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35 国王の器
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「で、でも……さ」
殿下は重ねた手の方に視線を向けながら、恐る恐るといったような声色で話し始めた。
「俺が、王の器だと……思う?」
「思わない」
私は間髪入れずに答えた。
現国王には任せてはおけない。それは揺るがない。
だが、殿下が今すぐに王として何かができるかと言えば、それはほぼ絶望的だろう。
「ほ、ほらぁ……」
それは彼自身も存分に感じていることであって、力なくへなへなと机に突っ伏した。
「でもそれは、今の話だから。"器"なんて、これから作ればいいのよ」
「えぇ……どうやって」
「んーわからない!」
「そんな、偉そうに言われても……」
器、王の器。……って、なんだろう?
大衆を平伏させる圧倒的な存在感?
国を導く指導力、決断力?
生まれながらにそういう才に恵まれた者はいるかもしれないけど、優れた王が全員そうかというと、必ずしもそうとは限らないのではないだろうか。
「うん、ごめん。でもわかんないけど、わかんないなりに探すしかないと思うの。さっきも言ったけど、貴方は王になる以外に生きる道がない。否が応でも、ならざるを得ないんだから」
「でも正直、重いって……」
今のところ、王の実子の男子は彼が最年長だ。他はまだ幼児以下であり、一人前になるまでに十数年はかかってしまう。
彼を王にする、と宣言してしまったものの、では何をしたら良いのか?という問いには、自分自身も答えられなかった。
ただ単純に、国王や由貴妃に暗殺を仕掛けたところで、成功する確率は低いだろう。仮に成功して順当に晃栄殿下が国王に就いたとして、それで国政が安定するとは思えない。むしろ"王子が父王を暗殺した"などと知れたら、今以上の混乱を招く可能性の方が高い。
まずは問題を明らかにするところから始めなくてはいけない、そしてそこから次の代への磐石な体制を作っていく、というのが自分なりの結論だ。情けない話であるが、一朝一夕に成し遂げられるようなことではなく、少なくとも数年単位で時間はかかるだろう。
「ねぇ晃栄」
「……なに」
「私たち、付き合いは短いけどさ、貴方は結構優しくて思いやりのある人間だと思ってるよ。それに、真面目で素直に努力できるし、それって結構すごいことだよ」
「……なっ! なに、いきなり……褒めてんだよ、そんな」
一瞬だけ顔をあげてこちらを向いて、すぐに下を向いてしまう。下を向いていても、耳まで真っ赤になっているのがまるわかりだ。
「まぁ、稚牛だけど」
少し離れたところに控えていた黎が、ぶふっと吹き出した。
「ぇ、それ、いま言っちゃう……? 上げて落とすとか、酷くない……?」
「あ、意味知ってたんだ? 黎は知らないみたいだったから」
確か以前この話をした時、彼は失神していて話を聞いていなかったはずだ。
「ね、姉さん達から、言われたことあったから……」
「へぇ。あ、お姉さんと言えば、さっき修美公主に会ったわよ」
「あー……なんか変なこと、言われなかった?」
「『衆道は好きか』って聞かれたけど」
「うわっ……もぅほんと、誰にでも聞くんだから……ごめん」
「謝らなくても。楽しそうなお姉さんじゃない。絵もすごく上手だった」
殿下は少し不満そうな顔をつくって、口を尖らせた。
「いいよな、姉さんは。好きなことだけやってさ。男に生まれてたらそっちが王太子だったろうに」
「…………」
ついどやしたくなるが、殿下の気持ちもわからないではなかった。
人は生まれ持った立場をなかなか変えることはできない。先日の処刑のように、他者に強引に奪われることはあっても、自らの動ける範囲外に行くことは容易ではない。また、朱琳のように強引に変えてくるという事態に私自身は直面してしまったが、それは例外中の例外だ。
基本的には、生まれもった役割に従って生き、そして死ぬ。それに対しては疑問など抱いたりしない方が、精神的には楽だ。
「個」を重視する阿銅鑼教が流行っているのは、それの反動なのだろうか。皆本当は不満を抱いていて、自分のやりたいように生きたいと……
「黎、ちょっといい? 貴方も一緒に相談に乗って欲しいの」
私はここへ来たもう一つの目的を果たすべく、黎を呼んだ。
殿下は重ねた手の方に視線を向けながら、恐る恐るといったような声色で話し始めた。
「俺が、王の器だと……思う?」
「思わない」
私は間髪入れずに答えた。
現国王には任せてはおけない。それは揺るがない。
だが、殿下が今すぐに王として何かができるかと言えば、それはほぼ絶望的だろう。
「ほ、ほらぁ……」
それは彼自身も存分に感じていることであって、力なくへなへなと机に突っ伏した。
「でもそれは、今の話だから。"器"なんて、これから作ればいいのよ」
「えぇ……どうやって」
「んーわからない!」
「そんな、偉そうに言われても……」
器、王の器。……って、なんだろう?
