めざせ魔獣博士!!~筆は剣より強し~

暇人太一

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第2章 モフモフ天国

第26話 熊天使、降臨

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 トリルの実のドライフルーツは、黄色がかった白とでも言えばいいのか、林檎やなつめのドライフルーツと同じ色合いをしている。
 味は甘みが強くなったと思う。

 まぁ俺は生の方が好きかな。
 食感や風味はやっぱり生に限る。
 今回は保存を考えドライフルーツに加工したわけだが、いつか時間停止がある魔法袋などを手に入れたら、また採取しに来よう。

「うん。モフ菓子という割りには人間も食べれるんだな。良い魔導具じゃないか」

 しかも一度モフ菓子製造機で加工してしまえば、モフ菓子ポーチに収納できる。
 ポーチの中は蓋と間仕切りで区切られた個室になっており、個室ごとに時間や温度が変えられるらしい。

 モフモフのおやつにそこまでする?
 もうちょっと人間のことも考えてほしい。

「……モフ菓子作りはこれくらいにしておくか」

 個人的にはトリルの実のドライフルーツで十分だし、材料になりそうなものは少量の小麦粉と塩にスライムしかない。
 食料を削ってまで、まだ見ぬモフモフに使うこともないだろう。

 え? 山羊?
 モフモフじゃなくてガチムチでしたが?

「先に進むか」

 ポーチは腰に下げ、製造機はポーチの中に入れた。
 何故か製造機はポーチに入るんだよな。

「上位魔獣との戦闘は避けるとしても、スキル習熟はしないとなぁ……。ご主人様の忠犬が駄犬のままとか……ご主人様にご迷惑がっ!」

 目下の課題は、【闘気操作】かな。
 転生前に取った才能だというのに、全くレベルが上がる気配がない。
 ご主人様に聞いても、「人間のスキルは分からん」って言われたんだよな。

 分からないのに【鑑定】したん? と思ったけど、口が裂けても言えなかった。

「あとは魔法か。魔獣さん、魔法使ってくれませんかねぇ。……俺以外の誰かに」

 魔法スキルのレベルは、条件になっている【魔力操作】のレベルと必須魔力量の数値が揃えば、適したレベルに上がるようになっている。
 俺は【魔力操作】がカンストしているけど、魔力量が規定値に届いてないからレベルが五のままだ。
 さらに、最初の魔法を覚えるまではレベルは一から上がらないらしい。

 まぁレベルが五だったとしても、魔法は高級品であるため習得にお金がかかる。
 ご主人様にパクる方法を教えてもらっていなかったら、魔法習得に関しては完全にお手上げだった。

「もしかしてコピー魔導師とか言われるかも……。言われないように気をつけよう」

 王侯貴族が秘伝のように各家で継承している魔法があるらしく、当然外部に漏れないように徹底しているらしい。
 それなのに俺が使っていたら?
 たとえ「独学で習得しました」と言ったとしても、選民思想の塊である王侯貴族が解放するだろうか。
 いや、しない。
 そのまま飼い殺しにされるか、最悪殺されるかだろう。

 つまり、百害あって一利なし。

 他にも役に立つ魔法は山ほどあるのだ。
 わざわざ使いにくい魔法を覚える必要はないだろう。

 ということで、霊峰生活の行動に魔法の観察が加わった。


 ◆


 樹上移動を初めて早五日。
 ようやく霊峰の三分の二を消化した。
 標高が徐々に高くなっているせいで空気が薄くなっている上、かなり寒い。
 これで景色が良かったら少しは気が紛れるのだが、鬱蒼と生える木々のせいで薄暗く、変わり映えのしない風景を見させられている。

 ところで、昨日から心を無にして移動に徹している。
 景色が変わらないことも理由の一つだが、何より魔獣の格が変わったように感じたからだ。
 ご主人様のスライム投げ警報という名の【危機察知】スキルが、ある領域を境にずっと警鐘を鳴らしていた。

 霊峰の山頂が雲を貫いている時点で、そこには雲上獣がいることが予想できる。
 だから、そこを避けて山越えできるルートを選んで進んできたのだが、今更ながら罠だったかもしれないと後悔していた。

 ご主人様の最終試験を受けていなかったら、すでに動けずにいたほどだ。

「…………グマァァ……グゥ……」

 え? なんか聞こえた。

「……グゥゥゥ……マァァァ……」

 やっぱり何か聞こえた。
 
 危険領域に入ってから、【索敵】などの少量でも魔力を発するスキルの使用を極力控えていた。
 魔獣対策は察知系で把握し、可能な限り気配を消すという魔力を使わない方法をとっていた。
 その結果、危険領域で不意遭遇を許すはめに。

「どうしよう……」

 とりあえず逃げるにしても相手を知る必要があると思い、音の発生源に近づくことにした。
 すると、徐々に木々が開けていき、今までの鬱蒼とした森とは真逆なほど太陽の光が降り注ぐ広場が現れた。

「グゥゥゥ……マァァァ……」

 そしてそこには、オレンジ色の熊が寝そべって惰眠を貪っている姿が……。

「か、可愛い」

 太陽の光を浴びたモフモフがキラキラと輝き、ふわっと丸みを帯びた体のおかげで怖さが消失している。

「天使だ……」

 目の前の熊さんが神獣だと言われても納得できるほど神々しく見え、熊さんがいる場所こそ聖域なのでは? と思わずにはいられなかった。

「――おっと。風向きが変わってしまう」

 自分の位置が風下になるように調整して、可愛い熊さんに気づかれないように癒やしを得ていた。
 が、この風向きの変化のせいで事態が大きく動くことに。

「――グマ?」

 クマって鳴いた?
 可愛い。

「グゥマ?」

 熊天使がノシノシと歩いて行き、広場から少し離れた位置に生えていた一本の木を観察していた。
 成体ほどの熊天使が、立ち上がったり伏せたりして観察すること数分。突然沈黙が破られた。

「――グゥゥゥマァァァァァッ」

 思わず耳を塞いで伏せるほどの鳴き声が轟き、周囲の空気が重く暗く変化した。
 何があったのかと熊天使を見ると、熊さん座りをして号泣しているではないか。

 え? 何で?

「グマッ……グマッ……」

 これは逃げないといけない気がする。
 というか、過去最大の危機が近づいている気配が……。

「グオォォォォーーーッ!」

 ドスドスと地響きを響かせて近づく存在が、俺の【気配察知】に引っかかる。
 対象は気配を隠すことなく、一直線に向かってきているようで、大した時間もかからず襲来するだろう。

 ヤバいヤバいヤバい……。
 化け物級が来た。

「グマッ……グマッ……」

 逃げようにも、熊天使を目に焼き付けるために茂みに隠れていたことが、現在完全に裏目に出ていた。
 まず起き上がる必要があるのだが、すでに化け物級魔獣の捕捉範囲内だ。ここで逃げた場合、即効で有罪から処刑対象になってしまう。
 逃げられない以上、気配を殺して隠れるしかない。口に手を当て、できる限り音を立てないようにじっとする。
 もうこれしかない。

「グオ?」

 そして、ついに到着してしまわれた。
 気配から察するに、成体ほどの大きさの熊天使よりもかなり大きい。
 ……ママかな?

「グマッ……グマッ……」

「グオォォォ……グオォ」

 たしか【魔獣親和】スキルが成長すれば、魔獣が何を考えていたり話していたりが分かるようになるらしい。
 どうか今すぐに分かるようになってもらえないだろうか。そうすれば、この状況を打破できるはず。

 ――やめて……やめて……。

 気配を殺して、現状を打破することができる要素を探していたのだが、目論見も希望も打ち砕く出来事が発生する。
 気配が動き出したのだ。
 まるで何かを探し出すように、ゆっくりとだが確実に近づいてくる。
 大きな熊の地を踏みしめる振動が、気配や危機の接近を知らせるスキルが恐怖を煽り、俺の体を硬直させた。

「――グオ?」

 終わった……。
 果たして終わったのは地獄のかくれんぼか、それとも俺の命か。
 とりあえず、少しでも印象を良くするためにあいさつをしておこう。

「……はじめまして」

「グオォォォォーーーッ!」

 下心見え見えのあいさつは失敗に終わり、化け物級の熊さんは右前足を左に向かって振り抜いた。
 巨体から繰り出されたベアナックルは一撃で大木をなぎ倒し、大木が別の木々に当たって被害を拡大させた。

「俺じゃない俺じゃない俺じゃないっ」

 大木がなぎ倒されるようなベアナックルを喰らった場合、一撃でミンチになってしまう。
 無駄な苦しみを味合うことなく絶命できることは、ある意味慈悲深くもあるのだろうが、俺はまだ死ねない。

「あの子が……何で……泣いているか……分かりませーんっ」

 届けっ! 俺の思いっ!

