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序章 貴族転生

第十二話 帰宅からのドロンの実

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 モフモフに会いに来たことが発端ですごいものを見てしまった。
 もちろん食料を確保できたことも良かった点ではあるが、実戦以外にも武術の経験を得る方法があることが分かったのだ。

 有名な言葉に『観の目、見の目』というものがあるが、観の目は心の目で全体を把握することを指し、見の目は目で見えているものを指していると勝手に解釈している。

 ただ呆然と対象を観察・・していても意味がなく時間の無駄だが、心の目で全体を見て、体の動かし方や視線の動きから狙いをうかがったりと、体からは常に何かしらの情報が発せられている。
 それらを観察することにより相手の心理や経験の一部に触れられるのではないか。加えて相手が話せない存在でも可能ではないのかという利点もある。

 今回の二体の魔物による戦闘で今後の武術訓練の方針が決まった。

 その名も『勝手に見取り稽古』である。

 訓練場にいる兵士の観察を行う。型の習得や習熟につながり、強者の体の動かし方を自身に反映できるようにイメージと合わせる。

 さらに観の目で重要とされる心の目を鍛える。これは仮定オークによる影響が強い。

 見の目による目で追えるものだけでものを見て攻撃を回避していたとすれば、仮定オークも幾度となく攻撃を受けていただろう。
 しかし仮定オークは紙一重で攻撃をかわし、どうしても避けられないときは斧を当てて逸らしていた。ほとんど顔を動かさず攻撃に集中していた割には、周りが見えすぎていたと思わずにはいられない。

 つまり彼は心の目で周囲をに把握しているということだ。当然現在もである。

 俺は今、目が合ってしまっているこの状況をどうするか考えている。
 こちらを見たタイミングが少々気になるため、心の中で言い直してみる。

 彼女・・は心の目で周囲を常に把握している。

 コクリとアゴをわずかに引いた後、オークちゃんは森の奥に向かって去って行った。真っ二つになったムンクの樹を放置して。

 えっ? 女の子だったの? あのいびきは女の子のものだったのか? ……ダメだ。考え続けたら俺もムンクの樹のようになってしまう。

「これ、もらっていいかな? 巨大で立派な樹だからたくさん練習できそうだし、枝を使って棒術用の如意棒風の棍を作りたいんだよね」

 死んだらムンクの顔も消えて立派な大樹が残っているだけだ。倒木を探すよりも楽でいい。

「ん? なんだこれ」

 オークちゃんに真っ二つにされた部分の真ん中辺りに、丸い物体がハマっている。これはおそらく魔核と呼ばれる魔物の魔力供給源だろう。大きければ大きいほど強いらしく、ゴブリンは小指の爪くらいらしい。

 それを踏まえてムンクの樹を見ると、野球のボールくらいである。ということはかなり強い部類に入るのではないか? ……じゃあオークちゃんは……。

 ――生きていて良かった。

 この一言に尽きる。オークちゃん見逃してくれてありがとう。餞別もありがとうね。

「ブモオォォォォーー!」

 遠くからオークちゃんらしき鳴き声が響き、「いいよー!」って言っている気がした。

「よし! 許可ももらったことだし、暗くなる前にやってしまおう」

 幸いなことにここはオークちゃんがお昼寝スポットにしているだけあって拓けているし、おかげで明るさも森の中の割りには明るい方だ。

 まずは魔核をくりぬき持ってきた袋に入れる。
 次に枝をナイフで打ち払っていくのだが、俺が持ってきた刃物は鉈や斧でなく採取用のナイフだ。大きさも強度も用途も全然違う。

 ダメ元で最近使い切るのが難しくなってきた魔力で、刃を作るイメージを持ちながらナイフに纏わせる。あとは爆速ハイハイのときの方法で力いっぱいナイフを振り下ろす。

 結果は成功。

 でもめちゃくちゃ疲れる。まだ一本目なのに……。まぁこれも訓練だと思って頑張ろう。

 あと蛇足だが、無属性魔術は完璧な無詠唱魔術である。いつもやっている魔力訓練こそが無属性魔術であり、普段垂れ流しにしている魔力が無属性の魔力なのだ。
 誰も彼もが当たり前に使える無属性魔術が、唯一最初から無詠唱で発動できるという有用性に気づいている者は俺以外にいるのだろうか?

