57 / 57
57 パンダとご対面2
しおりを挟む
彼女が微笑みながら、こちらにずんずんと進んでくる。
私は目を逸らすこともできず、ただ身体に力を入れてその場で構えた。
「……綺麗な髪ね」
そっと私の耳元から指を差し込まれ、思わずビクッと反応してしまった。そしてそのまま、彼女の手は私の頬から顎にかけて滑り、くいっと顎を持ち上げられる。
「それに、ぷるぷるな肌」
理解が追い付かない彼女の挙動に身動きが取れず、彼女の目を見つめたまま固まった。その角度に、この人は自分より身長が高いことを認識した。
「こっちもぷるんぷるんね」
そして、おもむろに胸を掬い上げるように揺らされた。
「ちょ、ちょちょちょっと! なにするんですかっ……」
幸か不幸か、これでようやく金縛り状態が解け、一歩後ずさることができた。彼女は私の反応なんか気にも止めず、からからと笑った。
「アンタってさぁ、部分的には魅力的だけど、なんか一番になれなそうな感じだよね」
……ぐさり。
図星だけど、なんで初対面でそんなことがわかるのだろう。
「部分的には」って、褒められてないよね。
たしかに、ちょっかいはかけられやすいタチだった。でも、所詮その程度で、大抵において軽んじられる存在だというのは今までの人生で痛い程味わってきた。
「人目を気にしてビクビク生きてるでしょ? そんなんしてても他人は自分を大事にしてくれないのよ。だからさ、やりたいようにやんなよ。誰からも評価されなくても、自分が自分を頑張ったって認めてあげればいいんだよ」
誰からも、評価されなくてもーー
私は、他人からの評価ばかり気にしていた?
王妃をクビになって、王太子妃になって自由に生きようと思ったけど、生来の性分はあまり変わっていなかったかもしれない。
種琳を羨んで疎ましく思うばかりで、自分は一体何がしたいのかもよくわからないまま、目の前のものに飛びついていただけだった。
「……みんな、『やりたいことをやれ』って言う。でも、『やりたいこと』なんて、そう簡単に思いつかない」
何故か悔しさが込み上げてきて、絞るように声を出した。
すると目の前の彼女は、顔をしかめて即座に返事をした。
「は? アンタさっき自分で言ってたじゃん。好機がどうとか、誰かを守りたいとか」
「でも、それは……」
「はい、出たー! 『でも』! そればっかりだねアンタは」
「なっ……!?」
容赦ない人格攻撃に、さすがに戸惑う。
「『でも』、何? 『〇〇だからできない』『できなくても仕方ない』そんな言葉が続くのかしら?」
「ぅ……」
「『できない』んじゃなくて、やらなくて済む言い訳を探してるだけなんじゃない? 何かやって失敗して、自分の責任になったり傷ついたりするのが怖いから」
ーーボコボコなんですけど。
「臆病で劣等感強いくせに、自尊心だけは人一倍なようね」
ーーはい、致命傷。
「おっと」
その場でへたり込みそうになった私を、彼女の動物の世話でよく鍛えられた腕が抱きとめた。相手は女の人だというのに、自分より大きい身体にくるまれ、不覚にもどきどきしてしまった。
「あはは、真っ赤。可愛いね~。ま、座って座って」
彼女に促され、自分が元々いた大きな石に並んで腰掛けた。
褒められて罵倒されて支えられて。ちょっと意味がわからない。私は気持ちを落ち着けるよう、大きく息を吸ってゆっくり吐いた。
「お天道様は見てる、ってよく言うじゃん?」
また唐突に話題が変わり、ついていけないと感じながらもなんとか返す。
「天網恢恢疎にして漏らさず、的なことでしょうか」
「おー、難しい言葉よく知ってるねー。それだと『バレるから悪いことすんなよ』って意味だけど、私の解釈はちょっと違ってて」
「?」
一体何を言いたいのだろうと、彼女の方に目を向けると、ニコニコと笑ってみせた。
「お天道様ってのは、もう一人の自分。自分から見て、自分の行動は情けなくないだろうか? 未来の自分は、今の自分を誇らしく思うだろうか? っていう視点を持てってことだと思ってるんだ」
「はぁ」
「つまり、自分の行動を評価するのは他人じゃなくて自分。未来の自分が、『あの時の私、良くやった』って思うかどうか、考えてみたら、自ずと行動は決まってくるんじゃないかな」
「……」
彼女の言葉は、何故かすとんと私のお腹の中へ落ちていった。
「あの、何故私にそんな話を……?」
ただのパンダを見にきた通りすがりの小娘だ。放っておくこともできたはず。
「さぁ? なんとなくだよ」
「雑ですね……」
「せめて自分だけはさ、自分のこと一番に思ってあげなよ」
彼女の手が、私の頭をそっと撫でた。よしよしと、子どもをあやすように前後する。
幼い頃母親にしてもらったような、淡い記憶が蘇ってくる。
「あの、貴女の名前を聞いても良いですか」
「私? 瑛里」
「瑛里さん、ありがとうございます」
「ま、偉そうに言っちゃったけど、負け犬の戯言だからさ。適当に聞き流しといて。また会おうね、香香」
私は目を逸らすこともできず、ただ身体に力を入れてその場で構えた。
「……綺麗な髪ね」
そっと私の耳元から指を差し込まれ、思わずビクッと反応してしまった。そしてそのまま、彼女の手は私の頬から顎にかけて滑り、くいっと顎を持ち上げられる。
「それに、ぷるぷるな肌」
理解が追い付かない彼女の挙動に身動きが取れず、彼女の目を見つめたまま固まった。その角度に、この人は自分より身長が高いことを認識した。
「こっちもぷるんぷるんね」
そして、おもむろに胸を掬い上げるように揺らされた。
「ちょ、ちょちょちょっと! なにするんですかっ……」
幸か不幸か、これでようやく金縛り状態が解け、一歩後ずさることができた。彼女は私の反応なんか気にも止めず、からからと笑った。
「アンタってさぁ、部分的には魅力的だけど、なんか一番になれなそうな感じだよね」
……ぐさり。
図星だけど、なんで初対面でそんなことがわかるのだろう。
「部分的には」って、褒められてないよね。
たしかに、ちょっかいはかけられやすいタチだった。でも、所詮その程度で、大抵において軽んじられる存在だというのは今までの人生で痛い程味わってきた。
「人目を気にしてビクビク生きてるでしょ? そんなんしてても他人は自分を大事にしてくれないのよ。だからさ、やりたいようにやんなよ。誰からも評価されなくても、自分が自分を頑張ったって認めてあげればいいんだよ」
誰からも、評価されなくてもーー
私は、他人からの評価ばかり気にしていた?
