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第二章 シボラ商会

第二十三話 勘違い

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 カルム少年の体に転生してから、もうすぐ二年が経つ。
 今日は待ちに待った祝福の儀式の日だ。
 儀式の日は新年祭という、前世で言うところの正月に行われる。

 ステータスを手に入れたあとは各地で料理や酒を振る舞い新年を祝うのだが、この辺境にはそのような文化はない。
 ニコライ商会から貸し付けをしてもらわないと食べていけないくらい貧乏な男爵家が、他人に食料を振る舞うことができると思う? 無理だよ。

 逆に何ももらえない誕生日みたいで、期待しなくて済むのは楽でいい。
 もちろん、ママンやメイベルからはもらってるし、俺もあげている。

 今年は祝福の儀式という節目のとしだから、奮発しようと思っている。
 なお、誕生日が来なくても新年祭で一つ年齢が加わる。つまり、俺は3月生まれだが、一月の時点で五歳になったのだ。

「一年頑張ったから、ステータス見るの楽しみだなー!」

「私は恐怖しかないですけどねー! 勝手に冥界羅漢と契約したりーー!」

「それ……まだ怒ってたんだ……」

「怒りますともーーっ! 神々の予定がパァですーー!」

「じゃああらかじめ言っておいてよーー!」

「普通拒否するでしょーー!?」

「怪物は普通じゃないと思うよ?」

「そうでしたねーー!」

「まぁまぁ! 落ち着いて!」

「落ち着けるかーー!」

 敬語が消えるほど怒るとは思わなかった。
 もしかして……怒られたのかな?
 やっぱり中間管理職って大変なんだね。

「あっ! メイベル! お待たせーー!」

「わたしも今来たところだよ」

 メイベルは二年間で美幼女から美少女へと羽化し始めた。
 俺たちと同年代の子もそこそこいるのだが、男子も女子も見とれるほどだ。

 そして、その美少女の隣にいつもいる目を瞑った少年が俺。
 髪色がおかしく、目を瞑ってるのにメガネを掛けているという奇行が目につくらしい。やっかみもあって何回か呼び出された。

 全て決め台詞で撃退しているから、二度と声を掛けられることはない。

 その台詞とは――。

「僕はニコライ商会に嫌われてるから、関わると君たちの御両親に怒られるよ? 嘘だと思うなら聞いてみなよっ!」

 彼らはニコライ商会系列の関係者だから、効果てきめんだ。
 実際、西区の子どもたちとは遊んだことがあるし、メイベルも分け隔てなく接している。余程のことがない限り、西区の子どもたちから呼び出しを受けることはない。

「村全体の子どもたちを呼ぶの?」

「そうだよ。ザラームは違った?」

「貴族は貴族だけが普通だったかな」

「この国も王都なら同じかも。ここは神父様が一人だけだからねー」

「そうだね。最近元気ないみたいだから、早く終わらせてあげた方がいいよね」

「うん。元気ないよねー。エルードさんも心配してたしね」

 神父様とエルードさんに、ガンツさん夫妻は呑み友達らしい。
 真っ先に潰れる神父様を、いつも最良のタイミングで回収に来るのが以前いたシスターだ。今はいないからか、呑みに来なくなったとエルードさんが言っていた。

 ちなみに、男爵家の子どもはいつも最後だから、教会の外で待っている間は雑談ができるのだ。
 今回はゲスト扱いのメイベルが最後だけどね。

「カルム少年、前へ!」

「はいっ!」

 とうとう順番が来た。
 やっと【九十九神】と魔法が解禁される。
 隠し事が一つ減るだけでも大分楽になる。

「いらっしゃい」

「よく来た!」

 神像の前で手を組んで祈っていたはずが、どこかの庭園に迷い込んだみたいだ。

「……こんにちは」

「こんにちは。ふふふ……。誰か分かるかしら?」

「月神様と太陽神様でしょうか?」

「あら? 賠償を要求した者と同一人物とは思えないわね?」

「話を聞いたところ、行き違いがあったようですから。しかし、眷属様の横暴も聞いておりましたから、どうすべきか迷ってしまったのです」

「そうなのね」

 チラッとグリムを見た月神様。
 神像に似ているから分かるけど、神像を見ないでいきなりだったら分からなかっただろうなぁ。

「ところで、冥界羅漢と契約した理由を聞いてもいいかしら?」

「皆様が創って下さった体のおかげです」

「……どういうことかしら?」

「天禀の【第六感】が危険がないと言っているような気がしましたので。ちなみに、一番最初に【第六感】の使い方を覚えるきっかけになったのは、眷属様の横暴ですよ? 使い方を教えていただき、どうもありがとうございます」

 全体的には感謝をしているが、一部横暴に対しては怒ってるんだよ?

