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第二章 シボラ商会

閑話1 没落への道

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 アルミュール男爵領から南方に真っ直ぐ行くと、風光明媚な海を見渡せる領地があった。

 その領地の名前はフドゥー伯爵領という。

 海もあり貿易港もある。
 さぞかし栄えていることだろうと羨望の的になることが多々あるが、現実を知ってしまえば誰もが閉口してしまうほどに寂れていた。
 本当に伯爵領であるかどうかも疑わしいほどだ。

 というのも、【シャムス武王国】内には複数の海持ち領地がある。
 王都のすぐ近くには軍港もある大きな港町があり、わざわざ海を見るために国の西端に行く必要がない。
 さらに言うなら、軍港どころか沿岸警備の心得すらない危険な港よりも、軍港がある安全な港の方が貿易も盛んなのは当然だ。

 フドゥー伯爵領が小さいながら貿易港を持ち、伯爵で居続けられる理由は、周囲の領地が全て寄子であり唯一の海持ち領地だからというのが大きい。
 この立地と立場を利用するには製塩事業が一番だと考え、誘致できる者を捜していた。

 そんなとき現れたのが、寄子の中で一番発展めざましいハンズィール子爵だった。

 すぐに移住できる技師を見つけたと言って連れてきたときは眉唾だと持っていたが、教会で真偽確認を行ったことで事実だと判明する。
 明らかに正当な手順ではない誘致だったが、他派閥の男爵家からなら問題がないと判断した。

 ハンズィール子爵からの要求は、バカラ領の領地との併合を支持して欲しいというものだった。
 貸し付けをしていたが、このままでは槍の名家が奴隷堕ちしてしまうという。それを防ぐために領地で帳消ししたいということだった。

 嘘だと分かっていたが、背に腹は代えられず承諾することに。どうせ国王陛下が認めないだろうと考えていたからだ。

 しかし、何をどうやったのかは知らないが通ってしまった。
 寄子ながら恐ろしい手腕を持つハンズィール子爵を頼りにしようと思い、交流を密にしてきた。

 奴隷を使った人件費削減や製塩事業で沿岸警備隊を組織し、貿易港として発展させれば良いという計画には胸が躍った。
 奴隷も定期的に提供してくれ、引き立ててやれないことが申し訳ないくらいだ。

 子爵のおかげで沿岸警備隊設立の目処が立ったというのに。
 本当に感謝しかない。
 設立式典には是非とも出席してもらおう。

 ――と、思う日もあった。

「クソがぁぁぁぁぁーーーーー!」

 伯爵の自室は、室内で魔法でも放ったの? と聞きたくなるほど荒れに荒れていた。

 荒れた原因は、早朝に伯爵邸を訪れた伯爵領の司教が審理にかけられたことと、下された裁定について説明したことにある。

 昨日、製塩技師がアルミュール男爵家の家人に捕縛されたという報告が入った。
 こうなることは予想していたし、技師からも護衛をつけて身の安全を約束していたから大丈夫だと、一度は判断する。騎士団が応援に向かったことも報告されていたからだ。

 しかし、次の報告で護衛が全滅したと聞く。

 製塩技術は習得して工場は動き出しているし、証拠を残すともみ消しが面倒だと判断する。
 技師を優先して処分し、護衛の死体を回収することを優先させた。護衛には貴族と揉めたときのために、フドゥー伯爵家の身分証を持たせていたからだ。

 この二つを優先すれば貧乏男爵家くらいなんとでもなるし、製塩技師斡旋の協力者が男爵家にいると聞いていたから、今度こそ大丈夫だろうと自信を持って指示を出した。

 ところが、夜になっても誰も報告に来ない。
 イライラし始めたときにやっと、一人の騎士が報告に現れた。

 最悪の報告を持って……。

 まず、製塩技師一家全員を捕縛した男爵家一行は、護衛部隊の死体を全て持って姿を消した。
 指示を強行できなかった最大の理由が、男爵領の司教がその場にいたことと、若手騎士が斬り掛かったせいで司教が怪我をしたと主張したことにより、男爵家だけの問題ではなくなったから。

 回収できないなら燃やすしかないと苦渋の決断をして死体に炎を放ったが、司教を守ったと偽装して死体を守った少年に阻止された。
 しかもそれがきっかけで領民が騎士団に詰め寄り、暴動になりかけたそうだ。

 領民が壁になって追跡不能になったと思ったら、領民の中から薬品が投げられたという。
 前の方で領民を押しのけていた若手騎士の多くが大怪我を負い、教会に担ぎ込んでいたそうだ。

 先ほど全員戻って来て、各街門に問い合わせたが該当者は見つけられなかったという。
 残った逃走経路は町の中か海路の二つである。
 仮に逃げられても男爵領に着くまでは距離があるから、それまでに根回しをしておこうと思い休むことにした。

 それなのに、朝早くから司教が来ていると起こされ、「伯爵殿、審理にかけられましたぞ? 心当たりは?」と聞かれて一気に目が覚めた。

 伯爵が真っ先に確認したのは、審理をかけた領地の名前だ。
 翌日に裁定を持ってこれる領地は全て寄子の領地であり、寄親を裏切る行為を行ったと思い憤慨したからである。

 だが、答えはあり得ないものだった。

「アルミュール男爵領のシークハルト司教からの訴えで審理にかけられ、すでに裁定が下されております。今回は特別な裁定のようで、強制執行もやむなしですぞ」

「――馬鹿なっ! あり得ないっ! 昨日の夕方まで領都にいたんだぞっ!? 一日で戻るのもおかしいが、私が出廷していないのにどうやって審理を行うと言うのだっ! 不当な裁定には従えんっ!」

