82 / 85
第三章 フドゥー伯爵家
第七十四話 和気藹々
しおりを挟むユーグリッドとレオンが結婚して番になったのは三年前だ。
18歳で上級学校を卒業し、レオンはすぐにクリスタニア家の研究所員となった。学校でも無事に生活し、Ωであるという認識が、危機感が無くなっていた。薬でフェロモンも発情期もコントロール出来ていると思っていた。
その過信が良く無かった。
セルトレインのように少なくとも番を作ってから勤めればよかったと、後悔しても遅い。
レオンは研究所内で予期せぬ発情を迎えた。
二週間前に発情期は終わっていた。三か月周期のそれが起こるはずがなかったのだ。
混乱した。
とにかく一緒に居たβの研究員に両親のどちらかを呼んでもらうようお願いして、身を隠せる場所を探した。
番のいるΩは不特定多数のαを惑わせるフェロモンを出すこともなければ、番以外のαから発情を誘発されることもない。だが番のいないレオンのフェロモンは不特定多数のαを惑わすし、αからの発情期の誘発も受けた。
(誰かがΩを発情させようとしたのかな?)
誤ってそれが自分に起きてしまったのかもしれない。
第二性を扱う研究の多い場所だ。αも多いためその扱いは慎重に行われているが、番のいないΩの研究員はレオンだけだった。
そもそもΩの研究員は数が少ないので、今までの設備ではこういった抜けが出来てしまっているのかもしれない。
(原因追求はとりあえず後回しだ。今は隠れないと……)
他の研究員、特に優秀なαに迷惑がかかってしまう。
そんな突然の発情期や、αの傲慢にΩが利用されないよう、カトラシアは法律で建物内に一定間隔でΩが逃げ込める避難場所を作る様に定められている。
それらは不備がないように、抜き打ちで国家組織が点検をするくらい徹底したものだ。
研究所にもΩが避難できる場所があることを小さい頃から出入りしているレオンは当然知っていた。
だが、その入り口のことごとくにαがいた。
そのうちの一人の顔を見た時に、数日前の会議を思い出す。
(そうか! 俺は実験に利用されてるんだ!?)
今、レオンは首にフェロモンの消臭が期待できる素材で作ったネックガードを嵌めている。その素材の効果をどのように確認するか、先日話し合っていた。この技術が進めば急なΩの発情が起きても、理性を失ったαに襲われる確率はさらに下げることができる。
番夫婦に頼んで発情期に検証してもらうということで決まったが、その話し合いの中で「番ったΩではフェロモンが変わってしまっているから、番ってないΩで試さなければ意味がないんじゃないか」という意見も出た。
十数名居た会議室の中、数名のαがレオンを見た。その視線にゾワリと背筋が凍る。αの威圧を感じたからだ。
「それは時期尚早だろう。番のいるΩで効果の確認が取れてからでなければ無駄な実験になる」
そのレオンにとっては気持ちの悪い空気を吹き飛ばすように、静かな声が会議室に響く。会議に参加している中で一番上役であるユーグリッドが否と言えばその話は無効になった。
会議の後、せっかくだから使ってみたらどうかとβの研究員に渡されたネックガードを、レオンは身に着けていた。
実験をするにしても、Ωに手出しが出来ないようにαを拘束した状態で行ったり、フェロモンに影響を受けないβを同席させるべきだ。
もしネックガードの効果がなく、発情中のΩのフェロモンが作用してしまえばαは欲望を止めることが出来ない。発情し運動機能を低下させたレオンにも抗う術がない。
そんなことは考えたくなかったが、避難場所に行ったが最後、どうなるか判ったものじゃない。
研究所内でレオンは顔は悪いが優秀なΩと認識されていた。
αばかりの学校を優秀な成績で卒業した事実は大きい。
顔が悪くて魅力が無かろうが、番のないΩのフェロモンはαを強制的に発情させるのだ。レオン相手でも発情し、優秀な子どもを産ませることができる可能性は高い。
(いやそんな事じゃなくて、ネックガードの効果実験……だ、間違いない)
自分が狙われるなんて思えなかったが、震える身体を叱責しながらどうにか足を進める。
フェロモンを消臭するネックガードはきちんと効果があったのだろう。αに捕まることなく、気付けばユーグリッドの執務室の前にたどり着いていた。
扉をそっと開ければふわりと大好きなユーグリッドの匂いがする。
レオンはふらふらと室内に入り執務机の足元のスペースに身を隠した。そのままユーグリッドの匂いの濃い椅子へ頭を乗せる。
レオンの記憶がはっきりしているのはここまでだった。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説

