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第一章 アルミュール男爵家

第十話 勇者語で侮辱する

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「あのー……重くないですか? お手伝いしますよ?」

「いえいえ。重くないですよ。ちょっと持ちにくいだけです」

 森から出る前に肉とそれ以外に分けて、枝と蔦で作った背負子に載せて背負っている。
 余剰リソースで強化された触覚の【能工巧匠】が良い仕事をしていた。手先が器用になるというシンプルな能力だが、作ったことがないものでもそれなりな完成度になる。
 強度もバッチリで、前世の牛ほどの大きさの猪を載せてもピクリともしない。

 ちなみに、今回は内臓を諦めた。
 処理が面倒というか、やり方を知らない。
 森の魔物に寄付することにして、内臓料理は料理専門のパシリを確保するまで我慢するとこに。

「ほ、本当に……重くないのですか……?」

「はい、大丈夫ですよー! そんなことより、もうすぐ着きますからねー! アレです! アレが我が家です!」

「えっと……?」

 分からんよなー。普段城に住んでいるだろう王女様からしたら、倉庫以下に見えるかもしれない。
 小学生のときにボロボロの借家に住んでいた同級生が、『家のことは誰にも言わないでっ!』って言っていたけど、同じ気持ちとは違うけど気持ちは分かる。

 まぁその子の家は、新築一戸建てのために節約していたらしいけどね。

「これです! 中へどうぞ!」

「し……失礼します……」

「母上ーー! ただいま戻りましたーー!」

 本来は先駆けのようなものをして、淑女が着飾る時間を作るらしいが、これから同居するのだからいいだろう。

「あら、お客様? ――カルム、こちらにいらっしゃい。少し、失礼しますね」

「は、はい」

 ママンに呼ばれたけど、何だろうか? メイベル様は分かっているような雰囲気だけど。

「どうしましたー?」

「お客様がいるなら先に知らせなければいけないでしょう? それとも私に恥をかかせたかったのかしら?」

「――えっと……これから一緒に住むからいいかなって……」

「一緒に住む……? どうしたらそういうことになるの!? お嫁さん!? お嫁さんを連れてきたの!? なおさら準備しないと駄目でしょう!」

「は、母上ーー! 聞こえてしまいますっ! 壁薄いんですからっ! それにどちらかと言えば、妹――そう、妹ですっ!」

「……私、目眩がしてきました」

「大丈夫ですか!?」

 ギロッと睨まれたため、掻い摘まんで簡単に手早く説明を済ませた。
 その間にママンも、手早く準備を済ませていた。

 ◇

「お待たせしました、メイベル様。私はアルミュール男爵の第二夫人、セレスティーナ・フォン・サーブルと申します」

「いえ、いきなりの訪問で失礼しました。メイベル・ペルシカ・ザラームと申します」

 何故か頬を紅く染めている。

「メイベル様、体調が優れないのでしょうか?」

「い、いえっ! 大丈夫ですっ!」

「そうですか? なら良かったです」

「あら? もしかして?」

 大丈夫というメイベル様の様子に何か気づいた様子のママンだが、もしかしたら肉が入った背負子を見て期待しているのかもしれない。

「気づいちゃいました? 猪のお肉を持って帰ったのですよー!」

「……そう。今初めて気づいたわー」

 ……違ったらしい。

「で、では父上に報告に行って参りますっ! メイベル様はこちらでお待ち下さい」

「よろしいのですか?」

「もちろんです。母上、お願いしてもよろしいですか?」

「えぇ、任せなさい」

「では、お願いします」

 説教の気配を察知したため、危険地帯を離脱することにした。
 もちろん、手土産を持たずに離脱している。

 食料援助をしてもらわなければいけない者が、食料生産者に食料を持っていくとか意味不明だろ? 逆なら分かるけどね。

 「神の恵みに感謝しますー!」と言うかもしれない。

「父上、ただいま戻りました」

「無事だったか」

「はい。食料もそこそこの量を確保できました」

「……そうか。良かった」

 パパンの執務室にいるのだが、仕事を手伝っている家宰も報告に同席している。
 コイツはジジイの手下だから、パパンを監視しているのだ。

「そちらにいらっしゃるセバスチャンが選んでくれた弓のおかげです」

「セバスチャン? セバスチャンとは誰だ? レイトのことか?」

「そうです! 名前を存じ上げませんでしたので、『禁忌の勇者』に載っていた執事の総称を使っていました」

 『禁忌の勇者』とは、異世界召喚が禁忌となった原因の勇者について綴られた伝記だ。
 神罰を受けたことや勇者が行った蛮行を後世に残すことを目的に作られ、世界各地の教会や図書館など、どこでも読める世界一有名な書物である。

