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第二章 一期一会

第六十九話 接収からの四年計画

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 死にたくないのは誰もが同じだったので、全員の行動は早かった。

 まずは事情聴取だ。

 今回の奴隷商は前回よりも小さな商会で、下っ端の商人らしい。つまり、偵察を兼ねた派遣であり、使い捨ての商人ということだ。

 口座残高は信用のために百万フリムをおいているが、それも借りているお金で、借金のせいで言うことを聞くしかなかったと言っていた。

 しかし元々奴隷商で、手を出した子熊が最大の禁忌であるため救済されることはない。

 彼ら五人はスキルとお金を全て回収された後は、イムさんの部下が片付けてくれる手はずになっている。

 我が家の子たちは、もう女性以外は吸収したくないそうだ。不要物が生えてくる上、まな板の呪いがかけられそうという迷信を信じて。

 奴隷商の口座の借金も問答無用で回収し、護衛二人の口座や財布からも根こそぎ回収する。
 奴隷はお金を持っていないから無視するとして、一応タマさんに農奴が欲しいか聞いてみた。忙しいのは知っているが、あとで文句を言われるよりは確認した方がいいと判断した。

 タマさんは話すこともできない状況らしく、光る板の窓口から紙を送ってきた。そこには一言、「いらない」と書かれていた。

 神子の相手は相当疲れるようだ。今日は労ってあげようではないか。

 結局、お金は全部で三百万弱くらいになり、スキルも従魔たちの強化には十分だった。特にハルバートを使っていた人族からスキルを切り取ると、《長柄術》というユニークスキルが表示された。

 薙刀を使いたいと言っていたアイラさんに移動するかと聞いたら、「主はいいのか?」と優しさを忘れていない。

「俺は持っているから大丈夫!」

 と言うと、満面の笑みを浮かべて「欲しい!」と言っていた。痛みはワニに食い千切られたことに比べれば大したことはないと言われ、やっぱり深層の生物なんだなと思わせられた。

 護衛のもう一人は《弓術》を持っていて、イムさんが欲しがり反対も出なかったこともあって、イムさんが獲得することに。

 奴隷二人の所有権はクソババアが持っているらしく、奴隷は監視要員であるらしい。生かして帰せば、面倒なことになることは目に見えている。

 潔く散ってもらおうじゃないか。

 首輪は壊さない。奴隷のくせに優越感に浸った瞳をしている時点で、クソババアの信者である。解放しても破壊工作をして逃げ出すことだろう。

 エルフが造り上げた農園を破壊されたら、怒りを抑えられそうにない。さらに、鬼畜天使の怒りを買うことになるだろう。

 奴隷は二人とも女性で、短剣術と杖術を持っている。どちらも持っていないから欲しいなと思ったが、レニーさんも欲しそうにしている。

 俺は最悪おもちゃがあるからいいかと思い、全てレニーさんに譲った。

「感謝する!」

 と、喜ぶ姿は絶世の美女である。

 メルさんは欲しい武術系のスキルはなく、期待しながら奴隷商を見ていた。何か商会で役に立つスキルが欲しいと言っていたから、商人系のスキルを狙っているらしい。

 しかしすでに《鑑定》を終え、持っているスキルを知っている手前、どうしようかと思っている。

「主様、どうですか?」

「……家事スキル」

「……剣を作る?」

「……家のことをする方だ。でも! 一応ユニークスキルで、料理や清掃に洗濯などのノーマルスキルのうち、二つを修めないと派生しないスキルなんだぞ? これを持っていないメイドは採用されないほどらしい!」

「では、メイドになれますか?」

「もちろん!」

「欲しいです!」

 ニコニコと微笑むメルさんに移動し、報復行為は終了した。一頭引きの馬車に死体を放り込んでおき、カードは一つの袋にまとめておく。処分しないことで情報を撹乱する予定だ。

