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42 考えすぎか?
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「本当に、馬車を使わなくていいんですか?」
夏妃の部屋の外で待ってくれていた菖蒲と共に、徒歩で登龍殿へ向かう道すがら、心配そうに訊かれる。
「うん、運動不足だから動きたいし、ちゃんと歩きやすい靴履いてきてるから! でも菖蒲も一緒に歩かせちゃってごめんね、大丈夫?」
「私は全く構いませんが……」
黎からは、外出するには準備ができるまで待てと言われている。それがいつになるのかこちらからは分からず、もどかしく感じていた。
人に頼んでおいて、自分では何もできないくせに生意気なことだ、と我ながら思っていた。
歩きながら、周囲を眺める。手入れの行き届いた生垣に色とりどりの花が咲く。石造の立派な道を忙しなく行き来する女官や宦官たち。彼らの着物がヒラヒラと舞って蝶のようで、その存在自体がこの後宮を華やかに彩っている。
「ここは、人が多いわね」
「上位の妃達が集まっている宮ですからね」
眺めていると、彼女達の服装がそれぞれ凝ったものであることに気がついた。個性がある、とでも言おうか。
東龍国では、女官や宦官の服装は階級や役割に応じて決められていて、妃嬪や公主以外の下っ端がおしゃれをする、などということは考えられなかった。
「ねぇ菖蒲、なんかみんな、色々な服を着ているように見えるけど……夏妃の侍女達も、前に見たのとは違う服装をしていたし」
「あぁ。侍女の服装等も、妃達の力を示すものの一つですから」
ここ朋央国でも、後宮内で働く者には制服が与えられる。特定の妃嬪の元について世話をする侍女も、本来であれば同じ扱いだった。
いつからか、妃嬪が自分自身を着飾るだけでは飽き足らず、自分の殿舎の者にも着物を与えるようになった。そしてそれは侍女達の所属を示すものとなり、どの妃嬪に仕えているかが服装を見ればわかるようになる。妃達は自分のところの侍女がみすぼらしくならないように、競って綺麗な着物を与えるようになり、それが通例となってしまっているとのことだった。
妃嬪とはいえ、それぞれ使えるお金は限られている。定期的に支給される俸禄から侍女達の衣装まであつらえるのは、簡単なことではない。ほとんどの者は、その調達を自分の実家に頼っていた。すなわち、実家の金銭的な裕福さが、侍女達の華やかさに繋がり、妃嬪の立場の強さに直結するという仕組みだ。
夏妃の侍女達が最先端の流行を取り入れた格好をしていたのも、それを聞いて納得した。彼女の実家は、朋央国で最大の商家だと以前言っていたはずだ。
「……なんか、大変ねぇ。マウント合戦はキリがないわね」
「そうですねぇ」
「あ! 今気付いたんだけど、登龍殿の皆にも、衣装を揃えてあげないといけないかしら!? ごめんなさい、何にも知らなくて……」
「私は普通の制服で構いませんよ。他の者はわかりませんが」
「すぐには難しいけど、いつか用意できるよう考えておくわ」
そうは言ったものの、調達できるアテがない。東龍国王にそんなことを頼むなど、考えられるはずがなかった。
「ところで、登龍殿だけ、妃達の住処からポツンと離れているわよね。なんでなのかしら?」
この話の流れで、そもそも外れに住む登龍殿の者は、妃嬪達の権力争いに参加していないのではないかと思った。
ーー最初から、他の妃とは違う存在として扱われていた?
