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53 路上にて
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「……っはぁ~~、疲れた!!」
教会を出た私は腕を上や後ろに伸ばし、首を回した。
晃瑛殿下も肩が凝ったのか、首を傾けたり揉んだりしている。
既に慣れてきた街の景色を眺めながら、後宮への道をてくてくと辿っていく。もう周囲をキョロキョロせずとも歩けるようになっていた。
「晃ちゃん、なんか、なんかさ。私達、何やってんだろうね。これじゃただの阿銅羅教の信者の一人でしかないよね」
「洗脳って、ああやるんだな」
「ねぇ、久しぶりにあれ食べよ?」
「蛋撻のこと?」
「ご名答~~~っ!!!」
両手を挙げて大袈裟に万歳の形をすると、殿下が小さく笑った気がした。そして私が動くより先に、屋台に行っておじさんにお金を払い、商品をふたつ購入して戻ってきた。
「はい」
「え、あっ、あ、ありがとう……」
王太子殿下に、自分の食べるものを買わせに行くなんて。黎が見たら、めちゃくちゃ怒るだろうなぁ、などと考えながら、甘いその菓子を頬張った。
口に広がるその美味しさに身悶えしそうになりながら噛み締めていると、どこからかキャーキャーと黄色い声が聞こえてきた。
私と殿下は顔を見合わせ、声のする方へ向かってみることにした。
王城の門の側に、人だかりがあった。女の人が多く集まっていて、奥を見ると上等な衣装を着てヒラヒラと舞う、若い宦官達の姿があった。
「あれは、後宮の宦官……?」
その舞う少年達の顔に、うっすら見覚えがあった。後宮にいる中でも美形の、そして十代くらいの若い宦官達。確か国王陛下の誕生日会で舞を披露していた者達だ。
何故彼らが、後宮から出て城門の外の一般民衆の前で踊っているのだろう。彼らの演舞は、後宮の中でしかされないものだと思っていた。
群れに紛れて宦官達を眺めていると、少し離れたところに見知った顔を見つけた。私は食べかけの蛋撻を握ったまま、そこへ駆け寄った。殿下も私の動きに合わせて、後ろからついてきた。
「朱琳」
「え?」
名前を呼ばれた彼女は、一瞬戸惑った様子だった。
私達が誰か、わからなかったのだろう。
お互いに、後宮の外には出ることはないであろう立場だ。
そして何より、私と殿下は一般庶民の服装をして完全に大衆に紛れており、傍目にそれとわかるはずがなかった。
「……ご無沙汰しております、青妃」
周りに聞こえないよう、朱琳は小声で囁いた。
とはいえすぐ側で音楽が鳴らされていたから、口の形から判断した結果だ。
「一体、何をしているの? どうしてこんなとこに」
私が彼女の耳の側で問いかけると、彼女もまた同じように返してきた。
「その質問、まるまるお返しするわ」
(……まぁ、たしかに)
そう思ったところで、音楽が鳴り止み、観客の大きな声援が聞こえてきた。
「ここじゃ話せないことも多いし、明日登龍殿へ伺っても?」
「わかった、待ってる」
頷いた私を確認して、朱琳は演者達の方へ走っていった。
私達は黄色い声援を背に、その場を後にした。
いつも通り業者用通路を通って後宮へ戻る道すがら、殿下がぼそっと呟いた。
「……あ、あの、さ、さっきの子、知り合いなの?」
「東龍国から一緒に来たの。今は侍女は辞めて、女官として楽団の管理をしてる」
「そっか……」
ただの世間話かもしれない。だけど、胸にもやもやが広がって少し息苦しくなった。
この感じ、すごく覚えがある。
昔から、いつもそうだった。彼女と一緒にいると、決まって後から男が私だけに話しかけてくる。
その目的は、あの子。
私はただの情報提供係だったり連絡係だったり、とりあえずただの道具。
「……晃ちゃん、気になる?」
なんで聞いてしまったんだろう。
「え、あ、え、と、その……会ったことがあるような、えと」
「ふぅん……ん? なんで?」
朱琳は私が王妃をクビになった後、かつ王太子殿下がこちらへ来る前に辞めた。
登龍殿では会ったことはないはずだ。
「殺施王で、俺が気持ち悪くて裏で吐いてた時、たまたま通りかかって 手巾を貸してくれたんだ。あ、そうか、まだ御礼してなかった、しなきゃ、だよな、うん」
むかむかしたものが、喉の奥まで込み上げてくる。
最近殿下と仲良くなったつもりでいたけど、所詮「友達として」だった。
それに、彼が退席していた時、付き添わなかったのは私だ。
彼が他の女に興味を持とうが、立場上は何の問題もない。彼は何人でも妻を持つことだってできるのだから。
息が苦しくて、うまく声が出せない。
最近すっかり忘れていたのに、彼女に対する劣等感がふつふつと蘇ってきて、苦しい。
