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第三章 フドゥー伯爵家

第七十四話 和気藹々

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 バラムが私兵団を奈落湯の裏手に連れてきた。

「何だ何だ? メシの準備が――」

 先頭は大柄のバラムだったため、バラムの後を歩くディーノには新しい召喚獣が見えづらかったようだ。
 文句を言いかけた瞬間、エンマたちと目が合ってしまったらしい。

 バラムがニヤニヤ笑っているから、いつもの座席順の仕返しをしたのだろう。

「森で出会ったから、連れてきちゃった」

「「「「「…………」」」」」

「それでね。神父様とシスターはいないけど、商会メンバーは全員揃ったからダンジョン装備を分けようと思ったんだ」

 私兵団全員の視線がメイベルに向いている。
 この雰囲気の中で唯一のほほんとしているから、代表で質問してもらいたいのだろう。

「――ふぇ? あぁーー……えーと……装備ってあったっけ?」

 満足したのか、私兵団の視線が俺に戻る。

「属性狼のボス戦二回と、属性虎のボス戦二回で出た装備だよ。それぞれ十個セットが二回だから、今回の報酬にしようと思ったんだ」

 再びメイベルに視線が集まる。
 今度はネビロスも真似しているようで、メイベルを見ている。

「えーと……ダンジョンに参加してなくてもってこと?」

「そうだね。余るから新人の子たちにも渡そうと思ってるよ」

「まぁカルムが手に入れたものだから、カルムがいいなら文句はないよ」

 私兵団全員が首を縦に振って肯定を表す。

「廃教会の装備と一緒で補強はできるみたいだけど、強化や付与はできないみたいだから、今回はそのまま渡すね」

 俺がもらわないともらいづらいと思うから、俺も一つずつもらう予定だ。
 補強案の実験にしてもいいしね。

「まずは『魔狼ナイフ』。少し大きめのナイフだから、隠し武器にしてもいいかもね。今準備している装備の腰部分にもつけられるし、胸元につけたい場合はガンツさんと相談してくれたまえ」

 狼の意匠が入った柄に、牙を思わせる白い刃。
 鞘には自己修復と浄化機能がついている。
 魔力の通りもいいから、自分の魔力を通せば魔剣になる。
 普通に使っても切れ味抜群らしい。

「はい、順番に取りに来てー」

 木箱の上にナイフが入ったケースを二つ載せ、順番に取りに来させる。
 が、誰も来ない。

「ジェイドくんたちからだよ。次はバラムたちね。ダンジョンに参加した順に決まってるでしょ。ほら、ご飯が迫ってるよ」

「じゃあ……」

 どれも同じだけど、並んでいたら選んでしまうのは人間の性らしい。

 ハエルやセルグラトにその配下たちも受け取ったことを確認してから、召喚獣たちに向き直って一人ずつ手渡していく。

「全員分用意できなかったから、今回は必要そうな者に渡すね。ナイフ武門は、ローグ、テュール、イズンの三人ね」

「ウレシイ」

「……」

「大事にいたしますわ」

 子どもの俺が持つと、小剣並みの大きさのナイフを一つずつ手に載せて手渡す。
 テュールはスライムと同じく念話で会話するらしく、ジェスチャーで大袈裟なくらい喜びを表していた。

「次は『虎手』というグローブらしい。ガントレットの効果もあるかもね。一組ずつ持っていってー」

 二度目ということもあり、すんなり配り終わる。
 次は召喚獣の番だ。

「虎手武門は、ソンウン、グレン、エンマ。サイズ変更がついてるみたいだから、エンマも気にせず使えるよ」

 モフモフグループは、ユミルと戯れることができるし、武器術で戦闘するわけではないから保留。
 本獣たちもユミルと戯れることの方が重要らしく、最初から聞いてすらいない。

「精進いたす」

「アリガタク」

「ご配慮に感謝をっ」

「うん。喜んでもらえてよかった。じゃあカーティル、ユミルの背中に乗ってる子を除いた新人をバラムたちに紹介してあげながら、従業員エリアに連れて行ってあげて。母上を連れて行くからさー」

「……はっ」

 隠していたが、表情的には逆が良いと言っているようだった。

「私兵団は先にディーノの手伝いをしてあげて。そのあと、神父様たちを連れて従業員エリアに来て。治療のことについて話すからさ」

「了解」

「アルは、奈落湯にいるママンとステラに無事を報告するように」

「もうしたよ」

「そう? 少しゆっくりしてもいいからさ、奈落湯の様子を見ておいてよ。異常があったら教えてー」

「……たとえば?」

「男爵家の関係者がいたり、ニコライ商会の者がいたり」

「分かった」

「じゃあ後でねー」

 ママンはモフモフ好きだからね。
 ユミルの弟たちを連れて行ったら、きっと森についての追及はどうでも良くなると思うんだ。

 ◇

 現在は従業員専用エリアで晩餐会を開いている。
 アープやテュールは定期的に魔力水や魔鉱石を取れば問題ないらしいが、食事が出来ないわけではないらしいから一応参加している。

 新しいモフモフが増えて上機嫌だったママンは、エンマたちを見て固まった。
 上位種であることは明らかだったし、武術をたしなむママンはある程度強さが分かるらしい。……俺以外は。

 天禀を使って隠蔽している俺はともかく、激闘必至の召喚獣が勢揃いしていたせいで緊張していたそうだ。
 しかし、ユミルが自分の弟妹だと紹介したことで、今では一緒に食事をしている仲になった。

