上 下
28 / 85
第二章 シボラ商会

第二十七話 おんぶ

しおりを挟む
 目が覚めると、横には薄い水色の熊がいた。
 昨夜のことが夢でなかったことが分かり、これからも可愛い子が増えると思うとワクワクが止まらない。

「それにしても可愛いなぁ」

 うつ伏せで丸まって寝ているユミルが可愛い。
 そして魅力的なお腹……。

 ベッドとお腹の間に手を入れると、手のひらが歓喜するほどの幸せを感じた。
 ぬくぬくとした温かい体温と、モフモフモコモコの毛並みが手のひら全体を包み込み、まるでマッサージをされているようだ。

「グァ」

「……起こしちゃったね。ごめんね」

「グァ」

 首を横に振って否定してくれるとは……。
 優しい子だ。

「それにしても話せないのは不便ですねー。何か方法はー……」

 確かに俺も思う。
 もっとたくさん話したい。

「えーと……御朱印帳のユミルのページに手を当てれば話せるみたいですねー。それで慣らせばー、早めに思念が読めるようになるかもですねー」

「そうしよう!」

 早速御朱印帳を開き、朝ご飯のことを聞いてみる。

「ユミル、おはよう」

『おはよう』

「おぉーー! 話せる! ご飯は何がいい?」

『同じものがいいー!』

「食べてはいけないものとかある?」

 濃い味付けとはいいのかな?

『ない』

「味付けはー、私が大丈夫ですのでー、多分大丈夫だと思いますよー。向こうの世界の生き物は丈夫ですからー」

「よしっ! じゃあ、顔を洗ったら朝ご飯にしよう!」

「ですねー!」

『ごはん』

 可愛い。

 部屋付きの洗面所で顔を洗い、キッチンに向かう。
 ママンたちは朝から重いものは無理って言っていたが、白米と野菜スープなら食べられるようになった。
 漬け物代わりのピクルスも一緒に食べているから、貴族にしては健康的だと思う。

 なお、白米は炊飯器の作り方が不明であるため、現在は土鍋ご飯だ。
 こちらは前世で読んだ料理書に書いてあったし、もし分からなくても林間学校でやった飯盒炊爨はんごうすいさんで炊く予定だった。

 結果的に土鍋ご飯になったが、将来的に飯盒をパシリの基本装備として用意してもいいかも。

「俺たちは肉を一品追加しようか」

「ありがたいですー」

「グァ」

 さらっと食べられるものがいいかな。

「牛丼にするか」

「牛っ! 久しぶりですねー!」

「森の奥にしかいないからねー。この一頭もラッキーだったからだしー」

「あなたは【豪運】持ちですからー、ラッキーはほぼ必然ですー!」

「え? そうなんだ! じゃあユミルに出会えたのも必然だったのかな?」

「ですねー!」

「グァグァ」

 可愛い。

「でも家族が増えたなら、本格的にパシリを集めないとねー」

「料理人ですねー?」

「あと、家畜の世話係。卵が欲しくない?」

「贅沢品ですねー!」

「牛丼に載せると美味いんだよ?」

「でもこの世界に家畜の概念はないですー」

「ホントに!?」

「ダンジョンから採ってきたりー、森から採ってきたりー。そもそも家畜を放していると魔物が寄ってきますしー、盗賊からしたら食料が道に落ちているようなものですからねー。というかー、卵くらい出せるでしょー!?」

「言い訳が……」

「こういうときこそ毎度お馴染みのー、『森で拾ってきた!』でしょー? 本を拾ったり鞄を拾ったりよりはー、十分現実的ですーー!」

 そう言われると……そうかもしれない。

「よしっ! 温玉を載せよう!」

 召喚した牛丼のタレと水でタマネギと牛肉を煮て、深皿盛ったご飯の上にかける。
 このとき、天辺を凹ませておいて温玉置き場を作っておく。
 紅ショウガとピクルスはお好み食べてもらうことにし、スープを盛れば朝ご飯の準備は完了だ。

「完成っ!」

「ちょっと待ってくださいー! ユミルもスプーンで食べたいそうですー!」

「え? 使えるの!?」

「グァ」

 胸をポンと叩く仕草が、「任せなさい!」と言っているように見えた。
 半信半疑だが、少し大きめの木のスプーンを用意した。

 この木のスプーンは、魔霊樹の端材で作った特別製だ。
 ちなみに、我が家は全員がこの魔霊樹製の食器を使っている。頑丈で洗いやすく、耐熱性の高いものを選んだ結果、魔霊樹に耐熱や防水などを付与することに決まった。
 本来はべらぼうに高いが、俺が採取から加工までしたから無料だ。
 
 ……まぁガンツさんたちに知られたらヤバそうだけど。

「母上、メイベル。ご飯ですよー!」

「「……」」

「まだお眠みたいですねー!」

 食堂のテーブルの上に食事を並べ、一生懸命椅子に登ろうとしているユミルを持ち上げて椅子に座らせる。

「グァ」

「どういたしまして」

 自分も椅子に座り手を合わせる。
 本当はお祈りを捧げるらしいけど、心の中で伝えているから大丈夫だろう。

「いただきます!」

 スプーンを使って温玉を崩しつつ、黄味がかかった肉とタマネギをスプーンですくう。
 そして、紅ショウガを載せて一口。

「うんまぁぁぁーーーい!」

「グァ!」

「ホォー!」

 朝ご飯の感想と同時に、それぞれ別のことに驚いている。
 俺とグリムは器用にスプーンで食べているユミルに驚き、ユミルは何故かフクロウの鳴き真似をしているグリムに驚いているようだった。

 ママンとメイベルは時間が止まったかのように微動だにしていないけど……、何かあったのかな?

「どうしました?」

「……どうしました? って――こっちの台詞よっ! ご飯はいいんですっ! どうせたくさん食べられないからっ! でも……でも、その子はどこから来たの!?」

「その子……?」

「……分からないかしら?」

 ギロリと睨まれ、本気の説教モードを察知する。

「熊さんのことですよね!?」

「そう。分かってるじゃない」

「この子はユミルっていう名前の女の子です! 新しい召喚獣ですので、新しい家族でもあります!」

「グァ」

 ユミルが椅子に座ったままペコリとお辞儀をする。
 素晴らしく可愛い。

「可愛いでしょう?」

「可愛いけど……もっと早く教えて欲しかったわね?」

「すみません! これからも増えると思いますが、全て召喚獣ですので御安心をっ!」

「……カルム。そんなに召喚して大丈夫なの? それとも魔量が豊富なの?」

「魔量は当主資格がない星三つでした。ただ、魔法じゃないから効率がいいんだと思います!」

「……そう」

 遠回しに天禀が【召喚】であることと、当主にはならないことを伝えられたはず。
 ママン残念そうにしているが、男爵家にこき使われるのは絶対に嫌だ。

 ◇

 朝食の後は教会に行ってメイベルの結晶化証明を発行してもらい、商人ギルドへ行く。
 忘れていたことがあるからだ。

 それは銭湯。

 あれは一応俺が所有権を持っている施設で、安いながらも金銭をもらっているから登録しておこうと思ったのだ。
 値段は働ける年齢と、働けない年齢で分けている。

 十歳以上は四〇〇スピラで、九歳以下は無料だ。

 盗難防止で固定された石鹸も使い放題だし、洗濯所も用意している複合施設だ。
 お金がない場合は、掃除をしてもらうことにしている。

 一部の村民は男爵家が領民ために用意した公営施設だと思っているらしい。
 言いがかりが起きる前に商会のものであることを登録し、『シボラ商会』の看板を立てて誤解を解こうと思っている。