「ふんっ! 横暴と言うが我々には権利がある! そして世界を守る義務もなっ!」

「――あぁ゛!? 世界守るって言うなら、異世界召喚させてんじゃねぇよ?!」

 同時に【魔導眼】を発動する。
 たとえ死んでも眷属の態度は許せるものではなかった。
 それにこの状況を予期して、バラムとフルカスに精神世界の戦い方を仕込んでもらっていたのだ。
 簡単にやられるつもりはない。

「こ、ここで暴れるつもりかっ! 自殺願望があるようだなっ!」

「俺が死ぬとは限らないだろ?」

「この世界では――」

 ペラペラッペラペラッ!
 いつまでしゃべっているつもりか分からないが、いつまでも付き合ってやるつもりはない。
 タイムリミットは、双子神が止めに入るまで。

 精神世界で練習したことで、【魔導眼】の状態なら【天道眼】と【外道眼】も同時使用が可能になった。
 能力は一つずつだけど。

 左目は【死天眼】の封印を維持して、右目は【洞察眼】の動体視を維持する。
 その上で転移し、本気の金剛力を使った拳打を顔面にぶちかました。

 物理干渉ができないことを強みにしていたようだが、その障壁を封印して使えなくしたのだ。
 あとはマウントをとって、拳の連打を浴びせる。

 俺は一言謝ってくれれば全て水に流すつもりだった。それなのに……。

 祖父に拳法を教えてもらったときに言われたことは、『敵と決めたら全力で屠ることが最大の敬意だ』ということだ。
 ゆえに、息の根を止める覚悟で攻撃をする。

「そこまでだ!」

 立ち上がるときに躓いたフリをして蹴り上げる。
 隙を窺っていたのは知ってたからね。

「あと少しでしたのに」

「あんなんでも一応役割があるんだ」

「契約関係が担当でしたかね? 聞いた話によれば月神様が止めたことを勝手に進めたとか。神様が決めた約束を破る者が、果たして契約を守ってくれるのでしょうか? それに遺恨を残す形になった今、徹底的に僕の邪魔をしてくるでしょうね」

「……何か勘違いしてないか?」

「何がでしょうか? 他二人は僕のおこぼれをもらっただけなのに、手厚い保障を受けたそうですね。僕は自分で動き、言うなれば尻拭いをしたのに仕打ちを受けている。おかしいと言わずに何というのですか? ――勘違い? 勘違いをしているのは皆様ではないですか?」

 直後、鉄拳が飛んで来た。

 そして、俺が太陽神に殴られたことにより歓声が上がる。

「やれやれじゃのう。図星を突かれて手を出し、自分では何もできない者たちが群れをなして神の威を借るだけ、お主らは恥ずかしくはないのかのう?」

 おばあちゃん姿の神様らしき方が、殴られて吹っ飛ばされた俺の前に現れた。

「すまんのう。大丈夫かい?」

「……死ぬほど痛いです」

「よく死ななかったのう」

「受け方を教わりました」

「バラムちゃんじゃな?」

「……そうです」

「そうか、そうか。あの子は思慮深い子じゃから、きっと何か考えがあったのじゃろう」

 ふむふむと頷きながら俺の傷を癒してくれた。
 スッと痛みが消え、体を起こせるようになった。

「さて、馬鹿娘たちの説教をしないといけないから用事を早く済ませるかのう」

「用事……?」

「本当は謝りたかったんじゃよ。でも二人とも素直じゃないからのう。聞き取りをして余剰リソースで願いを叶えてあげるつもりじゃったんじゃ。じゃが、お主は始めから怒っていたじゃろ?」

「はい。グリムから眷属が僕の弱体化を図ろうとしていると聞いていたので。僕が何故恨まれているのかを聞いてみたくはありました」

「娘たちは感謝しておるよ。最初に創った世界の救済になるかもしれないと喜んでいたし、召喚に関しても道連れにしてくれて良かったと言っていたくらいじゃ」

「では何故? 勘違いしていると言われましたが? 眷属が優先され、僕の命はどうでもいいということではないのですか?」

「あの子の言葉は足りなかったが、勘違いしているのは正しいぞ? 眷属が持つ権限ではお主に何もできんからのう」

「そうだったんですね……。僕の勘違いでしたか。すみませんでした」

「じゃが越権行為があったのは確かじゃ。それは罰しなくてはならない。が、あの子たちは自分の手を汚さずお主にやらせたのじゃ。――卑怯じゃろ? 今回はお尻叩き何回かのう?」

 あの美人の女神様たちが……尻叩き……。

「それはそうと、お主に戦い方を教えた者は怒りに任せて拳を振るえと教えたのかのう?」

「……違います」

「そうじゃろう?」

「はい。すみませんでした」

 爺ちゃんは、大切なものや人を守るために拳を振るえと言っていた。
 今回俺がしたことは、その教えに反することだ。

「うん、うん。素直でよろしい」

 まだ五歳児の背丈しかない俺の頭を、うむうむと頷きながら撫でる神様。

「それじゃあ馬鹿娘たちのところに行こうかの」

「はい」

 元いた庭園に戻ると、全員正座して待機していた。
 その中にはグリムの姿もある。

「アーディ、ソーマ。久しぶりじゃのう」

「「お久しぶりでございます!」」

 正体不明の神様はかなり偉い神様らしく、俺も正座すべきか考えていた。

「お主はそこで座って待っているといい。あと、この紙に余剰リソースの使い途を書いておくんじゃ」

「はい」

 チラッとグリムを見ると、死んだ目で俺を睨んでいた。
 アレは責めている目ではなく、羨ましがってる目だな。肉料理の味見を期待しているときと同じ感じがする。

「……グリムちゃんはサポートしてあげなさい」

「はいっ!」

 大喜びで飛んできたグリムの瞳は、光が灯った生者の目だった。

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