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34 決意
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「貴方を国王にする。現国王と由貴妃を廃し、政権を取る」
…………
…………
沈黙。
まるで時を止める幻術でもかけたように、この部屋の空気も何もかも、動かなくなってしまった。
「おーーーーい」
殿下の目の前でひらひらと手を振っても反応がない。ほっぺたを掴んで両側に引っ張って振り回して、ようやくフニャフニャと声が上がった。
「そ、そんなの、無理だって。無理。むりむりむりむりむり」
「何言ってんのよ、そもそも貴方、王太子でしょ? ゆくゆくは国王になることが決まっている身じゃない」
「……それは、もっと先の、大人になってからの……」
「ばっかもん!!」
さっきとは反対に、両手でばちんと頬を挟む。思ったよりも強い音がした。私は挟んだまま、さらに力を入れてみた。
「ほごぉ……」
「そんな悠長なこと言っていられないわよ。あんたが国王になる覚悟ができるのって、一体何十年先なわけ? それまで国が無事だとでも?」
「ほにゃほにゃ……」
「こないだの処刑でわかったでしょ? あれだけの理由で、国の有能な重臣をあっさりと殺した。また彼らに苦言を呈する人物が現れたら、同じように処分するでしょう。そしたら国政はガタガタになる。あるいは、皆が処分を恐れて何も言わなくなる。賛同者しかいなくなったら、それこそ腐敗しか道はなくなるわ」
私は王太子殿下の頬を挟んでいた手の力を緩めた。そこには手を添えたまま、話を続ける。
「由貴妃と国王が君臨している限り、その道しか見えないのよ。それともあの2人が改心して、善政を敷いてくれる可能性はあるかしら?」
国王は気分屋で激昂しやすく、かつ由貴妃の言いなりだった。由貴妃はあの理解しがたい二面性で、得体の知れない恐怖を万人に与えた。
この二人が、優しく賢い政治をしてくれるとは、とても思えない。
「殺施王の一件で、おそらく色々なところが動き出すわ。隣国が機を見て攻めてくるかもしれない。民が暴動を起こすかもしれない。反乱が起きるかもしれない。政権を他人に乗っ取られることになったら、王太子である殿下は、生きて、いられないじゃない……」
言いながら、思いがけず胸が詰まって、言葉が出にくくなる。
私の手に、殿下がそっと自分の手を重ねた。
「え、俺のことを……心配してくれてるの?」
私は頬に添えていた手を離し、机の上に置いた。
彼の手も一緒に着いてきて、そこで重なったままだ。
「……とにかく、譲位以外の第三者の簒奪による政権交代は、私たちにとっては不利益しかない、ということよ。簒奪者側の気持ちになってみてもわかるわ。国王を倒したとして、王太子夫妻を生かしておく利点は特に見当たらないもの」
それこそ、何か能があったり人脈があったり、新しい政権でも使える要素があるなら命だけはつながるかもしれない。だが、私たちは何も持っていない。
持っていないから、他人に生かしてもらう道は存在しないのだ。だったら、自分が生きる道を作るしかない。
王太子にとっては、『君臨する』ことが唯一の生存方法だとすると、それはなかなか過酷な運命だった。
…………
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沈黙。
まるで時を止める幻術でもかけたように、この部屋の空気も何もかも、動かなくなってしまった。
「おーーーーい」
殿下の目の前でひらひらと手を振っても反応がない。ほっぺたを掴んで両側に引っ張って振り回して、ようやくフニャフニャと声が上がった。
「そ、そんなの、無理だって。無理。むりむりむりむりむり」
「何言ってんのよ、そもそも貴方、王太子でしょ? ゆくゆくは国王になることが決まっている身じゃない」
「……それは、もっと先の、大人になってからの……」
「ばっかもん!!」
さっきとは反対に、両手でばちんと頬を挟む。思ったよりも強い音がした。私は挟んだまま、さらに力を入れてみた。
「ほごぉ……」
「そんな悠長なこと言っていられないわよ。あんたが国王になる覚悟ができるのって、一体何十年先なわけ? それまで国が無事だとでも?」
「ほにゃほにゃ……」
「こないだの処刑でわかったでしょ? あれだけの理由で、国の有能な重臣をあっさりと殺した。また彼らに苦言を呈する人物が現れたら、同じように処分するでしょう。そしたら国政はガタガタになる。あるいは、皆が処分を恐れて何も言わなくなる。賛同者しかいなくなったら、それこそ腐敗しか道はなくなるわ」
私は王太子殿下の頬を挟んでいた手の力を緩めた。そこには手を添えたまま、話を続ける。
「由貴妃と国王が君臨している限り、その道しか見えないのよ。それともあの2人が改心して、善政を敷いてくれる可能性はあるかしら?」
国王は気分屋で激昂しやすく、かつ由貴妃の言いなりだった。由貴妃はあの理解しがたい二面性で、得体の知れない恐怖を万人に与えた。
この二人が、優しく賢い政治をしてくれるとは、とても思えない。
「殺施王の一件で、おそらく色々なところが動き出すわ。隣国が機を見て攻めてくるかもしれない。民が暴動を起こすかもしれない。反乱が起きるかもしれない。政権を他人に乗っ取られることになったら、王太子である殿下は、生きて、いられないじゃない……」
言いながら、思いがけず胸が詰まって、言葉が出にくくなる。
私の手に、殿下がそっと自分の手を重ねた。
「え、俺のことを……心配してくれてるの?」
私は頬に添えていた手を離し、机の上に置いた。
彼の手も一緒に着いてきて、そこで重なったままだ。
「……とにかく、譲位以外の第三者の簒奪による政権交代は、私たちにとっては不利益しかない、ということよ。簒奪者側の気持ちになってみてもわかるわ。国王を倒したとして、王太子夫妻を生かしておく利点は特に見当たらないもの」
それこそ、何か能があったり人脈があったり、新しい政権でも使える要素があるなら命だけはつながるかもしれない。だが、私たちは何も持っていない。
持っていないから、他人に生かしてもらう道は存在しないのだ。だったら、自分が生きる道を作るしかない。
王太子にとっては、『君臨する』ことが唯一の生存方法だとすると、それはなかなか過酷な運命だった。
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