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第三章 フドゥー伯爵家

閑話1 悪口計画開始

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 辺境より送りつけられた書類により起こった暴動及び諸問題がようやく片づき、裁定の見直しに着手したところに新たな問題が発生する。

「王太后陛下、教会本部から緊急連絡が来ました」

 王太后が自身の離宮に設置された執務室で裁定案を検討していると、離宮付きのシスターと王城勤務の女官を伴った侍女長が入室してきた。

 付き合いの長さから、王太后は侍女長のノックで緊急度を測れるようになっている。
 今回はノックなしだ。

 本来なら許されない行為だが、せっかちな主従ゆえに許されている。

「何だ? またアレか? 賠償金は即日に払うように指示を出しただろ? それで時間を稼げ」

「いえ。どうやら侵略されているようです」

「――なっ! まことかっ?」

「教会本部と王城からほぼ同時の報告です」

 侍女長は離宮付きのシスターと女官に説明するように促す。
 といっても、女官はともかくシスターは送られてきた書類以上のことは知らないため、いつも通り書類を手渡すだけ。

「……フドゥー伯爵領か」

「陛下、フドゥー伯爵領の各ギルド支部から王都の本部に送られた情報が王城に届きました。フドゥー伯爵領近郊の軍港からは、未確認情報として報告が上がっています」

 女官が報告書を手渡しながら補足説明をする。

「ふむ。それで、フドゥー伯爵からの連絡は?」

「ありません」

「――ない? ということは死んだか、囚われているということか?」

「おそらく……」

「商船が南方からの船団を確認し、各ギルドも船からの砲撃を受けたと報告している。ならば、まだ上陸はされておるまい。――城での方針は?」

「海軍の出動を検討しています」

「検討? すぐに出動させない理由は?」

「……先のアラド流神槍術による暴動が尾を引いています」

「そうか。軍関係者の多くがアラド流出身だったな」

 アラド流神槍術の開祖が興した武門の名家バカラ子爵家。
 開祖が槍で創ったとされる湖は聖地の一つとされており、巡礼者が後を絶たない。

 門下生にとっては大切な場所であったのに、現在はハンズィール子爵家の財源の一つに成り代わってしまっている。
 それだけでも許せないのに詐欺行為で領地を奪い、王家に返上されることなく併合されるという異常事態。

 門下生からしたら許せるはずもない。

 終いには侵略行為は罰金と賠償金で許すという裁定だ。馬鹿にしているのもほどがある。

 果たして、武王国内でも人気のアラド流は抗議という名の暴動を起こした。
 暴動は軍や騎士団内部の者も呼応した大規模なものになったが、動き出しの早かった高位貴族がいたおかげで、暴動を起こした者が処罰されることはなかった。

 その高位貴族は公爵家で貴族として最高位であると同時に、軍務卿という国の要職に就いている。

 特に現在のように国王不在の場合において、軍事権の全てを掌握する立場だ。
 熱心なアラド流神槍術の信望者である軍務卿が、「うん」と言わなければ軍の出動はできない。

 女官は会議で言われた嫌味についても王太后に伝えた。

 曰く、仮に侵略されてもお金で解決できる問題だろ?
 曰く、南方伯領? 天罰じゃないか?
 曰く、手遅れだから上陸してもらってから支援を送るのはどうだろう?

 などなど。
 
「面倒なやつを怒らせたね。一番動かしたくなかった者に動かれると思わなかった」

 軍務卿こそが、カルムの母親であるセレスティーナが言っていた外国にいると思われていた人物だ。
 道場に寄りたいがために強行軍で帰還し、帰還報告よりも道場での訓練を優先したため、誰よりも先に動き出すことができた。

 王家にとっては迷惑でしかないだろうが。

 軍務卿は高位貴族ながら現場を経験し、公爵であるというのに貴族や平民という身分で差別をすることはしない。
 さらに、個人個人の能力を見出すこともでき、書類仕事も優秀という人格的にも能力的にも優れた人物だ。

 当然、兵士からの人気も高い。
 また、貴族らしくない行動や態度のおかげで平民からの人気も高い。

 王太后も気に入っている人材である。

「それもこれもあの馬鹿娘たちのせいだね」

「「「…………」」」

 王太后の言う馬鹿娘たちとは、王妃たちとその子どもたちのことを言っている。
 不服申し立て申請の尻拭いを行うまで王太后は知らなかったのだが、現在国王は病床に伏せている。

