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第三章 欲望顕現

第八十九話 心配からの怒髪衝天

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 アークが戦闘を始めた頃、アークの【玄冥】の気配を感じ取った『魔の森』の住人たちは中層と深層の境目で集まっていた。

 ――【武神獣】ゼオレスを除いて。

「イルリス姉様! アーク殿に何かあったのだろうか!?」

『落ち着きなさい。親分殿が動いていないのですから、きっと大丈夫ですよ。また無茶振りでもされているのではないですか』

「だが……」

 レニーが代表して話しているが、心配する思いは全員同じだ。
 だから姉のように慕うイルリスに大丈夫と言われても納得できず、落ち着いているイルリスが不思議でならなかった。

「すまん。遅れた」

 そこに魔の森の盟主で、アークの君主であるゼオレスが部下のワータイガーを連れてやってきた。

「親分殿!」

「ん? どうした? 呼んでいるって聞いたんだが?」

「アーク殿は大丈夫なのですか!?」

 魔の森に棲んでいる者で親分をタメ口を使う者は少ない。レニーたちも敬語を使わずにはいられないほどの威厳がある。
 ゆえに、ラビくんの異常性が目立つわけだが。

「ん? 知らん」

「――なっ! 心配ではないのですか!?」

「何でだ? 俺の称号は軽くないぞ?」

 半端な者に【天武】の称号は与えないと言い、平然とした態度を崩さない。

「……ツンデレ」

 ドヤ顔を浮かべているゼオレスに、ぼそりとジト目を向けた部下が一言呟いた。

「あ? なんか言ったか?」

 確実に聞き取れているが、あえて確認をするゼオレスに部下は首を横に振って否定する。

「……確認だけならもう帰るぞ。お前らもやることを終わらせないとアークに追いつけなくなるぞ。自由奔放なヤツらがくっついているから、後を追うのも一苦労するぞ!」

「はい……。すみません……」

『そうは言っても不安よね。落ち着くまでいたらいいわ』

 ゼオレスが帰宅すると、イルリスがレニーたちを抱きしめて安心させるのだった。

 ◇

 一方、珍しく徒歩移動をしているゼオレスはというと、とっくにアッシーくんを偵察に出していた。
 《遠話》ができる魔獣を乗せて飛ばしているため、帰宅すれば詳細が判明するだろうと踏んでいる。だから、平然とした態度を貫けたのだ。

「教えてあげればよかったじゃないですか」

「何事も経験だ! これからもっと遠くに行くのだ。今から心配してどうする!」

「って言われたんですね!?」

「……そんなわけないだろう。誰に言われたというのだ!」

「大奥様です」

「……お前が大奥様って言ってたって教えてやろ」

「やめてくださいよ!」

 ゼオレス一家が主宰する女子会のメンバーは生涯姫と自称しており、年かさを感じる呼称やボスを感じさせる呼称を嫌っていた。
 ゼオレスも王や親分などの呼称を嫌っていたが、最近は王以外ならいいと柔軟な考えになり、親分と呼ぶ者も少なくない。

「お嫁さんに怒られるだろうな。そしたらウチに泊めてやろう!」

「ボスの家には姫一号がいるじゃないですか!」

「……人の嫁を姫一号って呼ぶのはどうかと思うぞ」

「熊姫ママも怖いですけど、一緒に住んでないから安心ですね!」

「俺は寂しいんだが?」

「子離れしましょう!」

「お前が言うな!」

 最古参の部下と話をしながら帰宅すると、《遠話》が使える狐の兄妹のデブ兄貴が寄ってきた。
 偵察についていけと指示を出したときに、迷うことなく妹を差し出した怠け狐だ。報告の精度が心配だが、とりあえず聞いてみることにした。

