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第一章 隠遁生活

第三十三話 効能からの試飲要求

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 あれ? 反応がない? ドロン酒から目が離せないのか?

「……どういうことです?」

「何がです?」

「二日酔いにならず体にも悪くないって……それはお酒ではないでしょう!」

「あぁ、副産物ですよ。《調合》スキルを使っているから分かると思いますが、回復薬を作っているつもりで作業をしてましたからね。材料も体力回復薬を作るときの材料が主体でしたし」

 材料に陽光樹の葉を使っているのはドロン酒の劣化を防ぐためだったのだが、万能薬の素材にも使われることから状態異常を回復する効果をドロン酒にもたらした。

 陰陽草はドロン酒に必要不可欠な魔力が抜けないようにする効果があり、魔力水は魔力供給源と薬剤とドロン酒の繋ぎの役割があった。
 この二つは品質が高すぎるということ以外は回復薬の基剤になっている。結果、ドロンの果実以外の材料は回復薬のための材料だということだ。

「では陽光樹の葉の効果で状態異常が回復されるということですか?」

「そうです。加えて、特濃魔力水とドロンの果実の効果で魔力回復の効能もあるかと思います。でも夜に飲み過ぎると眠れなくなりそうですけどね」

 エナジードリンクのお酒版みたいだ。

「まぁ飲み過ぎたらあっという間になくなってしまいますから」

「……また造れば良いのでは?」

「ドロンの果実はお酒だけに使いませんし、陰陽草などの希少素材も数に限りがあるんですよ? 回復薬は必要かなって思うんですよ」

「……お酒以外の製品と希少素材については仕方がないと思います。希少素材についてはわたしの方で何か考えておきましょう。しかし、回復薬は不要です!」

 え? 死ねと? 体力や魔力回復はまだしも、怪我や毒に病気もあるんだよ?

「あなたには最大値の《状態異常無効》スキルがあります。毒を気にする必要はありません。魔力については改めて言う必要はないし、体力はなくならないように精進すればいいのです。残った怪我や病気も大丈夫です。あなたは水属性を持っているんですから」

 今の今まで忘れていたスキルを思い出させてもらったのはありがたい。だが、なくならないように精進しろというのは酷い。精進した上での保険として持っておきたかったのだ。

 それから水属性って何が大丈夫なんだ?

「水属性が何か?」

「この世界の多くの者が勘違いしていますが、回復魔術は水属性の領分ですよ。光属性は浄化など目に見えないものに対して有効的な攻撃ができたり、優秀な結界を設置できたり、支援に向いていたりします。だから勇者が持っている属性として有名なのです。民を守り支える人物には相応しいものとして見えますからね」

「じゃあ回復薬の代わりに水魔術を極めて回復魔術を使用すればいいってことですか?」

「そうです。せっかく怪物級の魔力を有しているのですから、それを使わずに回復薬に頼るのは希少素材がもったいないです」

 頭の中はドロン酒で埋め尽くされているみたいだな……。何を言っても無駄みたいだ。

「ドロン酒の素材についてはこの後すぐに調べてきますから、今は試飲会をしようではないですか!」

「賛成ーー!」

「ガウーー!」

「……まだこしていないし、アルテア様に奉納したいし、熊親分とオークちゃんにも飲ませたいので一杯だけですよ」

「「えぇーーーー!」」「ガウーー!」

 ブーイングが起こるも負けはしない。

「……なしでもいいんですよ?」

「モフモフの願いを叶えないのですか!?」

「……あなたはモフモフじゃないでしょう?」

「…………翼はモフモフです!」

 いや、触れないし! 

 見えるのはほんのり光る板だけだ。唯一天使らしいところは宙に浮いているところだけではないか?

「……酒精が強かったり量が少ないと感じたりする場合は、炭酸水を用意したので割って飲んでください」

「……炭酸水? 何それー?」

「こちらにはないんですか?」

「この世界で割るといえば水やお湯です。たまに果実水で割る人もいます。子どもたちに飲ませる場合が、それに当たります」

「子ども……飲めるんかい!」

 俺に飲むなって言ったじゃん! だから味見役を譲ったのに……。

「果実水で薄めればいいんですよ?」

「じゃあ……ドロンの果実水で薄めようかな」

「もったいないことはやめなさい! それより炭酸水とはなんなんですか!?」

 めちゃくちゃ怒られた。

 ただでさえドロン酒の材料が少ないというところに、たかが味見のためにジュースを作るという馬鹿げた行為。呑兵衛が怒らないはずはない。

「なんと説明すればいいのか……。シュワシュワと口内を刺激する水です。そこに甘味をつけてもおいしいし、お酒を割るのにも使える万能水ですよ。しかも魔境でなくても採取できるところがいい」

「……シュワシュワ……。一杯飲んだ後に試してみても良さそうですね!」

「一杯だけです!」

 話を聞いてなかったんか!?

「そんなケチくさいことを言わなくても……。それにしてもどこでも採取できるということは水なのですか?」

「『爆裂草』です」

「な、なんですって!? あの悪魔の植物が……」

「何で悪魔なのー?」

 世間一般的に悪魔の植物と呼ばれる『爆裂草』は、特に戦闘能力が低い平民に悪魔のごとく嫌われている。

「茎が長くて垂直に伸びる植物で天辺に綺麗な赤い花が咲くんだけど、この茎が厄介なんだ。茎の中は空洞になっていて水が詰まってるんだけど、光合成でガスが発生して膨張すると破裂するんだ。このときの音と花の花粉のせいで魔物を引き寄せるから、悪魔の植物って呼ばれているんだよ」

 しかも群生している。

 破裂時期も近く、最悪の場合は爆竹みたいに連続して爆発音が鳴り響き、スタンピードのきっかけになることもある。

 生命力も増殖力も凄まじく、放置していても勝手に生えていくという強靱な植物なのだ。

 俺はこの植物を愛している。

 何もしなくても勝手に炭酸水を生成してくれるし、本来はサバイバルになっても水の確保に困らない天使の植物なのだ。俺は水属性を持っているからあまりお世話になっていないが、水属性を持っていなかったら土下座しているほどありがたく感じるだろう。

 魔境の水場は高位の魔物がひしめく特級の危険地帯。そこに水を求めに行く五歳児がいたら、正直そいつの頭と精神状態を心配するだろう。

 だからこその天使の植物で、魔境に生えている『爆裂草』は魔力水の効果もあるから、ドロン酒との相性も抜群なのだ。

「おいしい?」

「俺は炭酸系の飲み物が好きだから美味しいと思うよ。ラビくんはどうかな?」

「二杯目に試してみるね!」

「……ラビくん……、二杯目に作ってあげるね!」

「うん!」「ガウ!」

「わたしも楽しみです!」

 リムくんはともかく、タマさんまで便乗してきた。でも一人だけダメですとは言えるはずもなく頷くことしかできなかった。

「では早速一杯入れていきますね」

 巨大リュックに入っていた小振りのカップに、小さめのお玉で掬った一杯を入れた。
 鍋がデカいくせに調理器具や器は小さいんだよな。用意した人の感性がよく分からない。

 目の前にいる呑兵衛たちも同じ気持ちなのか、小さいコップとお玉を出した瞬間、絶望の表情を浮かべていた。

「言っておきますが、これより大きいコップはありません。深皿ならありますが、それはリムくんの容器にします。心配しなくても量は同じですよ」

「……あなたの作った木製カップがあったはずですが?」

 知ってるんかい! だが、あれはダメだ。

「あれはダメです。ほのかに材料の香りが残っていますから、ドロンの香りの邪魔になると思いますよ。カパカパ飲むようなお酒ではないので、香りも是非楽しんでください。せっかくの味見なんですから」

「……分かりました。ドロン酒の邪魔をしない容器の製作を師匠とモフモフが希望しています。熊親分のためにも是非ともお願いしますね!」

 アルテア様にチクってやりたい……。

「ガラスが作れるようになるまでは無理かな。それか魔水晶が手に入るまでは無理ですね」

「どちらかだけでもいいのなら、あとでわたしが指示したことを行えば魔水晶なら手に入りますよ」

 マジか……。高級品の方が先に手に入るとか何させる気だ?

「それでは皆さん手を合わせて、いただきます!」

「「いただきます!」」「ガウガウガウ!」

 お酒の効果ってすごい。

 異文化であるはずの感謝の言葉も疑うことなく受け入れられてしまった。タマさんのことは見えないが、目の前のモフモフたちが手を合わせている姿に笑顔が抑えられない。

 ドロン酒だが、俺も舐める程度はもらっている、他の製品を作る上で必要だと押し切ったのだ。

「――うんまぁぁぁぁぁーーー!」

「す、素晴らしいーーーー!」

「おいしいーーー!」

「ワウゥゥゥゥゥゥーー!」

 アルコールの強さが気にならないほど飲みやすい。気をつけなければ、あっという間に潰れてしまうレベルだ。

 まだ果肉が残る状態だが、すでにお酒として完成されているようで尖っている感じはない。まろやかな口当たりに、時折果肉がトロリと口の中を刺激する。

 今の時点でこの完成度……。これなら親分も喜んでくれるかな。

「どうです? 有言実行しましたよ。料理はダメでも酒は造れるんです!」

「えぇ、えぇ! わたしも気合を入れて指南をしますので、あなたも気合を入れて量産してください! いいですね!?」

「は、はぁ……。材料があれば造りますよ。ナイフのおかげで簡単にできますからね。あの兵士に心の底から感謝を伝えたいですね」

「本当ですね! 最後に良い働きをしました。材料の方は任せてください。心当たりがあります!」

 心当たりというのが怖すぎる……。この天使は酒のために何でもしそうだからな。

「そうだ。アルテア様に奉納ってどうやればいいんですか?」

「んー……神像の前に祭壇を置いて、その上に奉納するものを載せて祈るだけです。でも唯一神であるアルテア様に奉納する場合は、そこら辺の素材でできた神像や祭壇では格が足らないんですよ」

「俺の神像は魔物製なんですけど……?」

「あれでは低すぎます」

 マジか……。じゃあ無理なのか?

「ですので、今回はズルをしましょう。ここには神器があるのです。神器をご神体に見立てて、あなたの《信仰》スキルで祈りを捧げればアルテア様のところに送られるはずです」

 早速やってみる。

「アルテア様。この度、ドロン酒なるものを造ることに成功しました。御賞味いただければ幸いです」

 すると、目の前から多めに入れたドロン酒と炭酸水のカップに、おまけのサンの実が消えた。どうやら受け取ってもらえたようだ。

「よかった」

「あの赤いのは何ー?」

「酸っぱい実なんだけど、炭酸水で割ったあとに少し搾って入れたらさっぱりして美味しいと思ったから一緒に送ることにしたんだ」

 説明を聞いたラビくんたちは次々に二杯目を要求した。もちろん満面の笑みで「美味しい」という言葉をもらい、造って良かったなと思うのだった。

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