大衆を平伏させる圧倒的な存在感?
国を導く指導力、決断力?
生まれながらにそういう才に恵まれた者はいるかもしれないけど、優れた王が全員そうかというと、必ずしもそうとは限らないのではないだろうか。
「うん、ごめん。でもわかんないけど、わかんないなりに探すしかないと思うの。さっきも言ったけど、貴方は王になる以外に生きる道がない。否が応でも、ならざるを得ないんだから」
「でも正直、重いって……」
今のところ、王の実子の男子は彼が最年長だ。他はまだ幼児以下であり、一人前になるまでに十数年はかかってしまう。
彼を王にする、と宣言してしまったものの、では何をしたら良いのか?という問いには、自分自身も答えられなかった。
ただ単純に、国王や由貴妃に暗殺を仕掛けたところで、成功する確率は低いだろう。仮に成功して順当に晃栄殿下が国王に就いたとして、それで国政が安定するとは思えない。むしろ"王子が父王を暗殺した"などと知れたら、今以上の混乱を招く可能性の方が高い。
まずは問題を明らかにするところから始めなくてはいけない、そしてそこから次の代への磐石な体制を作っていく、というのが自分なりの結論だ。情けない話であるが、一朝一夕に成し遂げられるようなことではなく、少なくとも数年単位で時間はかかるだろう。
「ねぇ晃栄」
「……なに」
「私たち、付き合いは短いけどさ、貴方は結構優しくて思いやりのある人間だと思ってるよ。それに、真面目で素直に努力できるし、それって結構すごいことだよ」
「……なっ! なに、いきなり……褒めてんだよ、そんな」
一瞬だけ顔をあげてこちらを向いて、すぐに下を向いてしまう。下を向いていても、耳まで真っ赤になっているのがまるわかりだ。
「まぁ、稚牛だけど」
少し離れたところに控えていた黎が、ぶふっと吹き出した。
「ぇ、それ、いま言っちゃう……? 上げて落とすとか、酷くない……?」
「あ、意味知ってたんだ? 黎は知らないみたいだったから」
確か以前この話をした時、彼は失神していて話を聞いていなかったはずだ。
「ね、姉さん達から、言われたことあったから……」
「へぇ。あ、お姉さんと言えば、さっき修美公主に会ったわよ」
「あー……なんか変なこと、言われなかった?」
「『衆道は好きか』って聞かれたけど」
「うわっ……もぅほんと、誰にでも聞くんだから……ごめん」
「謝らなくても。楽しそうなお姉さんじゃない。絵もすごく上手だった」
殿下は少し不満そうな顔をつくって、口を尖らせた。
「いいよな、姉さんは。好きなことだけやってさ。男に生まれてたらそっちが王太子だったろうに」
「…………」
ついどやしたくなるが、殿下の気持ちもわからないではなかった。
人は生まれ持った立場をなかなか変えることはできない。先日の処刑のように、他者に強引に奪われることはあっても、自らの動ける範囲外に行くことは容易ではない。また、朱琳のように強引に変えてくるという事態に私自身は直面してしまったが、それは例外中の例外だ。
基本的には、生まれもった役割に従って生き、そして死ぬ。それに対しては疑問など抱いたりしない方が、精神的には楽だ。
「個」を重視する阿銅鑼教が流行っているのは、それの反動なのだろうか。皆本当は不満を抱いていて、自分のやりたいように生きたいと……
「黎、ちょっといい? 貴方も一緒に相談に乗って欲しいの」
私はここへ来たもう一つの目的を果たすべく、黎を呼んだ。
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