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第一章 アルミュール男爵家

第十七話 茶番式典を楽しむ

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 賠償問題の各種手続きは、一週間くらいかけて全て終わらせた。
 朝から晩まで教会に詰めて神父様をこき使い、各種契約の見直しから借用の焼却まで。ありとあらゆる手続きに全て立ち会った。

 賠償金は使いやすく集めやすいように、全て金貨で払うことを提案した。

 その数、九万五千枚。

 神父様には何度も確認されたが、何も間違っていない。

 さすがにすぐには集められないということで、長期的な支払いを許可した。俺が口座を開設したら、そこに振り込むように手続きをする旨も契約した。

 正確な期間を設けてはいないため、利息を前払いでもらっている。
 まぁ利息といっても金銭ではなく、現在建設中の分家がある土地と、すぐ横の広めの空き地に壁の外に作る予定の耕作地だ。

 壁の外の耕作地は魔物の被害に遭うこともあり、すんなり許可が下りた。土地と空き地は渋られたが、支払期間を設けると言った瞬間、快諾してくれた。
 当然、上物は俺のものだ。

 今回の事件はすぐさま村の人々に広まり、ニコライ商会の被害者たちからは感謝感激雨嵐だった。
 貸し付けに唯一気づいていたママンからも「よくやった!」と言われ、大いに褒められた。ゆえに、大変満足している。

 さらに村の人たちが再び被害を受けないように、新しい契約にはママンとエルード殿に、姿を消したグリムも立ち会ったことも、感謝された要因の一つだろう。
 今回はお互いにとって良い契約を結ぶことができたからね。

「もぉーー! やりすぎですよー! 出来損ないを演じないとダメじゃないですかーー!」

「飼い殺し回避法はともかくー、嫡男には絶対にならないから大丈夫ーー!」

「どうしてですーー? 予備の予備じゃないですかー!」

「☆4未満は当主資格がないからねー! 人間は白星七段階しか使われてないし、知られていないなら誤魔化せるはずっ!」

「あぁー! この国には魔量至上主義でもあるんですかー! 魔人族ですらあまり聞かないのにー」

「うーん……。なんかねー、誇るところが少ない高位貴族に忖度した結果なんだってー。悪しき慣習だねー」

「くだらないですねー。 助かりましたけどー。それで、あなたは何待ちですかー?」

「討伐軍の出陣式の見物ーー! 討伐戦の出陣式に聖なる斧の授与式があるんだってー! 名誉を回復するための聖なる道具っ! その名は、斧っ!」

 メイベルとママンと一緒に広場に行く約束をしているため、今は少しおめかしをして魔導サングラスになる丸メガネをかけている。
 丸メガネは普段は普通の伊達メガネなのだが、体表を覆うくらいの少量の魔力を流すと、レンズの両面に仕込んだ紋章術の効果が、それぞれ発動する。

 レンズの外側は《暗闇》の効果が発動して瞳を隠し、内側は弱めの《幻影》が発動するようになっている。
 幻影は白系統の高位魔法であるため、紋章術では弱めに組み込むことしかできないのだ。

 でも紋章術は円にする必要がないので、フレームに《強化》の術式を組めた。
 おかげで、滅多なことがない限り壊れる心配はない。

 なお、当たり前だけど、魔導サングラスを起動しても俺からは周囲を見ることができる。
 他の人が俺の瞳を見れなくするための道具だからね。

「お待たせ。式典も始まるみたいだから行きましょう」

「はい!」

「はーい! 楽しみですーー!」

 個人的には復讐イベントだからね。
 パパンは残るけど、ジジイとセバスチャンとニックは同行するらしい。
 ニックが行く理由は、多額の負債を抱えてしまったから、少しでも価値があるものを採取して資金を作ろうと考えているらしい。

 ジジイは戦闘大好きだから当然行くし、セバスチャンは名誉挽回のために行かなければならなくなったが、元はジジイの副官だから問題ないだろう。
 問題は東の森と聞いていたのに、『魔霊樹』の採取のために北の森に行かなければならなくなった双子だ。

 【順風耳】の効果で第一夫人がヒステリーを起こしている様子が分かるのだが、未だに北の森に行くことを反対しているらしい。
 デブっ子が北の森へ行ったら死ぬと思っているらしい。

 うん、俺もそう思う。

「あっ! ガンツさーん! エルードさーん!」

 賠償問題の後に火事の片付けを一緒にやったのだが、一緒に汗をかいて働いたこともあって、結構仲良くなったのだ。

 他にもメガネを作ってくれたお兄さんや、不利な契約を結び直した住人も手伝ってくれた。
 メイベルも手伝ってくれたのだが、二人揃ってママンに怒られた。片付けたことに対してではなく、灰集めをして真っ黒になったことに対してだが。

「……坊主。アイツらが採って来れると思うか?」

「聖なる斧があるそうなんで……大丈夫かと」

「普通の斧だろ!? 道具屋で購入してたのは知ってるぞっ!? みーんなっ! 知ってるっ!」

「まぁまぁ、落ち着いてください。きっと大丈夫ですよー!」

「はぁ……。金なんか……」

「お金は大事ですっ! 謝意を表す指標の一つですからね!」

 搾り取るだけ搾り取ってやる!
 お金がなくなったら、彼らも野草を食べればいいと思うんだ。ダイエットにもなると思うなぁ。

「時に少年」

「何でしょう?」

「建ったらと言っていたが、書物はお預けかな?」

「……はい」

「何でじゃ!?」

「貴重な本を収納するスペースがないですし、人を呼べる家ではないのです」

 エルードさんが男爵家の本だと思っていないのは、ジジイが本を読まないことを知っているからだ。
 書斎と執務室を兼ねるくらい最低限の本しかないことは、本家によく行くエルードさんなら当然知っていること。

 だからか、最初にあったときは男爵家の子どもだと思わなかったそうだ。

「あっ! 来ましたよっ! 聖なる斧もありますっ!」

「おいっ! 斧など、どうでもいいだろっ!」

「まぁまぁ。今は式典を楽しみましょうっ!」

「楽しくなんかないっ!」

 ガンツさんとエルードさんはガックリと肩を落とし、男爵家一行を睨んでいる。
 対して俺はというと、ママンと一緒に優雅な笑みを浮かべている。きっと気持ちは同じだろう。

 ――ざまぁみろっ!

 これに尽きる。

「皆の者っ! これよりサーブル家伝統の戦士の儀を執り行うっ!」

 そう、これは子どもが十歳の初等学園入学前に行われる儀式で、子どもは強制的に受けさせられるらしい。
 受けない者は勘当らしく、追放になるらしい。
 個人的にはこれを使って飼い殺し回避を狙っている。

 しかも条件があって、『サーブル流剛剣術』を結晶化させた者だけが挑戦できるらしい。
 俺はすでに剣術が結晶化しているから、今更剣術を習いたいとは思わない。むしろ時間の無駄としか思わない。

 問題は、ママンの立場が悪くなりそうということだ。……どうするかなー。

 思索にふけっている間に話は進み、今は聖なる斧を各班長に手渡されているところだ。
 この茶番劇の意味は村民全員が知っている。
 では何故このような茶番を行っているかというと、たまたま訪れた外部の行商人がいたからだ。
 彼らに男爵家の栄光を外に宣伝してもらうつもりらしいのだが、彼らは酒場で話を聞いているから、すでに概要を知っているらしい。

 よって、全く無駄な茶番なのだ。

「――出陣っ!」

「「「おぉぉぉーーーー!!!」」」

「頑張れーーー!」

 わざわざ領兵と双子から見える位置に行って応援するという心遣い。感謝してもいいんだからね!

『……性格悪ーーっ!』

『どうせ言うなら、いい性格をしてるって言って欲しいなーー!』

『いやですーーー!』

 大きく手を振って、彼らの出陣を見送った。

 ◇

 その日の夜――。

「久しぶりの新月だねー! 今回は二回目だからチョロいもんよーー!」

「先に木材ですよー?」

「分かってるってー! 今回は空き地の分もあるから、先に外で処理しようっ!」

「ですねー」

 村の外壁を出て、耕作予定地に魔法陣を描いて角材や床材を大量生産する。終わったら【魔導眼】で収納して、耕作予定地をゆっくり振動しないように掘り返す。
 広さを指定せず発動速度を優先したせいでかなり広範囲になってしまったが、大は小を兼ねるから良いだろう。
 将来的にはパシリが畑仕事をするんだし。

「次はー、村に戻って整地と基礎だね! そして逃げるっ!」

「今まではエルードさんがー精霊を見張りにつけていましたからできませんでしたけどー、領兵の監視に配置替えさせたのでー、今の内にやっておきましょー!」

「だねー! 今回は商館予定地も確保したしねー!」

「あれはナイスでしたーー!」

 毎度お馴染み【白毫眼】で誰もいないことを確認して魔法を発動。

「整地からのーー基礎! アーンド外壁っ!」

 ――ズンッ! ズンッ!

 という少し強めの振動が足下を揺らす。
 外壁が良くなかったかな? と思いながら、建材を置いて逃げた。

 さすがに二回目。
 ガンツさんの動き出しが早い。

 【隠蔽】と【神足通】の飛翔を使って遁走する。

「嫌がらせ任務完了!」

 自室のベッドの上で広域知覚を使い、空き地の状況を把握し、問題がないか確認する。

「今頃頑張ってますかねー?」

「頑張るしかあるまい。名誉を重んじるジジイが側にいては怠けることはできまい。……もうすでにあるのにね」

「……不憫ですー」


 ◇◇◇


「クソッ! 何で俺がこんなことっ!」

「兄上はまだいいですよっ! 戦闘系の天禀持ちですからねっ! 私は頭脳派なんですっ!」

「その割には、勉強が苦手じゃないかっ!」

「まだ本気を出してないだけですよっ! 計算や言語で本気を出しても仕方がないでしょう!? ――それにしても……何で蛙と蜥蜴の区画に来たんですかっ!?」

「ニック爺様に言えよっ!」

 双子は領兵が伐採している間、蛙と蜥蜴の相手をしていた。
 彼らが振るう斧では威力が足りず、伐採に時間がかかりすぎるからだ。

 それならば、本来の討伐戦をやってもらう方が護衛にもなるとセバスチャン――レイトが指示を出した。
 ニックは希少植物の採取のために沼地を選び、前当主のアダムはニックの護衛だ。

 ――深夜に音を立て、水面を揺らし、血の臭いを漂わせたことで招かれざる客が訪れるのだった。


 ◇◇◇

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