45 / 57
45 お着替えタイム
しおりを挟む
「さ、それでは二人とも着替えてください!」
「え、ここで着替えるの?」
ここは自分の寝室だ。間仕切りのようなものはあるとはいえ、一室である。一緒の空間で着替えるということに、殿下も私も、少し抵抗を示した。
「一応お二人は、この部屋で逢引きをしているという設定にしようと思いまして。ですから、太子と妃の服装でこの部屋から出るのは、太子殿へ帰る時のみとなります」
だから今ここで着替えなければいけない、ということだ。そして強引に部屋の隅へ追いやられ、そこで着替えるように服を押し付けられた。反論の余地はないようである。
「しゃ、香香、ぜったひ……こっち見るなよ! 絶対、だからなっ」
殿下は顔を真っ赤にして、ぐるりと背を向けた。
「もう、こっちの台詞だっつーの……」
私は小さく呟き、菖蒲に手伝ってもらって着替えに取り掛かることにした。衝立の影であるから、あえて覗こうとさえしなければ基本的には向こうからは見えることはないはずだ。
だが、意識してしまうと、上等な絹のシュルシュルと滑る音が響いてしまう気がして、恥ずかしくなった。
庶民服の方は、着付けも簡単である。宮廷衣装のように複雑な飾りもなく、前合わせの上衣である襦に、腰に巻く裙、そして裙の下に股引のような下履きを履いて完成だ。麻の素材は少し固いが、動くときに気を使わなくて良いからとても楽だった。
そしてこの上に下級の奴婢の服を羽織るわけだがーー
「あら、これって、男物じゃないかしら?」
間違ったのかと思い、交換するためにその服を持って殿下の方へ向かった。「おーい殿下~」と呼びかけると、「ひゃっっ」と女のような悲鳴が返ってきた。
「みみみみ、見ないでって……言ったじゃないかっっ! 香香の馬鹿っ! えっち!」
酷い言われようである。
確かに先に見るなと言ったのはあっちであったので、配慮が足りなかったのは自分であるが。
しかし、こちらも側に衝立を置いて着替えているのだから、まだ見えてはいないから安心して欲しいと、改めて殿下へ伝えた。
「あぁ青妃、それは男物で合っているんです。肥桶の処理をするのに、男女で行うことはあまりないでしょう? ですので、後宮内を通過する時は二人とも宦官の服装でお願いします」
黎が顔を出して、補足説明をする。それからすぐに、襦褲を身につけた殿下も、もじもじとしながら出てきた。
「殿下、似合うじゃない。私達二人とも、顔も地味だし黎みたいな色気もないし、これなら街でもきっと浮かないと思うわ!」
その瞬間、視界の隅に鋭い眼光が走るのを確認した。
黎が睨んでいる。
さしずめ、「お前はともかく殿下を馬鹿にすることを言うな」とでも言いたいのだろう。
「しゃ、香香……お前は……いつも一言、多い」
斜め下を向いた殿下にさえ、ちくりと指摘されてしまった。
私は黎の視線を避けるように、ネズミ色の宦官服をガバッと羽織った。
「よし、出発ね」
準備を終えた私達は、用意された台車に桶を複数個乗せて、登龍殿を後にした。一つは服を入れる用に空にしておき、そのほかには排泄物の代わりに土を入れた。
例の通用門に着くと、昨日と同じく菖李元 師団長がいた。彼は、現在私達が下級宦官のふりをしているという立場上、王族に対して行う礼ができないことを詫びた。また、「元・師団長」とはもう関係ないのだから呼ばないで欲しいということで、通常の名で菖李と呼ばせてもらうことになった。
「ありがとう、菖李。本当はもっと色々お話したりしたいのだけどーー今日はもう行くね。また今度ゆっくり」
第一の門を抜けた私達は宦官服を脱いで桶に収め、いよいよ街へ続く次の門へ向かった。
排泄物を運ぶふりをしながらも、浮き足立つのをもはや隠せないほど、足が自然と弾んでしまうのを自覚していた。
「え、ここで着替えるの?」
ここは自分の寝室だ。間仕切りのようなものはあるとはいえ、一室である。一緒の空間で着替えるということに、殿下も私も、少し抵抗を示した。
「一応お二人は、この部屋で逢引きをしているという設定にしようと思いまして。ですから、太子と妃の服装でこの部屋から出るのは、太子殿へ帰る時のみとなります」
だから今ここで着替えなければいけない、ということだ。そして強引に部屋の隅へ追いやられ、そこで着替えるように服を押し付けられた。反論の余地はないようである。
「しゃ、香香、ぜったひ……こっち見るなよ! 絶対、だからなっ」
