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第一章 アルミュール男爵家

第十九話 怪物は凱旋する

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 大蛇の頭部が花火のように爆発し、辺りを血で染めていた。
 一応デロデロ回避のために一番大きい蛇を狙ったのだが、果たして大丈夫だろうか? お腹の部分が膨らんでいたから、無事だと思うんだよね。

「はい、次ーー!」

 本当なら脳ミソ一点狙いで眼球を採取するらしいけど、今回の仕事は討伐がメインだから、男爵家の利益になりそうなことは無視だ。
 左目の【死天眼】の射程を確かめつつ、拘束からの固定で避けさせることなく仕留めていく。
 もちろん、【白毫眼】の必中も一役買っているが。

 中くらいの蛇に対しては、一列に固定してからまとめて串刺しにする。

 それにしても頭がなくなっているのに、ビッタンビッタンと動いて被害を拡大するから厄介だ。被害の中に蛙や蜥蜴が含まれていることだけはよかったけど。

「……気持ち悪い!」

「いや……あそこにいるヤツらよりマシだろ。全員もれなく血塗れだぞ?」

「というか、威力がおかしくないかのう?」

「愛用の弓ですよー。というか、早く出産させないとデロデロになるのに全く動きませんねー」

「あれは動けないのだろう。いずれかの状態異常になっているんだと思うぞ」

「なるほどー!」

「どれ、儂らも働くかのう」

「俺はずっと働いている! 御者をやってるのが見えないのかよ!」

 エルードさんはガンツさんを無視して杖をふるう。
 すると、風が蜥蜴だけを捕らえて一塊にし、水球が蛙だけを捕らえて一纏めにしていた。

 まとめた後は?

「ガンツっ!」

「分かってるよ!」

 バトルハンマーを振りかぶり地面に叩きつけた。
 杖の役割もしているようで、地面から無数の針が飛び出し、蜥蜴と蛙に襲いかかった。

「おぉーーー! ナイスコンビネーション!」

 照れているのか、二人とも言葉は発さずに討伐を続けている。
 わざわざ蛇を避けたってことは、俺が蛇担当ってわけだ。まぁ頭を狙うだけだから、小さくて大量にいる蜥蜴や蛙よりはマシかな。

 ◇

「もういないみたいですよー! 他は森に逃げ帰ったみたいですー!」

「それじゃあ帰るかっ!」

「そうじゃのう。依頼は討伐だからのう。救助は後詰めの部隊がやるだろう。治療は別料金をもらわないとなぁ」

 というわけで無事に帰宅。
 ガンツさんの奥さんが、ママさんネットワークを使用したため、俺たちが帰還すると凱旋パレードの様相を呈していた。

 三歳児が戦地に行き、無傷で帰って来たのだ。
 十分な実積である。

 でも実力を隠したい俺は、二人のおかげですと太鼓持ちに回り、双子の実積について教えて回った。

「蛙と蜥蜴に丸呑みにされるという体を張った賭けに出て、さらに一番大きい大蛇に呑み込ませることで足止めさせるという、他の誰にも真似できないことをしたんです!」

「蛙騎士……」

「蜥蜴騎士……」

 誰かがボソッと言ったことが伝播し、全員で笑いを堪えることになった。

『ほらー、雑魚だったでしょー?』

『俺が本気出して相手する魔物っているの?』

『この世界は分かりませんがー、廃棄世界にはいますよー』

『……そりゃあー滅ぶよ』

 しかもこの世界の天禀みたいな能力はないというハードモード。
 『神は死んだ!』と思われても文句は言えないな。

「エルード殿っ!」

 凱旋パレードのおかげで俺たちの帰還が分かったのだろうが、俺の名前がないのは何故だろう?

「子息の遺品は!?」

 なるほどー! 死んだと思われているのか!
 しかも当然のことで、それ以外の結果がないとでも言いたいかのようなっ!

「ふざけてんのか!? 三歳児を戦地に派遣して安否確認もしないのか!? 死亡前提で聞くヤツがあるかーーっ!」

「「「そうだっ! そうだっ!」」」

「アレだろ? 賠償金を払いたくないから殺そうとしたんじゃね!?」

「私も思ったーー!」

「名誉名誉って言う割にセコいわねーー!」

「恥知らずにもほどがあるわーー!」

 主に西側に住んでいる住民の怒りが爆発し、確認にきた兵士を罵倒する。

「皆さん、ありがとうございます! 僕なら無事ですっ! 皆さんの気持ちがとても嬉しいですー!」

 涙ぐむ演技は忘れない。

「――カルム……」

「――様は? 主家の子息を呼び捨てとは、どういう教育をされているのですかね? 教官の名前を言いなさい。再指導をお願いします」

「――申し訳ありませんでした!」

「もう遅い。それで、遺品でしたっけ? 何を渡せばいいですか?」

「服の切れ端とかでいいんじゃないか!?」

「「「だなーーー!」」」

「では、そうしましょう!」

 上着の一部をナイフで切り取り、血文字で『審理を楽しみにしています』と書いて兵士に渡した。

「はい、どうぞ」

「……」

 差し出したのに受け取ろうとしない兵士。

「儂が一緒に持っていこう」

「お願いします」

 エルードさんが気を利かせてくれ、兵士の背中を押してその場を離れていった。
 残された俺はというと、ガンツさんがママンに無事を知らせてやれと言ってくれ、人混みから解放してくれた。
 お礼を言って分家の小屋へ向かう。

「母上ーー! 戻りましたーー!」

「「カルムっ!」」

 ママンとメイベルがほぼ同時に抱きついてきた。
 自分が怪物すぎて忘れるけど、普通なら死地に向かうようなことなんだろうな。

 怪物で良かったっ!

 ◇

 平気そうな顔をしていたメイベルも、本当はすごく心配していたそうだ。しかし、他家のことに口を出せないということで我慢していたとママンに聞いた。

「気持ち悪かっただけですよ! あとはエルードさんとガンツさんがすごいコンビネーションでやっつけていたのを、隣で応援していただけです!」

「……本当に?」

 最近いろいろとやらかしているせいで信じてもらえない。

「……ちょっとだけ弓で頑張りました!」

 蛇の方が少なかったから嘘ではない。

「そう……。御褒美は何か欲しいかしら?」

「五歳の御披露目に行かないことですっ!」

 第一夫人が恥をかいたイベントが、祝福の儀式を受けた後に王都で開催される自慢大会だ。
 祝福の儀式の後は天禀が解禁する。
 召喚獣集めやパシリ集めに勤しむ予定がすでに組まれている。
 そんなくだらない自慢大会などに参加している時間はない。

「行きたくないの? お嫁さん候補もいるわよー?」

「僕は将来商人か冒険者になる予定なので、貴族しかいない催しに行ってもお嫁さん候補はいないかと。それに……どうせ五歳児でしょう? 今後の努力次第で良くも悪くも変わりますから-」

「……どうせ?」

 メイベルの目が笑っていない……。
 そうだっ! 同い年だったっ!

「いやいやいや! 内面が大切ってことだよっ! メイベルみたいに落ち着いた子どもは少ないでしょ!? 僕の目のことで絡まれても面倒だしさっ!」

「それもそうだね!」

 ふいぃーー! 地雷撤去成功ーー!

 それに、ママンの家が没落した原因の政敵もいるだろうしね。

「カルムは当主を目指してないの? この国は長子継承制ではないわよ?」

「はい。今日の出来事で完全に見限りました。不名誉な男爵家を継ぎたいと思う者はいないと思います」

「だから、剣術を習わないの?」

 ママンにはバレていたか……。
 でも、少し違うんだな。
 グリム曰く、剣術と名がつくものは全て使えるらしいから、今更一種類の剣術を習う気がしないのだ。

 だってあのデブい双子でも結晶化できている剣術だよ? 習う意味ある?

 むしろ、屈辱による精神耐性の方が鍛えられそうだ。

「違いますよ。双子でも結晶化できる剣術を習う必要性がないと判断したまでです。今のところ弓で狩りができていますし、今回のことでさらに習う気が失せました」

「そう……」

「母上には申し訳ないと思いますが、褒美というのならお許しいただきたいです」

「あなたの人生だもの。好きにするといいわ」

「ありがとうございます!」

 少し悲しそうだけど、ママンは見捨てないから安心して。
 それにこの男爵家はパパンの代でなくなると思うから、今の内から準備しておかないとね。

「では、晩ご飯の準備をしますねーー!」


 ◇◇◇


「神父様ーー! お早くお願いしますーー!」

 討伐戦の現場に当主を含めた後詰めの部隊が到着した。
 エルードは村に残って薬を準備すると主張したため同行していないが、エルードの代わりに神父が同行していた。
 神父としては臨時収入を期待していたのだが、現場に着いてすぐにエルードが来なかったわけに気づく。

「ううぇーーっ!」

「司教! 大丈夫ですか!?」

 目の前の惨状に嘔吐く神父の背中をシスターがさすっている。
 残酷な現実はともかく、血生臭い場所は女性の方が平気というのは本当のようで、シスターはいつも通りの様子だった。

「あんのっクソエルフっ! 知ってやがったなっ!?」

 血みどろの現場は足に踏み場もないほど地面を赤黒く染め上げ、兵士も頭から血を被ったかのような有様だ。

「触りたくねーー!」

「大丈夫ですっ! 状態異常だけらしいので、解除した後は丸洗いでいいのではないですか?」

「最近の男爵家……なんか人使い荒くないか?」

「何かあったのかもしれませんねー!」

 辺境に左遷されたおかげで悠々自適のんびりスローライフを送っていたのだが、ある日を境にデスマーチが始まった。
 朝から晩まで契約書の不備を探したり、何かをするにも立ち会わされることで休憩も取れない。

 やっと解放されたと思ったら、スプラッター事件の現場で治療活動ときた。

「俺の平穏よ、帰って来てくれ!」

 奇しくも神父の平穏は、平穏を意味する名前を持つ少年に奪われることになるのだった。

「早くお願いしまーす!」 


 ◇◇◇

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