 連続で繰り出されるベアナックルを【転歩】で必死に逃げつつ、伝わることを願いながら弁明を続ける。

「何でーー……泣いているの……ですかぁぁぁーー!?」

「グオッ!」

 分かるかぁぁっ!

「攻撃っ……しないでぇぇぇーー」

 熊天使がいた周辺がさらに開拓され、太陽の光が広範囲に降り注いでいる。
 が、俺たちの心は晴れない。

 熊天使は泣き、大熊天使は怒り狂い、駄犬は逃げ惑う。
 このまま逃げても地獄まで追ってきそうな勢いだ。

「どうすれば……」

 もうどうすればいいか分からないと諦めかけたとき、それは突然訪れた。

「――ウヴェェェェ……」

 いつかの吐き気が再び俺を襲う。
 しかし、以前の経験により耐性を得ていたおかげで気絶することなく、状況の変化を把握できた。

 先ほど大熊天使が現れた以上の振動が大気を揺らしているのに、地面が揺れている感じは全くしない。
 だが、まるで巨大な手で押し潰されているような感覚が襲い、思わず膝を屈しそうになる。

「ほう。意識を保っているだけではなく、膝も屈さないか。なかなか……」

 先輩以上の化け物が来てしまった……。
 山のように巨大な熊が、ゆっくりと向かってくる。
 森の木々が自ら避け、王に対して道を開けるように厳かな雰囲気を纏って登場した。

 先輩以上の化け物が来たからといって、ビビっている場合ではない。
 せっかく大熊天使の攻撃が止まったのだ。
 ここから活路を開かなければ。

「お褒めに与り光栄でございます」

 膝をつく相手はご主人様だけであるため、意地でも膝は屈さないが、頭を下げることは問題ない。
 雲上獣のような方に敬意を表することは、格下の生物にとって当然の行いだからだ。

「人間にしてはなかなかやる方だ。ただ、幼き我が娘を泣かせた代償は高くつくぞ?」

 え? 娘?
 じゃあ大熊天使はママじゃなくてお姉様?

「それは誤解でございますっ!」

「グオッ」

「ふむ。娘が泣き叫んだときに側にいた者はお主だけらしいが?」

「私は山越えの最中でございます。未熟な私は、なるべく見つからぬように息を潜めて行動しておりました。そのとき姫君の寝息が聞こえまして、危険がないか確認に赴いただけでございますっ」

「では、何故すぐに立ち去らなかった? 匂いが強く残るほど側にいた理由は?」

「姫君が神獣だと思ったからでございます」

「神獣だと?」

「さようでございます。神獣を目にする機会は人生に一度あるかどうかでございます。幸運の象徴を目に焼き付け、山越えの安全を祈らせていただきました」

「ふむ……。では、アレは知らないのか?」

「アレとは? そもそも何故泣いているのか見当もつかず……」

「グオッ!」

 おそらく「嘘つくな!」と言っているのだろう。でも、本当に分からないのだ。

「ふむ……。『グオッ』」

「グマ?」

 あの鳴き声は【雷声】と同じ効果があるのだろう。ほんのり魔力が載っている。
 実際熊天使が泣き止んで、トテトテと巨大熊天使に近づいて抱きついた。

「グマ……グマ……」

「グオッ」

「まぁ落ち着きなさい。ここはママに任せてくれないか?」

「……グォ」

 大熊天使はまだ疑っているらしく、鋭い視線を向けてくる。
 それに対して巨大熊天使は妙案があるらしい。

 嫌な予感しかしないけど。

「妾は、お主の言葉を信じたい」

 おぉ……。

「――が、娘の言うことも信じたい」

 良くない。良くないよ……。
 この流れは良くない。

「そこで、妾から提案がある」

「……何でしょう?」

「身の潔白を証明してみせよ」

 ほら来たぁ……。
 拒否したら首チョンパでしょ?
 やるしかないじゃん。

 つまり、答えは――

「喜んで」

 ――になるわけだ。
 だけど、最後に一つだけ言わせてくれ。
 俺に擦り付けたヤツ……死なす。絶対に。




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