 そして代わりの執務は王子と王妃たちが行っていたという事実。
 事実を知った王太后が、宰相を含めた文官に何をしたかなど言うまでもない。

「失礼しますっ」

 少し開いたドアの外から礼を取る女性騎士が見え、執務室内の全員が追加の情報だろうと当たりをつける。

「入れ」

「はっ」

「続報か?」

「はっ。海軍の出動が決まった直後、教会本部から報告書が届きました」

「……またか。内容は?」

「内容については知らされておりません」

 女騎士は書類を王太后に手渡した。

「ふむ……。またかコイツか……」

「陛下、内容は?」

 侍女長が代表して質問する。
 女官もシスターも女騎士も同じ意見らしく、視線が王太后に集中する。

「要点は三つ。撃退及び被害の報告、フドゥー伯爵に対する訴状、王家に対する抗議だ」

「――撃退……? 侵略を阻止したと?」

「そうらしい。敵は神聖帝国と邪教徒。被害は一部を除き真っ平らで瓦礫の山だそうだ」

「一部とは……?」

「半壊の冒険者ギルド」

「なるほど。結界があったのですね」

「――と、無傷の教会」

「「「「…………え?」」」」

「敬虔な信徒であるジークハルト司教が祈りを捧げ、レスター司教が引き継いだことで神々の加護を受けたと書かれている」

 全員が「嘘だろう」と思ったが、仮にも王太后が言った言葉であるため黙るしかない。

「本当かどうかは後で分かるだろう。二つ目が問題だ。報告が本当だった場合は、国を揺るがす大問題になる」

「訴状ということは……審理にかけたということでしょうか?」

「だろうな」

「罪状はなんでしょうか?」

「敵前逃亡及び反逆罪」

「――なっ! 逃げたのですか!?」

「そのようだ。審理が可能ということは、証拠があり承認もされているということだが……事実確認は必要だろう。二つ目の罪状は、シボラ商会とジークハルト司教に対する三度の襲撃。ついでに、ダンジョン利用で邪魔をしない契約を結んだ上でダンジョンで待ち伏せしたらしく、契約の反故についても訴えているな」

「二つ目のことがどうして国を揺るがす大問題になるのです?」

「あぁー……言ってなかったな。敵前逃亡した伯爵に代わってジークハルト司教とシボラ商会が、侵略を阻止したからだ」

「ほ、本当……なのですか……?」

「さぁな。だが、今回はレスター司教と連名での報告だ。嘘の可能性は低いだろう」

 伯爵領を瓦礫の山にした侵略者を撃退したのが、辺境の司教と商会というのだ。
 戯言だと思われても仕方がない。

「三つ目は……抗議文という名の悪口だね」

「王家に対する悪口?」

「減刑の理由がバレていること。例の国の貴族と接触し、侵略で活躍した護衛を徴発されそうになったらしい。ノーラス子爵領からフドゥー伯爵領まで尾行し、侵略時においても徴発しようとする行為が不愉快だと」

 はぁと一つため息を吐き、続きを読む。

「しかし、王家は減刑するほど他国の貴族を優遇し、禁忌を犯さなければいけないほど追い詰められた忠臣を冷遇するのかと。信仰心を捨てて賄賂を取った守銭奴なのかと」

「何という不敬っ」

「待て、続きがある。『武王国は武功を立てた者を優遇する国だったはずだが、いつの間にか賄賂を送る者を優遇する国になっていたようだ。武術の象徴である【太陽神アーディ】様から拝借した国名を返納するときでは?』と書かれているが、まぁ直接的ではないな」

「十分ですっ。司教ごときがっ」

「不敬かどうかはともかく、ジークハルト司教には会ってみたいな……喚ぶか」

 教会主導で召喚状を発行してもらうように調整していると、冒険者ギルドから続報が届けられた。

「……参ったな」

「陛下?」

「どうやら全部本当らしい。ジークハルト司教とシボラ商会に対する襲撃事件を起こしたフドゥー伯爵を、我々王家は擁護したことになる。それも賄賂を受け取っていたことも事実だ。抗議に対して不敬だと追及すると、墓穴を掘ることになるか」

 抗議に対する対応だけでも手一杯なのに、シボラ商会の戦力についても考えないといけなかった。

「どうされました?」

「敵戦力は、例の戦艦だけでおよそ二〇隻。魔導船は倍以上らしい。が、一隻を残して全て消えたらしい」

「――え? 消えた……?」

「そうだ。冒険者ギルドは霧が出てくるまでは砲撃に耐えながらも様子をうかがえたが、霧は魔法的な視線も天稟も防いだらしい。霧が晴れたと思ったら、商会員が乗っている一隻を残して全て消えたそうだ」

「か、可能なのですか?」

「さぁな。仮に範囲魔法を使ったと考えるだけでも恐ろしいのに、想像もできない方法を使えるなんて……あまり考えたくないね」

「叙爵しますか?」

「まぁできれば無難だろうよ。無理だろうけど」

「あっ! フドゥー伯爵のことですか?」

「侵略を阻止してくれただけでも慈悲深いと思うべきだろう。シボラ商会は男爵領に拠点を置いているらしいからな」

 通常貴族が商売をする場合、身分を武器にすることが常であるため、登録の際に名字を書かないなんてことはあり得ない。
 だから、アルミュール男爵家の子息である『カルム・フォン・サーブル』と、シボラ商会の商会長である『カルム』を結びつけることは貴族や王太后には難しかった。

 そのため、男爵家を召喚すれば良いという考えが思い浮かばず、ジークハルト司教とシボラ商会の関係性を考え、ジークハルト司教を召喚するという回りくどい方法に行き着く。
 ジークハルト司教に召喚状を出せば、シボラ商会も護衛としてついてくるだろうと当たりをつけたからだ。

「陛下」

「どうした?」

 召喚状の発行手続きが終わり、冒険者ギルドからの報告書にあった捕虜の引き渡し交渉に関する書類を作成しているところに、王太后の部下が入室してきた。

「民衆を煽動している者がいます」

「煽動……?」

「まずは侵略されたことが広まっており、奇襲だったのに無傷で逃亡できたことから、南方伯は侵略者と結託した売国奴だと」

「なんだとっ!? 情報が早すぎるっ」

「次に例の貴族が侵略されたフドゥー伯爵領にいることが、貴族たちの国元にバレました」

「――何っ!?」

「国境に配備されている軍隊がすでに動き出しています。そして、そのことも民衆は知っていて大混乱になっています」

「くそっ! 軍務卿はっ?」

「竜騎士を国境に配備し、国境の軍隊を動かしていています」

「ならば……まだ猶予があるな」

「いえ。暴動が起こりそうです」

「――は?」

 心底理解できないという表情で部下を見る王太后。

「前提としてフドゥー伯爵は売国奴です。伯爵家と取引をして進軍して来ている貴族を伯爵領に送ったのは王家で、侵略の大義名分を与えた売国奴と言われています。ハンズィール子爵家も含め不信心者と言われ、神罰を恐れた民衆が城に抗議に来ています」

「誰だい?」

 全身から加減のない武人覇気が放たれ、シスターと女官は耐えきれず気絶する。
 女騎士も膝をつき、気を失わないようにすることが精一杯だ。

 ちなみに、侍女長は平然としており、被害を被った三人の女性を介抱していた。
 同時に王太后の怒りレベルを測っている。
 この後の鎮静作業のために。

「尻尾どころか影も踏めません」

「対策は?」

「暴動に対しては騎士を出しました。ですが……」

「何だ」

「民衆側に各道場がつきました」

「――何っ!?」

「当事者である王子殿下が、フドゥー伯爵の悪口を言った民衆を切ったからです。擁護していることが確定的になりました」

「馬鹿なっ」

 王子の行動以外は、全てカルムから指示を受けたセルグラトたちの仕込みだ。
 偶然の産物である王子の蛮行により予想外の被害になっているが、しばらくの間男爵領から目を背けられると、結果に満足する主従がいた。

「急いで例の貴族を連れ戻せっ」

「はっ」

 こうしてセルグラト計画第一弾の幕が上がるのだった。

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みんなの感想(16件)

テツ
2021.11.12 テツ
ネタバレ含む
暇人太一
2021.11.19 暇人太一

いつも感想ありがとうございます。

隠居生活を満喫していたはずが……(つд`)

しかし、平穏な生活を手放している者が続出している中、カルムが転生する原因の一端となった男爵家は裕福になり、比較的平穏な生活を送れているので、カルムパパの命名は間違いではなかったはず(^_^)b

解除
テツ
2021.11.05 テツ

狼に衣装×(゜m゜;)
狼の意匠○(-.-)y-~

暇人太一
2021.11.07 暇人太一

いつも感想ありがとうございます。

誤字報告もありがとうございますm(_ _)m
読み返しで見落としましたm(_ _)m

解除
テツ
2021.10.30 テツ
ネタバレ含む
暇人太一
2021.11.01 暇人太一

いつも感想ありがとうございます。

平穏という言葉はカルムのためだけにある言葉なので、他の人に平穏な日々は訪れないでしょう……(つд`)
残念です……(T_T)

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