 一部からは侮辱と取られる可能性もあるほど、かの勇者は嫌われているらしい。
 そして勇者語と呼ばれる言葉も同様に嫌われているそうだ。

「そ、そうか……。知らなかったか」

「生まれてこの方、本家の皆様にお会いした回数は片手で足りるほどですからね」

「ほ、本家?」

「こちらの家の皆様のことですよ?」

 家宰は怒りを我慢している感じがするけど、パパンは動揺しているようにしか見えないな。
 まぁ息子に距離を置かれそうになれば動揺くらいするか。

「それともう一つ報告があります。森で迷っている少女を保護しまして、聞いたところによると【ザラーム魔導王国】の貴族令嬢だと言うのです」

「――何っ!?」

「元々留学する予定でしたので、家臣が合流するまでの間、この男爵領で生活することにしたそうです。もちろん、彼女は自分の支度金を持っていますので、こちらの家計に迷惑はおかけしませんよ」

「そうではないっ! 貴族令嬢ならもてなさなければ失礼に当たるだろうっ!」

「ですが、分家に案内したところ、『これが庶民の暮らしなんですね?』と、大変興味を持っていただけた様子です。貴族が貴族の生活をして何の意味があるのですか? 自国でできないことを勉強しに来たんですよ?」

「ぶ……分家?」

「おや? ボロ小屋よりは体裁が良いのではないですか?」

「御言葉が過ぎますぞっ!」

「これは失礼しました。しかし、当主と子息の会話に出しゃばるとは教育が行き届いた使用人ですね? さすがは本家。素晴らしい使用人がいますね」

「レイト。控えていろ」

「……失礼しました」

 不承不承で後ろに下がる家宰。

「カルム、レイトの言葉も正しい。言っていいことと悪いことがある」

「申し訳ありません。では、誰の目にも分家に見えるほどの屋敷を用意してお招きしたいと思いますが、許可を下さいますか?」

「それならこちらに逗留してもらえばいい」

「いえいえ。それは駄目なのです」

「何故だ?」

「察して欲しかったのですが……仕方ありませんね。彼女は襲撃を受けて家臣とはぐれてしまったのです。こちらには年頃の男の子がおりますし、女性よりも男性が多い屋敷です。さらに言えば、助けたことで頼りにしている僕は住んでいません」

「……お前も住めばいいではないか」

「父上、本気で言っていますか? 僕は母上を一人にすること絶対にしません」

『魔力が揺らいでいますー!』

 これが念話というやつか。【順風耳】の効果で、思念伝達や念話が可能なんだっけ。
 グリムの注意で一呼吸置く。

「それに何より、留学の間の淑女教育は母上が行えますので効率が良いかと思います。さらに、土地さえ決めていただければ上物は僕が用意しますので、『ニコライ商会』に追加の貸し付けをお願いすることもないかと」

「お前がどうやって用意するというんだ!?」

「彼女は留学に来ているんですよ? 依頼して家が建つまでの工程も勉強になるかと。畑も耕したいと言っていたので、本家から離れた場所がよろしいかと。しばらく男性と距離を置きたいと思いますので」

「それまでの住居はどうする?」

「分家がございますでしょ?」

 畑をやりたいのは俺だ。植物からの栄養を摂るにしても、野草は嫌だからだ。
 さらに、農耕地を用意するための土地は男爵家の敷地内にはない。必然的に外壁近くになるわけだ。狩猟の道具を借りた今、この家に用はない。

「……わかった。西側の外壁近くの土地を与える」

「リアム様っ!」

「私が決めたことだ。口を挟むな」

「ありがとうございます」

 許可証と土地の権利証をもらい、一緒に分家に向かう。
 一応当主だからあいさつをしなければいけないのだ。しかし、ヤツはダメだ。遠慮願う。

「セバス……じゃなくてレイトは席を外して下さいね」

「――何故でしょう?」

「男性を怖がってるって話を聞いてませんでしたか? 父上は当主として会わなければいけませんが、他はできるかぎり御遠慮願いたい。教育が行き届いた本家の使用人なら分かるでしょう?」

「――畏まりました」

「当主以外は会わないようにしてね? よろしくね」

 よし。これで双子やジジイが会いに来たら、家宰の責任を追及できるぞ!
 俺に惨事を起こさせたことは許さないからなっ!
 惨事が起きなかったら使えない道具を渡したってことだからね。本当にムカつくわーー!

「では父上、行きましょう!」

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