 もちろん、俺は説教を受けることになったが。

「そろそろ私兵団を呼んでもいいかな」

『ですねー』

 一番頼みやすいカーティルにお願いすると、何故かバラムとネビロスが行くと言う。

「別に良いけど……どしたの?」

「何、飲み物も欲しくてな」

「あぁーー、お酒ね」

「うむ」

「あれ? 言ってなかったっけ? 従業員専用セリアには、従業員しか飲めないお酒が貯蔵してあるって」

「――何だとっ! 聞いておらんっ」

「ごめん、ごめん。追加要求がなかったから、口に合わないのかと……」

「どこに?」

「あの本棚の後。魔力鍵になってるから、一つだけ表紙を向けている本に手のひらを押しつけて魔力を流せば勝手に開くよ」

「――カーティル、呼んでこい」

「はっ」

 結局行かせるのね。
 フルカスやハエルたちも一緒に選びに行くようだ。
 ママンとメイベルも探検のつもりでついていった。

 俺はお酒よりも晩餐の後のモフモフ丸洗いの方が楽しみだ。

「カルムーーっ」

「はい、母上っ」

 どうしたんだろうか?

「これは何かしらっ!?」

「あぁーー……それは……」

「研究しているお薬かしらっ!?」

「そ、そうですっ」

 研究しているというか、完成品だな。
 容器に詰めて密封し、冷蔵木箱に入れているわけだから。

「化粧水の後に使うジェルですね。説明書と一緒にお一ついかがですか?」

「まぁ素晴らしいわっ」

「少々お待ちを」

 シボラ商会の紋章入りのスパイダーシルク製のポーチに、洗顔用石鹸と化粧水とジェルを入れて、手順や使い方などを書いた説明書をポーチのポケットに入れて手渡した。

「どうぞ」

「まぁ素敵」

「それは何だ?」

「美容品だよ。ネビロスもいる?」

「美容?」

「うん。洗顔とか顔や首周りの肌のお手入れ用だね。全身用はまだだからさ。商会メンバーが少ない今なら無料だよ」

 三組作ってネビロスとアグラシスとイズンに手渡す。

「試しに使ってみて」

「うむ」

 アグラシスとイズンも首を傾げていた。
 元々美形だしね。
 必要なかったかもしれないな。

「肌に異常が出たらやめて、すぐに僕に言うように」

「そこまで柔ではないぞ?」

「言うように」

「う、うむ」

「よろしい」

 母上にも注意してから貯蔵室から出た。

「あっ! いた」

 俺たちが貯蔵庫でゴチャゴチャしている間に来ていたようで、居心地が悪そうに済みに固まって待っていたようだ。

 バラムはネビロスをからかいつつ、カーティルに酒をついであげていた。
 代わりに行かせたお礼だろう。

「お待たせー。あっそうだ。シスターにもこれあげる。試しに使ってみて。良かったら次は買って下さい。でも、肌に合わなかったら使用中止してね」

「あら? これは?」

「美容品だよー」

「おい、少年。その声はやめろ」

「主殿はどうしたのだ?」

「ふざけているだけだ」

 酷い言いようだな。

「そうなのですね。ありがとうございます」

「いいえ。それじゃあ本題の治療についてだけど、薬はあるから本格的なことは明日始めます」

「明日?」

「えぇ。だから、明日またエルードさんに頼んで下さい。まだ写本が終わってないだろうし」

「あぁ。それで何をするんだ?」

「それはお楽しみです。北の森に行くので装備は冒険者装備ですが、馬車は不要です」

「狭いもんな……」

「えぇ」

 ママンがいるから、ママンに言って良いことしか言えないのだ。

「オレたちは?」

「しばらくは奈落湯の監視かな」

「ニコライ商会だっけ?」

「あと男爵家とか関係者に、怪しい行動している者かな」

「何でだ?」

 交渉団は早々に帰ったらしいし、残った諜報員はカーティルや配下が片っ端から捕らえたらしい。
 もちろん、諜報員はリサイクルする予定だ。

「男爵家本家は莫大なお金を手に入れたわけだ。僕の口座にも賠償九十四億スピラや、製塩技師の家族に対する支払いが全額振り込まれているしね。それに、ハンズィール子爵の代理人は気づいてなかったみたいだけど、山道の利用料は利用する人が払うから、男爵家は二〇〇億丸ごともらえるんだよねー」

「あれ? そうだっけ?」

「神父様も気づいてなかったの? アレはシボラ商会が山道を利用することが大前提の策だったから、男爵領が実害を被るとしたら、誰も入って来たくないし出たくない土地になったってことかな」

「マジか……」

「それで話を戻しますが、男爵家は山道の対策にお金を使うという発想はなく、僕の考えた水路や奈落湯をパクると思います。視野が狭く考えが浅い、虚栄心の塊みたいな人ですからね。あの親子は」

「そうね」

 ママンの同意を得られたことで、私兵団の任務は確定した。

 ◇

「やってきました。新人入浴体験の時間です」

 分家の風呂はこの日のために、男女別で大浴場を備えていた。
 初日だからと、新人の体を俺自ら丸洗いしている。

 もちろん、約束通り潮風でべたついたユミルの毛皮も念入りに洗った。

「どう? お湯に入るのもいいでしょ?」

 今日はぬるめにしているから、イズンとかも入りやすいと思う。
 あと、ネビロスがくっついて来そうだったけど、メイベルとママンが連れて行った。

「朕は気に入ったぞ」

 みんなも喜んでくれているみたいだった。
 やっぱりお風呂は良いものだ。

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