殿下は顔を真っ赤にして、ぐるりと背を向けた。
「もう、こっちの台詞だっつーの……」
私は小さく呟き、菖蒲に手伝ってもらって着替えに取り掛かることにした。衝立の影であるから、あえて覗こうとさえしなければ基本的には向こうからは見えることはないはずだ。
だが、意識してしまうと、上等な絹のシュルシュルと滑る音が響いてしまう気がして、恥ずかしくなった。
庶民服の方は、着付けも簡単である。宮廷衣装のように複雑な飾りもなく、前合わせの上衣である襦に、腰に巻く裙、そして裙の下に股引のような下履きを履いて完成だ。麻の素材は少し固いが、動くときに気を使わなくて良いからとても楽だった。
そしてこの上に下級の奴婢の服を羽織るわけだがーー
「あら、これって、男物じゃないかしら?」
間違ったのかと思い、交換するためにその服を持って殿下の方へ向かった。「おーい殿下~」と呼びかけると、「ひゃっっ」と女のような悲鳴が返ってきた。
「みみみみ、見ないでって……言ったじゃないかっっ! 香香の馬鹿っ! えっち!」
酷い言われようである。
確かに先に見るなと言ったのはあっちであったので、配慮が足りなかったのは自分であるが。
しかし、こちらも側に衝立を置いて着替えているのだから、まだ見えてはいないから安心して欲しいと、改めて殿下へ伝えた。
「あぁ青妃、それは男物で合っているんです。肥桶の処理をするのに、男女で行うことはあまりないでしょう? ですので、後宮内を通過する時は二人とも宦官の服装でお願いします」
黎が顔を出して、補足説明をする。それからすぐに、襦褲を身につけた殿下も、もじもじとしながら出てきた。
「殿下、似合うじゃない。私達二人とも、顔も地味だし黎みたいな色気もないし、これなら街でもきっと浮かないと思うわ!」
その瞬間、視界の隅に鋭い眼光が走るのを確認した。
黎が睨んでいる。
さしずめ、「お前はともかく殿下を馬鹿にすることを言うな」とでも言いたいのだろう。
「しゃ、香香……お前は……いつも一言、多い」
斜め下を向いた殿下にさえ、ちくりと指摘されてしまった。
私は黎の視線を避けるように、ネズミ色の宦官服をガバッと羽織った。
「よし、出発ね」
準備を終えた私達は、用意された台車に桶を複数個乗せて、登龍殿を後にした。一つは服を入れる用に空にしておき、そのほかには排泄物の代わりに土を入れた。
例の通用門に着くと、昨日と同じく菖李元 師団長がいた。彼は、現在私達が下級宦官のふりをしているという立場上、王族に対して行う礼ができないことを詫びた。また、「元・師団長」とはもう関係ないのだから呼ばないで欲しいということで、通常の名で菖李と呼ばせてもらうことになった。
「ありがとう、菖李。本当はもっと色々お話したりしたいのだけどーー今日はもう行くね。また今度ゆっくり」
第一の門を抜けた私達は宦官服を脱いで桶に収め、いよいよ街へ続く次の門へ向かった。
排泄物を運ぶふりをしながらも、浮き足立つのをもはや隠せないほど、足が自然と弾んでしまうのを自覚していた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

お見合いに代理出席したら花嫁になっちゃいました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
綾美は平日派遣の事務仕事をしているが、暇な土日に便利屋のバイトをしている。ある日、お見合いの代理出席をする為にホテルへ向かったのだが、そこにいたのは!?
後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜
菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。
私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ)
白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。
妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。
利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。
雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる