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第二章 一期一会

第七十六話 予告からの方針決定

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 続いてカーさんだが、長羽織の羽織姿である。

 肌着やステテコはもちろんのこと、基本的なものを教本を見ながら用意した。造りはそこまで難しくはなかったが、刺繍がすごい面倒だった。

 肌着やステテコは本人希望で黒、長襦袢は藍色で襟元から見えても良いように、アイヌ風の模様を刺繍する。何故か、カーさんが気に入っていたからだ。

 長着は長襦袢より濃いめの青藍色に、同色の糸で付与を兼ねた刺繍を施す。柄は蓮を葉っぱごと刺繍している。帯は薄いグレーに染めたものだ。

 長羽織は黒で、外側には刺繍はない。その代わりに裏地に、長着と同じ布を使い、白糸と金糸で刺繍を施した。

 柄はドロンの果実を実らせたドロンの木や、見えないところにネーさんや白虎親子を刺したり、よく見ないと分からないところに、カーさんのトラウマである親分を刺繍したり。

 もちろん、付与の術式も忘れず施してある。

 足袋はアーマードブルの革で作り、草履も女王ワニの足の革と、レニーさんの木材を薄く加工して作っている。鼻緒部分はネーさんの糸を編んで作った。

 全員の装備に共通して言えることだが、中敷きの部分はスライムクッションを入れて、足の負担を減らすような造りになっている。

 武器は片鎌槍と予備で打刀を希望し、防具は手甲だけだ。手甲はイムさんと同じ造りの飾りなしを用意し、片鎌槍は魔術発動体にもできるように、水と地と森の三属性分の特殊鉱石の加工を施した。
 打刀は俺と同じものを用意させてもらう。新しく造る練習はしたくなかったからだ。

 そして本来の目的であるオークちゃんの装備だが、基本的に女王ワニの革で作り、胸当てや肩当てなどは人工ヒヒイロカネを使用する。
 でも動きを阻害しないようにしているため、軽装備と言えるだろう。全てに付与をし、俺の刺繍みたいに飾りも兼ねた細工を彫金などで施した。

 武器のポールアックスは、六角棍と同じように細工をした持ち手に、限界まで魔力を込めた特殊鉱石製の刃を人工ヒヒイロカネで挟み、石突きを人工アダマンタイトで創った。

 無事に完成した今、いつ渡そうか考えている。

 最後に親分のガントレットも完成し、爪の部分はファルシオンと同じように一本一本限界まで魔力を込めている。ただし、俺の魔力を直接込めると使いにくくなってしまうから、ラビくんにやった方法で親分の魔力を込めさせてもらった。

 内心では「ウッホーー! モフモフだーー!」と、雄叫びを上げていた。本当はお腹がよかったが、今回は背中で我慢である。

 ついでにジャガーくんの胸当てなどの防具、手甲や足甲も創ってあげた。組手相手として協力してくれたお礼である。

 これで終わりだと思ったら、何故かタマさんがメイド服と短剣にスローイングナイフセット。それから伸縮警棒を用意するように指示を出してきた。サイズと仕様を記した紙を渡されるも、理由を教えてくれる気はないようだ。

 まぁすっかり忘れていた、みんなの財布を兼ねたポーチや巾着を余ったワイバーンの革で作り、ようやく装備作りを終えた。

 ちなみに、エルフにも希望のものを聞き、それぞれの武器防具を用意した。奴隷が反乱を起こした時用に。

 次に、親分の卒業試験だ。

 結果から言えば合格できたのだが、親分が言っていたことの一歩先をやってしまったから、現状では教えることはないと言われてしまった。

 俺が具現化したのは【鬼武者】である。

 自分の本当の姿に近いなら、鬼以外は想像できなかったし、鬼を想像したときに厳つい赤備えを身に纏った黒い鬼しか想像できなかった。それもわずかな金色の模様がトライバルのように、目元や黒い角の根元などに施されている。

 親分には鎧は第二段階だから、普段は脱いだ姿で具現化させろと言われた。もちろん、すぐに実行した。すると、模様は全身に施されていることが判明し、神器の刀身に影響を受けたんだろうなと思う。

 威圧するときに具現化するなら、相手によって変化させないと簡単に死ぬと言われるはめに……。

 個人的にはビクともしていない親分を見て、まだ全然足りないと思っている。とりあえず、腕の数を増やして千手観音みたいにしようかな。……ヘカトンケイルとか言われそうだけど。

 そして無事に卒業した俺は、新人エースに躍り出たのだった。ジャガーくんよ、すまんね!