あの子はいつも無自覚に、私から何もかも持って行ってしまう。
会いたくなかった。
教会を出た私は腕を上や後ろに伸ばし、首を回した。
晃瑛殿下も肩が凝ったのか、首を傾けたり揉んだりしている。
既に慣れてきた街の景色を眺めながら、後宮への道をてくてくと辿っていく。もう周囲をキョロキョロせずとも歩けるようになっていた。
「晃ちゃん、なんか、なんかさ。私達、何やってんだろうね。これじゃただの阿銅羅教の信者の一人でしかないよね」
「洗脳って、ああやるんだな」
「ねぇ、久しぶりにあれ食べよ?」
「蛋撻のこと?」
「ご名答~~~っ!!!」
両手を挙げて大袈裟に万歳の形をすると、殿下が小さく笑った気がした。そして私が動くより先に、屋台に行っておじさんにお金を払い、商品をふたつ購入して戻ってきた。
「はい」
「え、あっ、あ、ありがとう……」
王太子殿下に、自分の食べるものを買わせに行くなんて。黎が見たら、めちゃくちゃ怒るだろうなぁ、などと考えながら、甘いその菓子を頬張った。
口に広がるその美味しさに身悶えしそうになりながら噛み締めていると、どこからかキャーキャーと黄色い声が聞こえてきた。
私と殿下は顔を見合わせ、声のする方へ向かってみることにした。
王城の門の側に、人だかりがあった。女の人が多く集まっていて、奥を見ると上等な衣装を着てヒラヒラと舞う、若い宦官達の姿があった。
「あれは、後宮の宦官……?」
その舞う少年達の顔に、うっすら見覚えがあった。後宮にいる中でも美形の、そして十代くらいの若い宦官達。確か国王陛下の誕生日会で舞を披露していた者達だ。
何故彼らが、後宮から出て城門の外の一般民衆の前で踊っているのだろう。彼らの演舞は、後宮の中でしかされないものだと思っていた。
群れに紛れて宦官達を眺めていると、少し離れたところに見知った顔を見つけた。私は食べかけの蛋撻を握ったまま、そこへ駆け寄った。殿下も私の動きに合わせて、後ろからついてきた。
「朱琳」
「え?」
名前を呼ばれた彼女は、一瞬戸惑った様子だった。
私達が誰か、わからなかったのだろう。
お互いに、後宮の外には出ることはないであろう立場だ。
そして何より、私と殿下は一般庶民の服装をして完全に大衆に紛れており、傍目にそれとわかるはずがなかった。
「……ご無沙汰しております、青妃」
周りに聞こえないよう、朱琳は小声で囁いた。
とはいえすぐ側で音楽が鳴らされていたから、口の形から判断した結果だ。
「一体、何をしているの? どうしてこんなとこに」
私が彼女の耳の側で問いかけると、彼女もまた同じように返してきた。
「その質問、まるまるお返しするわ」
(……まぁ、たしかに)
そう思ったところで、音楽が鳴り止み、観客の大きな声援が聞こえてきた。
「ここじゃ話せないことも多いし、明日登龍殿へ伺っても?」
「わかった、待ってる」
頷いた私を確認して、朱琳は演者達の方へ走っていった。
私達は黄色い声援を背に、その場を後にした。
いつも通り業者用通路を通って後宮へ戻る道すがら、殿下がぼそっと呟いた。
「……あ、あの、さ、さっきの子、知り合いなの?」
「東龍国から一緒に来たの。今は侍女は辞めて、女官として楽団の管理をしてる」
「そっか……」
ただの世間話かもしれない。だけど、胸にもやもやが広がって少し息苦しくなった。
この感じ、すごく覚えがある。
昔から、いつもそうだった。彼女と一緒にいると、決まって後から男が私だけに話しかけてくる。
その目的は、あの子。
私はただの情報提供係だったり連絡係だったり、とりあえずただの道具。
「……晃ちゃん、気になる?」
なんで聞いてしまったんだろう。
「え、あ、え、と、その……会ったことがあるような、えと」
「ふぅん……ん? なんで?」
朱琳は私が王妃をクビになった後、かつ王太子殿下がこちらへ来る前に辞めた。
登龍殿では会ったことはないはずだ。
「殺施王で、俺が気持ち悪くて裏で吐いてた時、たまたま通りかかって 手巾を貸してくれたんだ。あ、そうか、まだ御礼してなかった、しなきゃ、だよな、うん」
むかむかしたものが、喉の奥まで込み上げてくる。
最近殿下と仲良くなったつもりでいたけど、所詮「友達として」だった。
それに、彼が退席していた時、付き添わなかったのは私だ。
彼が他の女に興味を持とうが、立場上は何の問題もない。彼は何人でも妻を持つことだってできるのだから。
息が苦しくて、うまく声が出せない。
最近すっかり忘れていたのに、彼女に対する劣等感がふつふつと蘇ってきて、苦しい。
あの子はいつも無自覚に、私から何もかも持って行ってしまう。
会いたくなかった。
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