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第三章 フドゥー伯爵家

第五十五話 攻略開始

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 家の準備を終えても昼を少し過ぎたくらいで、まだダンジョンに挑戦できる時間だった。
 手を打たれる前に攻略している既成事実を作った方が、『ダンジョン利用の邪魔をしない』契約を強固なものにできそうだ。

 二つの理由から、ダンジョンに挑戦することが決まった。一応止まってもいいように野営道具と食料は持っていく。

「さて、ジェイドたちは分かっていると思うけど、今回もどすこいパワー全開で攻略します。私兵団はドロップした素材の回収をメインに、例のモノはメイベルが担当して速度重視で行きますよ。ジークハルトさんは、シスターを守ることだけに集中してください」

「「「「「おうっ!」」」」」

「はーい!」

「「…………」」

 この温度差の違いは、作戦内容に戸惑っているからだろう。
 護衛と言っているわけだから、普通は逆なんだろう。が、我が商会の護衛はパシリって意味だから、仕事内容に間違いはない。

 それにジェイドからの事前情報によれば、十五層のボスが登竜門的な役割を持っているらしく、彼らはまだ無理らしい。
 そこまではやらせてもいいが、グリム曰く俺が直接戦闘した方が技能結晶を入手しやすいとのことだ。

 攻略するつもりで来ているわけだから、今回は速度重視で行く。

「いいか、ジーク様」

「やめろ」

 ジェイドが主体となって、神父様たちに何やら説明し出した。

「これから異常な現象が次々に起こることだろう。だが、それは普通のことだ。世間一般の出来事の方がおかしい。こう思っていれば、平穏無事な生活を送っていると錯覚できる。以上、頑張ってくれ」

「「…………」」

「バラムたちがいないのに大袈裟だなぁー」

「オレたちはあいにく教官とはダンジョンに行ったことない。それなのに、ダンジョン内の経験談ができるのは何故だろうな?」

「いや、あるんじゃん。シスターと一緒に行ったときが」

「アレは行ったうちに入らない」

 コクコクと頷く、私兵団とメイベル。

「……さぁ行こうか」

「グァ♪」

『パシリ大作戦ですー!』

「……逃げた」

 ◇

 護衛を引き連れた少年少女がダンジョンの入口にいるのは、とても目立つことは理解できる。
 しかし、並んでいる最中に聞き取りをされるとは思わなかった。

「親御さんの許可は出ているのか?」

「何階層まで潜る予定なのか?」

「護衛の階級は?」

 などなど。

 大して有名ではない商会なのに、予定通り帰らない場合の捜索や救助にかかる諸経費の請求に関する契約書を持ってこられたり、救助や案内をした冒険者に対する謝礼の一覧表を持ってきたり。

 これに対し「はい」と言った場合、普通に探索しているだけでも「捜索願いが出ている子どもを救出した」とか言って、攻略の邪魔をされることもあるらしい。

「あのー、全て不要です。不要の方にサインを書いておきましたので、救助と言って近寄ってきた場合は反撃対象になりますからね?」

「い、いや……。ルールだからさ……?」

「どこの? 冒険者ギルド? 領主家?」

「い、いや……管理所の……」

「管理所はどちらが管理している施設ですか?」

「……書類は受理しましたので、気をつけて」

 分が悪くなって逃げたな。
 こりゃあ冒険者ギルドの質が悪いのかもな。

「アイツを知っている人?」

「はい」

「はい、ジェイドくん」

「冒険者ギルドの職員だ。ダンジョンの横に派出所を置いて、攻略者の管理や買取をしている。領都がダンジョン近郊に越して来る前からあるせいで、領主も強く言えないらしい」

「ふーん。マーキングしておくか」

「マーキング?」

「うん。――何でもないよ」

 危うく、かくれんぼ王のインチキをバラしてしまうところだった。

 インチキの名前は『魔導監視鏡』といい、膨大な魔力だけ行う準魔法技術だ。
 魔力パターンを記憶し、逆に俺の魔力をつけることで、指定範囲内で魔力を放出して循環させるだけで場所が分かってしまうという技術である。
 位置が分かれば拘束も可能だが、インチキを自白するようなものだからかくれんぼでは使用していない。

「さぁ、行こうか!」

「はーい!」

「グァ!」

「ホォーー!」

 いつもの前線メンバーは、リラックスしてダンジョン攻略に臨もうとしている。
 荷物持ちメンバーはお互いの役割分担に余念がないようで、大きいものがドロップしたらすぐに壁を作って俺に収納させると言って、動きの確認もしている。

