は薬草系が多いですが、【迷宮都市】付近は食材系の植物が多いそうです。それから調味料については、似た名前の調味料が【万竜王国リトス】にありますよ」

 というように、すぐに判明した。

 ローワンさん……すごすぎる。伊達に大商会の会長ではないということか。シーサーペント以上の価値ある情報に感謝。

 本当に嬉しかったから、ドレイクシャークも低価格に設定した。

 ちなみに、植物ならカーさんに出してもらえばいいじゃんって思うだろう。

 もちろん、俺も思った。

 でもカーさん曰く、実物を見ないと分からないそうだ。
 さらに、魔境でしか育たないドロンのような植物の場合、個人の魔力を凌駕しているから、実がなっていない苗木しか出せないらしい。

 仮に出せたとしても、美味しいとは限らないからやめた方がいいと言われた。

 このとき、カーさんは興味なさそうにしていたため、米があればお酒が造れるんだよと教えてあげた。
 侍の文化が好きな彼に、侍がいた国発祥のお酒であることを教えると、そこからはもう止まらない。目を血走らせて探索計画や酒造計画を立て始めてしまった。

 不在である鬼畜天使にプレゼンするんだとか。

 タマさんとカーさんは移動計画を話し合っていたから、変更を申し立てるためのプレゼンだろう。
 まぁそのプレゼンは無駄になると思う。タマさんが一度決めたことを変更してくれたことなんてない。

 良い意味でも悪い意味でも、あの鬼畜天使は有言実行なのだ。

 ◇

 諸々の契約や予定の確認を終え、ラビくんが起きるのを待って船室で朝食を食べた。
 入港の順番待ちをしている最中に、ずっと音信不通だったタマさんが帰ってきた……のだが、生気が感じられないような低く消え入りそうな声を発している。

「……ただいまーー」

「おかりなさい。……何かありました?」

「……美人と鬼と巨熊に取り囲まれてボコボコにされたのよ」

 ……なんとなく分かってしまった。

 昨日タマさんに悪口を言われた方々が、タマさんをお説教したのだろう。
 たまにはいいんじゃないかな。
 鬼畜天使から更生できるチャンスがもらえたと思ってくれると嬉しいな。

「――そんなぁーー! そもそも【九天王国】によるって言うけど、あの国で何すんのよ!?」

 プレゼンを終えたカーさんが、タマさんに移動計画の変更を拒否されたようだ。

「……お金を稼ぐのよ!」

「いやいや! お金なら山ほどあるじゃん! パクった資産があれば、投資家としても余裕で生活できるから先を急いだ方がいいって! 【霊王】様もきっとお喜びになる!」

「――えっ!?」

 カーさんの発言に驚くラビくん。まぁ俺も驚いているけど。【霊王】様はお酒が好きなのか?

「やれやれ……。今のお金は一瞬で消えるわよ! アークの職業がバレたら、【迷宮都市】では酷い差別を受けるらしいわ! 吹っかけられたりカモられたりしても大丈夫なように、お金はあればあるほどいいの! しかもこれについてはあとで詳しく言うけど、アークの義務なのよ!」

「え? 俺の義務?」

「それについては目的地に到着すれば分かるわ! それに【霊王】が喜ぶと言うならば、絶対に【九天王国】に行くべきよ! そうよね!? ラビくん!」

「――え!? ぼく!? ぼくは【霊王】じゃないから分からないなーー!」

「……じゃあ【霊王】の気持ちになってみて!」

「…………どうかなぁ?」

「……モフモフやダークエルフたちの救済には必要なんだけどなぁーー! どう思うかしら?」

「――タマさんに同意すると思う!」

 俺とカーさんの心は、念話を使わずとも一つになった。

 また何か取引が行われたと。
 そしてまた地獄の刑務作業をやらされると。
 しかも今回は鬼畜天使発案の作業であると。

「「はぁ……」」

 ガックリと肩を落としたまま、船内に響く到着の合図に耳を傾けるのだった。

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