めざせ魔獣博士!!~筆は剣より強し~

暇人太一

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第1章 転生からの逃亡

閑話2  無能王女

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 壮真の捜索および捕縛任務が失敗したことは、国境砦の兵士によって王城に届けられた。
 壮真が言うところの『いちゃもん砦』の兵士が見回っていたところ、散乱した王国軍の兵士の死体を森の中で発見した。

 多くは魔獣にやられたことが分かるが、魔獣に襲われた原因は別の要因であり、砦の兵士は事前に知らされていたゆえ、すぐに早馬を走らせることに。
 砦の兵士は検問に協力していたが、『霊峰トンネル』を利用する者たちに対して検問を行うことは、砦の兵士でもグレーゾーン内での行動だった。それも限りなく黒に近い。

 自国内で検問することは自由だと言われそうだが、そもそも砦は霊峰から下りてくる魔獣に対しての備えであり、霊峰トンネルを通る者たちは、煩わしい検問を免除できるメリットもあるから高い使用料を払っているのだ。
 犯罪者の捕縛のための検問だと言うのなら、検問を煩わしく感じる脛に疵を持つ商人も捕縛対象に入ってしまう。
 彼らを見逃すことは、国ぐるみで犯罪者の逃亡を幇助していることになる。
 決して公にはできない弱点を晒してしまうことになるだろう。

 だから、本来は砦を通過させるときにいちゃもんをつけるだけに留め、袖の下の授受だけにしていた。
 しかし、今回は王城からの支援要請だ。断るわけにはいかない。
 本当なら軍を動かしての大規模捜索を要請されていたが、ギルドの兵士たちが駐留している前での軍事行動はとてもではないが取れない。
 検問は大規模捜索の代案だった。

 名目は、砦内部の補修工事のため、砦内部で行っている出国手続きを野外で行うというものだ。
 出国手続きはいつも通りのことであるため、大して反発はされずに済んだのだが……。

 とある事件が発生したせいで、砦にかなりの数の抗議が来た。
 それは、オーク襲撃事件。
 幸い、検問のために多くの兵士を配置していたおかげで人的被害は多くなかったが、被害が皆無ではなかったことや運んでいた商品に損害が出たり、被害は決して少なくない。
 砦の兵士たちは抗議に対する対応やオークの後始末に追われ、死体を森の中で発見するまで捜索どころか巡回もできずにいた。

 どれほどの時間が経ったかも分からないため、追跡および捕縛任務は失敗と判断した。
 砦の指揮官は、失敗までの経緯を記した報告書を、支援要請を持ってきた伝令兵に持たして、強制的に支援任務を終わらせた。

 これ以上騒がしく動いていると、ギルドからの視線が厳しくなるからだ。
 砦の兵士が安全に暮らすためにもギルドの協力は必要不可欠だし、生活物資の多くはギルド所属の行商人が運んでくる。
 物資の補給もままならない過疎地に送った本国よりも、食料以外にも酒や女も用意してくれるギルドとの関係の方が重要なのだ。

「あのわがまま王女もいい加減にして欲しいな。誰の真似をしているか知らんが、現場を知らない小娘は大人しくしていてくれないと困る」

 王女からの支援要請を片付けた砦の指揮官は、ギルドへの対応という新たな問題に頭を悩ませていた。
 同時に原因の一端となった壮真に対しての怒りも感じ、王女とは別のところで逃亡の妨害を行うことに。

「あの事件の黒幕を例の逃亡者にするか……。境界都市に行くかもしれないし」

 自分たちも被害者という態で話を進めていくことに決めたが、これが後に大きな火種になるのだった。


 ◆◆◆


「おいおい、また勇者が減ったんだって?」

「はぁ? あれは元々いなかったような者じゃん。俺たち超級職業とは違って中級だよ? 足手まといがいなくてよかったよ」

「でもさ、中級でも逃亡したら降格するんじゃないのか?」

「じゃあ初級ってこと? 詰んでんじゃん!」

「その割には死亡通知が届かないんだけど?」

「馬鹿だな。捕縛失敗ってのは兵士が言ってたことだろ? 俺たちには失敗って言っておいて、本当は拷問してるかもしれないだろ? ちゃんと考えろよ」

 人の口には戸は立てられぬとはよく言ったもので、伝令が持ってきた捕縛任務失敗の報告は王城中に広まった。
 王女の勇者に関する失策は、これで三回目である。

 一回目は超級職業所有者の逃亡事件だ。
 壮真が迷宮に籠もっている間に、隠密系スキルを持つ職業の三人が逃亡に成功していた。
 彼らのせいで壮真の護送が厳重であったとも言える。
 なお、首謀者の【聖者】は捕縛され、無事に下賜という売却がなされた。おそらく、彼女は一生教会から出ることは叶わないだろう。

