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第一章 隠遁生活

第五十話 紹介からの付け届け

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 親分は奥さんにチクると言われ負けを認めることになったが、はっきり言って巨大な鳥さんに御馳走するドロン酒はない。気持ち的な問題ではなく、量の問題で御馳走できないのだ。悪気はないことを分かってもらいたい。

 ただ、親分とオークちゃんの分は確保してあるから、親分の子分なら親分からもらえばいいのでは? と、提案してみたところ……。

「グォ!」(ダメ!)

 帰還命令の解除はしたが、御馳走するとは言っていないということだろう。

「ピュオーー!」

 そして標的は俺に変えられた。後輩なんだから先輩に寄こせと言っているようだ。彼とは初めて会ったことと、《念話》のレベルが低いことで何を言っているかよく分からない。でも我が家には万能通訳士がいるため、聞きたくなくても理解させられてしまうのだ。

「ドロンの果実は栽培を始めたおかげで近々収穫を見込めるのですが、薬草の方がなくなってきたせいで生産を止めているんですよ。さらに言えば、万能薬を作ったせいで以前の鍋が使えないので御理解ください!」

 強制的にやらされているドロンの栽培だが、魔力含有食材だとしても普通の栽培法ではない。全ての工程を魔術で行っているせいで、成長速度が異常なのだ。もちろん、全てタマさんの指示の元行われている。

 しかしドロンに集中していたせいで、陰陽草などの希少な薬草類の在庫がなくなったことに気づかなかった。ドロン酒にしか使わない薬草だけに気づくことができず、万能薬を作る際にも別の薬草で作れとの指示を受けたくらいだ。

「ピュオ、ピュオー!」

「彼は言っています! 頼む、少しだけくれー! と」

「……グォ」(少しだぞ)

「ピュオーー!」

「グォ!」(紹介しろ)

 親分と子分の間で話をつけてくれたのは本当にありがたい。

「はい! こちら二足歩行の可愛い狼さんのラビくんです! 俺の初めての従魔です!」

「よろしくー!」

 ラビくんを抱き上げて紹介すると、ラビくんも片手を挙げてあいさつをする。

「ピュオ?」

「おまえは? と言っています!」

「初めまして『アクナイト』と言います!」

「違うわよ。あんたは『アーク』になったわ。アルテア様がステータスの変更をしたときに名前も一緒に変えたのよ。そのときに【霊王】の加護を見つけて生存を喜んでいたわ」

「なるほど……。そうゆうことか……」

「なるほど。そうだったんですね。いつもいつもお世話になっています! それでラビくんはどうしたの?」

「ほぇ? な、なんでもないよ!」

 親分がタマさんの方向を見て不思議そうな顔をしている。これはアレだ……。ラビくんに初めて会ったときと同じ、ヤバいやつ認定のカウントダウンだ。

「この度、『アーク』へと正式に名前が変わりましたことを報告します。それと見えないと思いますが、こちらに天使様がおりまして、いろいろサポートをしてくれているんです! 名前はタマさんです!」

「ホントだよ! ぼくにも見えるからね!」

「グォー」(ふーん)

 まだ半信半疑なのだろうか、胡乱な視線を向けている親分とオークちゃん。鳥さんは全く信じていないようで、翼で顔を隠して笑っている。

 ……まぁいいんだけどね。

「次は召喚獣のリムくんです!」

「ガウ!」

 胸を張ってカッコ良く決めているリムくん。さすがはフェンリル。強者の風格があるね。

「グォ!」(有望だ!)

「ブモ!」(そうね!)

「ガ、ガウ~~~!」

 急に褒められて照れてしまったみたいだ。気持ちは分かる。親分たちに褒められるのは嬉しいからな。

「そしてこちらは隣人のエントさんです。ジャイアントプラントからトレントに進化して、先ほどエントになりました」

「よろしく」

「グォ」(うむ)

「次は水場から引っ越してきたペットたちです。ハイドラさんにメーテルさん、それからスライムさんです!」

「シュルルーー」

「ゲコー」

「ヨロシク」

 それぞれを紹介するが、スライムさんだけはバーサクさんと呼びたくなかったからスライムさんにした。

「グォッ!?」(しゃべった!?)

 親分もスライムが話したことが驚いたのだろう。無理もない。どこから声を出しているのか謎だからな。

「このスライムさんは片言ですが話せるんです!」

「グ……グォ」(そ……そうか)

 親分が納得してくれたところで親分の側に行き、今度は親分たちの紹介をする。

「こちら体術の師匠であり、父親的な存在である熊親分です。隣にいるのは武器術の師匠で母親的な存在のオークちゃんです。大変お世話になっている方たちです」

「ピュオ?」

「僕は? と言っています!」

 いや、初対面だし……。紹介できないよ。

「グォグォ!」(コイツはアッシーくん!)

「ピュオ!」

「酷い! と言っています!」

 そうだと思った。鳥さんに乗ってきたしね。俺の口からは言いにくかっただけで、分かってはいたことだ。

「それではお酒を飲むには早い時間ですが、酒宴を開くことにしましょう!」

「「賛成ーー!」」「ガウーー!」

 いつもの呑兵衛三人組も賛成のようだ。反対された場合は、ドロン酒の供給量に制限がかかっていたことだろう。

 洞窟の東側は訓練場兼大食堂となっている。

 ハイドラさんたちの丸焼きを作るため、大型の焼き場が必要になり訓練場の脇に造ったのだ。焼いた物を運ぶよりも効率的ということで、訓練場が大食堂になったのは当然の流れだろう。

 まぁ今日からだけど。

 訓練場に小上がりというか段差を造って、毛皮を敷くことでベンチタイプの椅子とする。テーブルはそこまで高くしない。親分が食べやすい高さにしている。ラビくんはお子様専用の椅子を用意しているから、テーブルの上に座るということはしない。

「ドロン酒を配る前にプレゼントがあります! ドロン酒専用グラスです!」

「グォ?」(専用?)

「はい。ドロン酒の繊細な香りが邪魔されない素材で作っています。洗うときは、使用後すぐに臭い消しの葉っぱと魔力水でこすってくれれば結構です。でも石鹸で洗わなければいけないとなったときは、後ほど専用の石鹸を渡しますので、そちらを使用後に葉っぱと魔力水でもう一度洗ってください。それほど繊細なお酒です!」

「グォ!」(楽しみだ!)

「ブモ?」(私にも?)

「もちろんです!」

「ブモ!」(ありがと!)

 やっぱり人間よりも理性も知性もある。

 人間に「ありがとう」と言われたことはあっただろうかと記憶を辿ってしまったくらいだ。記憶している限り、忠臣メイドがドロンの干し果実をもらいに来たときくらいだと思う。

 今回もドロン関係だが、オークちゃんは以前からお礼を言ってくれる知性あるオークなのだ。

「まずはレディファーストでオークちゃんから。魔水晶のロックグラスと玉足のワイングラスのセットです。ロックグラスは薔薇の模様を、ワイングラスは玉足部分を月のように、それぞれ加工をさせていただきました」

「ブモーー!」(素敵ーー!)

「あんた、その色部分をどうやったのよ」

「宝石ですよ。色ガラスがないですし、魔水晶に負けない素材は迷宮産の宝石しかありませんからね。それに俺の魔力がリソースになっているんだから、欲しければまた魔力を補充すればいいかと思って」

「あんたとんでもないことするわね!」

「もちろん、タマさんたちの分もありますから」

「当然ね! ないって言ったらアルテア様に報告していたわ!」

 アルテア様は怒らないと思うけど……。怒るのかな?

「次は親分です。セット内容は変わりませんが、模様は変えてあります。ロックグラスの方は親分の大好きなドロンの果実の木を、ワイングラスは俺が住んでいたところの『地球』っていう星を、それぞれ加工してみました。どうでしょう?」

「グォ! グォ!」(うむ! 良い!)

「よかった……。飲み方でグラスを買えて見て下さい。ロックグラスは氷を入れやすくするために口が広くなっているのですが、氷を入れるときの注意点は魔力水で作った氷を使用してください。割るときも同様です」

「グォ!」(分かった!)

「では少々お待ちください」

「グォー!」(早くなー!)

 親分たちを待たせている間に食料庫からおつまみやドロン酒を取りに行くのだが、その前にタマさんたちにもグラスセットのプレゼントをする。アルテア様に奉納してからだけどね。

 アルテア様のグラスセットは桜柄と太陽だ。モフ丸と再会させてくれたし、新たな出会いや人生を与えてくれたことから桜をイメージした。太陽はなくてはならない存在で、空から見守ってくれている存在という意味がある。

 そういえば、モフ丸もドロン酒やアメ玉を食べたいのかな? 今度聞けたら聞いてみよう。俺としては飲ませてあげたい。

 タマさんは藤の花と土星風のセット。前世で土星のアクセサリーが女性に流行っていたことから、女性であるタマさんのワイングラスに使用することを決めた。

 ラビくんは月下美人と恒星のシリウスをモチーフに加工した。月下美人が咲くのは一晩だけということを聞き、前世の小学生の頃に眠いのを我慢して見に行った記憶がある。しかも結局見れなかったという結末。

 ラビくんもあのとき間に合わなかったら従魔になっていなかっただろうし、そもそもこんなに珍しい存在に出会えること自体が奇跡という意味ですぐに思いついたのだ。

 玉足については兎みたいだから月にする予定だったけど、兎に見られるのが嫌そうだったことと、おおいぬ座を構成する星で有名だったから、似たような宝石を使用してみた。

 ちなみに、前世のシリウスって星をイメージしたんだよって言ったら、震えるほど喜んでくれた。

 前世と今世のモチーフを混ぜた専用グラスは、トレントさんの素材を使った飾り箱に入れて運べるようになっている。

 それからリムくんは深皿だけど、これは仮の物で正式な物は二足歩行の能力を得たら作ると約束している。仲良し三人組で同じ物が欲しいと、リムくんから提案してきたのだから俺も全力で応えるつもりだ。

「吾輩も欲しい」

「エントさんもですか? 希望の柄とかありますか?」

「任せる」

「分かりました」

 何回も作っているからすぐに作れる。むしろ、《細工》を入手したからさらに早く上手くなっているかも。

「どうやって作ってるのよ?」

「地魔術の《岩石操作》で作ってます。一度魔力を通してしまえば、最後に《硬化》するまでは自由に成形できますよ」

「石工ってそうやるもんだっけ?」

「違いますね。魔水晶と魔宝石だからこそできるのです。伯爵家の本にそれらしいことが書いてあって半信半疑でしたが、どうやら本当のことでした。あの村が壊滅したら、本だけでもパクってきたいほどのは貴重なものばかりでしたよ」

「へぇー」

 エントさんの柄は牡丹と木星だ。牡丹は花の王や花神の別称があるそうで、植物のエントさんにピッタリだと思ったのだ。木星は木という字が入ってたからということと、在庫の魔宝石の中で被らないような石が他になかったいうのもある。

 スライムさんたちも欲しそうにしていたけど、リムくんと同じ理由で深皿のみにしてもらった。

「それでは準備も終わったので乾杯しましょう。再会に乾杯!」

「「カンパーイ!」」「ガウーー!」

「グォ!」「ピュオー!」「ブモー!」

「乾杯」

「カンパイ」

「シュルルーー!」「ゲコォー!」

 飲めないのかな? と思ったのは内緒だ。

「グォォォォォ!」(うまーーい!)

「ピューーオーーー!」

「ブモーー!」(美味しいーー!)

「うむ。美味い」

「オイシイ」

「シャーーー!」

「ゲコゲコォォォ!」

 どうやら満足いただけたようだ。これで目標達成だな。知らないうちに緊張していたようで、筋肉が弛緩していくのが実感できた。

「グォ!」(よくやった!)

「販売とかしないならレシピを提供しても大丈夫だと思うので、レシピを献上させていただきます。俺はまだ深層へ行けないので、極甘ドロンでお酒を造れないんですよ。レシピに注意事項や必要な道具なども書きますので、料理人に造ってもらうのはどうでしょうか? もちろん、オークちゃんも」

「……グォグォ」(……考えておく)

「ブモ!」(私も!)

「いつでもお待ちしています!」

 タマさんが何も言わないってことはいいってことだろう。お世話になっている方ということと、ずっとこの場所にいるわけではないことから、レシピを献上する以外の選択肢は俺にはなかった。たとえ反対されても献上するつもりではいたが、もめずに済んで良かったと思う。

 その後、料理とドロン酒がなくなるまで飲み食いし、親分たちはお家に帰っていった。グラスはまた来ると言って俺が保管することに。

 夜、就寝前にラビくんが「エントさんやペットたちに愛称をつけてあげなよ!」と言い出し、従魔契約になるかもしれないから本人の前では呼ばないという条件でつけてみた。

 エントさんはトレントから『レニー』。スライムさんは『イム』。メーテルさんは『メル』。そして一番悩んだハイドラさんはローマ字に直した後、いろいろ削って『アイラ』だ。

 名前をつけた直後、気絶したからそのあとのことは覚えていない。


 ===================

 第一章『隠遁生活』 完結
 
 閑話を挟んでから次章を開始します。
 ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

 次章からは町に繰り出す予定です。
 さらに精霊が登場する予定です。

 まだ読んでもいいと言っていただければ幸いです。

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