おもちゃで遊ぶだけでスキル習得~世界最強の商人目指します~
暇人太一
ファンタジー
大学生の星野陽一は高校生三人組に事故を起こされ重傷を負うも、その事故直後に異世界転移する。気づけばそこはテンプレ通りの白い空間で、説明された内容もありきたりな魔王軍討伐のための勇者召喚だった。
白い空間に一人残された陽一に別の女神様が近づき、モフモフを捜して完全復活させることを使命とし、勇者たちより十年早く転生させると言う。
勇者たちとは違い魔王軍は無視して好きにして良いという好待遇に、陽一は了承して異世界に転生することを決める。
転生後に授けられた職業は【トイストア】という万能チート職業だった。しかし世界の常識では『欠陥職業』と蔑まされて呼ばれる職業だったのだ。
それでも陽一が生み出すおもちゃは魔王の心をも鷲掴みにし、多くのモフモフに囲まれながら最強の商人になっていく。
魔術とスキルで無双し、モフモフと一緒におもちゃで遊んだり売ったりする話である。
小説家になろう様でも投稿始めました。

神になった私は愛され過ぎる〜神チートは自重が出来ない〜
ree
ファンタジー
古代宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教…人々の信仰により生まれる神々達に見守られる世界《地球》。そんな《地球》で信仰心を欠片も持っていなかなった主人公ー桜田凛。
沢山の深い傷を負い、表情と感情が乏しくならながらも懸命に生きていたが、ある日体調を壊し呆気なく亡くなってしまった。そんな彼女に神は新たな生を与え、異世界《エルムダルム》に転生した。
異世界《エルムダルム》は地球と違い、神の存在が当たり前の世界だった。一抹の不安を抱えながらもリーンとして生きていく中でその世界の個性豊かな人々との出会いや大きな事件を解決していく中で失いかけていた心を取り戻していくまでのお話。
新たな人生は、人生ではなく神生!?
チートな能力で愛が満ち溢れた生活!
新たな神生は素敵な物語の始まり。
小説家になろう。にも掲載しております。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~
暇人太一
ファンタジー
仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。
ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。
結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。
そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

A級パーティーを追放された黒魔導士、拾ってくれた低級パーティーを成功へと導く~この男、魔力は極小だが戦闘勘が異次元の鋭さだった~
名無し
ファンタジー
「モンド、ここから消えろ。てめえはもうパーティーに必要ねえ!」
「……え? ゴート、理由だけでも聴かせてくれ」
「黒魔導士のくせに魔力がゴミクズだからだ!」
「確かに俺の魔力はゴミ同然だが、その分を戦闘勘の鋭さで補ってきたつもりだ。それで何度も助けてやったことを忘れたのか……?」
「うるせえ、とっとと消えろ! あと、お前について悪い噂も流しておいてやったからな。役立たずの寄生虫ってよ!」
「くっ……」
問答無用でA級パーティーを追放されてしまったモンド。
彼は極小の魔力しか持たない黒魔導士だったが、持ち前の戦闘勘によってパーティーを支えてきた。しかし、地味であるがゆえに貢献を認められることは最後までなかった。
さらに悪い噂を流されたことで、冒険者としての道を諦めかけたモンドだったが、悪評高い最下級パーティーに拾われ、彼らを成功に導くことで自分の居場所や高い名声を得るようになっていく。
「魔力は低かったが、あの動きは只者ではなかった! 寄生虫なんて呼ばれてたのが信じられん……」
「地味に見えるけど、やってることはどう考えても尋常じゃなかった。こんな達人を追放するとかありえねえだろ……」
「方向性は意外ですが、これほどまでに優れた黒魔導士がいるとは……」
拾われたパーティーでその高い能力を絶賛されるモンド。
これは、様々な事情を抱える低級パーティーを、最高の戦闘勘を持つモンドが成功に導いていく物語である……。

理不尽な異世界への最弱勇者のチートな抵抗
神尾優
ファンタジー
友人や先輩達と共に異世界に召喚、と言う名の誘拐をされた桂木 博貴(かつらぎ ひろき)は、キャラクターメイキングで失敗し、ステータスオール1の最弱勇者になってしまう。すべてがステータスとスキルに支配された理不尽な異世界で、博貴はキャラクターメイキングで唯一手に入れた用途不明のスキルでチート無双する。

伯爵家の三男は冒険者を目指す!
おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました!
佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。
彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった...
(...伶奈、ごめん...)
異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。
初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。
誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。
1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ
25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。
目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。
ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。
しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。
ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。
そんな主人公のゆったり成長期!!

暗殺者から始まる異世界満喫生活
暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。
流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。
しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。
同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。
ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。
新たな生活は異世界を満喫したい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる