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第三章 フドゥー伯爵家

第五十話  不服申立

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 先日の水路工事の反響は凄まじく、農業とあまり関係がない東区の住民以外はほぼ全員が恩恵に与れ、新たに農耕地を耕す者もいたほどだ。
 しかも、男爵家の公共事業ではなく、一商会の慈善事業である。

 その慈悲深いシボラ商会の権利を侵害しようとした商人ギルドは、住民だけでなく商人からも叩かれていた。
 もちろん、カーティルの配下を使って噂を流させたのだが。

「はぁ……」

「どうしたの?」

「最近、働き過ぎだなーーって!」

「……商会長だもん」

「……五歳児だよ?」

「グァ!」

「ユミルも遊びたいよなーー!」

「グァ!」

 今は分家のリビングでユミルをバックハグしてエネルギーを補充しているからいいが、製塩事業も始まったから魔導具の調子を見に行かなければならない。

 こういうときのパシリだろ……。

「人手が足りない……」

「馬車もまだ作ってないもんねー!」

「そうなんだよねー! 毎回借りてるから、そろそろ商会専用馬車が欲しい!」

 まぁガンツさんが半ギレしながら、「次に面白そうなことするときは絶対に呼べ!」と言っていたから、いろいろ手つかずの仕事もあった。

「僕も口から卵産んだり、地面に種を植えて子分を増やしたりしたい……」

「……どうしたの?」

「――そうだっ! 召喚があった! シスターの治療もあるし、ダンジョンに行こうっ!」

 善は急げと、訓練中のジェイドに会いに怪物村へ。

「ジェイドーー!」

「…………何だ」

 地面に倒れ込んだまま起き上がらないジェイドに、俺も練習中のアレを試してみた。

「《起きろ》」

「――っ!」

 【観念動】の雷声だ。

 少しずつ上達して、麻痺や恐慌を起こさせないように命令できるようになったんだよね。

「なんでお前も使えるんだよっ!」

「そんなことはいいから、近くにスライムから人型まで多種多様の魔物が出るダンジョンってないかな?」

「……また行くのか?」

「シスターの治療にも関係しているんだよ!?」

「……確かにあるけど、お前は行けないだろ」

「冒険者じゃないから?」

「それは何とかなるが、フドゥー伯爵家の分家でもあるノーラス子爵家の領地にあるからな。他は迷宮伯の領地にあるけど、あそこは条件があるからもっと無理だ。融通きかないしな」

「……伯爵家と子爵家が『うん』と言えば、ダンジョンに行けるんだよね?」

「……商人だからな。階級が足りなくても商人の護衛って言えば大丈夫だ。たまに技能結晶目当てでダンジョンに同行する商人もいるからな」

「イエッス! 交渉は任せてっ! 来て下さいって言わせて見せる!」

「ほどほどにな……」

 早速神父様と打ち合わせだ。
 シスターが同行するかどうかもあるし、フドゥー伯との交渉で襲撃者の所持品を使いたいからね。

「おー! ちょうど良いところにきたな!」

「何かありました?」

「フドゥー伯の男爵家に対する侵略行為を、国王が裁けって追記があったのを覚えてるか?」

「はい。取り潰しですか?」

「……いや。国に対する罰金と男爵領に対する賠償だけだ」

「――はぁ!? 国が得しただけじゃんっ! 何の被害も負ってないくせに金だけもらうつもりか!」

「まぁ落ち着け」

 この国はトップも無能なのか?
 それとも、禁忌という不名誉な事件を起こした領地だからどうでもいいと?
 伯爵たちによる侵略行為の方が先だけど?

「――そういえば、教会は僕に対して借りがありましたね?」

「借り?」

「神前契約で僕の物になった教会を奪おうとしましたよね? 僕が神官騎士を討伐したから人災が食い止められましたね? 教会の権威を守ったと思いますが?」

「……」

「借りは、なるべく早く返した方がスッキリすると思うのですが?」

「……何をすりゃあいいんだ?」

「不服申し立てを!」

「――はっ!?」

 当然、俺も無策ではない。
 バカラ家再興の手助けになりそうだからと、使わずに取っておいたカードを使う。

 ということで、アラド流神槍術の門下生に今なお強大な影響力を持つ者がいるかママンに聞きに来た。

「うーん……そうねー……王太后かしら?」

「え?」

「文武に長け、先王陛下が賢王と言われていたのは王太后のおかげだと言われていたわ。私も会ったことがあるけど、武芸が本当に好きでいらしたわ。それに人を見る目がある方で、貴賤で人を選ばない素晴らしい方よ!」

 面倒くさそうな人だな……。
 目をつけられるのは御免被る。
 よし! チェンジで!

「他の方は……?」

「今は外国にいるわ」

「外国はちょっと……」

「他に高位貴族に匹敵するような方で心当たりはいないわ」

 あら? バレてらっしゃる?
 スパイでもいるのかな?

「……メイベル? 僕の真似をして目を瞑っているけど……どうしたの?」

「ナンデモナイヨー」

「……そっか。では失礼します……」

 仕方ないから王太后に証拠の書類を添付した不服申し立てを、王都の教会本部に送った後に保険で送っておこう。

「では神父様、今から言う言葉を文書にして王太后の離宮内にも届くようにお願いします」

 離宮内にプチ神殿があるらしく、緊急事態の場合は連絡ができるようになっているらしい。

「はぁ!? 俺が書くのか!?」

「司教が、司教の立場で不服に同意したんだから当然でしょ?」

「マジか……」

「シスターのためです!」

「何の関係があるんだよ」

「シスターの治療の相談に来たら、この問題が浮上したのです。片づくまで他のことは手が着かない!」

「……クソッ!」

 ということで、証拠を添付した書類を作成することになったのだが、文書の内容はフドゥー伯を責めつつも、ハンズィール子爵と王家も責める内容にした。

 『神々が国王に命じたのは賠償金の請求ではない。相応の罪を与えることである。
 他領への侵略行為の代償がお金を払うだけというなら、国の至る所で戦が起こることだろう。欲しい物は力で奪えば良いのだから。
 教会及びアルミュール男爵家は、平和が国王の裁定によって乱されることを恐れている。
 それとも国王陛下は二心を抱かず真っ直ぐに国に仕えてきた忠臣よりも、金銭で他領を買う奸臣をお望みか?
 フドゥー伯爵の後ろ盾を得たハンズィール子爵が商会とともに投資詐欺を行い、同じくフドゥー伯爵の寄子である武門の名家バカラ子爵家をはめたように。
 フドゥー伯爵は製塩技師を得て、ハンズィール子爵はバカラ子爵領を得た。王家は莫大な献金と奴隷の定期的な提供を受けている。

 今回もまた取引をしたのですか?
 代金はお金ですか?
 いくら払えば侵略行為に目を瞑られるのか教えていただきたい。
 我々には莫大な賠償金が入り、陛下の了承も得られるというのなら、辺境で貧乏生活をせずに済むというものです。

 以上のことを踏まえ、裁定の再考を願いまする』

「……本当にこれを送るのか? お前の名前は書かないのか?」

「はいっ!」

「……ズルくね?」

「あとー、王都にあるアラド流神槍術の道場にも送っておいてくださいね!」

「マジか……」


 ◇◇◇


 規則正しく並べられた石畳が紋章を象り、額縁のように様々な色の花々が植えられている。
 本来なら中央に噴水があっても良いのだろうが、持ち主は闘技場のように使用しているため、遮蔽物は一切ない。

 現在も石畳の上で日課の演武をしている最中だ。

「王太后」

「――何だ?」

「離宮付きのシスターから危急の用件があると伺い、お連れいたしました」

「ふーん……珍しいじゃないか。通せ」

「はっ」

 演武中の王太后に話し掛けられる唯一の人物が、長年仕えてきた忠臣中の忠臣である侍女長だ。
 彼女がビクビクするほど緊張しているシスターを連れて来たのだが、シスターは相手が王太后だから緊張しているわけではない。
 書類に書かれた内容を読んでしまい、これから王太后に見せなければいけないから緊張しているのだ。

 何故なら、現在この場所にいる教会の代表者はシスターだけだから。

「久しぶりだね」

「王太后陛下に――」

「――あいさつは不要だよ。危急の用件なんだろ?」

「は、はいっ! こ、……これをっ!」

「ふむ……」

 あまり表情が変わらない方と評する者が多いくらい、滅多なことでは動じない王太后の表情が徐々に変化していく。
 それも悪い方に……。

「この書類はここだけかい?」

「い、いえ! 教会本部と……王都にあるアラド流神槍術の道場にも……」

「やられたねぇ。痛いところ突いてくるじゃないか。暴動の発生もあり得るね……本当に平和が終わりそうじゃないか。それも最初が王都とは……皮肉が効いてるじゃないか」

「陛下。書類にはなんと?」

「読んでみな」

 侍女長に書類を手渡すと、王太后はハンドサインを出して部下を呼ぶ。

「――ここに」

「暴動が発生する兆しがある。相手はあのアラド流神槍術の門下生だ。使い手の中には高位貴族と関係が深い者もいるだろう。対策を急ぎな」

「はっ」

「へ、陛下……」

「どうした?」

 シスターが王太后ですら抜け落ちている部分を補完するため、勇気を振り絞って発言する。

「教会本部に書類受け取りの連絡をしたときに聞いたのですが……ここは最後なんです」

 そう。カルムは離宮へは保険だからという理由で、一番最後に連絡を回すようにジークハルト司教に頼んでいた。

 当然本当の理由別にある。
 実母のセレスティーナに優秀な人物と聞いて、騒動が起きる前にもみ消されないように、わざと時間を空けて最後に連絡させた。
 ゆえに、王太后が取るべき行動は事後処理しかなく、その優秀な能力で面倒な事後処理をさせるべく丸投げしたのだ。

「――はははははっ! やるねぇーー! このジークハルト司教ってのは相当な策士ってことか! まさか私をパシリにするとはねーー!」

「へ、陛下……」

 シスターは気絶しないように気を張るのに精一杯で、体の震えは止められなかった。
 それほどに王太后からは猛獣のような武人覇気が放たれていたからだ。

「おや? すまないね。とりあえず出るよ。馬鹿息子の尻拭いをしないとね。お前さんたちは指示を変更する。対策は無意味だから、高位貴族の頭を抑えて問題が大きくならないようにしな。余裕があれば、司教についての資料が欲しいね」

「はっ」

「久しぶりに楽しくなって来たじゃないか!」


 ◇◇◇


「ハックションッ!」

「ジーク様、風邪ですか?」

「……違う。これは絶対違うヤツだ!」

 この日、ジークハルト司教は重度のストレスのせいで熱を出したのだった。

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