 三つ目に行ったのは従魔たちの組合登録だ。町で行ったらマズいだろうからと、カーさんが気を利かせて道具を持ってきてくれた。

 本当は中立国で一緒に登録したかったようだけど、あそこは組合の総本部があるお膝元である。審査は厳しく、登録してないのに記録がある状態だと徹底して調べられるそうだ。

 今回はお隣の大陸であり、お隣の国の【九天王国スティヒオ】の片田舎で登録したことにするらしい。田舎すぎて組合が撤退したらしいが、その少し前に登録したことにするらしい。

 それでも突っ込んでくるようなら、精霊の仕事のためと言えばいいと言っていた。たぶん面倒になったのだろう。

 俺は他国で登録した事実が必要だから、登録しないで見ているだけだった。

 ◇

「おい! 大変だ!」

「どうしたんです?」

 親分と熊姫様に白虎親子とオークちゃん、みんな勢揃いでお茶会をしているところにカーさんが駆け込んできた。

「部下からの情報だが、大規模侵略が行われるらしい!」

「――ここに?」

「そうだ! しかも気が狂った兵数だ!」

「百人くらい?」

「最低でも六千だ!」

「――――はぁぁぁぁ!? 何で!?」

「代官が領兵を勝手に動かして三分の二を投入するらしい! しかも代官自ら指揮を執るらしいぞ!」

『アーク、代官は優秀なのか?』

 親分が名前で呼んでくれた……。

「代官は文官なので、何もできない素人です。領兵の団長もですね。副団長がいればマシですが、後始末要員なので全滅しない限りはお留守番でしょうね」

 伯爵家時代に毎日兵士に会ってたから、領兵の情報は持っているのだ。

『他の戦力は?』

「アークがクソババアと呼んでる女が近くの村に兵員を召集してるらしい。商会員と私兵はもちろん、アークが神子被害者の会会員と呼んでいるやつらもだな」

 クソババアは、神子が王都に行ったせいで廃村同様になった村に一人で住んで、商会の拠点にしやがったんだよな。まぁ伯爵家の土地には違いないけど、常識知らずがブレーキ役なしで住んでるもんだから森が騒がしいんだよ。

「他は【奴隷商組合】の辺境伯領のトップだ。奴隷商の全てに通告を出して、有無を言わさず参加させているらしいぞ。私兵目的でな。あとは組合の警備員が、ごろつき冒険者や金欠冒険者を斡旋しているから、もっと増えるはずだ。あとは……」

「あとは?」

「その……エルフが全ての戦士階級を投入した……」

「カリュオン様! それは本当ですか!?」

「あぁ……。まぁ近くにある村のエルフの戦士だけどな。【大老】様の通告にビビって連絡してきた者が多数いる」

「前から気になってたんだけど、その【大老】様ってどういう意味なんです?」

「今……? まぁいいけど。森の大精霊が本当の種族みたいなもので、真名は別にある。呼べるのは同格以上の存在か認められたものだけ。つまりは【霊王】様以上ってわけだ。【商神】は管轄と通称で、【大老】は真名で呼べない者たちでつけたあだ名みたいなものだな。アークが親分って呼んでるのと同じだ」