「ふむ。そう言われましても、私どもは裁定の内容をお伝えしなければなりませんので……。どうするかは任せますので、聞くだけ聞いて下さい」

「……」

 話を聞いてからでも遅くはないと少し冷静さを取り戻すが、司教の手に持たれた書類の数を見て再び混乱する。
 何故なら、心当たりは製塩技師のことだけだったからだ。

 それなのに、何故か四枚もある。

「形式は無視して、罪状と罰則だけを伝えさせていただきます」

 司教も四枚全てを読むのが面倒なのだろう。
 長ったらしい文言を聞かなくて済むのは助かる。

「まず一つ目は、製塩技術の盗用。罰則は塩の売り上げ金全てと慰謝料の支払い」

「……金か。まぁ……なんとか――」

「続きがある。支払いが終わるまで盗用した技術での製塩を禁止し、盗用した技術で精製した塩の販売を禁ずる」

「――んなっ! 馬鹿なっ!」

「なお、全額払い終わった後、男爵家と再交渉して許可を得られれば使用可能になる。許可を得られなければ当然使用禁止のままである」

「ふざけるなっ! そんな理不尽なことがあるかっ! 私は領民のために私財を投資して製塩工場を造ったんだぞっ! 神々は我々に死ねと申すかっ!」

「まぁまぁ落ち着いてください」

「落ち着けるかーーーっ!」

 伯爵領の司教も昨日までなら伯爵の肩を持ったかもしれないが、今朝の審理報告で大司教含む多く神官が永久追放されたと知った。
 男爵領に絡んだ者たち限定だが、線引きが分からない以上伯爵の肩を持つわけにはいかない。

 おそらく、この日【シャムス武王国】に在籍する多くの神官たちの心が初心に立ち直ったことだろう。

 公平が一番。これに尽きる。
 何故なら、人は神々の下、皆平等だから。

「伯爵……とりあえず続きを……」

「まだあるのかっ!? もう心当たりはないっ!」

「関連したことですが、分けて考えられているようですぞ。二つ目ですね。製塩技師の拉致誘拐に対しては、伯爵領の奴隷利用の禁止。分家を含んだ伯爵一族の奴隷所持の禁止」

「はぁーーーー!? 私は斡旋されただけだっ! 拉致はしてないっ! 自分から来たんだっ! それに今現在所有している奴隷はどうなるっ!?」

「裁定結果を伝えた時点より、伯爵一族の持つ全ての奴隷は男爵家に所有権が移ります。過不足なく無事に送り届けるようにとのことですぞ。殺したり事故で死なせた場合は罪が追加されます」

「――くっそがっ!!!」

 伯爵領の重要な労働力が丸ごと消えるということは、人件費が激増するということだ。
 製塩で稼いで、人件費を削減するという努力のおかげで沿岸警備隊の設立が目前だったのに……全てが水泡に帰した。

「もうないよな?」

「あと二つありますぞ?」

「嘘を吐くなっ! 記憶にないっ!」

「それもそのはず。犯人は騎士団ですから」

「――はっ?」

 後ろを振り返り、伯爵の後ろで家宰と一緒に立っている騎士団長を見る。

「……団長、心当たりは?」

「おそらく、護衛部隊によるものと魔法攻撃に関係したものかと」

「そのとおりですな」

 騎士団長の言葉を肯定する司教だったが、伯爵からしてみれば理不尽と言わざるを得ない。

「アレは要人の護衛だろっ!?」

「いえ、違うようですぞ?」

「どういうことだ?」

「貴族の子息を襲撃した人物と知り合いかと相手側が尋ねたそうですが、一貫して知らないと通したとか。その場合は、護衛ではなく貴族の子息を襲撃した人物となります」

「貴族の子息……!? どういうことだっ!? 使用人じゃなかったのか!?」

 再び騎士団長に問いかける伯爵。
 使用人と子息だと対応が天地ほどに違うからだ。

「同行していた少年が自称していただけで裏は取っていません」

「彼は間違いなく男爵家の子息ですぞ」

「じゃあ魔法攻撃を受けた少年って言うのは……」

「同一人物ですね。その前に若手騎士が斬り掛かっていますが」

 司教の言葉を聞いた伯爵が鬼の形相で騎士団長を見る。

「――何しているんだ? おい。宣戦布告と言われてもおかしくないんだぞ? 大義名分を与えたんだぞ? なぁ? 責任とれんのか? 交渉相手が緩いヤツだといいな? 最悪、その若手騎士の首だけじゃ足りないからな?」

「はっ! 申し訳ございませんでしたっ」

 その後、不機嫌具合が増していく伯爵に次々と裁定結果を告げていく司教。

 まずは襲撃問題だが、貴族の子息とジークハルト司教に対する賠償金の支払い。遺品や遺体は貴族の子息に所有権があるから、引き取る場合は交渉すること。

 次に、魔法攻撃を含む暴行事件。
 盗賊疑惑がある襲撃者の首を切り落としたところ、何故か逆上した若手騎士が斬り掛かってきた。
 失敗すると魔法攻撃を放つという騎士団の非道について、怪我をした子息と司教に慰謝料を支払うこと。

 ただ、裁定結果の書類に追記された文章が荒れた部屋の主な原因である。

 ジークハルト司教による追記は、『治安に不安あり。騎士団と盗賊の関係性について危惧している。暴動の兆しもあるから、対策を求める』というものだった。

 この内容は教会に情報収集しに来ている者たちにも知らされ、商人や旅行者に注意喚起が行われる。
 教会という大組織の情報であるため、尋常ではない風評被害に見舞われるだろう。

「旦那様、お客様です」

「誰だーーーっ!」

「……竜騎士です」

 この日、フドゥー伯爵家は没落へ続く道に一歩踏み出すことになるのだった。

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