 イメージだけで魔術が発動できるというところは無詠唱共通の利点だが、常に待機状態で垂れ流しにしている状態からの魔術発動ゆえ、魔術の発動速度は他の追随を許さないだろう。

 他にも無属性魔術の有用性があるということを知っている。何故ならばこの一年のほとんどを魔力訓練にあててきたのだ。研究をしてきたという自負が俺にはある。実際の有用性は実戦する機会が来たら、そのときに試すとしよう。

 話は戻り、新たな無属性魔術の活用法を見つけた嬉しさで訓練の苦痛を打ち消し、一心不乱に枝を打ち払う。

「ふぅ~~。なんとか終わった。よし、次だ!」

 打ち払った枝は木工や棍に使ったり薪にしたりと、無駄になることはないから全て持って帰る予定だ。

 ロープでひとまとめにしたら幹に固定する。幹は二つに分かれているが縦に並べて縛り、一本の樹木のようにする。
 その先端にロープを肩と腰に固定した俺が立ち、引っ張って運搬するという寸法だ。当然背負い籠も左側の肩にかけて持ち帰る。

 この方法を取る理由は、もちろんある。

 理由は大きく分けて二つ。まず始めに森の中は狭く、大木を二つ並べて運べる道などない。だからといって二回も往復する時間もないということだ。

 端から見た俺の今の状況は人面機関車くんのような、しゃべる列車状態に見えるだろう。

 ただし俺の場合は車両ではなく大木で、車輪がないから摩擦がハンパない。しかも道をならしてしまい魔物が森から出てきてしまっては困るからから、我が家とは別の方向に進み森から出ることになった。
 かなりの遠回りだが仕方がない。その後、我が家に向かえばいいのだ。

「予想してたけど……ハンパなく重いな。爆速ハイハイモードでもギリギリとか、一歳児の体が恨めしい」

 ブツブツと愚痴を吐きつつ、できるだけ広い道を通って森から脱出する。時はすでに夕方で、急いで帰らなければ晩飯抜きである。成長期にご飯を抜くことはしてはならないのだ。たとえそれが果物と木の実だったとしても。

「やっとついた……。とりあえず、余っている杭とロープで木材置き場を示す場所を確保しなくては。アイツなら落ちていたとか言って勝手に持っていきそうだ。……歩けないくせに」

 この頃には神子に対する同情は消え去り、ただただムカつく存在でしかなかった。
 俺が育児放棄の状態に対して、アイツは甘やかされすぎて善悪の区別がつかない状態らしい。親を選ぶならどっちと言われれば、餓死の心配がない甘やかしの方だろう。

 俺が転生して優しさを感じた瞬間ってさっきのオークちゃんとの接触だけだよ? 
 もうすでに俺の中ではオークちゃんのことを武術師範だと勝手に思っているしね。

 木工スキルで等身大女神像を作りたかったんだけど、オークちゃんの像も作りたくなったくらいには親しみを感じている。
 もしまた会う機会があれば感謝の気持ちを伝えたいと思う。森では隣人になるかもしれないし。

「そうだ! ムンクの樹みたいに分からない魔物がいたら困るから、忘れ物したって言って中に入れてもらって魔物図鑑借りてこよう!」

 本は道具に含まれるから借りることはできる。現在も植物図鑑や薬学の教本を借りている。しかし屋敷に入る許可がものすごく面倒なのだ。
 今日は引っ越し初日だから忘れ物で通じると使用人も言っていた。シーツか何か取りに行ったついでに、干し果実の教本と魔物図鑑を借りることを伝えに行こう。

「その前にドロンの果実を食べてみよう。採れたて新鮮なドロンの果実は最高の贈り物って図鑑に書いてあったんだよねー!」

 ナイフで切り込みを入れて皮を優しくめくると、トゥルンッて感じで自然に剥けていく。
 爽やかな甘さとほのかな酸っぱさを感じさせる香りが呼吸に合わせて鼻腔をくすぐる。

「食べてないのに……すでに幸せだ……」

 食べる! 食べるぞっ!

 マンゴーとは違う透きとおった赤さを持つ果肉が俺を誘惑する。

「いざ、実食!」

 ゴクッとのどをならして果実を受け入れる準備を整えた直後、意を決してかぶりついた。

「うんめぇぇぇぇーーー!」

 異世界転生後、初めての美食がドロンの果実で良かった。成長の早い獣人で良かった。じゃなきゃドロンの果実に出会えなかったし、食べれなかったと思う。

 まぁジューシーすぎて優しく持っていないと潰れてしまうくらいだから、多少歯がなくても食べれるかもしれない。

 よし! 英気も養えたし、屋敷に行ってくるか!

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