「ユミルちゃん、可愛いね!」

「でしょう!」

「グァ」

「グリムも可愛いけど、なんでホォーって鳴くの?」

「……隠したいんじゃない?」

 コクコクと頷いているから、多分正解だと思う。

「ふーん……。悪い人が来るからかな?」

「そうだと思う」

 今はメイベルの商人登録と銭湯の登録に、グリムとユミルの魔獣登録もしている最中だ。

 魔獣は人間と共存する魔物の総称で、従魔や召喚獣のことでもある。
 明確に従魔や召喚と言わないのは、天禀や属性がバレたりしないための配慮らしい。
 登録してあれば魔獣盗難で正当性を主張できるし、小型なら室内に入れられるようになり、大型の場合は厩舎の利用も可能になる。

 メイベルの商人登録のあと、シボラ商会に加入することと口座内に金貨十枚入れることを伝える。
 金貨については断ろうとするメイベルに、半ば無理矢理押しつけて預け入れさせた。銭湯を建てた給料という体で。

 魔獣登録もすんなり終わったのだが、何故か銭湯の登録に時間がかかるらしい。

 暇だから商人ギルドに併設されているテナントでも冷やかそうと思い、受付嬢に待ち時間を使ってテナントを見ることを伝えて外に行く。

「グァ」

「どうしたの?」

 ユミルの視線を追うと、そこはギルドの馬場だった。
 ちょうど乗馬の訓練講習が開かれているようで、冒険者らしき人と商人が馬に乗っている。

「あぁー! 冒険者ギルドと商人ギルドが業務提携してるのか!」

「グァ」

「も……もしかして……アレがやりたいの?」

「グァ」

「それでは失礼して……」

 ユミルの背中に乗せてもらおうと、背中に手を当てて体重をかける。

「グァ!」

 背中に乗られることに気づいたユミルが俺を振り払う。

「……違うんだね?」

「グァ」

「まさか……俺の背中に乗りたいの……?」

「グァ!」

 力強く首を縦に振るユミル。

「……おんぶでいいかな?」

「グァ」

 メイベルが目を見開いて俺を二度見する。

「えっと……大丈夫なの……?」

「任せてっ!」

 腰を落としてしゃがみ、ユミルが背中に乗りやすくする。
 肩に手が回ったことを確認して、【観念動】の浮遊と念動でユミルを背中に保持する。

「グァ?」

 不思議な感覚に慣れないのだろう。ユミルがそわそわしている。

『最近手加減が上手になったと思っていましたがー、もしかしてずっと念動を使ってましたー?』

『もちろん! 手加減は早々に諦めたからね!』

 俺は念動で物を動かし、手は動かしているように見せるため添えているだけだ。

「グァ♪」

 【観念動】に慣れたユミルがご機嫌な様子で、甘えた声を出している。

 ユミルの可愛い姿も見れたから、そろそろ受付に戻ることにしたのだが――。

「テメェなんてクビだっ!」

 という怒声がギルド近くの飲食店から飛び、予定が変更されるのだった。

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

おもちゃで遊ぶだけでスキル習得~世界最強の商人目指します~

暇人太一
ファンタジー
 大学生の星野陽一は高校生三人組に事故を起こされ重傷を負うも、その事故直後に異世界転移する。気づけばそこはテンプレ通りの白い空間で、説明された内容もありきたりな魔王軍討伐のための勇者召喚だった。  白い空間に一人残された陽一に別の女神様が近づき、モフモフを捜して完全復活させることを使命とし、勇者たちより十年早く転生させると言う。  勇者たちとは違い魔王軍は無視して好きにして良いという好待遇に、陽一は了承して異世界に転生することを決める。  転生後に授けられた職業は【トイストア】という万能チート職業だった。しかし世界の常識では『欠陥職業』と蔑まされて呼ばれる職業だったのだ。  それでも陽一が生み出すおもちゃは魔王の心をも鷲掴みにし、多くのモフモフに囲まれながら最強の商人になっていく。  魔術とスキルで無双し、モフモフと一緒におもちゃで遊んだり売ったりする話である。  小説家になろう様でも投稿始めました。

