上 下
74 / 85
第三章 フドゥー伯爵家

第六十六話 意気投合

しおりを挟む
 高台にいるおかげで直接的な被害はなく、攻撃が着弾する際の振動に気をつけていればいい。
 同時に、町の状況も大体把握できていた。

 最も気になったのは、貴族街から出発した豪華な馬車の集団が北門を抜けてノーラス子爵領の方向に向かったことだ。
 伯爵が乗っていたことを確認したときは、思わず二度見した。

 他にも裕福な商人らしき人たちも馬車で移動し始めているし、領民も徒歩で町の北を目指している。
 何故なら、北側しか逃げ場がないからだ。

 逃げ遅れた者は唯一無事な二つの施設に飛び込んだようで、人口密度がすごいことになっている。
 俺なら「まとめてくれてありがとう」と言って、攻撃をぶち込むけどなぁ。

 その二つの施設のうち一つは、双天教会だ。

 でもそこは安心して良い場所なのか?
 敵方に教会勢力がいるわけだから、敵の懐に飛び込んでいることにならないかな?

 二つ目は、冒険者ギルドである。

 海の魔物対策もしてあったようで、結界を張れる仕組みがあったらしい。
 まぁいつまで持つか分からないけど。

 冒険者ギルドには例の尾行者たちがいるけど、逃げなくていいのかな?
 君たちが死んだら余計に面倒なことになると思うんだ。こういうときに義憤を感じて逃げて欲しいな。

「なぁ……逃げたって……」

「伯爵は生き残った貴族を連れて逃げました。これで交渉相手がいなくなってしまいました」

「マジか……。クソ野郎だな」

「そのとおり。やっと気づいてくれたみたいだね」

「「「…………」」」

 メイベルと神父様たちはお通夜モードだ。
 救出嘆願組は国宝級の褒賞を用意することができないから、仕事を依頼することができない。

「グァ?」

「どうしたの? ユミル」

「グァ」

「いいんだよ。寝てて」

「グァ」

 ユミルはメイベルに協力したいと思っているようだが、阻止させていただく。

「グァァァ」

「怒らないで……」

「……別に国宝じゃなくてもいいんだろ?」

 今まで黙って話を聞いていたジェイドが、何かに気づいたような顔で質問してきた。

 誰か気づかないかな?

 と思っていたが、やっぱり一番最初に気づいたのはジェイドだった。
 本当の一番はユミルだけどね。

 俺の普段の行動を思い出してみればすぐに分かると思っていたのだが、誰も気づかないから逆にビックリしたくらいだ。
 そもそも今まで北区の風邪を治したり、シスターを救出したりと人助けをしてきたが、一度も国宝級の褒賞をもらっていない。

 パシリだったり審理の手続きだったりと、早期リタイアするために必要なものしかもらっていない。
 高額な賠償金や希少な天霊具をもらうときは、全て復讐するときだけだ。

 そこに気づけば早いのになと思っていた。

「僕は国宝なんて言ってないよ?」

「「え?」」

 ディーノとメイベルが驚いているが、言ったのはディーノだからね。
 俺は同意しただけ。

「……通常、敵に襲われて撃退した場合は、拾得物として全ての権利が撃退者にある。だが、侵略戦争の場合は国の引き渡し命令に従わなければならないはず。その代わりに叙勲や褒賞があるわけだが……」

「僕は将来【奈落大地】に移り住む予定だから、囲い込みは御免被る」

「だろうな。ジーク様、まずはジーク様の名前で依頼をしろ」

「依頼?」

 ジーク様呼びは無視するのかな?

「依頼内容は『邪教徒』の討伐。これである程度国内の聖職者と線引きができると思う」

「なるほど。しかし……報酬がな……」

「神前契約で引き渡し命令を交渉権に変えることと、【世界宣言】中の叙勲及び叙爵の不可を報酬にすればいい。【世界宣言】という試練を邪魔するのは駄目だとか言って。達成すればそこの君主になるわけだから、他国の王を叙勲って属国にするのかと言えるだろ?」

「なるほど。叙勲を拒否すると国からは褒美をもらえないぞ?」

「そのための交渉権だろ? もらえるはずだったものもまとめて分捕ればいいだろ?」

 おや? ジェイドくんどうした?
 バラムたちも驚いているよ?

 もう一度鑑定してみようかな?

