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第三章 フドゥー伯爵家

第六十三話 傍若無人

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 バラムに預けた魔核と毛皮を回収してポーチに入れていると、どこかで聞いたことがあるような声が聞こえてきた。
 バラムがあごをしゃくって合図してきたということは、例の人たちなのだろう。

「貴殿はバラム殿と言うのだな?」

「うむ」

「感謝せよ。この度、我が主君に仕える栄誉を賜ったぞ」

「結構だ。我はすでに主をいただいている」

「――何? その者は我が主君より上と申すか?」

「自身が仕えると決めた主君に上も下もなかろう。自分が仕えたいと思った者以外、そこらにいる有象無象と変わらん。だが、あえて言わせてもらおう。我が主君の方が上だ」

「何だと? 侮辱は許さぬぞっ」

「これは奇異なことをおっしゃる。そちらが聞いたから我は答えたのみよ。それを侮辱とするならば、少々狭量がすぎるというもの。主の格が知れるぞ?」

「無礼者っ」

 抜剣しようとする女騎士に一歩近づき、柄頭を的確に素早く押さえつけた。

「くっ」

「街中で抜剣しようとするとは……主君の名を貶めたい奸臣か?」

『どうしたの? 珍しく喧嘩売るね?』

「善意を仇で返しおって」

「徴兵を善意とは言わん。死刑宣告と同じ事だ。――それに、善意を仇に返すという言葉が似合うのはお主らの方ではないか?」

 あれ? 無視?

「お待たせしました」

「どうだ?」

「あちらに」

 街中でもフルフェイスヘルムを被った女騎士は、何故かバラムの近くにいる俺に気づかない。
 それだけでなく、こちらに向かっている自分の主君の姿にも気づかない。

「オフィーリアっ」

「――アレクシア様……」

 ちょうどいいから、後回しにしていた鑑定でもやろうっと。

「ふーん……。なんでここにいるんだろ?」

「オフィーリア、ここで何をしているの?」

「有能な者を見つけたので、手勢に加えようかと……」

「私は例の方々はともかく、今回は許可していません。謝罪をして戻りなさい」

「……畏まりました」

 その後、丁寧な謝罪をバラムにして終わった。
 ――ように見えたが、次はこちらに向かってきたから、終わりではないようだ。

「――何か?」

「失礼。貴殿は商会に所属していると聞きました」

「そうですね。正確に言うなら商会長ですけどね」

「なっ。まだ子どもではないか……」

 女騎士は納得できないみたいだが、商人ギルドでも言ったように、気に入らないなら年齢を引き上げればいいだけ。

「登録可能な年齢ですが、何か? 用がないならお引き取り願えますか?」

「用はあります。いくら払えば【技能結晶】を提供してもらえますか?」

「はい? たしか【技能結晶】は同行する以上のことをしなければ、使用できないものだと聞きましたが? 仮にあったとしても、無意味でしょう?」

「同行すればいいのなら、貴殿の私兵に同行してもらえればいいと思っていますが?」

「その間の僕の護衛は誰がするのですか?」

「冒険者ギルドがあるではないですか?」

「えーと……僕の家を監視していたなら知っていると思いますが、冒険者ギルドに狙われているんですよ? 敵に護衛してもらえって言うんですか? それ、護衛って言います? あぁ、あなたの国では言うんですか?」

「――監視とはまた……言葉が過ぎませんか? 帰りを待っていたのです」

「ものは言いようですね。ところで、入国からダンジョン利用まで許可は得ているんですか?」

「……私が何をしようとも勝手でしょう? 許可など不要です」

 何言ってるんだ、コイツ。
 他国の王侯貴族が、武王国で死んだら外交問題から戦争に発展するわ。
 しかも、商会がダンジョンに連れて行ったとなったら、全責任を負わせられるに決まってるじゃん。

「はぁ……。自分のことしか考えられない相手ほど信用できないものはありません。今回の取引はお断りさせていただきます」

「であるならば、私も使いたくはないものを使わざるを得ないですね」

「その前に一つお聞きしてもいいですか? 貴国は仕えている騎士を自由に引き抜いてもいいんですか? いいなら、僕も貴国に行って引き抜いてきます」

「何を言って――」

「やっと気づきました? 僕も貴族なんですよ。他国の王侯貴族が、身分を振りかざして他国の貴族の私兵を引き抜く行為は侵略行為になりませんか?」

「私は身分を振りかざしてなど……」

「――ジェイド」

「はい」

「彼女たちはこう言っているけど、勧誘されたときに身分を提示されたか?」

「公爵家付きの騎士にしてやると言われました」

「だそうですが?」

 悔しそうに俯いた後、謝罪をして去って行った。

「大陸中央部で何かあったのかもねー。まさか助けたお礼よりも先に、結晶をくれと言うとはねー。ジークハルト様、お仕事が増えましたね?」

「あぁ……」

「何のことだ?」

 神父様はすぐに気づいたが、平民出身のディーノたちは気づかなかったようだ。
 まぁしょうがないよね。
 俺もスルーしそうになったし。

「さっき断ったときに、使いたくないものを使うと言ったでしょ? あれは身分を使った徴発行うと言ったんだよ。それができるのは、その場所の領主のみ。王家ですら領地干渉と責められることもあるんだよ? 他国の王侯貴族ができるわけないじゃん」

「あれ? でもやろうとしたじゃん」

「向こうの王家とこちらの王家が裏取引をした上で、ノーラス子爵家と寄親で本家のフドゥー伯爵にも便宜を図るように指示したんじゃないかな」

「なるほど。それで、ジークさんがどうしたんだ?」

「自分が助けるように言った人物を助けたら、お偉いさんの護衛を奪おうとした悪党だったという抗議を、彼は自分でやると思うんだ」

「何で?」

「もうすぐ王家の使いが来るかもしれないから、突っ込まれそうになったら武器になるでしょ?」

「そうか?」

「え? 分かんない? 神々が国王に南方伯の侵略行為に相応しい罰を与えよと命じた結果は、何も被害がなかった王家に対する罰金と、男爵家に対する賠償金の支払いだけだよ? お金があれば侵略してもいいっていうのが、国王の考えなんだよ。おかしいよね? でも、今回の便宜と引き換えなら軽い処罰もありえると思うんだー。どう思う?」

「ジークさん……お疲れ」

 自分が首を突っ込んで呼び寄せた仕事だ。
 頑張って処理して欲しい。

「じゃあ子爵領での用も終わったことだし、伯爵領に行くとしよう」

「あぁーあれな」

「前半の移動は客室荷車に乗るから人力で頼むよー。例の薬を作りたいからね」

「頼む」

 神父様は調合する俺と荷車を引く私兵団にお願いし、私兵団も了承していた。
 運転席は体が大きいバラムとフルカスに譲り、俺とユミルは一番後ろの荷物置き場で薬作りをすることに。

「可愛い」

「グァ?」

 ユミルが薬研を使ってゴリゴリと薬草をすり潰しているのだが、その姿がめちゃくちゃ可愛い。
 メイベルとシスターも黄色い声を上げて喜んでいる。

「そういえば、軟体動物に転生したやつはどうなったんだろ?」

「あれは一応欠損以外は治ったぞ。精神的には無理だろうから、治療費をどう払うかは分からんな。まぁギルドが指示したことだから、ギルドが払うかもしれないがな」

「アレを見て監視を続けるって……ある意味すごいよね」

「あの場所にいた者はその日のうちに町を出たらしいぞ。恐怖と二つ名を言いふらしてな。ふふふ……」

「本当にいい迷惑だ」

 すり潰す以外はやることがないから、ユミルと二人でずっとゴリゴリしている。

「シスターは狼と虎と兎だったら、どれが一番好きですか?」

「え? そうですね。大きい角兎は可愛かったですよ」

「あの体が熊みたいなやつですか?」

「はい。ユミルちゃんを見ていたら、モフモフしている子が好きになったので、どの子も可愛いと思いますよ」

「グァ♪」

 嬉しそうな声を上げているユミルから潰した薬草を預かり、魔法陣で成分を抽出し、アルラウネの花弁を浸けた魔力水を薬草成分三に対して一を入れて混ぜ合わせる。
 飲みやすくするために、アルラウネの蜜を少しだけ足して完成だ。
 最後に、スポイトがついた瓶に入れて神父様に渡した。

「具合が悪いときは口に直接数滴入れるか、水に落として飲んでもらって下さい」

「ありがとう」

「ありがとうございます」

「いいんですよ。主治医ですからね」


 ◇◇◇


 カルムたちの後方数十メートル。
 そこには【技能結晶】を諦め切れないしつこい女性たちが、作戦会議をしつつ尾行していた。
 当然、カルムは把握している上、【順風耳】で全て聞いている。

「アレクシア様、どうしましょう?」

「装備が合ってないのに、オーガの群れを屠る実力を持っているのです。是非ともダンジョン内で籠絡し、母国に連れて帰りたいですね」

「でも、さすがに他国の貴族家の家臣は問題になるのでは?」

「ルゼリアの懸念も理解できるが、先ほど子爵家の使用人に聞いたところ、男爵家の三男だと判明した。さらに、あの者たちは個人で雇った者たちだから正式な家臣ではない。当主でもなければ、嫡男でもないし、新家を興すわけでもない。ほとんど平民だ」

「オフィーリアの言うとおりです。何のためにシャムス王家と取引をしたと思っているのです? こういうときに便宜を図ってもらうためです。幸いなことに、彼も伯爵領に向かっているようですので、フドゥー伯爵に仲介してもらいましょう」

「お二人がそう仰るなら……。それで野営の準備はいつにしましょうか?」

「それは……向こうが始めたらだろ?」

 ルゼリアと呼ばれた者が旅の基本である早めの野営を促すも、彼女たちは現在尾行中であるため尾行対象に合わせなければいけなかった。
 自分たちが野営をしたいから、お宅も野営しろなんて口が裂けても言えないだろう。

「……いつまで動くつもりだ?」

「それに……速度が上がっていませんか?」

 尾行している彼女たちは、カルムが乗っている乗り物が荷車であることを知っている。
 だから、馬車に乗っている自分たちの方が速度が調節できるし、長時間走らせることができると思っていた。

 ところが、自分たちの馬車は疲れからバテ始めているのに、荷車は徐々に速度を上げているではないか。
 そのせいで距離が開いていき、周囲が薄暗くなるころには尾行が困難になっていた。

 同時に暗い中で野営の準備をすることに……。


 ◇◇◇

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