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第一章 隠遁生活

第三十話 召喚からの妄想幻獣

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「それじゃあ早速召喚してみよう。ラビくん歩ける?」

「抱っこ!」

 あわよくば抱っこできるかもと思って聞いた答えは、俺の希望を叶えるものだった。
 両腕を広げて抱っこを求める姿が俺の心に突き刺さる。魔術名は《モフモフ抱っこ》という最強の攻撃だと確信している。

 ラビくんの気が変わらないうちに即座に優しく抱き上げ、モフモフヤワヤワの体を楽しむ。

「……ナイフを抜けばいいんですか?」

「えぇ。召喚と言ってもいいし、念じるだけでも構いません。すでに待機状態ですから」

「ワクワク! 楽しみだね!」

「そこら辺にいる普通の狼かもしれないよ」

 なんて軽口を言うも、心の中では不安が渦巻いていた。何故なら昨日のドロンの干し果実を食べる前に魔力を注入したのだが、あのときはほとんど魔力がある状態で、魔力がなくなりそうだったからドロンの干し果実を食べて回復したのだ。

 注入した魔力の量によって変化すると聞いて、少しだけヤバいと思っているのだ。

「では、行きまーす!」

 ラビくんを地面に置いて少し離れるとナイフを鞘から抜く。

 直後、不安が現実のものとなる。

 ナイフにきっさきから放たれる虹色っぽい光が地面に当たると魔術陣を形成し、俺が込めた魔力が圧縮されたと予想されるものがボトリと魔術陣に落ちた。

「魔術陣の大きさが……」

「どんな姿かなー?」

 タマさんの驚愕の声に反してラビくんは興奮を爆発させている。

 魔術陣全体に広がる魔力体が上方に吹き上がった直後、魔術陣があった場所には一体の狼らしき生物が佇んでいた。

「ガウゥゥゥ……ワオォォォォォォン!」

 息を思いっきり吸い込んだ後、強烈な雄叫びを上げていた。まるでこの世に生を受けて喜んでいるようだった。

「……狼?」

 あまり狼に見えない姿の生物を前に、狼しか生まれないと言っていたタマさんに非難の視線を向ける。だが、答えはラビくんから得られた。

「うわぁーー! すごいよーー! まだまだ子どもだけど、幻獣フェンリルっぽい何かだよ!」

 まぁ正解ではなさそうだけど、すごいことは分かる。

 この際、フェンリルってところは置いておく。まずは子どもってところだ。すでに体長二.五メートルくらいあって、お馬さんみたく乗れそうな大きさなのだ。

 体の色は紫黒色っていうのか、限りなく黒に近い紫色だ。光を受けて紫色に輝くところがカッコいい。所々に鮮やかな紺碧色や山吹色に琥珀色など、一般的に属性色と呼ばれている色が混じっている。加えて、おそらく刀身の刃文から金色も混じっている。

 ここまではドM勇者の話を聞いていたから、いるんじゃないかな? と思うレベルだ。

 では、何故ラビくんは「っぽい何か」と言ったのかというと、首にはマフラーのようなたてがみ。金色の瞳も相まって、少しだけラビくんに似ていなくもない。

 狼のようなスマートな体型ではなく、少しだけ丸みを帯びたずんぐりとした体型。これはまだ子狼だからかな? コロコロした体型なのかもしれない。

 さらに体毛の所々に混じった四色のグラデーションの虎柄に見えなくない模様や、同じ色で額の角の周辺にある民族模様っぽいものがある。

 極めつきは翼が生えている。これが狼らしさを消しているように感じる。顔は小さい角は生えているが、狼らしい精悍な顔つきである。

 そして顔を見ていたからか、ふと目が合う。

「初めましてアクナイト改め『アーク』と言います。よろしく!」

 今度こそ第一印象を殺さずに行きたい。

「ガウ!」

「名前をつけて欲しいって。契約の証明なんだよ」

「そうだろうと思って用意していたんだ! 名前は『リム』。リムくんしようと思うんだ!」

「……ナイフの名前から?」

「そうだよ。可愛い名前でしょ?」

 ラビくんは何故か考え込んでしまったが、狼くんは喜んでくれたみたいだ。

「ガウガウ! ガブッ!」

 嬉しそうに尻尾を振って喜んでいるリムくんを撫でようとした瞬間、右手に噛みつかれてしまった。驚いたのも束の間、胸の辺りが輝き出した。わずかな熱も感じて思わず服をめくる。

 ちょうど心臓辺りの左胸に、リムくんの顔の左右に翼が生えたような刻印がされていた。

「それが使用者制限の登録の証だよ。これでお互いの魔力が紐付けされて、どこにいても分かるようになるんだよ。新しい狼を生むなら、また刀身に魔力を込めればいいらしいよ」

「……いや。俺はリムくんだけでいい。成長させて進化させてみせる!」

「ん? 進化? 進化するのかなー? 進化してどうしたいの?」

「俺の命に紐付けさせるのは可哀想だから、俺が死んでも生きていられるように精霊化させればいいんじゃないかって思ってね」

 でも俺の考えが気に入らなかったのか、頭にリムくんの拳骨が落ちてきた。

「ガウッ!」

「痛っ! 普通の子どもなら死んじゃうよ?」

「可哀想に……。リムくんは忠誠を疑われたんだよ。自分が主人を守れないって言われてるみたいで悲しかったんだよね?」

「……主人を殴るかね……」

「愛情表現だよ! ねっ!」

「ガウガウ!」

 すでに仲良しになっているラビくんとリムくんを見て胸をなで下ろす。何と言っても兎と狼だ。仲良くなれないかなって思ってたけど、兄弟みたいになってくれてよかった。

「そう言えばご飯は何をあげればいいの? ラビくんは野菜でしょ? リムくんはやっぱりお肉?」

「ん? ぼくもお肉がいいな!」

「え? ラビくんは野菜じゃなくていいの?」

「……むしろ何で野菜? そういえば……さっきからずっと気になってたけど、ぼくのことどんな生き物だと思ってる?」

「二足歩行の話せる兎さん」

 ちょっと珍しいけど、幻獣という存在がいると聞いたし。

「……やっぱり……!」

 地面にうずくまり、拳を地面に打ちつけて落ち込んでいるラビくんも可愛いが、きっと何かよくないことがあったんだろう。

「どうしたの?」

「ぼくは……ぼくはね……、狼なの!」

 えぇぇぇぇーーー!

