めざせ魔獣博士!!~筆は剣より強し~

暇人太一

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第1章 転生からの逃亡

第12話 阿呆の子

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 おはようございます。
 スラたん、君たちのおかげで素晴らしい朝を迎えることができました。
 今日も楽しく戯れましょう。

「天に召します我らが女神よ。地に召します我らがスラたんよ。愚息たる我に食事を賜る慈悲に感謝を。――エルモアール」

 今日も元気にスライム寒天を食します。
 いただきます。

 ちなみに、祈りの言葉は適当だ。
 気持ちは本当だけど、正式なやり方は知らない。
 さらに、女神様の名前を知るという不遜な真似はできないため、世界名で代用しているという始末。
 でも気持ちは本当。
 大切なことだからね。

「酢がほしい。それか黒蜜」

「――貴殿、変わった祈り方をするな」

「いやー、それほどでもー」

「褒めているわけではない」

「そうなんでふかー」

「食べながら話すでない」

「スラたん、話し掛けないでー」

「誰がスラたんだ」

「じゃあ誰なんですか?」

「やっとか。我は迷宮の管理者だ」

「へぇー。王国の方だったんですねー」

 迷宮内の巡回を担当しているのかな?
 結構考えてるじゃん、王国も。

「違う。迷宮の管理者だ」

「お疲れ様でーす」

「おい、本当に分かってるのか?」

「はい、巡回担当の方ですよね?」

「だから違うって言ってるだろっ! まずは我を見ろっ! スライムにがっつくなっ!」

「もぉー、食事中くらいは静かにしてくださいよー…………? 変わった服装ですね?」

 着物のような服を着た長髪のイケメンが、押しくらまんじゅう状態のスライムの中心に佇んでいる。
 どうやらリポップして増えてしまったようだ。

「やっとこちらを見たか。これでもまだ王国の人間に見えるか?」

 遠回しに一緒にされたくないということかな?

「……品格が違いますっ! 勘違いしてすみませんでしたっ!」

「うむ。分かればよい」

 おぉ。機嫌が直ったようだ。
 というか、どうやって入ってきた?
 まったく気づかなかったぞ。

「ところで貴殿は酔狂なのだな」

「いやー、そうですかね?」

「……褒めてないぞ」

「残念です」

 スライムを食したことか?
 それとも先ほど言われた祈り方か?

「この時期に迷宮内で寝泊まりしている者がいると知って来てみれば……まさかおかしな祈りを捧げてスライムを食べているとは。少し見ぬ間に人間は変わったのか?」

「変わったのかもしれませんね」

「そうか。少し興味が湧いた。もう少し観察することにしよう」

 えぇー……。邪魔ぁ……。

「なんぞ?」

「いえ、何も」

 男か女か分からないけど、何故か逆らってはいけないオーラを纏っている。
 さらに言えば、性別を聞いてはいけない気もしている。

「そうか」

「はい」


 ◆


「おい、スライムはもういいだろう。他の階層に行こうとは思わないのか?」

「思いません」

「何故だ? そんなに食べたいのか?」

 そんなわけないだろっ。
 食料が他にないから仕方なく食べているだけだ。

「武術の訓練をしているからです」

「……武術の訓練? それは先ほどから行っている変な踊りのことか?」

 おい、踊りってなんだよ。
 こっちは本気で訓練しているんだぞ?

「悪いことは言わん。貴殿には武術の才能はない。無駄なことに時間を使うのはやめておけ。馬鹿のすることだぞ」

「ば……馬鹿……」

 いやいや、魔法の使い方が分からないのに、武術を手放したら戦う術がなくなってしまう。
 それこそ馬鹿のすることだろ。

「うむ。必要最低限の護身は必要かもしれんが、スライム相手に足踏みをしてでも取得するようなものでもないだろ。魔法を使え」

 使えるなら、とっくに使っとるわぁっ!

「魔法は使えません」

「――はっ? すまん、もう一度言ってくれ」

「魔法は、使えません」

「……貴殿、ここには何しに来たんだ?」

「訓練をしに来ました」

「何の?」

「戦う術を磨くための」

「へー……うーん……あー……」

「どうされました?」

「うーん…………。貴殿は、阿呆の子なのか?」

「はい?」

 じっくり考えて上で出した言葉が「阿呆の子」という悪口。
 しかもコテンと首を傾げる顔が、無駄に美人すぎてムカつく。

「いや、だってそうだろ? この時期でなくても、迷宮に戦う術を磨くために来るとか……阿呆以外に言葉が見つからないぞ?」

「その時期というのは?」

 さっきから気になってるんだよね。
 迷宮に時期とかあるのか?

「あー……それも知らぬのか……。まぁ可哀想な子みたいだから教えてやろう」

「……ありがとうございます」

「うむ。時に、迷宮の外側の風景は覚えているか?」

「テント村ですか?」

「そうだ。何故テントなのか分かるか?」

「王都の近くだから、テントで十分とか? それか臨時の駐留だからでは?」

「違う。アレは無駄だからだ」

「無駄? 物資がですか?」

「建物が、だ。何故なら、外には町があった。何年か前に更地になっただけ」

「さ、更地ですか?」

「そうだ」

 町規模が更地になる何かがあって、以降は無駄だからテントで済ましているということ?
 めちゃくちゃ危険地帯じゃないか。

「気づいたか? 基本的に一番簡単な迷宮でも何があるか分からないから、ある程度の知識や技術を身につけてから挑戦するんだ。無謀な挑戦は死に直結するからな。ちなみに、ここは簡単な迷宮ではない」

「…………」

 あのクソキ○ガイめっ!

「迷宮の知識は?」

「少しは……」

「ふむ。では、【アルカナ大迷宮】のことは?」

「……神造迷宮の内、神話時代に創られたと言われる二十二個の高難度迷宮」

「そうだ。ここは【太陽】の大迷宮で、大海嘯の兆候が現れている」

「…………」

 マジか。
 大海嘯とは、迷宮特有の現象だ。
 地上の魔素溜まりによって起こる現象のスタンピードに似ているが、基本的に同種の魔獣による暴走のみのスタンピードとは違い、発生した階層から入口までの魔獣全てが暴走する。
 入口付近の魔獣だけならまだいいが、深層から溢れ出た場合は……考えたくもない。

「まさか……更地になったのって……」

「うむ。小規模の大海嘯が起こったことが原因だ」

 小規模で町が更地になるのか……。

「で、でも……【アルカナ大迷宮】は難度こそ高くとも、人気も同様に高かったはずです。定期的に討伐をしていれば滅多に大海嘯にならないと聞いたのですが?」

 知識様に。

「ふむ。魔素の供給過多によって魔獣が増え、結果的に起こることが大海嘯だ。この供給過多の状態はどういう状態か分かるか?」

「討伐をせずに、迷宮を放置するとかですかね? 魔素の消費をしなくて済むので」

「それも一つだな。もう一つは生物が多く死ぬことだ」

「生物……」

「迷宮内の魔獣が死んだ場合、半分の魔素が還元される。人間や外の魔獣などが死んだ場合、魂の格に相当する魔力が還元される仕組みになっている。また、迷宮周辺の土地も領域内である」

「だから、宝箱で人を集めているのか」

「そのとおりだ」

 撒き餌に釣られた強欲な者を大海嘯で一網打尽にでき、失った魔獣も取得したリソースで再供給と。
 まさに永久機関。

「この迷宮は国が管理しているせいか、入るだけでも許可が必要で、入手した宝もほとんど没収される。正直旨みのない迷宮だと思う。ゆえに攻略が進まず、十年単位で起こる大海嘯が数年単位で起こっている」

「数年単位で起こるって事は宝箱の中身も……」

「豪華になっているぞ」

「でも……取り上げられると……」

「そうなるな。この国はこの迷宮を管理して運営したがっているが、全種族中一番平凡で軟弱な普人族のみでは一生かかっても無理だ」

「じゃあスライムがこんなに多いのって……」

「大海嘯の影響だ。そもそも雑種級のスライムがこんなに大きいわけないだろ。素材も普通なら、この瓶に入ってるスライムゼリーだけで、貴殿が食している物はレアドロップだ。魔核など小さすぎて見つけられないほどだぞ」

 このスライムの魔核は小指の爪ほどある。
 おかげで、全部拾ってお手玉を作った。裁縫スキルが生えるようにね。

「大海嘯様々ですね」

「感謝する相手が違うだろ?」

「えっ?」

「迷宮を管理している者のおかげで迷宮が存在し、スライムを生み出し、貴殿が得をしている。さて、誰に感謝を伝えるべきだろうか?」

「――迷宮の管理者様に感謝申し上げますっ! ありがとうございますっ!」

「うむ。よい」

 御満悦なようで嬉しそうに何度も頷いている。
 性別不詳だから正しいかどうか分からないが、可愛らしく見えてしまった。

「それで、貴殿はどうするのだ?」

「何がです?」

「武術も魔法も使えない状態で、大海嘯間近の迷宮に寝泊まりするのか?」

「家に帰っても食事がないので、スライムを食べられる迷宮の方が快適ですよ?」

「……怖くないのか?」

「怖いですけど、戻っても餓死するなら多少なりとも可能性がある方に賭けます」

「可能性か……。ふむ……」

 また阿呆の子って言われるのかな?

「ふむふむ。なかなか男らしいことを言うではないか」

「いやー、それほどでもー」

「心意気だけは褒めてやろう」

 おぉ。初めて褒められた。

「具体的にはどうするのだ?」

「……魔法を頑張ります」

「どう頑張るのだ?」

 詰めてくるなぁ……。
 正直、武術の才能がないと言われたから、残った魔法に賭けているだけだ。
 魔法も才能があると言われているわけではない。

「魔力量のせいで体が爆発しないように【魔力操作】のレベルを上げたり?」

「爆発……? あぁー稀に発生するアレかー。人間特有のな」

「やっぱり爆発するのか……」

「別に魔力のせいで爆発するわけではないがな。未熟な魔力操作で魔法を発動した事による暴発だ。そこに供給された魔力が上乗せされて魔法が体内を逆流し、逃げ場を失った魔法が体内で爆発するというわけだ」

「じゃあ魔力量を気にして【魔力操作】のレベルを上げなくても良いってことですか?」

「人間は、レベルを上げなければ魔法系スキルのレベルが上がらないだろ。無駄にはならないから上げられるときに上げておけ。魔力量についてはまた別の話だ」

「頑張ります」

「そうか。さて、我は仕事をしに行く。また後で様子を見に来るとしよう。ではな」

「お疲れさまです」

「うむ」

 コクリと頷いた直後、音を立てることもなく姿が消えていた。

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