 二回目はとある騎士の発言により起こった暴動だ。
 壮真が予想していた通り、処罰を下したことが口封じと捉えられ、勇者を粗雑に扱っているという疑念が深まってしまった。
 元々の証言自体が勇者である壮真の口からされたため、反論のために用意された勇者の弁明の場が茶番にしか見えなかったのだ。
 この暴動は悪い意味で死人に口なしが影響し、収拾に時間がかかった大事件である。
 ゆえに、以降は基本的に捕縛を優先するようになった。

 そして今回だ。
 
 さすがに王女の能力を疑う声があちらこちらから噴出し、王族と言えども封殺できないでいた。

「……言いたい人には言わせておきなさい。私の願いを聞き届けて下さったと、勇者様たちが言っておりました。であれば、勇者様たちの所有権は私にあるのですから。雀たちが祈ったわけではないのです」

「ですが、今回軍部が被害を受けておりますゆえ……」

「戦闘に負けたから被害を受けたのでしょう? 勝っていれば捕縛もできたということではないのですか?」

「……そうですが、その……」

「この世に完全に被害の出ない軍隊などありません。戦うことを仕事にしているからお給金をもらっているはずです。負けた後のことばかり気にするなら、今回の失策は軍部の責任になるのでは? 中級の子どもに負けたことが問題では?」

 勇者たちを物として扱っている王女もどうかと思うが、捕縛任務失敗の直接的な要因になった部隊の被害を足がかりに、王女の揚げ足を取ろうとしている軍部もどうかと思う文官。
 本当は軍部の難癖を王女に言いたくはないが、これも仕事である。
 板挟みのストレスを抱えながら、今日もキチ○イ王女に相対するのだった。

「仰るとおりです。それから勇者様方への対応いかがいたしましょう?」

「そろそろ迷宮に挑戦させましょう。迷宮攻略を始めれば細かいことを考える余裕はないでしょうし、男性陣はテント村の娼館に入り浸るはずです。女性陣は適当に買い物でもさせておきましょう」

「はい。手配します」

「あぁ。頃合いを見て例のものを用意して下さい。強くなって反逆されても困りますし」

「仰せの通りに」

「では、もう下がりなさい」

「御前、失礼いたします」

 非人道的だと思わなくもないが、結局のところ普人族至上主義者にとっては日常茶飯事であるため、罪悪感はすぐに消え去った。
 筋金入りの差別主義者というのは、自国の民族以外は人間だと思っていない。
 たとえ生命神が派遣したとしても、王女を始めとした王国人は『神器』という物をもらったと思っている。
 ゆえに、下賜をしたり所有権を主張したりしているのだ。

「例のものを使うときは教会を貸してもらいましょう。あとで王女殿下に提案してみるのもいいですが……機嫌が悪そうですね。どうしましょうか……」

 結局、新しい王女付きのメイドにそれとなく伝えることにしたのだった。

「そういえば、前のメイドはどうなりましたっけ? まぁいいか」


 ◆◆◆


「ねぇ、海奈みな。私たちどうしよっか?」

「逃げる」

「どこに?」

「西」

「えぇーー! あの山を登るのっ!? 無理でしょっ!!!」

「行くしかない」

「えぇー……」

 壮真より少し早めに派遣された上級職業の二人組は、王国西部で開拓作業をさせられていた。
 二人は双子の姉妹で、姉の陽奈ひなが農業系の職業で開拓に向いていた。
 妹の海奈は生産系の職業であるため、二人一緒に派遣されることに。

 二人は女性使用人用の寮で寝起きしていたときから少しずつ情報を集め、逃げるとしたらどこに行くのがいいかを考えていた。
 陽奈は南に行って船に乗ることを考えていたが、妹は開拓村の西側に聳え立っている霊峰を越えるつもりらしい。

「一応聞くけど……何で? 勝算はあるの?」

「ある。兵士が話していたのを聞いたけど、最近霊峰に入った勇者がいるらしい」

「――はぁ!? 何しに!?」

「逃亡したらしい」

「すごっ!」

「その子についていくのが理想」

「……追いつくのは無理じゃない?」

「可能性はゼロじゃない」

「まぁ海奈の考えはよく当たるから山越えはいいけど、準備はしないとね」

「もちろん」

 壮真の行動により二人も山越え逃亡を決意する。目標は壮真と合流して庇護下に置いてもらうことだ。
 彼女たちが即断即決をした最大の理由が、貞操の危機である。
 開拓村に娼館という気の利いたものはなく、基本的に行為自体がそのまま子作りになる。人口を増やすためでもあるからだ。
 対象は若い女性であるが、開拓村に来ようと思う若い女性は滅多にいない。

 今はまだ開拓初期で余裕がないから間違いが起こらないだけで、少しでも余裕が出てきたら集団で襲われるだろう。
 どうせ死にたくなるような目に遭うなら、命をかけて山越えに挑んだ方がマシである。

 さらに言うなら、換えがきく海奈の方が襲われる可能性が高い。
 だから彼女は陽奈よりも必死であった。

「絶対に追いついてみせる」

「頑張るしかないか!」

 数日後、開拓村から彼女たちの姿が消えた。
 これは王女の四回目の失策になるのだった。



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