「どうだった?」

「はい。どうやらアスピドケロンが出たようで、その討伐をしているみたいです。ただ……」

「なんだ?」

「魔術で倒せそうなのに、わざわざ止めて口の中に入ったそうです」

「……あれか。食いしん坊の無茶振りか」

「食いしん坊が誰か分かりませんが、兎みたいな子に見つかってしまい、接触の許可を求めています!」

「ロクスは顔見知りだが?」

「それでも一応許可が欲しいそうです。『あとで怒られたくない!』と言っているそうです」

「許可する。引き続き頼んだ」

「はい!」

 偵察前との違いに驚きながらも、アークの無事を知ってホッとするのだった。

 ◇

「ロッくん元気ーー?」

「まぁ……。何してんの? 今日旅立ったばかりって聞いたんだけど」

 ゼオレス専用アッシーくんであるため、アークたちとは顔見知り以上の仲になっていた。友達と呼んでも過言ではなく、ロックバードという種族名から『ロッくん』というあだ名もある。

「天ちゃんと溟ちゃんが美味しいって自慢していた鯨がいたから、食べてみたいなって思ったの!」

「……僕の目にはアークが討伐してるように見えたんだけど」

「アークがやったんだよ! ぼくたちは少し手伝っただけ!」

「あれ? ここって鬼でもいるの?」

「うん、二体いる! 一体は不在だけど、一体はあそこにいるよ!」

 ラビくんが指を差した方向を見ると、鬼武者を纏って残党狩りをするアークの姿があった。

「ねっ!」

「……」

「ねっ!」

「そ……そうだね……」

「うん!」

 何故か違うって言えない魔力が宿る言葉に屈し、話を先に進めることにした。

「このあとはどうするの?」

「あっ! アークがぶーちゃんやオークちゃん、奴隷村のみんなにも食べさせてあげたいって言ってたから、お肉を持って帰って欲しいな!」

「量にもよるけど、もらえるなら喜んで運ぶよ。追加の運搬部隊を派遣してもらえるように連絡して」

「はい!」

「ん? 誰かいるの?」

 ロクスの広い背中に隠れて気づかなかった子に興味を持ったラビくんたちは、ロクスの背中に降り立った。
 リムくんは《擬態》で普通の狼サイズに変化してから背中に乗り移る。

「わぁーー! 可愛い! 狐さんだーー!」

「は、初めまして!」

「初めましてーー! よろしくね! ぼくはラビくんで、こっちの狼さんはリムくんね! ぼくたちは狼兄弟なんだ! 兎じゃないからね!」

「ガウッ!」

「な、名前はなくて……」

「じゃあ『ふうちゃん』ね! 【風天】だよね? 天ちゃんだと被っちゃうから、ふうちゃんにさせて!」

「う、うん!」

「あとでアークにも会ってあげて! 喜ぶからさ!」

「うん!」

「うむうむ」

 ラビくんがふうちゃんの頭をいい子いい子と撫でていると、ロクスから声がかかる。

「……なぁ。【天空竜】様と知り合いなら相談にのってくれないかな?」

「どしたの? 天ちゃんにいじめられた?」

「そうじゃなくて……親分と【天空竜】の喧嘩を止めてくれないかな? お互い顔を合わせれば喧嘩腰で……怖くて怖くて……」

「……喧嘩? ぶーちゃんからは聞いてないな。ドロン酒は? 一緒に飲んでいるんじゃないの?」

「……飲みに来てる女性陣以外は飲んでない。というか、教えてすらいない」

「えぇーーー! 独り占めはよくないよ!?」

「君たちには言われたくないよ」

 当初、ゼオレスとイルリス以外には分けないようにしていたドロン酒同盟だ。
 同盟の初期メンバーであるラビくんたちに他人を責める権利はない。

「……それで、喧嘩のことだったね。いつからで、どんなことが原因なの?」

「……時期は【霊王】様がいなくなった時期らしく、【天空竜】様が人間に報復しようとしたけど、親分が誘いにのらなくて『失望した』という発言がきっかけらしいんだ」

「な……なるほど。うーん……それは天ちゃんが悪いね! ぶーちゃんは偉い! さすがだ!」

「――えっ? 当時、結構批判が殺到したらしいよ? 薄情だって!」

「――誰が言ったの? 全部教えて」

「――ッ!」

 チリッと空気が変化し、ラビくんを中心にした空間が地面に押しつけられるような圧力が生じた。
 ラビくん自身も金色の瞳が輝き、体毛も発光しているせいで別の生き物になったかのような錯覚を生んだ。

