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第二章 シボラ商会

第三十話  熊の盾

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 翌日。

「昨日はすごかったなぁ」

「ですねー」

 人が人を呼び、いつの間にか大宴会になった。
 俺もママンを呼んで従業員エリアで夕ご飯を食べ、その後は遅くなる前に村人を家に帰す作業に取り組んだ。
 ほとんどが酔っ払いだったから、全員を家までおくらなければいけなかった。

「今日は何するんですー?」

「パシリのスカウトと、時間があったら村の改造計画かなー」

「あぁー! 怪物村のことですねー」

「……ステータスにも書いてあったけど、怪物村って何?」

「村長が『んちゃ!』とか言っている子ども並みの怪物だからですよー」

「……よく知ってるな。それにあの村の名前はもっと可愛い名前だったはず」

「怪物も可愛いと思いますよー?」

「グァ!」

「ほらー、ユミルも可愛いと言ってますよー」

 ユミルを出されては違うと言いにくい。

「……それじゃあ行くかね」

「はいですー」

「グァ」

 今日も今日とて背中にユミルを乗せ、メイベルとお出かけだ。
 ディーノは朝ご飯以降、ずっと銭湯に詰めているから今日はいない。

「母上、いってきまーす!」

「母上様、いってきます」

「気をつけて行くのよ?」

「「はーい!」」

「グァ!」

 ◇

「おいっ! クソガキっ! 金目の物を置いて家でぬいぐるみ遊びでもやってなっ!」

「ぬいぐるみ?」

「はぁ!? 惚けてんじゃねぇぞ!? こんなところまで持ってくるってことは、相当ぬいぐるみ遊びが好きなんだろ!?」

「あぁ! この子のことか。大人しいからみんなぬいぐるみって誤解するんだよねー! ユミル、起きて」

「……グァ?」

 ユミルは食後の惰眠を味わっている最中だったようで、眠たそうな声で返事をしている。

「――生き……生きてる!?」

「魔獣登録はしてあるのでご心配なく。それよりも、お金に困っているんですか?」

「う、うるせぇ! 目が見えないガキに施しを受けるほど、オレは落ちぶれてねぇ!」

「いやいやいや。さっき金目の物を置いてけって言ってたじゃん。それに僕は目が見えないんじゃなくて、目が死ぬほど細いだけだよ?」

「「ふっ」」

 何故かメイベルとグリムが噴き出し、肩を震わせていた。

「や、ややこしいわ!」

「生まれつきだ!」

『嘘はダメですー!』

『嘘じゃないよ! 俺は生まれたときから目を開けることを禁止されていたからね!』

『屁理屈ですー!』

 俺たちはかくれんぼ仲間のアルフレッドを探して、村の北区に来た。
 村の近くは一番危険なエリアだが、ここに住んでいる人が一番多いと思う。

 何故なら、サーブル村以外の騎士爵の村や、逃げ遅れた辺境伯の領都から流れて来た者たちが住み着いて作った区画だからだ。
 貧民区とは言わないが、他の区民とは違って壁があるように感じる。

「とにかく、お金がないのなら僕のパシ――じゃなくて使用人にならないかな?」

「……おい。今、なんて言おうとした?」

「……何も?」

 さっきから一人だけが話しているが、二人の子分っぽい者を連れているから、成功すれば一回の交渉で三人のパシリを獲得できるということだ。
 契約を結ぶまでは絶対にボロを出してはならない。

「なぁ、オイラも雇ってくれるだか?」

 冒険者っぽい風体のリーダーくんよりも大きくガッシリした体型の子分Aが、乗り気な様子で質問をしてきた。

「お、おいっ! 使用人ってことは……男爵家の関係者だろっ!? 目を付けられるぞっ!」

「あなた方三人は合格ですので、契約してくれるなら採用します。ちなみに僕は男爵家の三男ですが、同時に男爵家とは無関係の商人でもあります。あなた方三人は商会に所属してもらいます」

「どっちでも同じだろ!」

「違います。あちらは貧乏だから、使用人になってもお金は雀の涙ほどしか払われません。僕はお金持ちなので、最低でも十五万スピラは出します」

「「「十五万っ!!!」」」

 都会ではどうか知らないが、田舎では十分に暮らしていけるほどの給金だ。

「な、何をさせる気だっ!?」

「いろいろですが……僕はとある事件の賠償で村を手に入れたので、そこの開発をするのが最優先ですね。畑仕事とか?」

 あとは何だろうか?
 ――あっ! あれがあった。

「あとは何故か冒険者ギルドに嫌われているので、別の領で魔物の素材を売れたらなって思ってます。できれば冒険者として、専属護衛になってもらいたいですね」

「……いや、冒険者ギルドに嫌われてるっていうか……八つ当たりだろ」

「理由を知ってるんですか?」

「お前……アレだろ? 禁忌になった原因の子どもだろ?」

「そうです。原因は男爵家ですけど」

「外から見れば同じなんだよ。それで八つ当たりの理由だが、ここの出身の冒険者や当時逗留していた冒険者は他領で馬鹿にされてるんだよ。『冒険者のくせに三歳児に丸投げとか冒険者失格』みたいにな」

「……でも事実でしょ?」

「まぁそうだが、当時は交渉の最中だったらしい。しかし、後始末も含めて冒険者ギルドに依頼がなく、利益がないどころか風評被害も出ている。男爵家を責められないから、原因を責めているんだ」

 いやいやいや。俺、全部知ってるんよ?

「……たしか、僕が討伐に行くことを冒険者ギルドは知っていましたよね? 普通の人格を持ち合わせている人なら、ガンツさんのように子どもだけで行かせるかと言って、無償で討伐に参加すると思うんです?」

「……」

「領主の子どもが死んで手に負えなくなったところで、料金をつり上げてお手伝いしますよ? って登場する予定だったんでしょ? 浅ましいわ! 死ぬことが分かってて放置したなら、男爵家と同じ罪に問えるんですよ? あえて見逃してやってるのに……。さすがニコライの仲間だな。クソしかいない!」

「カルム、落ち着いて。この人は教えてくれただけだよ?」

「……そうだね。ありがとう。ところで、この近くにアルフレッドという子どもが住んでるはずなんですが、家の場所を知りませんか?」

「「「…………」」」

 ……これは、ボロが出ちゃったパターンかな?

 ◇

「たのもーー!」

「……何それ?」

「子どもっぽいかなって」

「……そうかな?」

 メイベルの目は言っている。
 もう手遅れだと。

「はーい!」

 おかしな声かけに反応した声が家の奥から聞こえてきた。
 この声はアルフレッドだ。
 かくれんぼ王のインチキを真っ先に指摘した優秀な少年だ。
 しかも同い年である。

「――カルムっ! メイベルもっ!」

「おひさーー!」

「久しぶり。元気だった?」

 驚くアルフレッドに、俺とメイベルが順に声をかける。

「ど、どうしたの?」

「うん? 五歳になってステータスもらったでしょ? 僕の商会に誘おうと思ってスカウトしに来たんだ!」

「えっ!? もう作ったの!? まだ新年祭の三日目だよ!?」

「初日に作って、昨日はメイベルと料理人が所属したんだ。本当は昨日誘おうと思ったんだけど、銭湯に来てなかったでしょ?」

 アルフレッド――アルは、俺のことを奇行をする人物だと捉えて生活しているから、ユミルを背中に乗せた状態で話しても一切突っ込んで来ないのだ。
 ただ、自分に被害が出るインチキかくれんぼのときなどは、しつこいほどに追及してくる胆力の持ち主である。

「うん……。最近、忙しくてね」

「ふーん……妹は? ステラちゃんは元気?」

「――カルム」

 当然、俺の魔導サングラスは発動済みだ。
 それに気づいたメイベルが援護射撃を行う。

「わたしも久しぶりに会いたいな? お母様にも新年のあいさつしないとね」

 アルの家は母子家庭だから大変なことは知っている。
 それでも今まで何もしなかったのは、アルのプライドを守るためでもあるし、特定の人物だけに補助金を出すことができなかったからだ。
 アルは俺の立場を考えて絶対に言い出さなかったというのもあるだろう。

 さらに、自分が何とかするという主人公みたいな性格のせいで、他人に甘えることを恥だと思う面倒くさいヤツなのだ。
 まぁそんな面倒くさいヤツだからこそ助けたくなるし、実際に動く気になる。

「今は……」

「おや? 毎日ガンツさんたちにあいさつしていた人物はどこに行ったの? それにグリムとユミルのことを紹介したいしね」

 アルがチラリと右肩に乗ったグリムと、左肩に頭を乗せているユミルを見る。
 グリムが右肩に止まったせいで、ユミルが掴まりにくくなっているが、念動のせいで全く落ちる気配がない。

「はぁ……。母さんとステラは体調を崩しているから、今は会えないよ」

「じゃあいつ会えるの?」

「――そこまでして会いたい!?」

「うん。親御さんに許可をもらいたいでしょ? 普通」

「ボクは……ニコライ商会系列で働こうと思ってるから、許可なんかいらないでしょ。じゃあ用は済んだよね?」

「ん? 泥船に就職したいなら好きにすればいいけど、ステラという友達に会いに来たんだから、アルの用事が済んでも帰らないよ?」

「このっ!」

 かくれんぼ王が王たるゆえんは、アルの追及から逃げおおせたからだ。
 彼の追及に負けたことは一度もない。

「では、推して参る! 御免っ!」

「ちょっ!」

 力で俺に勝てると思うなよ?
 俺を止めたいならドラゴンを連れてくるしかないぞ?

「ステラーー! かくれんぼ王が参ったぞよ!?」

 必死で止めようと引っ張ろうとするも、ユミルが背中を覆っているため失敗し、回り込もうとするもユミルを使って回り込みを阻止する。

「ズルいぞっ! というか、なんで家の構造を知っているんだよ!」

「余は王じゃからのう! 不可能はないのじゃ!」

「グァ!」

「ふむ。グリム、広範囲の浄化結界を発動」

「ホォー!」

 もらい風邪らしく、北区全域に病原菌が発生している。
 治してもぶり返しては意味がないから、元凶を断つことにした。

「「これは……」」

 ついでにメイベルも驚いているようだ。
 ユミルが驚いていないのは、ユミルを助けるときに使った魔法の方が規模も威力も大きかったから。
 今回は発生源を誤魔化すようにしているから、威力は控え目になっている。

「ここじゃな? 王のおなーりー!」

「……自分で言うんだね」

「メイベルが言ってくれてもいいんだよ?」

「……遠慮しておく」

 扉を開けるとアルのお母さんとステラが横になっていた。
 呼吸が苦しいのだろう。激しく胸を上下させ、時折咳き込む様子が見受けられる。

「では治すぞよ」

 ユミルを盾にして召喚した専用薬を四本取り出し、アルのお母さんとステラに飲ませる。

「はい。予防の効果もあるから、二人とも飲んで」

「「えっ?」」

 俺はかからないけど、一応目の前でポケットから取りだして飲んだ。

「ほら! 瓶は返して欲しいから、今すぐ飲んでくれたまえ!」

「……ありがとう」

「うん。じゃあ今日は帰るね。従業員候補が三人もいるしね」

「え?」

「じゃあねー!」

「またね!」

 スカウト行脚二日目は無事に終了するのだった。

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