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

暗殺者から始まる異世界満喫生活

暇人太一
ファンタジー
異世界に転生したが、欲に目がくらんだ伯爵により嬰児取り違え計画に巻き込まれることに。 流されるままに極貧幽閉生活を過ごし、気づけば暗殺者として優秀な功績を上げていた。 しかし、暗殺者生活は急な終りを迎える。 同僚たちの裏切りによって自分が殺されるはめに。 ところが捨てる神あれば拾う神ありと言うかのように、森で助けてくれた男性の家に迎えられた。 新たな生活は異世界を満喫したい。

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒
ファンタジー
 俺の名前は鬼瓦仁(おにがわらじん)。どこにでもある普通の家庭で育ち、漫画、アニメ、ゲームが大好きな会社員。今年で32歳の俺は交通事故で死んだ。  そして気がつくと白い空間に居た。そこで創造の女神と名乗る女を怒らせてしまうが、どうにか幾つかのスキルを貰う事に成功した。  しかし転生した場所は高原でも野原でも森の中でもなく、なにも無い荒野のど真ん中に異世界転生していた。 「ここはどこだよ!」  夢であった異世界転生。無双してハーレム作って大富豪になって一生遊んで暮らせる!って思っていたのに荒野にとばされる始末。  あげくにステータスを見ると魔力は皆無。  仕方なくアイテムボックスを探ると入っていたのは何故か石ころだけ。 「え、なに、俺の所持品石ころだけなの? てか、なんで石ころ?」  それどころか、創造の女神ののせいで武器すら持てない始末。もうこれ詰んでね?最初からゲームオーバーじゃね?  それから五年後。  どうにか化物たちが群雄割拠する無人島から脱出することに成功した俺だったが、空腹で倒れてしまったところを一人の少女に助けてもらう。  魔力無し、チート能力無し、武器も使えない、だけど最強!!!  見た目は青年、中身はおっさんの自由気ままな物語が今、始まる! 「いや、俺はあの最低女神に直で文句を言いたいだけなんだが……」 ================================  月見酒です。  正直、タイトルがこれだ!ってのが思い付きません。なにか良いのがあれば感想に下さい。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る(旧題|剣は光より速い-社畜異世界転生)

丁鹿イノ
ファンタジー
【ファンタジア文庫にて1巻発売中!】 深夜の職場で人生を終えた青桐 恒(25)は、気づいたらファンタジーな異世界に転生していた。 前世の社畜人生のお陰で圧倒的な精神力を持ち、生後から持ち前の社畜精神で頑張りすぎて魔力と気力を異常に成長させてしまう。 そのうち元Sクラス冒険者である両親も自重しなくなり、魔術と剣術もとんでもないことに…… 異世界に転生しても働くのをやめられない! 剣と魔術が存在するファンタジーな異世界で持ち前の社畜精神で努力を積み重ね成り上がっていく、成長物語。 ■カクヨムでも連載中です■ 本作品をお読みいただき、また多く感想をいただき、誠にありがとうございます。 中々お返しできておりませんが、お寄せいただいたコメントは全て拝見し、執筆の糧にしています。 いつもありがとうございます。 ◆ 書籍化に伴いタイトルが変更となりました。 剣は光より速い - 社畜異世界転生 ~社畜は異世界でも無休で最強へ至る~ ↓ 転生した社畜は異世界でも無休で最強へ至る

転生獣医師、テイマースキルが覚醒したので戦わずしてモンスターを仲間にして世界平和を目指します

burazu
ファンタジー
子供の頃より動物が好きで動物に好かれる性質を持つ獣医師西田浩司は過労がたたり命を落とし異世界で新たにボールト王国クッキ領主の嫡男ニック・テリナンとして性を受ける。 ボールト王国は近隣諸国との緊張状態、そしてモンスターの脅威にさらされるがニックはテイマースキルが覚醒しモンスターの凶暴性を打ち消し難を逃れる。 モンスターの凶暴性を打ち消せるスキルを活かしつつ近隣諸国との緊張を緩和する為にニックはモンスターと人間両方の仲間と共に奮闘する。 この作品は小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアッププラスでも連載しています。

処理中です...