「どうです? 事情説明は終わりましたか?」

「あぁ。こっちに向かってるって。姫のママさんが白虎と仲が良くて助かった。そっち経由で話を通したおかげで、慌ててはいるが冷静だと。これで死なずに済むな!」

「時間がかかるなら、ちょっとしたイタズラをしに村に行きたいのですが?」

「まぁすぐに戻るならいいぞ!」

「では、いってきます!」

 ラビくんも連れて行きたかったが、子熊に抱きつかれて泣かれているから、ジャンケンに勝ったイムさんとアイラさんを連れて、村の近くの洞窟に向かった。

 ここにはオークちゃんとの約束を守るためと、あらゆる魔物との戦いの経験を得るために決闘場に来ていたから、彼女たちにとっても庭みたいなものだ。

「主、何をするのだ?」

「毎日みんなに作ってもらっていた丸いものを置いてこようと思ってね」

「お団子?」

「お団子だね」

「ふーん……?」

「行ってみれば分かるよ。ただ、敵がいたら攫ってこようか」

「うん!」

「我も頑張るぞ!」

「ありがとう」

 可愛い子たちである。今更だが、ラビくんに感謝だ。素晴らしい出会いをありがとう。

 ◇

 俺の好きな甘酸っぱいドロンが群生している場所から、少し北西に行ったところに、クソババアの拠点の一つである洞窟がある。

 道すがら食べ頃のドロンを少しだけ採取して、洞窟に向かう。洞窟には案の定伯爵家の兵士が出入りしており、戦闘は避けられそうにない。

 今から行うことをなすりつける相手としては最適で、クソババアの手駒も減らせるなら一石二鳥である。

「馬車が裏手にあるから、それごと持っていこう。足りなかったら自前の馬車を出すからね」

「うん! 作戦は?」

「正面から行くのか?」

「……時間がかかりすぎると親分が到着してしまうから、少しズルをしよう。危ないから前に出ないでね」

「分かった!」

「楽しみだ!」

 魔力を《偽装》で偽りながらも広げていき、《魔力探知》で洞窟の全体像を把握する。幸いなことに、奴隷らしい存在はいないみたいだ。

「《創水》からの《操水》」

 魔力水を少しずつ洞窟内の隅々まで広げて行き、水を波打たせて人に水をかけていく。

「雷よ、《雷撃》」

 死なない程度まで威力を落とした《雷撃》が、水を伝って兵士を襲ったことだろう。あとは《操水》で水を排出してしまえば、一件落着である。

「すごい!」

「声も一瞬だけだった!」

「騒がれると困るからね。じゃあ馬車と洞窟の中身を全て持って帰ろうか!」

「うん!」

「任せろ!」

 裏手のある馬車を馬ごと引いてきて、邪魔な兵士から拘束して放り込んでいく。俺たちの洞窟よりも大きくなく、兵士も全部で十五人しかいなかった。

 洞窟の主な役割は証拠書類や盗品の保管庫であるらしく、山のように詰まれていた。食品関係の隊商でも襲ったのか、小麦や酒などがほとんどだ。
 食いしん坊が多い我が家にとっては、神の贈り物だと思った。今日は新年祭が開かれている日でもあるからだ。

 それと南の迷宮からの隊商や行商で一番多いのが、魔物から採れる魔核や迷宮で採れる魔石で、それらも山のように詰まれていた。

 ぎっしりと詰まった木箱の山は壮観である。

 魔核は球体で、魔道具や魔導武具の魔力供給源になる。俺のおもちゃの電池にもなり、重要な資源の一つでもある。
 魔石は加工されて宝石になったり、魔具の触媒になったりする。また属性を含む魔石のことを【属性鉱石】と呼び、高濃度の属性鉱石のことを【魔宝石】と呼ぶこともあるそうだ。

 王侯貴族垂涎の一品らしい。

 迷宮産の魔石の中には高確率で【魔宝石】が含まれているらしく、目の前の木箱を持ち帰って宝探しをする予定である。

 全ては最高の装備を揃えるために。

 ただ、俺にも罪悪感がないわけではない。だから、目の前にある大量の木箱の代わりに、初めておもちゃを買ったときから、毎日コツコツと作ってきたものを贈ろうと思う。

 その名も『スーパー魔核泥団子』と、魔水晶の不純物結晶だ。

 これらを山ほどの木箱と入れ替えるのだが、予想外の量で時間がかかりそうだと若干焦る。

「イムが運ぼうか?」

「え? どうやって?」

「イムがパクってするよ?」

「え?」

「イム殿は影魔術なるものを習得し、収納できる魔術を覚えたそうだ」

 俺の疑問はアイラさんが答えてくれたことで解決したが、そんな便利な魔術があるのかと新たな疑問が湧いてしまった。

「どうする?」

「お願いします!」

「うん! 任せて!」

 イムさんは手のひらを木箱に向け、自分の影で木箱を包んでいく。影に包まれた木箱は、次々と影に沈んでいく。

 俺の《ストアハウス》のように一瞬で消えることはないが、大した時間もかからずに全ての木箱が消えた。

 今のところ生き物は無理らしい。時間は停止していないが、完全な暗闇に長時間いると大概の生物は気が狂うそうだ。
 狩りの最中に起きた事故から判断したそうだが、《精神異常無効》スキルを持っている俺なら大丈夫そうだと思ったのは内緒である。