王妃をクビになって、王太子妃になって自由に生きようと思ったけど、生来の性分はあまり変わっていなかったかもしれない。
種琳を羨んで疎ましく思うばかりで、自分は一体何がしたいのかもよくわからないまま、目の前のものに飛びついていただけだった。
「……みんな、『やりたいことをやれ』って言う。でも、『やりたいこと』なんて、そう簡単に思いつかない」
何故か悔しさが込み上げてきて、絞るように声を出した。
すると目の前の彼女は、顔をしかめて即座に返事をした。
「は? アンタさっき自分で言ってたじゃん。好機がどうとか、誰かを守りたいとか」
「でも、それは……」
「はい、出たー! 『でも』! そればっかりだねアンタは」
「なっ……!?」
容赦ない人格攻撃に、さすがに戸惑う。
「『でも』、何? 『〇〇だからできない』『できなくても仕方ない』そんな言葉が続くのかしら?」
「ぅ……」
「『できない』んじゃなくて、やらなくて済む言い訳を探してるだけなんじゃない? 何かやって失敗して、自分の責任になったり傷ついたりするのが怖いから」
ーーボコボコなんですけど。
「臆病で劣等感強いくせに、自尊心だけは人一倍なようね」
ーーはい、致命傷。
「おっと」
その場でへたり込みそうになった私を、彼女の動物の世話でよく鍛えられた腕が抱きとめた。相手は女の人だというのに、自分より大きい身体にくるまれ、不覚にもどきどきしてしまった。
「あはは、真っ赤。可愛いね~。ま、座って座って」
彼女に促され、自分が元々いた大きな石に並んで腰掛けた。
褒められて罵倒されて支えられて。ちょっと意味がわからない。私は気持ちを落ち着けるよう、大きく息を吸ってゆっくり吐いた。
「お天道様は見てる、ってよく言うじゃん?」
また唐突に話題が変わり、ついていけないと感じながらもなんとか返す。
「天網恢恢疎にして漏らさず、的なことでしょうか」
「おー、難しい言葉よく知ってるねー。それだと『バレるから悪いことすんなよ』って意味だけど、私の解釈はちょっと違ってて」
「?」
一体何を言いたいのだろうと、彼女の方に目を向けると、ニコニコと笑ってみせた。
「お天道様ってのは、もう一人の自分。自分から見て、自分の行動は情けなくないだろうか? 未来の自分は、今の自分を誇らしく思うだろうか? っていう視点を持てってことだと思ってるんだ」
「はぁ」
「つまり、自分の行動を評価するのは他人じゃなくて自分。未来の自分が、『あの時の私、良くやった』って思うかどうか、考えてみたら、自ずと行動は決まってくるんじゃないかな」
「……」
彼女の言葉は、何故かすとんと私のお腹の中へ落ちていった。
「あの、何故私にそんな話を……?」
ただのパンダを見にきた通りすがりの小娘だ。放っておくこともできたはず。
「さぁ? なんとなくだよ」
「雑ですね……」
「せめて自分だけはさ、自分のこと一番に思ってあげなよ」
彼女の手が、私の頭をそっと撫でた。よしよしと、子どもをあやすように前後する。
幼い頃母親にしてもらったような、淡い記憶が蘇ってくる。
「あの、貴女の名前を聞いても良いですか」
「私? 瑛里」
「瑛里さん、ありがとうございます」
「ま、偉そうに言っちゃったけど、負け犬の戯言だからさ。適当に聞き流しといて。また会おうね、香香」
0
お気に入りに追加
6
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

お見合いに代理出席したら花嫁になっちゃいました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
綾美は平日派遣の事務仕事をしているが、暇な土日に便利屋のバイトをしている。ある日、お見合いの代理出席をする為にホテルへ向かったのだが、そこにいたのは!?
後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜
菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。
私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ)
白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。
妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。
利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。
雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる