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第二章 一期一会

第五十七話 背中からの口座対策

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 実行犯だった猫獣人と主犯の奴隷商人の行く末は、すでに決まっている。それを変えるつもりはない。

 命を奪う覚悟はすでに終えている。

 モフモフを守ると、この世界で生きていくと決めたときにだ。そうでなければ森で生きていくなんてできない。生きていくことはすなわち命を奪い続けていることであり、自分の手を汚したくないなどと甘ったれたことを言うつもりはない。

「見ててください。次はあなたたちの番ですから、少しでも参考になればと特別に御招待いたしました」

「く……狂ってる……」

「精霊を使って精霊の領域を荒らし、幻獣の子を捕らえた者たちに言われたくはありませんね。あなたたち……精霊も含めて狂ってると思いますが? 精霊も今は止められていますが、攻撃の意志を見せれば全力を持って消します」

「――は? 精霊を消す? 無理に決まってるじゃないか。特にお前のような混じり物にはな!」

 直後、ピシッと空気が割れたような音が聞こえた。

 ペットたちが放った殺気で大気が震えているのだ。いつも冷静なエントさんからも凄まじい殺気が発せられており、魔力の揺らめきが目に見える形で放出されている。

 深層にいるはずの魔獣四体の殺気を至近距離で浴びた猫獣人は逃げることが叶わず、その場に倒れ伏した。

 そのまま吸収しても能力を得られるかもしれないけど、殺気を鎮めるために直接移してあげよう。

「大丈夫だよーー! 混ざったおかげで強くなったんだから。血が濃くなりすぎると病気になったり、短命になったりするんだよ?」

 神族にもなれたしね。

「……アーク殿がいいなら構わぬ」

 興奮冷めやらぬ三体のペットたちは順番になでて鎮めてあげる。もちろん、スキルの時間制限があるからスライムさんからだ。

「それで精霊を消す方法とは?」

「《魔力吸収》というスキルが増えたんだけど、魔力の塊の精霊なら、圧迫して何もできなくしてから吸収し続ければ消滅するかなって」

「正確には下位精霊はそれで消えるけど、中位精霊は精霊石になって休眠状態になる。上位精霊以上は簡単じゃないけど、不滅でもない。ぶーちゃんくらい強ければ、高位精霊も消滅させられるかも」

「白虎ママは?」

「うーん……無理。上位精霊が限界かな」

「俺は……?」

「中位精霊が限界かな」

「親分が遠い……」

 追いかけ続けている偉大な背中は遥かに遠く、見失わないようにするだけで精一杯だ。

 いつか絶対に超えたい。……いや、超える。

 それで褒めてもらうんだ。強くなったなって。もちろん、オークちゃんにも。

「それにしてもラビペディア大先生は何でも知ってるね。いつも助かってるよ! あと、精霊を大切にしてるから教えてくれないかと思ってたんだけど」

「人間にも悪い者と良い者がいるように、精霊の全てが守る対象ってわけじゃないからね。言って分からないなら痛い目見せるしかないよ」

「ラビ殿は精霊の専門――「ん? ちょっと詳しいだけだよ! ね!」」

「前から思ってたんだけど、エントさんはラビくんと面識があるの?」

「少しだけだよ! ね!」

「う、うむ」

 俺はエントさんに聞いたんだけどな……。

「あとはデブとエルフだけでしょ? タマさんを呼んで話してきて! ぼくは従魔親睦会があるからね!」

 ん? 今、何か気になること言ってなかったか?

「レニーさん、行くよ! 重大なことをお話しないといけないからね!」

 ラビくんはペットたちを南側に連れて行きボソボソと話し合いを始めていた。話の内容が気になるが、いつ来るか分からない親分のためにも、早めにドロン酒を造らなければいけないのだ。ラビくんたちのためでもある。

「タマさん、まだですかーー?」

「んー……二つまで絞れた。一つ目は長命種かそれに準ずる者のカードに振り込ませる。生きているけど、消息不明の上に関係者は軒並み死んでて足跡を辿れない。もう一つは……安全だけど使いたくない」

「何で?」

「ドロン酒が減るからよ! というか火の大精霊にも渡したくなかったけど、渡さなきゃいけなくなったのよ? これ以上は減らしたくない!」

「こう言ってはなんですが、火の大精霊様はタマさんたちがワニ肉を欲したからでしょ? 自業自得じゃないですか」

「じゃああんたはワニ肉がいらないのね!?」

「……いります」

「何か言うことは?」

「……すみませんでした」

「よろしい」

 ワニ肉は魔力が豊富だし、モフモフと仲良くなるための小道具にできる素晴らしい肉なのだ。とてもいらないとは言えない。

「それで二つ目の具体的な内容とは?」

「管轄の神に頼んであんたの神器でもあるカードに移すのよ。あんたがカードにお金をチャージするのと同じよ」

「え? 俺のカードって神器だったんですか?」

「扱い的には神器よ。アルテア様が創った職業で使用する道具なんだから。それから今回のことに限って言えば、断られることはないと思うわよ。ただし、あんたのことがバレてドロン酒のこともバレると……」

 光る板から光りが消え、板の存在が薄くなっている。

「ドロン酒ですが、火の大精霊様にお供えしてませんけど? それと何で今回は断られないんですか?」

「火の大精霊にはあたしの分を渡しているからね。あぁ、そういえばモフ丸だっけ? アルテア様のところにいるワンちゃん。その子もアルテア様と同じものを食べたいそうよ。今まではアルテア様が分けてたみたいよ。それと、火の大精霊がグラスセットが欲しいって」

 意外に注文が来ていた。タマさんが止めていたのか?

「あたしが止めてたわけじゃないわよ。デブのカードを調べてるときに注文に来たのよ。忙しいから後にしてもらおうとしたら、理由を聞かれて相談したら教えてくれたの。だから断れないわよ。それと二つ目の方法が成功する理由は、管轄の神が問題のあった領域のヌシの直属の上司だから。ヌシの怠慢をついてやれば『はい』以外は言わないわよ」

 脅すのかよ……。

「じゃあ二つ目を希望します。今なら伯爵家の兵士二人のカードもあります。獣人族はほとんど全員が組合を利用するらしく、女兵士二人もカードを持っていました。デブの護衛の男たちは奴隷だから取り上げられており、エルフは持ってませんでした。その代わりデブたちを放置してドロン酒造りをして、お供え用のドロン酒を別に用意してタマさんのドロン酒を確保することを約束します!」

「よろしい! ではデブたちのカードと、あんたのカードを寄こしなさい! 帰ってくるまでにドロン酒を造っておくのよーー!」

 存在感が薄くなっていた板に光りが戻り、そして一瞬で消え去った。ドロン酒の禁断症状が限界に来ているんだろうな。

 気持ちは分かる。

 ダイエット明けのジュースみたいな美味さがあるからな。魅了という魔術が込められていると言われても納得できるほど、とてつもなく美味いのだ。

 殺気のせいで気絶している全裸マン三人を、エントさんのお家の南側に造った牢屋にぶち込み、迷宮に魔水晶を取りに行く。

 迷宮入口付近の安全地帯に山積みされている魔水晶を、《錬金》スキルで不純物を取り除いていく。これをしないと魔力の通りが悪くて加工しにくいのだ。

 あとは広い場所まで運び出して加工するだけだ。タンクはもちろん、かき混ぜ棒や蓋なども造っていく。

 さらにペットたちが倒した木で踏み台を作ったり、タンクの土台を作って底につけた栓からお酒を移す作業がしやすいようにしたり。
 本当はベルトコンベアみたいな瓶が次々運ばれるようにしたかったが、こす必要があるから保留とした。複雑な機械はまだ造れないからだ。

 ドロン酒造りはいつも通りだからサクサク作業が進んでいった。


 ◇◇◇


「……イリアスか。何のようじゃ?」

「久しぶりです。今回は急な訪問にもかかわらず――「あいさつは不要。用件を言え。儂は眠い」」

「相変わらずですね。では早速。これら組合のカード三つの口座残高を全てこちらのカードに移してください。組合はあなたの管轄ですから可能ですよね?」

「可能だからやるとは限らんぞ。それにそれは干渉行為に当たる。それゆえ、できん。諦めろ」

 素直に「はい」と言っておけばいいのに……。と言っても、さすがに最強の大精霊だけあって怖いのよね。だから二つ目は嫌だったのよ。

「干渉の原因を作ったのはそちらですよ? 危うく【霊王】の怒りを買うところだったことをお解りですか?」

 ごめん。ラビくん、死んでくれ。

「……儂の前で行方知れずの親友の話を出すとはいい度胸だ」

「行方知れずとは……。目が曇ってるのですか? まぁ此度の失態が悪化していれば、本当に行方知れずになっていたでしょうね」

「話が見えん。簡潔に説明しろ。事と次第によっては……覚悟を決めろよ?」

 誰かに似ていると思えば、あの親分と呼ばれている熊に似ているんだわ。色が違うけど。

「現在わたしは、アルテア様の指示でアルテア様の〈使徒〉のサポートをしています。アルテア様は、【霊王】の捜索と完全復活を使命として加護を与えました。そして〈使徒〉は瀕死の【霊王】シリウスの命を救い、従魔契約を結びました。今はともに楽しく暮らしています」

「な……っ!」

「見つけたことはアルテア様も知っています。というよりも、【霊王】がいる場所の近くを選んだのですから当然です。それでも何も言わないのは傷が癒えていないからです。心の傷というとても大きな傷が癒えるまで、アルテア様は猶予を与えています。たとえ人間がどうなろうとも」

「そいつはシリウスを癒やせるのか?」

「もちろんです。モフモフを守るためなら命をかけるような者です。【霊王】を守り、ずっと一緒にいると断言したから、従魔契約を【霊王】から結んだのです。【霊王】が嘘ではないと判断した証拠です」

「シリウスを守る……? 無理に決まってるじゃないか」

「本当にそう思いますか? 師匠は【武帝獣】のですよ? わたしも教えています。オークの女王も教えてます。まだ五歳ですが、すでに中位精霊を消滅させられます。それでも無理だと言いますか?」

 特に親分の育成法がスパルタ過ぎる。

 魔力圧縮が最大値になったせいで、危うく森が更地になるところだったわ。
 それにしても、普段は優しい大精霊なんだけど、恒例の戦争が近づいているせいでピリピリしてるわね。

「……そうか。あの堅物までもか。それで、シリウスは元気か?」

「最初は兎と間違われてましたが、【霊王】ということを隠して元気に生活してますよ。お肉と甘い物とお酒を貪っているせいで、少しだけポッチャリしてきましたけどね」

「……兎? あぁ、耳か」

「それと二足歩行のせいですね。全く狼には見えません」

「そうか……そうか。元気か。それで、何故シリウスが怒るような問題が起こる?」

 やっと本題か……。頑張れ、あたし! ドロン酒が待ってる!

「フィラキ大陸西部の魔境の森の精霊領域は、樹の高位精霊並びに綿花の高位精霊がヌシまたは補佐ですよね。管理不足により、エルフと契約した精霊が幻獣狩りに協力し、幻獣領域のヌシである白虎の子どもが捕獲されました。〈使徒〉一行は【武帝獣】の王との盟約により救援に向かい、無事に救助に成功しました。しかし、怒り狂った白虎によって危うくアルテア様が決めた〈使徒〉の命が潰えるところでした。【霊王】を救助し、傷を癒やせる唯一の存在の命が……。死ななかったのは運の要素が強いでしょう。……お解りいただけましたか?」

「慰謝料ということか?」

「もちろんそれもありますが、彼が言うには軍資金を与えればその分大規模な軍勢で何度も来るそうです。その度に殺しては森に瘴気が溜まり、精霊が棲む場所ではなくなりますよね? それを阻止するために軍資金を取り上げたいのです」

「……いいだろう。すぐに手続きさせる。――おい、樹の小僧を呼んでおけ。儂は少し出掛けてくる」

 ……何か嫌な予感。

 まぁ気にしたってしょうがないか。怖い神との話し合いは終わったし、今夜はドロン酒大会だしね。

「お待たせしました。こちらお返しします」

「ありがとうございました。では、よろしくお伝えください」

「承りました」

 待ってろー! ドロン酒ぅぅぅぅ!


 ◇◇◇

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