 背中の上で突然雰囲気が変わったラビくんに対し体を硬直させていると、またもや急に空気が弛緩した。

「ラビくん、どうしたの? 病気? 病気なの?」

 海上で残党の討伐をしていたアークが、瞬きをした一瞬のうちに背中に乗り、優しくラビくんを抱きかかえていたのだ。
 ラビくんの変化に気を取られていたこともあるが、それでも全くと言っていいほど気づかなかったことに恐怖を感じずにはいられなかった。

「ち……違うよ! ぶーちゃんの悪口を言ったヤツらがいるって聞いて……つい……」

「ん? 親分の悪口? ――許すまじッ! 心のメモに書いておこう! 額を地につけて命乞いをさせるって!」

「――うん!」

 ラビくんは嬉しそうに、ギュッとアークに抱きつく。反対に、密告した形になったロクスは内心で恐々としていた。
 自身の目にもとまらない速度で移動したということは、目の前で行われていた討伐戦において本気ではなかったということだ。
 そこから考えると、悪口を言っていた主だった者たちである上位竜たちも討伐できると判断できる。

 それに加えて、よく会話に出てくるドラゴンジャーキーなるもの。……戦争の予感がし、そのきっかけが自分かもしれないとまで想像してしまったのだ。

「あっ! 服汚れてるから、ラビくんも汚れちゃうよ!」

「いいの!」

「じゃああとで流氷の上でお風呂にしよう! 船にはついてなかったからさ!」

「お風呂ーー! そうだ! ふうちゃんを紹介するね! 風仙狐のふうちゃんです! 【風天】の二つ名もある賢くて優秀な魔獣です! 可愛いでしょう!」

「おぉぉぉーー! 可愛いーーー! 癒されるぅぅぅ!」

「撫でないの?」

「手を洗わないと……! しかもまだ終わってないし……! あとで……あとで撫でさせて!」

「うん、いいの!」

「可愛いーー! では、行ってきます!」

「うむ! ご武運を!」「ガウッ!」

 何か言われるのかと冷や汗を流すロクスを尻目に、アークは背中から飛び降り、残党の処理を始めて行くのだった。

「取り乱して、ごめんね。あとでぶーちゃんと天ちゃんに一筆書くから、持っていってあげて!」

「……【天空竜】様のところにも?」

「いやなら、ぶーちゃんに渡すだけでいいよ!」

「わかった。……よし」

「ん? なんか言った?」

「なにも」

 話が落ち着いたところを見計らって、風仙狐のふうちゃんがラビくんに話し掛ける。

「あ、あのね……お兄ちゃんにもあだ名つけてあげれないかな?」

「いいよ! お兄ちゃんはどんな子?」

「同じ。双子だから……」

「珍しいね! 仙狐の子は一体ずつなのに!」

「……うん。だから追い出されちゃったの……」

「ひ、酷い……。両親は?」

「死んじゃったの……。だから……群れから追い出されちゃって……。お兄ちゃんはずっと守ってくれて……」

「うんうん! もう大丈夫だからね! ぶーちゃんのところにいれば大丈夫だから! なんかあったらぶーちゃんに言うんだよ!」

 狼兄弟は瞳をウルウルさせて話を聞き、ふうちゃんの頭を撫でて安心させていた。
 心の声が聞けるラビくんの前では誤魔化しなどできず、ふうちゃんの心の叫びがラビくんの耳に届いていたのだ。

 今なお魔の森で辛い思いをしているのだと。

「お兄ちゃんは、『せんちゃん』です!」

「ありがとう!」

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