 それを呆然と見つめる顧問弁護士たち。

 俺はついてきていることだけを確認して、さっさと先に進む。

「第一階層は、スライムみたいだね。弱点は核なのかな?」

「そうだ。ドロップだから気にしなくていいぞ」

 俺も図鑑を読んできたが、魔物博士のジェイドに確認してから討伐を開始する。

「始めるから、遅れないようにね?」

「ほどほどにな……」

「善処する」

 魔導丸眼鏡を発動して、【魔導眼】の破壊を選択する。
 視認した手のひら大のものを、問答無用に破壊することができる魔眼だ。

 同時に【白毫眼】の精度を上げ、次々にスライムの核を視界に入れていく。

「早い早い早いっ」

「頑張れ、頑張れ」

「グァ、グァ」

 ユミルも技能結晶を拾っているメイベルを応援しているみたいだ。
 可愛い。

「ドンドン行くよ」

 スタスタと歩を進め、時折首を左右に振るとき以外は速度を緩めない。

「カルムくん、大丈夫ですか? 目が悪いんでしょう?」

「……眼鏡のおかげで見えるんだー」

 全員の視線が突き刺さっているけど、全て無視させていただく。

「ほら、手を止めない」

「お前……」

「カルム……」

 神父様とメイベルからの非難の視線が特に痛い。

「……アリア、アイツは多分見えているぞ?」

「え?」

 騙していることに耐えられなくなった神父様は、ついに真実を告げてしまった。
 このままだと狼少年になってしまう……。

「僕は目が悪いとは言いましたが、見えないとは言っていません。魔力を使ったとある技術を編み出したのです。結晶化証明を発行しても構いませんよ」

「まぁ! 素晴らしいことです!」

「へへへーー」

『メイベルちゃんを見て下さいー』

『無理……』

『目が笑ってませんよー』

『嘘つきを回避したかっただけなんだ!』

『魔眼のことがバレれば、嘘つきになりますけどねー』

『絶対にバレないようにする』

『……頑張ってくださいー』

 メイベルと視線を合わせないように歩き出したところ、ユミルに右肩をポンポンされて振り返った。

「どうしたの?」

「グァ」

 ユミルが体をずらしたため、隠れていた少女が顔を出すことに……。
 女の子組のコンビネーションだ。

「ユミル……」

「グァ」

「……メイベルさん? 怒っていますか?」

『怒っている人に絶対言ってはいけない言葉ですねー』

『もっと早く言ってよ』

「……何で隠してるの?」

『防音結界』

『はいですー』

「……全部打ち明けられるのはメイベルだけだからだよー?」

「まだ隠していることがあるのに?」

 え? なぜバレているんだ?

「……やっぱり」

 鎌かけかよ。努力結晶よ、仕事しろ。

「違うんだよ。働き過ぎを訴えるほど、時間がなかったでしょ? ユミルの実家もある場所だから、長めの時間を取ってから招待しようと思ったんだよ」

「ユミルちゃんの?」

「グァ!」

「連れてってくれるの?」

「もちろん! 二人の秘密だよ!」

「二人の秘密……」

「機嫌直してくれる?」

「特別だからね」

「もちろん分かってるよ」

「よろしい」

「ありがとう」

 ユミルのブチギレ事件以来の大変さだったな。
 機嫌が直ったメイベルは、俺の背中に乗ったユミルに抱きついて感謝のモフモフをしている。

 ちなみに、この間もスライムの処理を続けていて、関心を持たせないようにしていた。

 結界を解除した後は、ちょっとペースを上げてスライム階層を突っ走る。

「早いよーー!」

 アルが文句を言っているが、速度を緩めるつもりはない。
 代わりに分身を出して手伝ってあげることにした。

「そっち?」

 ジェイドの言う「そっち」とは、俺自体は動きを止めて分身にスライムを集めさせていることを指している。
 バラバラに散った素材は集めにくいだろうと思い、一ヶ所に集めて丸ごと討伐する予定だ。

 第一階層のスライムは、カラースライムと言われる最弱の魔物で、ドロップ品は染料やスライムゼリーだけ。たまに、魔核を落とすらしい。
 第二階層は、属性スライムと呼ばれる魔法を使うスライムだ。
 何故か瓶に入った水とか火種を落とし、ごく稀に魔石を落とすらしい。

 俺にはそのごく稀が大量に発生するのだが、爆取りしすぎるのもよろしくないから、技能結晶が人数分集まったところで次に進んだ。

 第三階層は毒系スライム。
 各種状態異常を起こすらしいが、射程外から討伐しているから無問題。
 ドロップ品は各種毒物で、ジェイドに用途を聞いたら、この先の探索で奥の手として使えるそうだ。

 なるほど。怪物には思いつかない知恵だ。

 第四階層が現在攻略中の階層で、私兵団がとても苦労している。
 将軍種のスライムらしく、少し大きいスライムなのだ。大きいだけならまだいいが部下を山ほど連れており、雑魚を討伐しても技能結晶は入手できないし、将軍を運んでくるともれなく部下もくっついてくる。

 しかも、将軍を倒した瞬間別の将軍に合流しようとするという面倒くささ。
 その場でくっついて将軍になれよと、全員が思っていたことだろう。

「スライムの素材必要か?」

 とうとう拾うことが嫌になったのか、拾わない提案をしてきた。

「もったいないでしょ?」

「それだけ?」

「ディーノくん、スライムゼリーでスイーツが作れます」

「頑張る」

「うむ」

『飯テロチートは身バレしますよー』

『ゼリーは【禁忌の勇者】の伝記に不明単語として書かれていたから、勇者のせいにすれば大丈夫。何か詰められたら、【禁忌の勇者】研究家って言うつもり』

『なるほどー。名案ですー。研究家はそこそこいますからねー』

『でしょー。ドーナッツも作ろうか』

『是非ー』

 天界で食べてからドーナッツにはまったグリムは、寝言でちょいちょいドーナッツについて呟いている。
 ユミルも喜びそうだしね。

「はい、ドンドン」

「グァ、グァ」

「腰が……」

「体が大きいラルフが頑張っているんだから、君も頑張りたまえ」

「了ー解」

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