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第二章 一期一会

第六十六話 三死からの木材売買

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 ここは『エクセリク』を管理する天界。
 その中枢であり、最奥の間に創造神アルテアと、他三名の姿があった。

「あなたは三度目ね、イリアス」

「光栄であります!」

「あら? 今まで褒めるために呼んでいたかしら?」

「……説教という名の褒美をいただいております!」

「では、今回も楽しみにしておいてね!」

 創造神アルテアは絶世の美女らしく、老若男女を魅了する微笑みを浮かべているが、目は決して笑っていない上、こめかみに血管が浮き出ていた。

 それを見たイリアスは、最年少ながら筆頭守護天使の座に就く強さを誇るも、身をすくませるほどの恐怖を味わい、体の至る所から汗を噴き出させていた。

 イリアスが苦境に立っているのも、アルテアが激怒しているのも全ては森の大精霊のせいであり、火の大精霊が加担したせいでもある。

「リゲル、あなたは二度目ですね?」

「そうですが……【大老】が俺の領域に来たことがきっかけです!」

「ふんっ! 儂を除け者にするからじゃ! 自分の分のグラスや酒を確保するとはっ! イリアスも教えてくれなんだ!」

「……アリオト、理由があったのです。それにあなたは寝ているとばかり思っていたのです」

「儂だっていつも寝ているわけではないですじゃ!」

「「いつも寝てるわ!」」

 火の大精霊とイリアスが即座に突っ込む。森の大精霊および直属の配下は、自身の欲求や好奇心に素直で、思うままに行動するというのは天界界隈には有名な話だった。
 さらに邪魔すると、死ぬよりも辛い報復が待っているという質の悪さ。

 大精霊は寿命はないが、戦闘で死ぬことはある。しかし一部記憶を残したまま転生を続け、完全に消滅することはない。
 ただし、転生前の力を取り戻すのは相当の時間がかかるため、原初の頃より弱体化した大精霊がほとんどである。

 だが、全てではない。

 森の大精霊のみ、一度も転生することなく原初の力を持ち、さらに精練された実力を持っていた。
 だから、一柱で一大陸を守護することができているのである。【霊王】も守護天使であるイリアスも口を揃えて最強の大精霊と言い切るほど、彼の実力は折り紙付きである。

 創造神アルテアにとっては、実力よりも外見のせいで怒りづらい大精霊であるが……。

「アリオト、ただでさえ私はあなたを怒りづらいというのに……。あまりわがままを言わないで?」

「怒ってくださっていいのですじゃ! その代わり、楽しそうなことから仲間外れにしないで欲しいのじゃ!」

「な――仲間ハズレになんかしていないし、するつもりもありません!」

「美味しいお酒を知らなかったのじゃ!」

「おい、【大老】ともあろう者が子どもみたいなこと言うなよ……」

「うるさいっ! 儂はいくつになってもアルテア様の子どもじゃ! シリウスも仲間ハズレは嫌いだって言うはずじゃ!」

「……確かに言ってます」

「ほれ見ろ! イリアスはシリウスの近くにいるから嘘ではないはずじゃ!」

「でもよ、イリアスも仲間ハズレにしてた張本人じゃねぇか」

「ちょっ! 余計なことを言わないでください!」

 ――パンッパンッ! と、手が叩かれる。

「そこまで! 今回は、アリオトがアークくんに加護をつけたことについて呼び出しました。あなたから見て、アークくんは加護に必要な〈徳〉を持っていましたか?」

 神々が加護を付与する際に魂の記録を覗く。

 創造神アルテアの加護は明確な〈意志〉を持つ者に、【霊王】シリウスの加護は〈勇気〉を持つ者に、【炉神】リゲルの加護は確固たる〈自信〉を持つ者に、それぞれ選ばれて贈られる。

 では、【商神】アリオトの加護はというと、学術の神様も担当していることから、〈忍耐〉を持つ者に贈られる。

「持っていますじゃ。そこにいるイリアスも認めていたはずですじゃ。『ドM魔童』と。継続は力なりとも言う言葉を体現している者として、あの者以上に相応しい者は存在しないのじゃ」

