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第二章 一期一会

第六十三話 大声からの判断ミス

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「ここが……。なんか市役所みたいだ……」

 おっちゃんの邸から少し町の中心に近づいた場所に、石造りの三階建ての建物が建っていた。屋上もありそうだが、建物の周囲にも複数の施設があり、かなりの土地が割り当てられているようだ。

 つまり、それだけ重要な組織ということである。

「入って右の駐車場に停めてくれ。左は貴族用だからさ」

「詳しいですね」

「まぁな。冒険者だったこともあるし、部下からの情報もあるからな」

「冒険者……。精霊様が……?」

「上司の仕事に必要だったからな。――よし! 中に入るぞ!」

「レニーさんとイムさんは荷物を見ててもらえる?」

「まぁ……仕方がないか」

「うん! 任せて!」

「襲われても殺しちゃダメだからね」

「分かっている」

「うん!」

 微妙に不安だ……。

 まぁ移動中に注意事項を説明したから大丈夫だと思う。俺は信じてる。……信じる者は救われる。……たぶん。

 ◇

 駐車場から少し歩き、建物の入口まで来た。

 豪華な彫刻が施された木製の扉で、威風堂々とした雰囲気を醸し出していた。まるで建物に訪れた者を威圧しているようだ。

 弱者は不要ってことかな?

「中では阿呆の子のフリをしろよ。もうすぐ六歳だろうが、年齢に見合った態度じゃないからな」

「え? そうですか?」

「そうだ。この扉は規定年齢の十歳未満の子どもが勝手に入らないように、わざわざ入りにくいように加工している。扉を見て分析する余裕がある五歳児はいない」

「なるほど……。でも、一歳の頃に経験した親分の方が怖かったからな。個人的には彫刻の模様が気になるくらいですね」

「……不憫な子だ。アレを一歳で……。ウウェーー……」

 あの尋常じゃない殺気を向けられたんだもんな。そりゃあ嘔吐いても仕方がない。

「怒られるよ?」

「言わないでくださいよ!」

「敬語で話したら言う!」

「す……すまん!」

「よろしい! それで、ここにはお酒が売っているのかな?」

「売っているけど、店舗を持たない者や行商が持ってくるお酒しかない。掘り出し物があるかもしれないが、運搬の仕方が悪ければ粗悪品以下になる。だから酒蔵から直接買うか、取引がある販売店で買った方がいい」

「じゃあお金持ってて」

「オレが?」

「アークにお酒を売ってくれないでしょ?」

「なるほどな」

 それよりもラビくん話しちゃダメでしょ? 一応小声だけども。

「……忘れてた。てへっ!」

「念話でね!」

『うん!』

 ちなみに、俺が抱っこしている。理由は盗難防止だ。従魔登録証をつけていても従魔の盗難があり、窃盗犯に対しては町の外に準ずる対処を許可している。

 つまり、過剰防衛で殺しても罪に問われない。

 できるだけ生け捕りが好ましいけども、それが枷となって死んでは意味がないという判断からだ。しかも仮の登録証は役人が、本登録証は組合が発行している。

 それらを無視して盗むということは、それぞれに喧嘩を売る行為だ。町の行政に必要な二つの巨大組織を敵に回しておいて、助けてくれは通らない。

 まぁ問題を起こさないように防止することは必要だし、何よりモフモフできることは喜ばしいことだから、大いに満喫している。

 組合は五つの部署に分かれており、一階右側に【冒険部】、左側に【魔導部】がある。二階は右側に【生産部】、左側に【商業部】がある。三階は運営に関わる全てを担当する【総務部】があるらしい。

 俺たちは二階の【商業部】に向かい、番号札をもらって待合スペースで談笑している。

 念話だから、子どもが緊張して黙っているように見えるかもしれないけど。

『ここではオークリームとオーク丸を売るんだっけ?』

『そうだよ。オークリームの販売価格は一つ銀貨二枚(二千フリム)だけど、買取は銅貨六枚(六百フリム)くらいかな』

『ボッタクリ! あの小さい器に入っている量と入門料が同じなの!?』

『最終価格が銀貨二枚なんだよね。今までは伯爵家が直接買い取ってたから、最初と最後しか知らないけどね。間に組合を挟んだらどうなるか分からないかな。それに一応職業訓練中だから、足元を見られると思うよ』

『苦労が無駄にならないことを祈る!』

 受付や担当が優秀なら職業訓練生も対等に扱ってくれる。なんてったって、将来は商人になるんだからさ。組合に勤めている以上は先を見越して恩を売ったり、顔つなぎをしておいたりした方が得だろう。

 ここで恨みを買って根に持たれたら……とは考えない者も多くいるらしいが。そういう者は選民思想を持っているらしいから仕方がない。

 組合が商売をさせてやってるんだぞ!

 と、いうような選民思想だ。これが意外に多いらしい。困ったものだ。

「次の方!」

「……はい」

 この人、さっきから声がデカいんだよ。

 商談したり手続きしたりと、守秘義務がある内容も大声で話しているけど、「私は声が大きいだけです! 秘密は守ってます!」と、前の人たちの抗議を全て無視している。

 組合のカードには表裏があって、裏の職業欄や実積欄の内容を漏らした場合の罰則は、多額の賠償金の支払い義務と解雇だ。
 さらに賠償金が払えないと借金奴隷になって、地獄の借金返済生活が始まる。最悪の場合は犯罪奴隷になることも。

 それほどのことを、「声が大きいから!」と言って無視するのは無理がある。きっと、声を大きくさせることで情報を入手するように指示を受けているんだろう。……クソババアの部下から。

「職業訓練の方ですか!」

 阿呆の子……。阿呆の子……。

「お姉さん! お声大っきいーー! 僕の弟の赤ちゃんみたいーー!」

『プッ! ちょっとーー! やめてよ!』

 念話で抗議が来たが、仕方がない。正攻法で大声をやめさせられないなら、阿呆の子作戦しかない。

「あ……赤ちゃん……? か、可愛いでしょうね?」

「ううん! 不細工ーー!」

 前世を含めて、人間の赤ちゃんを可愛いと思ったことはない。
 とある芸人が言っていたが、赤ちゃんの顔は二種類だけ。猿顔とほ○こん顔だ。どこに可愛い要素がある?

 しかも俺の弟は猿獣人だから、ガチのお猿さんだろう。体はスケルトンだけど。

 そう。弟ではなく、赤ちゃんみたいにわめき散らす兄のことだ。弟はいないからな。具体的なイメージを持った方が嘘くさくならないはず。

「ぶ……不細工……。この……クソガキ……」

「お姉さん! 大きな声しか出せないんでしょ!? 大きな声で『クソガキ』って言ってくれないと分からないよ!」

『アーク! 遠回しに不細工って言ってるよ!』

『わざとだよ』

「お姉さん……そんなこと言ったかな?」

「お姉さん、声を小さくできるんだね! 向こうで偉い人とお話している商人さんに教えてあげようよ! すごい怒ってたもんね!」

 抗議していた商人たちは抗議する相手を変え、上役に直接抗議している最中だ。

 上役の逃げ道は一つだけ。

「彼女は生来声帯に異常があって声の調節が苦手なんです。だから大声になってしまっても、大目に見てあげてください」

 というもの。対して、商人たちの理屈は正当なものである。

「そんな守秘義務違反を犯す者を受付にせず、書類仕事や他の仕事を割り当てろ!」

 というものだ。まさに正論。

 そこに俺の証言を放り込めば、結果は火を見るより明らかだろう。

「……商人になるために勉強しに来たんだから、無駄なことはしない方がいいわよ?」

「そっかーー! じゃあ、薬師様に褒められる・・・・・ように査定してね! もっと勉強したくなるには褒められるのが一番だもんね!」

「チッ……! クソガキがっ! 調子に乗りやがって……!」

「ん? なぁに? どうしたのーー? やっぱり正直に話した方がいいってことかな? 正直で誠実な商人さんは、みんなから好かれてるもんね!」

「査定する物はどこかな? 時間は有限よ!」

「そうだねー! 物は馬車で運んできたから、お外にあるのー!」

『……死ぬ。笑い死ぬ』

『我慢して! 笑ったら知能が高いことがバレるよ! 連れていかれちゃうよ!』

 ラビくんは耳の先を持って引っ張り、耳で顔を隠して必死に笑いを堪えている。リムくんは「ハッハッハッ!」と、呼吸に見せかけて普通に笑っていた。

『ふぅーふぅー……! それで、大声のお姉さんは放置?』

『俺は何もしないけど、欲に目が眩んだ商人や、上役に直訴できる大物商人と知己を得たい商人が勝手にチクると思うよ。それで恩を売るんじゃないかな』

『えぇーー! 手柄の横取り!?』

『違うよ。肉の壁だよ。俺の代わりに組合に目をつけられて、お姉さんを解雇してくれるんだからさ。それに上役も解雇かな? クソババアは使えない部下を放置しておく趣味はないからね』

『……エグいよ』

『貴族の手口としてはまだまだ入口にも立ってないよ。大きい商会を目指した中くらいの商会がやっていることだよ。俺がいなくなった後に横取りに動く商人は無視してもいいけど、俺に近づいて来るような商人は警戒が必要かな』

『……森の方が安全なんだね。人里が怖い……』

『今だけだよ! それにラビくんは俺が守るから!』

『うん!』

 ちなみに、リムくんには聞こえていない。ラビくんに聞いたところ、リムくんや三竦みたちは《念話》を持っていないかららしい。
 ラビくんは個人の特殊能力で話しているだけで、《念話》を使用しているわけではないそうだ。今度は《念話》を取得する旅に出そうだなと思うのだった。

 さて、商品を査定してもらうために駐車場に来たのだが、案の定ツタでぐるぐる巻きにされた男が三人横たわっていた。

「何事ですか!?」

「泥棒だ」

 大声姉さんが大声で事情を聞くと、レニーさんが簡潔に淡々と説明する。温度差が激しいが、レニーさんからしたら、虫が集ったから払った程度のことだろうから仕方がない。

 レニーさんは胸が小さめのダークエルフ風の美人だし、イムさんも猫獣人風の美少女だ。さらに商品が満載の二頭引き馬車。しかも立派な農耕馬付き。

 ……うん。狙われないわけがない。

『い……生きてるよね?』

『うん! 呼吸音がするから大丈夫!』

「レニーさん、怪我はない?」

「ん? ないぞ」

「よかったーー!」

 阿呆の子の演技を継続中だから、無邪気な子どもの普通の行動をしようと思ってレニーさんに抱きついた。

「――なっ! どうした!?」

「……合わせて。それとラビくんは他の子を宥めて」

『任せて!』

 ペットたちが威圧を放ち始めているからだ。きっとズルいという抗議なのだろうが、今は絶対にダメだ。

「だ、大丈夫か?」

 何故ニヤけている? もしかして、俺はミスを犯してしまったのか? それなら軌道修正すればいい。

 よし! 離脱しよう!

「泥棒が怖かったのだ……。もう少しこうしていて欲しい。……ダメか?」

 力が強いんじゃ。さすが、脅威度六の二つ名持ちだ。口ではしおらしいことを言っているくせに、ガッチリホールドされていて振りほどけない。

「では、警備員が来るまで……」

「うむ」

「……イムも被害を受けた! ズルい!」

「途中で交代するから! ね!?」

「むぅーー!」

 ……警備員よ、早く来てくれ。

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