「どうだ?」

「うーん……付け加えるなら、捕虜は最低限の数だけ。交渉含む事後処理は基本的に神父様の担当で」 

「……分かった」

「じゃあ契約しに行きましょうか?」

 俺の持っている木像では神前契約はできないからね。

「ユミル、機嫌直してくれた?」

「グァ」

 スリスリと甘えてくる様子にホッとする。
 怒ったフリをしていたようだ。

「ユミルは演技派なんだね」

「グァ♪」

 荷車の上でバックハグをしてモフモフエネルギーをチャージする。
 このモフモフエネルギーこそが、どすこいパワーの源である。

『バラム。ちょうどいいから、前に言ってたアレやろうか?』

『うん? あぁーー。いいのか?』

『あれだけいるんだから、お偉いさんだけ捕獲しておけば十分でしょ』

『まぁな。どうせ全てを捕虜にするのは現実的ではないしな』

『でしょ? 先に捕虜を集める作業をして、そのあと作戦開始ってことでよろしく』

『うむ、任せよ』

『フルカスもよろしくね』

『御意』

 魔法で撃退しても物理攻撃で撃退しても同じ結果になるなら、船にとって一番被害がない方法をとろうと思う。
 バラムたちには以前から頼まれていたし、今回はちょうどいいかな。

『グリム、例の作戦を実行するから、目隠しよろしくー』

『はいですー』

 無事に終わるといいな。

 ◇

「さぁ、神父様。仕事のお時間ですよ」

「他領の教会なんか久しぶりに見たな」

 神父様を先頭にして荷車ごと教会内に進む。
 めちゃくちゃ邪魔だと思うが、壊されても盗まれても嫌だから仕方がない。

「失礼。荷車は外に置いてきてもらないか?」

「すみません。壊されたら海に行く手段がなくなるので、それはできません」

 港に係留されていた船は、一隻残らず木っ端微塵にされている。
 貴族や商人が逃げ、冒険者たちが指を咥えて傍観している理由は、単に沖に出る手段がないからだ。

 散発的な魔法攻撃は意味をなさず、沖に出ることも許されない。
 打つ手がないから傍観しているのだ。

「――海に?」

「えぇ。先ほどこちらに居られるジークハルト司教猊下より、我が【シボラ商会】に依頼があったのです。ジークハルト司教猊下には日頃から目をかけて下さり感謝しておりまして、此度の邪教徒討伐依頼も喜んで参戦させていただく所存です」

「「「…………」」」

 神父様とディーノは当然だが、提案者のジェイドからも非難の視線が向けられている。
 何故だろうか?

「邪……邪教徒とは……?」

「いえね、たまたま高台から状況を伺っていたのですが、なんと教会勢力の船もあったのです」

「――なっ」

「わかってます、わかってます。神の代弁者たる聖職者が、他国に侵略するなんて野蛮な真似をするはずがありません。ですが、被害を受けた武王国民の感情は予想できない方向に向かってしまうかもしれません。――いえ、確実に向かうでしょう」

「な、何故?」

「ここだけの話ですが、フドゥー伯爵閣下が逃亡したのです。そして伯爵閣下は自分の失態を、教会の責任問題にすり替えるために国民感情を操作するでしょう」

 大声で叫んでやったけどね。

「――まさかっ」

「いえいえ。ここは教会ですよ? 教会で嘘を吐くような不敬なことを、我々がするとお思いですか?」

「いえ、そうではなく……」

「でしょう? ジークハルト司教猊下は、罪のない聖職者に被害が出ることを危惧し、さらには領民のことを心配し、弱小の新興商会である我々にも三顧の礼を尽くして依頼して下さったのです。自分の教区でもないのに……。僕は感動しました。慈愛溢れるジークハルト司教猊下の願いを、我が【シボラ商会】は全身全霊で応える所存です」

「おい」

「素晴らしいっ。あなたこそ聖職者の鑑だっ」

「分かりますっ」

「おい」

 神父様の意見は全て無視させていただく所存です。

「ジークハルト司教猊下、早速契約の方をお願いします」

「ん? 契約とは?」

「こちらの教会で契約をする以上、説明は必須でしたね。失礼しました」

「いや……構いませんよ」

「ありがとうございます。では、契約のことについて説明させていただきます。此度の急な願いに対する報酬ですね、それを神前契約で約束していただこうと思っておりまして」

「え?」

 『お前、さっき慈愛溢れる願いに感動して、全身全霊で応えるって言ったじゃん』って顔をされているが、それはそれ、これはこれだ。

「ジークハルト司教猊下は、騒動後の我々の立場を考えて下さったのです。一度無償で行動してしまえば、次々と現れる有象無象の対応が大変だろうし、他の商人や冒険者ギルドとの兼ね合いもあります。もちろん、司教猊下のお願いです。金銭での報酬などという無粋なものを要求などしておりません。事後処理の口添えという、雑用を引き受けて下さったのですよ」

「なるほど……。それは助かりますな」

「でしょう。事後処理がなくなると思えば、我々も気楽に仕事ができるというものです」

「然り然り」

「おい」

『バラム』

『うむ』

 神父様はバラムに大人しくさせ、契約を交わすための手続きを行っていく。
 書類は大人しくされた神父様が記入し、第三者の立会人としてちょうど良かった伯爵領の司教に契約作業を手伝ってもらう。

 司教に邪教徒討伐の支援という功績が加わるだろうと説明したところ、快い返事をもらえた。

 無事に契約を終え、いよいよ討伐のための作戦会議だ。

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

おもちゃで遊ぶだけでスキル習得~世界最強の商人目指します~

暇人太一
ファンタジー
 大学生の星野陽一は高校生三人組に事故を起こされ重傷を負うも、その事故直後に異世界転移する。気づけばそこはテンプレ通りの白い空間で、説明された内容もありきたりな魔王軍討伐のための勇者召喚だった。  白い空間に一人残された陽一に別の女神様が近づき、モフモフを捜して完全復活させることを使命とし、勇者たちより十年早く転生させると言う。  勇者たちとは違い魔王軍は無視して好きにして良いという好待遇に、陽一は了承して異世界に転生することを決める。  転生後に授けられた職業は【トイストア】という万能チート職業だった。しかし世界の常識では『欠陥職業』と蔑まされて呼ばれる職業だったのだ。  それでも陽一が生み出すおもちゃは魔王の心をも鷲掴みにし、多くのモフモフに囲まれながら最強の商人になっていく。  魔術とスキルで無双し、モフモフと一緒におもちゃで遊んだり売ったりする話である。  小説家になろう様でも投稿始めました。

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

アラフォーおっさんの美少女異世界転生ライフ

るさんちまん
ファンタジー
40代を数年後に控えた主人公は、ある日、偶然見かけた美少女を事故から助けようとしたところ、彼女の姿で異世界に転生してしまう。見た目は美少女、中身はアラフォーおっさんというギャップで、果たして異世界生活はどうなってしまうのか──。 初めての異世界物です。1話毎のエピソードは短めにしてあります。完走できるように頑張りますので、よろしくお付き合いください。 ※この作品は『小説家になろう』(https://ncode.syosetu.com/n9377id/)、『カクヨム』(https://kakuyomu.jp/works/16817139554521631455)でも公開しています。

転生獣医師、テイマースキルが覚醒したので戦わずしてモンスターを仲間にして世界平和を目指します

burazu
ファンタジー
子供の頃より動物が好きで動物に好かれる性質を持つ獣医師西田浩司は過労がたたり命を落とし異世界で新たにボールト王国クッキ領主の嫡男ニック・テリナンとして性を受ける。 ボールト王国は近隣諸国との緊張状態、そしてモンスターの脅威にさらされるがニックはテイマースキルが覚醒しモンスターの凶暴性を打ち消し難を逃れる。 モンスターの凶暴性を打ち消せるスキルを活かしつつ近隣諸国との緊張を緩和する為にニックはモンスターと人間両方の仲間と共に奮闘する。 この作品は小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアッププラスでも連載しています。

無能と呼ばれたレベル0の転生者は、効果がチートだったスキル限界突破の力で最強を目指す

紅月シン
ファンタジー
 七歳の誕生日を迎えたその日に、レオン・ハーヴェイの全ては一変することになった。  才能限界0。  それが、その日レオンという少年に下されたその身の価値であった。  レベルが存在するその世界で、才能限界とはレベルの成長限界を意味する。  つまりは、レベルが0のまま一生変わらない――未来永劫一般人であることが確定してしまったのだ。  だがそんなことは、レオンにはどうでもいいことでもあった。  その結果として実家の公爵家を追放されたことも。  同日に前世の記憶を思い出したことも。  一つの出会いに比べれば、全ては些事に過ぎなかったからだ。  その出会いの果てに誓いを立てた少年は、その世界で役立たずとされているものに目を付ける。  スキル。  そして、自らのスキルである限界突破。  やがてそのスキルの意味を理解した時、少年は誓いを果たすため、世界最強を目指すことを決意するのであった。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...