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第一章 隠遁生活

第四十四話 帰還からの仕官交渉

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 水場での問題解決後、ストーカーされることになったのだが、本当に家までついてきてしまった。

 しかも三体とももれなく巨体で、内二体はどちらかというと苦手の部類の魔物だ。
 ラビくんが言うには、三体とも上位種だから正確には魔獣と呼ぶらしいが、今の俺にはどうでもいいことだ。

 できることなら元々の住処に帰って欲しい。そのために浄化が必要なら叶えてあげようと思っている。だから、俺を三方向から見つめないでくれたまえ。

「……君たちの思いは伝わった。だから安心してお帰り? さぁ、ほら! 森の方へ!」

「ゲコッ!」「シュルルッ!」「…………!」

 微妙に違うけど、俺の前には異世界版三竦みが鎮座している。彼女たちは必死に交渉をしているつもりらしい。

 ネゴシエーターはご存知、ラビくん。本来は無理だけど、魔獣であるならば知能も高いから会話ができるんだって。俺にとっては不運でしかない。

「彼女たちは役に立つから一緒にいたいと言っています!」

「別に役に立たなくてもいいんだよ。それに恩を感じなくてもいいんです。ラビくんのお願いだったんだからさ!」

 ラビくんは俺の方を向いたままだ。さっきからそうなんだけど、もしかして俺が言っていることを伝えてないとかないよね?

「ラビくん、伝えないの?」

「彼女たちは理解しています!」

 マジか……。

 ちなみに、さっきから彼女たちと言っているが、三体とも全てメスらしい。二体は納得できるけど、スライムに性別なんかあるのかという疑問がないわけではない。ただ質問するのは地雷の気がするのと、興味を持ってくれたと誤解されるのも困る。

「ゲコッ! ゲコッ!」

「ふむふむ……なるほど!」

 巨大な蛙とリムくんの背に乗って交渉するラビくんを端から見たら、命乞い交渉に思えなくもない姿なのだが、必死に交渉しているのは蛙側である。

 この蛙も強いということは女王ワニと同居していたことから判断でき、だからこそ近くにいて欲しくない。安心して眠れる施設を造ったのに、何故もっと強い存在を近くに置かなければならないのか。

「……ねぇ、ラビくん……」

「ん? どうしたの?」

 交渉中のラビくんに悪いなと思いながら、どうしても気になっていることを聞くことにする。

「彼女は先ほどのハイドラさんで合っているのかな? 顔が少し違うみたいだけど?」

「そうだよ。ハイドラなんて珍しい魔獣は滅多にいないから間違えようがないよ! 顔が違う理由は回復魔術を受けたからじゃないかな? 少し龍っぽくなってるね!」

「ついでに聞くけど、龍はどの種族に当てはまるの?」

「幻獣種だよ。竜と違うところは群れず、人化スキルを持っている者が少ないなどかな。体も違うけどね」

「ふーん。そうなのか。それとラビくんはどうやって帰ってもらうように説得してるの?」

「してないよ」

 ――はぁ? 今なんて言った?

「ぼくは中立のネゴシエーターだからね! 片方にだけ有利な交渉はしないよ!」

「俺に雇われているネゴシエーターじゃなかったの!?」

「うん! 交渉人兼通訳だと思ってもらえればいいかな!」

「……ラビくんは姿形に好き嫌いはないのかな?」

「そんな酷いことしないよ! 見た目や種族で差別はしない。敵か味方かで判断してるんだ! 彼女たちは理性的で知性もあるし、敵対行動は取ってないもん!」

 グサグサとラビくんの言葉の棘が俺の心に刺さる。見た目と種族で判断してすみません……。

 でも最後まで足掻かせてもらう!

 ――《カスタマーサポート》――

「……はーい……。呼んだー?」

「呼びました! というか何してたんですか!?」

「……仕事よ。今は中抜けしているだけなのよ。それでどうしたの?」

 少しの間が気になったが、とりあえず任務完了がら今の状況を簡単に説明した。特にストーカーの件については助言が欲しいと。

「なによ、簡単じゃない」

「本当に!?」

 ラビくんがタマさんのことを三竦みに伝えたため、全員固唾をのんでタマさんの答えを待っている。

「えぇ。住まわせてあげればいいじゃない」

「――だって!」

「ゲコォォーー!」

「シャァァァーー!」

「…………!(ポヨヨーン)」

 喜びの声を上げる三体をよそに俺はその場で崩れ落ちた。呼ばなければ良かった……。

「仕事をするペットだと思えばいいのよ。それに毎日採れる魔物が多すぎて消費が追いつかないって言ってたでしょ? その子たちは何でも食べるから、自分たちで食べたり売ったりする分を確保したら、他は食べてもらえばいいじゃない。それに大きいスライムがいるなら、ゴミ処理も早いし堀もきれいにしてくれるわよ」

 ……ペットかぁ。モフモフが良かったなぁ。脅威度が高い魔獣が三体とか、心が安まらないペットだな。

「しかもその子たちよりも北側にいるトレントの方が脅威度は上よ。トレントとは交渉してたじゃない。その子たちにも同じようにしてあげるべきよ!」

「……トレントは俺が洞窟に来るより前からいたので、俺が交渉させてもらった側です。それにしても珍しいことを言いますね。お酒以外に興味がないと思ってたのですが……」

「……天使のくせに鬼畜と言わないなら教えてあげる!」

「……言いません」

「本当ね? 言ったらドロンのフルコースだからね!」

 どんだけあくどいことしようとしてるんだ?