先ほどの夏妃との会話が蘇る。
『もしかして、由貴妃の策略だったりして』
ーーいやいや。
さすがに考えすぎだろう。
ただ距離が他と離れているだけだ。菖蒲のようにきちんとした侍女もつけて貰っているし、待遇が悪いということも感じていない。
それに、由貴妃がそんなことをする理由も見当たらない。
歩いていくうちに人気は少なくなり、風景は徐々に寂しくなっていく。
「すみません、殿舎の理由までは存じ上げず。それにしても、夏妃と随分仲良くなったのですね」
確かに、殿下を除いては、唯一ほぼ対等な立場で話せる存在であった。私が王太子妃となったことで、上下関係なども気にする必要もなくなり、より会話がしやすくなった。
「だと嬉しいわ。夏妃は私が言いたくても言えないようなことをズバズバ言っちゃうから、話していてスッキリするの」
そんな会話をしている最中、ふと背後に気配を感じた。
とっさにその場にしゃがみ込み、その足で地面を蹴り跳ねて、元いた場所から距離を取った。
「お見事」
パチパチパチと、両手を叩いて見せたのは黎だった。
「黎、いきなり何?」
私は身構えて真っ直ぐに黎を見つめながら、他に周囲に怪しい動きはないか視界の端で確認した。
見たところ、武器も持っていないし、他に不審な気配はなさそうだった。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ青妃。あなた達に見せたいものがあるのです。菖蒲も一緒に、着いてきてください」
夏妃の部屋の外で待ってくれていた菖蒲と共に、徒歩で登龍殿へ向かう道すがら、心配そうに訊かれる。
「うん、運動不足だから動きたいし、ちゃんと歩きやすい靴履いてきてるから! でも菖蒲も一緒に歩かせちゃってごめんね、大丈夫?」
「私は全く構いませんが……」
黎からは、外出するには準備ができるまで待てと言われている。それがいつになるのかこちらからは分からず、もどかしく感じていた。
人に頼んでおいて、自分では何もできないくせに生意気なことだ、と我ながら思っていた。
歩きながら、周囲を眺める。手入れの行き届いた生垣に色とりどりの花が咲く。石造の立派な道を忙しなく行き来する女官や宦官たち。彼らの着物がヒラヒラと舞って蝶のようで、その存在自体がこの後宮を華やかに彩っている。
「ここは、人が多いわね」
「上位の妃達が集まっている宮ですからね」
眺めていると、彼女達の服装がそれぞれ凝ったものであることに気がついた。個性がある、とでも言おうか。
東龍国では、女官や宦官の服装は階級や役割に応じて決められていて、妃嬪や公主以外の下っ端がおしゃれをする、などということは考えられなかった。
「ねぇ菖蒲、なんかみんな、色々な服を着ているように見えるけど……夏妃の侍女達も、前に見たのとは違う服装をしていたし」
「あぁ。侍女の服装等も、妃達の力を示すものの一つですから」
ここ朋央国でも、後宮内で働く者には制服が与えられる。特定の妃嬪の元について世話をする侍女も、本来であれば同じ扱いだった。
いつからか、妃嬪が自分自身を着飾るだけでは飽き足らず、自分の殿舎の者にも着物を与えるようになった。そしてそれは侍女達の所属を示すものとなり、どの妃嬪に仕えているかが服装を見ればわかるようになる。妃達は自分のところの侍女がみすぼらしくならないように、競って綺麗な着物を与えるようになり、それが通例となってしまっているとのことだった。
妃嬪とはいえ、それぞれ使えるお金は限られている。定期的に支給される俸禄から侍女達の衣装まであつらえるのは、簡単なことではない。ほとんどの者は、その調達を自分の実家に頼っていた。すなわち、実家の金銭的な裕福さが、侍女達の華やかさに繋がり、妃嬪の立場の強さに直結するという仕組みだ。
夏妃の侍女達が最先端の流行を取り入れた格好をしていたのも、それを聞いて納得した。彼女の実家は、朋央国で最大の商家だと以前言っていたはずだ。
「……なんか、大変ねぇ。マウント合戦はキリがないわね」
「そうですねぇ」
「あ! 今気付いたんだけど、登龍殿の皆にも、衣装を揃えてあげないといけないかしら!? ごめんなさい、何にも知らなくて……」
「私は普通の制服で構いませんよ。他の者はわかりませんが」
「すぐには難しいけど、いつか用意できるよう考えておくわ」
そうは言ったものの、調達できるアテがない。東龍国王にそんなことを頼むなど、考えられるはずがなかった。
「ところで、登龍殿だけ、妃達の住処からポツンと離れているわよね。なんでなのかしら?」
この話の流れで、そもそも外れに住む登龍殿の者は、妃嬪達の権力争いに参加していないのではないかと思った。
ーー最初から、他の妃とは違う存在として扱われていた?
先ほどの夏妃との会話が蘇る。
『もしかして、由貴妃の策略だったりして』
ーーいやいや。
さすがに考えすぎだろう。
ただ距離が他と離れているだけだ。菖蒲のようにきちんとした侍女もつけて貰っているし、待遇が悪いということも感じていない。
それに、由貴妃がそんなことをする理由も見当たらない。
歩いていくうちに人気は少なくなり、風景は徐々に寂しくなっていく。
「すみません、殿舎の理由までは存じ上げず。それにしても、夏妃と随分仲良くなったのですね」
確かに、殿下を除いては、唯一ほぼ対等な立場で話せる存在であった。私が王太子妃となったことで、上下関係なども気にする必要もなくなり、より会話がしやすくなった。
「だと嬉しいわ。夏妃は私が言いたくても言えないようなことをズバズバ言っちゃうから、話していてスッキリするの」
そんな会話をしている最中、ふと背後に気配を感じた。
とっさにその場にしゃがみ込み、その足で地面を蹴り跳ねて、元いた場所から距離を取った。
「お見事」
パチパチパチと、両手を叩いて見せたのは黎だった。
「黎、いきなり何?」
私は身構えて真っ直ぐに黎を見つめながら、他に周囲に怪しい動きはないか視界の端で確認した。
見たところ、武器も持っていないし、他に不審な気配はなさそうだった。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ青妃。あなた達に見せたいものがあるのです。菖蒲も一緒に、着いてきてください」
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