 イムさんには食料品の山や証拠品、隠されているものなどを全て回収してもらい、アイラさんには贈り物を積むのを手伝ってもらっている。

 イムさんがいるなら馬車はいらないかというと、そうでもない。馬車はこの世界では自動車と同じで、かなり高額である。
 馬車を奪うことは輸送力を奪い、クソババアの商会に打撃を与えるのには、十分な攻撃方法である。

 さらに泥団子で信用も奪ってしまえ!

 と思い、四年がかりの作戦を実行した。驚き悔しがる顔が見れないのが残念だ。

「出発進行ーー!」

「「おぉーー!」」

 馬車は連結して、三台分の幌馬車が一台になっている。スキルを駆使して六頭引きの高速馬車に改造し、危険地帯を経由する道順でラビくんたちの元へ急ぐ。

 車輪の跡も忘れずに消しておく。

「アークーー!」

 しばらく馬車を走らせると、ラビくんと子熊を背中に乗せたリムくんが迎えにきた。

「ラビくん! もう来ちゃった?」

「まだーー! 乗ってみたいって言うから、ついでに迎えに来たんだーー!」

「良かったぁ! そういえば、小麦粉とお酒が大量に置いてあったから、全部買ってきた!」

「やったぁぁぁーー!」

 万歳して喜ぶラビくんと、尻尾を激しく振って喜ぶリムくんが可愛く、しばらく見とれていた。

 え? 馬車の運転? まだできないから、アイラさんがやってるよ。
 威圧と『竜言語』とでも言うのか、喉を鳴らして命令しているらしい。

 不憫な馬たちである。

「主、もう着くぞ。速度を落とそうと思うが、どうだろうか?」

「お願いします!」

「うむ。遅くしろ!」

「「ブル……」」

 気を強く持ってくれたまえ! まもなく、怖い熊さんが来るからね。君らの先輩は、殺気を浴びてショック死してしまったんだ。

 頑張れ!

「ついたーー! まだかな――「グォォォォ!」」

 ……来てしまった。ギリギリ間に合ったけど、心の準備はまだだ……。

『姫ぇぇぇぇぇーーー!』

 俺も《念話》スキルが最大値になり、親分の言葉を理解できるようになったのだ。でも今は通訳士を挟みたいと思っていた。多少でも表現が和らぐ気がするからね。

『おじいちゃまーーーー!』

 珍しく鳥に乗らず、ドスドスと熊さん走りで駆けてくる親分の前に飛び出して行く子熊。親分は熊さん座りになって、子熊をお腹に迎え入れた。

『姫っ! 心配したんだぞ!』

『……ごめんなさい。迷っちゃった……』

「ぶーちゃん! 姫ちゃんは、いつまで経ってもアークに会わせてもらえないから、姫ちゃんママと友達の白虎ママに紹介してもらおうとしたんだって。姫ちゃんも友達が欲しかっただけだよ! だから叱らないであげて!」

『うーん……そうか。それは、すまんかったの』

『ううん! あたしが勝手に出ていったのが悪いの! ごめんなさい!』

 これは……堂々巡りしてしまう流れでは?

「親分! 俺たちは遠足の途中でして、秘密の場所に行く最中なんです!」

『そうか……。すまんかったな』

「いえ。そうではなく、せっかくお散歩しに森へ来たのだから、怖い思い出だけを残すのは良くないと思います。だから一緒に行きませんか? 深層ですが、姫君はいつも深層に棲んでいるから人間よりは怖くないと思いますが?」

『いいのか?』

「えぇ。姫君の気持ち次第ですが」

『姫、どうする? 行くか?』

『……行きたい。美味しいものがあるって、ラビくんが言ってたの』

『そうか。楽しみだな』

『うん!』

 良かった。仲直りできたみたいだ。

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