「構いませんよ」

「蛙さんの子どもの目玉を加工すると貴重な宝石になるのよ。お金が稼げるでしょ?」

「…………」

 絶句だ。クソ野郎すぎて言葉がない。

 誰が加工をすると思っているんだ? 母親の前で解体して加工するようなことはしたくない。だから、さっさと帰ってもらおう。

 スライムのことは惜しいと思っているけど。

 何故なら、スライムの有用性は俺も知っているからだ。鬼の住処時代からお世話になっているし、それにゴミの量とスライムの処理速度に格差が合って、ゴミを収納することにしている現状の改善にもなる。

 姿形もスライムなら抵抗はない。

 だが、スライムを受け入れた場合、残り二体も受け入れなくてはならない可能性が高いのだ。何故か三体は仲良しで、一人だけ受け入れますというのは俺にはできない。

 だからといって他の二体にしてもらうことがないし、さっき役に立たなくてもいいって言った手前、役に立たないから帰ってとも言えない。

 まさに八方ふさがりというわけだ。

 結局、スライムも含めて全員に御帰宅願う以外の選択肢はない。

「ゲコゲコ、ゲコォーー!」

「なるほどね! 彼女は言っています。卵から孵った子どものほとんどは理性のない魔物だから、育てる予定の子ども以外は好きにしてくれとのことです!」

 俺が帰るように促す前に、交渉人兼通訳がタマさんの計画を伝えてしまった。

 それは言っちゃダメだろ! と突っ込もうと思ったのだが、まさかの許可が出されてしまい、鬼の所業に巻き込まれないうちに帰宅なさいという良心作戦が実行前に終了。

 でも俺の気持ちは伝えさせてもらうよ! 伝わって欲しいな!

「……母親の前で解体するのは気が引けるんですけど……」

「ゲコ?」

「何で? と言っています」

 今のは分かった。悲しいけど、少しずつ分かってきているのは心話スキルのせいだろう。

「逆に気にしないの?」

「ゲコ!」

「どうせ全部は育てられません! と言っています」

 音の長さが合っていない……。ゲコにそれだけの意味が詰まっているとは……。

「ちなみにラビくん情報を一つ。蛙さんの子どもの素材はどれも高価です」

 あまり蛙さんの子どもって言わないで欲しい……。

「……シュルル……」

 ハイドラさんが悲しそうな声を出しているのは何でだ? 悲しそうって分かってしまうのも嫌だけど……。

「そうか……。できることがないから追い出されると思っているんだね?」

 追い出されるって……。まだ住んですらいないはずだが?

「でも子ども産めるでしょ?」

 やめて。それだけはやめて……。龍っぽい顔だから堪えられているのに、蛇がうじゃうじゃしているのは無理だよ?

「……シュルル……」

「半分格が上がっちゃったからできなくなっちゃったのか……。どうしよっか?」

 チラチラと俺の顔色をうかがうラビくん。

「ゲコー! ゲコゲコ!」

「ふむふむ! 彼女が頑張るからハイドラさんも一緒にいさせて欲しいと言っています!」

 そもそも何で蛙と蛇が仲良しなんだろうか。不思議な光景だ。

「どうでしょう!?」

 ラビくん……中立って言ったじゃん……。

 六対一での論争は勝てないよ。今日はもう疲れているし。期待しているラビくんを裏切れるはずもなく根負けし、役割分担と寝床について説明して用意する。

「ハイドラさんは探知能力が高そうだから警備員をやってくれればいいよ。洞窟の西側に蛙さんの出産場所兼寝床の巨大貯水槽を造って、南側を拡張してスライムさんとハイドラさんの寝床を造るから、魔物が襲って来たら東側と西側に誘導して欲しいな」

「西側の堀はどうするの?」

「洞窟に近い部分に蛙さんの出産場所兼寝床を造って、その外側に堀を作る予定だよ。そうすれば蛙さんの子どもが逃亡しても周囲に迷惑がかからないかなって思ってる。北側にはトレントさんがいるしね!」

 北側はトレントさんの領域まですぐだから、堀の幅は広げられない。深くして溢れないようにする予定だ。

 東側は訓練場だから、こちらも深くするだけに留める。

 そうなると西側と南側しかないのだが、西側は異様な雰囲気の森があるため森から距離を取っていたし、南側はゴミ処理施設だから魔物用の罠は設置していなかった。

 今後も拡張の予定はなかったけど、今回の女王ワニのせいで流れてきた魔物が西側の森を荒らし、図らずとも森を開墾してしまったのだ。
 南側は言わなくても分かるだろう。三体の巨大魔獣が通って来たせいで、大規模な開墾の跡みたいになっている。

 もちろん、あとで素材や木材は回収させていただきます。前世から続くもったいない精神は自身の美徳だと思っている。決して、ケチではないのだ。

 果たして、西側と南側を拡張して蛙さんとハイドラさんとスライムさんの寝床を確保。ゴミ処理施設は東側に寄せて、スライムさんにチビスライムごと任せる。南西の角に蛙さんが陣取り、ハイドラさんは真ん中で寝るようだ。

 蛙さんは産卵するときだけ南側と繋がった西側の貯水槽に行くようで、近いうち貯水槽は卵で溢れることになるらしい。蛙掬い用に階段もつけたけど、内心複雑だ……。

 ちなみに今回は南側のゴミ処理施設の外側にも堀をつけた。柵はなしで、跳び越えてもハイドラさんが叩き落としてくれるらしい。

 仕上げに水場で生活してきた三体のために特濃魔力水の水を貯水槽に注いであげて、ようやく寝床が完成した。そして俺は気絶した。

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