 内心で絶叫したのは言うまでもないだろう。しかし、ここは何故か誤魔化そうと思ってしまった。

「…………知ってたし……」

「絶対嘘じゃん! 今、兎って言ってたじゃん! 耳でしょ? 耳が長いからでしょ? ぼくは銀狼なの! 耳長銀狼っていう種族なの!」

「そ、そうだよね! 顔は狼っぽいもんね!」

 可愛いけど。

 精悍でカッコいいと言うことはないけど、子犬っぽい可愛さがあって、たまらなく可愛いのだ。

「名前の法則を知ったときにまさかって思ったけど、ご飯を野菜にするって聞いて確信したよ! ぼくは間違えられているって! あと、二足歩行なのは教えてもらったスキルのおかげなんだ。話すのは元々できたけどね」

「そ、そうだったんだ。でも名前は変えたくないな」

「変えなくていいよ。ぼくも気に入っているし。でもラビットが由来だったんだね……」

「ご、ご飯はどうする?」

 落ち込みかけたラビくんにご飯の話を振って誤魔化す。

「ぼくやリムくんはご飯を食べなくても生きていけるの。魔力があればね。だから排泄器官もないよ。だけど食べても大丈夫。体内で分解して魔素に変換して、魔力として吸収と貯蓄が可能だからね」

「神器生まれのリムくんは別としてラビくんもすごいんだね!」

「ガウガウッガウーー!」

「……ま、まぁねーー! しっ!」

「ガウ?」

 まだ会ったばっかりだから心話スキルが本領を発揮しないけど、褒めているのかなって思うと微笑ましくある。

「……すごい狼を生みましたね」

 驚いたせいか不明だが、今まで沈黙していたタマさんが復活した。

「狼でいいんですよね?」

「えぇ。何を想像して魔力を込めたかによります。さらに込めた魔力属性も関係します。さきほどの話を聞いた限り、あなたは【霊王】の姿を想像しながら魔力を込めたのでは? 自分が持っている適性属性を次々に試して魔力を込めたのではないですか?」

 大正解だ。

 おかげで森属性なるものも加わったから、追撃の兵士や神子派の兵士に心から感謝したくらいだ。
 初めての複合属性が成功した瞬間だったし、お金も装備も恵んでくれて言うことなしだ。

「鳥の要素は?」

「霊峰に住んでいるってアルテア様が教えてくれたので、鳥の可能性もあるなって思って。羽毛もモフモフでしょ? あと親分のことも考えていたので……」

「親分って誰ー?」

「俺のお父さんみたいな存在の体術の先生だよ。見た目は熊さんだよ」

 厳しくも優しい熊親分からは父性を感じる。

「く、熊?」

「正確には脅威度八のインペラートルベアです」

「えぇぇぇぇーーー!」

 ラビくんは耳が揺れるほどに驚いているが、俺も親分の種族を初めて知ったから違う意味で驚いている。

「今日の朝もここに来たんだけど、ラビくんは背中に乗せてもらったり撫でられたりして、かなり可愛がってもらってたよ」

「お、覚えてないよ……?」

「ラビくんは寝てたからね」

「また来るかな?」

「来てくれるよ」

 次の戯れは是非とも起きているときにやってもらいたい。そこに俺も混ぜてもらいたい。

 結局、リムくんは俺の遊び心ある魔力注入と妄想の結晶であり、ご飯は肉多めで何でも食べるということで話はついた。

 ナイフはリムくんの家という存在で、ナイフの使用と召喚は関係ないそうだ。ドM勇者がナイフだけ使えたことから分かるように、リムくんは所有者の証明が本来の役割である。育成させればナイフの能力と吸収した能力を使用する強力な召喚獣となる。

 モフモフ好きのアルテア様が、証明のためだけにモフモフの狼を生み出す機能をつけるはずがない。つまり、他にも役割があったはずだ。

 たとえば欲望に負けるような人物かを判断するための指標とか。

 育成をしなかったり、味方への能力移動の際に二度と体験したくない痛みを与えたりと、独占する方法はいくつかある。

 もしそうだとしたら、俺はアルテア様を失望させることなく神器を使おうと思う。まぁほとんどは解体用ナイフとして使うことになるだろう。

 ちなみに、リムくんがハウスの状態であればナイフ自体も体内にハウスできるらしい。《ストアハウス》には収納できないし、伝承が残っていそうな狼獣人の目にさらすのは良くないと思ってたから助かる。

 《ストアハウス》から取り出すときのように念じれば、ナイフが手元に一瞬で現れるそうだ。町に行く機会があればそうしよう。

「神器問題はほとんど片付きましたので、タマさんに渡す報酬のドロン酒製造に取りかかります。『報酬はないけど稽古をつけてください』とか言うつもりはありませんから」

「熊親分とは違って期待していますからね!」

「はい」

 ラビくんたちの昼食用にドロンの干し果実を置いて、材料を確保しに森へ探索に出るのだった。

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