 なるほどね。

「じゃあ【霊王】様も?」

「まぁそうだけど、精霊や霊獣に龍脈の担当だから、なんとか神っていうのが決めにくいんだ。だから、【霊王】呼びで定着している」

「それでどんな姿なんです?」

「……強そうな姿だ」

「そういう意味ではなく……」

「アーク! お腹空いちゃったな!」

 今まで遠くでフライングディスクで遊んでいたラビくんが、気づいたら目の前に……。リムくんに乗ってきたから早かったのかな。

「新種のドロンで作った半生干し果実を食べる?」

「うん!」

 チビッ子たちにおやつをあげていると、大規模侵略が気になるエルフたちがソワソワし出す。

「ん? どうしました?」

「いや、どうするんだよ!?」

「町の顔役たちは?」

「抗議したけど聞く耳持たないってよ」

「じゃあ簡単ですね。殲滅です。俺の領域に入ったものを出す気はありません。この五年間、そうやって領域を維持し続けてきたのですから。例外はないです」

『お手並み拝見だな』

『楽しみにしてるわ』

 親分とオークちゃんが見ているなら、無様な姿は見せられまい。

『さすがに三度目は許せんぞ?』

「上司に知らせたら、希望する精霊や幻獣がいるなら引き受けてくれるってよ」

「つまりは引っ越し?」

「そうだ。大精霊級が使える転移門を開いてくれるってよ。それで庇護下に入れてくれるらしい。俺の領域は手放すことに決めたけど、白虎はどうする?」

 親分たちは動かないのが分かっているから、聞く必要はないということだな。

『私はお願いしたいと思っているが、意見をまとめる時間が欲しい』

「離れることをおっちゃんに言ったら、おっちゃんたちも町を離れるんじゃない? そのとき船に乗せてくれないかな?」

「そうするか。言っとくわ」

『アークとバイバイするの?』

 熊姫様の目がウルウルしてる……。

「バイバイではないです! 美味しいもの集めに出掛けてきます! 絶対に帰って来ますから、待っててくださいますか?」

『……待ってる』

「ありがとうございます」

 熊姫様は、ラビくんに抱きついて顔を隠してしまった。どうか柔らかいお腹で癒されてほしい。

『ぼくは?』

「白虎ちゃんたちはどこに行くんです?」

「ここからずっと東に行ったところにある大陸の森の中だ」

 あぁ、南米大陸みたいなところか……。遠い!

「会いに行くよ。当然じゃないか!」

『……本当に?』

「もちろん!」

『……分かった。待ってる……』

 またもやラビくんに抱きついている。でも残念ながら、今は背中しか空いていないんだよな。

「エルフはもらいます。せっかくエルフが懐いたのです。親族を殺して反抗されては面倒です!」

「久しぶりに繋がったと思ったら、相変わらず鬼畜なことを言ってますね……」

「久しぶりってね……誰のせいで忙しいと思ってるのよ?!」

「……神子」

「……まぁそれもあるけど、基本的にはあんたのせいよ! 次から次にポンポン作るから特許の手続きが面倒だし、スキルが多すぎて管理できないから統合したり格上げしたり……。やることが止めどなくやってくるのよ!」

 まぁそれが本来の仕事でしょうよ……。

「エクストラスキルはどうなりました?」

「あるわよ。山ほど。だから、あんたのステータスは一括隠蔽に処すことが決定したわ。チマチマ変えたりするのが面倒だし、あんたの職業は便利だしね!」

 欠陥職業だからってことだろうな。

「じゃあ早速準備に移りましょう!」


 ◇◇◇


「どうして!? その日は辺境伯領に出発する日でしょ!? 一年前から予定を入れておいたのに、何で直前になってお茶会を入れるの!? しかもわたしに来たお茶会の誘いなのに、何故知らせなかったの!?」

「クロエお嬢様、一日くらい遅れても大丈夫です。聞けば平民に会いに行くそうで。平民に会ってあげるだけでも素晴らしい行いです! いくらでも待たせればいいのです!」

「なんてこと……。わたしから言い出した約束です! それを連絡もなしに予定を変更したということは、人として恥ずかしいことです! このことはお母様に報告しておきます!」

「お、お待ちを! すぐに組合に依頼を出し、遅れる旨を伝えましょう! 露店を出す以上は組合に登録されるはずです! 伝言依頼を出せば間違いありません!」

「……次はありませんよ」

「ありがとうございます!」

 クロエはアークと分かれたあと、母親にどのようなことがあったか全て説明した。当然魔力視の話もしたこともあって、帰国後すぐに公証人立ち会いの下、最大値の魔力視を持った宮廷魔術師に視てもらった。

 結果、疑惑は完全に否定されることになる。

 クロエの立場もよくなりつつあり、逆にクロエを放置した騎士は立場が悪くなり放逐されることになった。物理的に首を飛ばされずに済んだのは、父親も半信半疑でクロエを雑に扱ってた同じ穴のムジナだからだ。

 ゆえに、クロエは未だに父親が嫌いである。

 恩人にお礼を言う立場なのに、勝手に約束を破棄するなんて恥知らずであるとクロエは思っている。

 しかし、クロエの苦難はまだ終わらない。

「お嬢様! お茶会が一週間ずっと入ってます!」

「何ですって!?」

 果たして、クロエはアークに会えるのか。


 ◇◇◇

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