「……はぁ。そうですか。ですが、相談して欲しかったと思うのは私のわがままですか? あなたほどの者が動いたことで、他の大精霊たちも動き始めました」

「すみません……。シリウスが見つかってはしゃいでしまいました……。ですが、シリウスのための計画だったら、儂にも相談して欲しかったですじゃ!」

「アークくんが十歳になったら真っ先にお話しするつもりでした。……どこかの誰かさんたちのせいで予定が狂いましたけど……!」

 ジロリと睨むアルテアの視線から逃れるように、火の大精霊とイリアスは顔を伏せる。

「まぁ幸いなことに、アークくんはもうすぐ九歳になりますし、一年間何事もなければ予定通りになりますけど。さらに、お話し好きのアルも恒例の戦争の影響から動けないでしょう。ということで、今回は不問にします! ですが、樹の坊やに貸し出した魔道具は彼の領域外に出させないように! アークくんが旅立つ前に必ず回収すること!」

「はいですじゃ! ありがとうございますじゃ!」

「……アルテア様、【商神】様には優しすぎませんかー?」

「……同感です」

「そ……そんなことないわよ!?」

「アルテア様は、みんなに平等じゃ!」

「そんなことよりイリアス、スリーアウトよ! 平等に罰を与えなきゃね! ということで、あなたは神子の職業授与の儀式担当にするわ!」

「えぇーー! そんなぁぁぁーー!」

 今回の神子は、アルテア含む天界の住人から凄まじく嫌われていた。行動もおかしいが、何より考え方がおかしい。

 別に神子だからと言って、アルテアを崇拝しろと押しつけようとするつもりはない。過去にもそういう人物はいたからだ。

 しかし、侵略して人々に危害を加える魔物の王のことを【魔王】と称する――という常識が著しく欠如していて、何度教えても独自の魔王像を追い求めているせいで、全く理解しない。

 そして独自の魔王像は、アルテアの使徒であるアークのことである。

 話の通じない者との会話ほど疲れる仕事はなく、そろそろ神子の十一回目の儀式で、神子の成人の年でもあった。

 異世界勇者が召喚されるまでの時間がなくなったことと、神子が成人になることで様々な猶予がなくなることから、節目である十五歳になる年の職業授与の儀式で職業を授けることに。

 すでに教会の者に託宣し、ピュールロンヒ辺境伯の領都の教会で、授与の儀式をするように指示を出していた。

 あとは当日、あのおかしな神子に託宣するだけである。

 言葉にすると一行で終わりそうな内容だが、与えられる職業を知っている天界の者たちは、もめることが目に見えている仕事を押しつけ合っていた。

 イリアスはアークのサポートを理由に逃れる予定だったのだが、アルテアが罰に使用してしまったことで回避不能に……。

 イリアスは今になって、光栄と言った自分を殴りたくなっていた。

「……神子はアルテア様に会って直接授与されたいと思っていますよ」

「私は会いたくない。アークくんなら会いに行くわよ。モフ丸も喜ぶし、私のモフモフもいるだろうしね」

「わっふー!」

「……しかし、無茶振りを言われたら対応に困ります」

「大丈夫よ! 天界全体でモニタリングしてるから、指示を出してあげるわよ。みんな直接話したくないだけで、娯楽としては人気なのよ。あなたがやってくれれば、私を含め天界全体が幸せになれます! 光栄でしょ?」

「…………光栄です」

「では、お願いしますね」

「…………はい」

 ニコニコと微笑むアルテアと、ガックリと項垂れるイリアスを見た火の大精霊は、自分はああならないと肝に銘じるのだった。


 ◇◇◇


 初めて町に行った日から三年ほど経った。
 親分やオークちゃんにはレシピやドロン酒製造専用の道具に、百組のグラスセットを贈った。親分たちに贈った飾り付きのものではないが、大変喜んでくれた。

 その際、ふと思った。

 そもそも親分に飲んで欲しくてドロン酒を造ったが、オークちゃんには事後報告だ。だからお酒を用意したときに、オークちゃんは「私にも?」と聞いてきた。

 それならば、十歳の旅立ちに向けて生産系スキルを習熟している今することは、オークちゃんに新武装一式を贈ることだと思いつき、オークちゃんに打診してみた。

 オークちゃんは、俺が訓練を疎かにしないのならば是非欲しいと言ってくれ、採寸したり要望を聞いたりと、楽しい時間を送ることができたのだ。

 ちなみに親分に聞いたら、爪ごと装着できるガントレットが欲しいらしい。採寸するときに少しだけ毛皮に触ることができ、内心で狂喜乱舞した。

 感想は、意外に柔らかいモフモフでございました。

 あと、魔境産の木材を販売するかどうかの問題は、樹の高位精霊様が持ってきた道具によって、あっさり解決する。

 持ってきた道具は組合にある道具の簡易版で、登録などはできないが、口座取引の処理やカードの処分ができるものらしい。

 この道具と高位精霊様が冒険者時代に使っていたカードを用意し、盗賊などの口座残高を全て高位精霊様のカードに移していく。そのあと、盗賊のカードを処分する。

 カードの履歴や内容は本人の要請がなければ開示できないし、勝手に調べることは重大な犯罪行為である。さらに、盗賊は輪廻の輪に加わっているゆえ跡を追えない。

 つまりは迷宮入りになるというわけだ。

 これは組合が迷惑かけたお詫びだと、森の大精霊様が森にいる期間限定で貸与してくれたそうだ。

 何かお返しをしたいと言ったら、グラスセットとドロン酒が欲しいと言っていたと聞き用意した。樹の高位精霊様も欲しかったらしく、自分が木材売買の仕事を受けたことにして売ってくると言い、お願いすることに。

 代金はグラスセットとドロン酒に料理。それから委託販売の手数料を二割払い、使う分を除いた木材を販売してもらった。

 時間稼ぎのために、領都ではない南の町で依頼を受け、森の近くまで商人を呼んで取引を終える。この際、事情を知っている商会長と依頼した支店長に対応してもらうことで詮索を防いだ。

 俺たちはスキル習熟を兼ねて、遠巻きながら町までの護衛をするスニークミッションを楽しんだ。もちろん、途中から高位精霊様も加わり、野営や夜間の見張りの仕方も教わった。

 授業料も手数料に含んでくれ、優しいことに稼いだ手数料で、綿花の高位精霊様用のドロンの干し果実を買いたいと言ったのだ。

 俺はグラスセットもドロン酒も欲しいと言わない綿花の高位精霊様に、何かお礼をしたいと思っていたから、お金は受け取らずに出来たての半生ドロンの干し果実をプレゼントした。

 ラビくんの大好きなおやつ第一位に輝いた新作スイーツに、綿花の高位精霊様も喜んでくれて可愛い姿を見せてくれた。

 赤い目が宝石のようにキラキラと輝く、白いモフモフに包まれた手乗りサイズの蜘蛛さんだったのだ。

 思わず「可愛い!」と言ったら、めちゃくちゃ驚かれた。他の蜘蛛は可愛いと思わないが、綿花の高位精霊様は神秘的な印象もあって怖いよりも、可愛いと思えたからだ。

 ラビくんも同じように思ったようで、「お腹に飛び込んできてもいいんだよ?」と言っていた。

 無事に木材の取引も終わり、樹の高位精霊様のカードに代金が振り込まれ、俺たちも安心できた。
 というのも、樹の高位精霊様の配下からの情報で、商会の下っ端が俺たちの話を盗み聞いていて、自分の出世のために無理を通そうと画策しているらしいと聞いていたのだ。

 その対策を相談しに森の大精霊のところに樹の高位精霊様が行き、例の道具と対応策を持って帰ってきてくれ、事なきを得たというわけである。

 取引の際に、樹の高位精霊様が何を言ったのかは言わずもがなである。

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