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26 嘘泣きブス2
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「黎。私、思ったわ。この国は……『ヤバい』わね!」
「ハイその通りです、王太子妃!」
私と黎は目を合わせ小さく笑った。
甚だ笑いごとではないのだけれど。
先程から下を向いたままの晃瑛殿下に目を向ける。
彼にとっては、あの国王は実の父親だ。色々と思う事も尽きないだろう。母親とは別の女に手玉に取られている父を見るのは、さすがに気持ちの悪いものではないだろうか。そしてこの王政の中、いずれ国王の座を継ぐときがくる。その時には一体どうなってしまっているのか。いや、その時まで、この国があるかどうか、という想像さえ非現実的なものとも言い切れない。
私が彼をじっと見つめていると、俯いていた殿下がようやく顔を上げた。
「……なぁ、嘘泣きって、どうやるんだ?」
「は?」
「いや、さっきから試してみてたんだけど、全然涙出なくて。悲しいこと思い出したりしても、うんともすんともさぁ。香香、お前はできるのか?」
なんで今そんな話を。私たちの話聞いてたか?
「まぁ……できるけど」
「うっそ、どうやって? お、教えてよ」
アホ国王に、アホ王太子でしょうか。頭が痛い。
「私の場合は、"本当に悲しい"と思うようにしてる。例えば何か悪口を言われて、"涙が出るほど傷つく"人格になりきるというか」
「???」
「そうね……殿下、試しに私に『ブス』って言ってみて」
私がそう言うと、殿下は思いっきり引き攣った顔をした。
「ゃ、ぁ、あの……悪かったって。……まだ根に持ってんのかよぉ」
「そうじゃなくて。大丈夫、私は今それを言われても傷ついたりしないから」
「ぅ……試されてる気がする……じゃ、じゃあ……」
「ほら、思いっきり」
「こ、この、ブス!!!」
なんとかその言葉を放った殿下を、ぎりっと睨みつける。殿下は一旦たじろいだが、じっと私の様子を伺っているのがわかった。私はその姿勢のまま、心の中で絶望を練り上げる。
……『ブス』と言われて、悲しい。
……私はブスじゃない。
……なんでそんな罵倒されなきゃいけないの。
……この人は何で私を攻撃してくるの。
……私が嫌いなの?
……私は嫌われたくないのに。
……これから私、どうしたらいいの。
……もう終わりだ。何もかも。
だんだんと胸が詰まるのを感じていると、視界がぼやけてくる。ぎゅっと目をつぶると、両方の目から涙が頬を伝っていくのを感じた。
「ぁ、はわわわわ……ごめん、ごめんって!」
嘘とわかっているはずなのに、実物の涙を目の当たりにした殿下は、あからさまに狼狽えてみせた。
私は殿下の手を両手で握り、更に距離を詰めた。
「殿下、私、私は、貴方に嫌われてしまったら、もう生きていけません……」
「ぁ、あの、あのその……思ってないから! 本気じゃない、から、もぅ泣かないで……ぁゎゎ」
男が女の涙に弱いのは、何か本能的なものなのだろうか。女である私は由貴妃の涙なんか見ても微塵も心は動かされないが、性別というか、関係性というか、それによって諸々の効果があることは、数多の人間達が実証済みだ。
「はい、こんな感じ! どう、できそう?」
さっと私が切り替えると、殿下は深く息を吐いて、その身体はへろへろと力が抜けていった。
「……はぁー疲れた……。何これ、皆こんなことできんの?」
「さぁ。でも、貴方は涙に惑わされないようにする訓練も必要だわ。嘘泣きとわかっていてもこんなんじゃ、いつか罠に引っかかるわよ」
「嘘泣きの訓練と、涙に騙されない訓練か……ぅぇ」
「そもそも何で嘘泣きしたいのよ?」
「そ、それは……別に。ただそんな簡単にできるのかなって思っただけで」
「あっそ。黎、嘘泣きはともかく、後者は彼を鍛えておいてちょうだい」
「かしこまりました」
また新たな課題が見つかってしまった。
人間関係を築いてこなかった王太子殿下にとって、吐き出された言葉以外のものを読み取ることは難しいかもしれない。だが、これから先、彼に対しても誰かが何かを仕掛けてこないとも限らない。ここで生き抜くためには、用心してしすぎることはないと、今日の会議で直に感じていた。
「ハイその通りです、王太子妃!」
私と黎は目を合わせ小さく笑った。
甚だ笑いごとではないのだけれど。
先程から下を向いたままの晃瑛殿下に目を向ける。
彼にとっては、あの国王は実の父親だ。色々と思う事も尽きないだろう。母親とは別の女に手玉に取られている父を見るのは、さすがに気持ちの悪いものではないだろうか。そしてこの王政の中、いずれ国王の座を継ぐときがくる。その時には一体どうなってしまっているのか。いや、その時まで、この国があるかどうか、という想像さえ非現実的なものとも言い切れない。
私が彼をじっと見つめていると、俯いていた殿下がようやく顔を上げた。
「……なぁ、嘘泣きって、どうやるんだ?」
「は?」
「いや、さっきから試してみてたんだけど、全然涙出なくて。悲しいこと思い出したりしても、うんともすんともさぁ。香香、お前はできるのか?」
なんで今そんな話を。私たちの話聞いてたか?
「まぁ……できるけど」
「うっそ、どうやって? お、教えてよ」
アホ国王に、アホ王太子でしょうか。頭が痛い。
「私の場合は、"本当に悲しい"と思うようにしてる。例えば何か悪口を言われて、"涙が出るほど傷つく"人格になりきるというか」
「???」
「そうね……殿下、試しに私に『ブス』って言ってみて」
私がそう言うと、殿下は思いっきり引き攣った顔をした。
「ゃ、ぁ、あの……悪かったって。……まだ根に持ってんのかよぉ」
「そうじゃなくて。大丈夫、私は今それを言われても傷ついたりしないから」
「ぅ……試されてる気がする……じゃ、じゃあ……」
「ほら、思いっきり」
「こ、この、ブス!!!」
なんとかその言葉を放った殿下を、ぎりっと睨みつける。殿下は一旦たじろいだが、じっと私の様子を伺っているのがわかった。私はその姿勢のまま、心の中で絶望を練り上げる。
……『ブス』と言われて、悲しい。
……私はブスじゃない。
……なんでそんな罵倒されなきゃいけないの。
……この人は何で私を攻撃してくるの。
……私が嫌いなの?
……私は嫌われたくないのに。
……これから私、どうしたらいいの。
……もう終わりだ。何もかも。
だんだんと胸が詰まるのを感じていると、視界がぼやけてくる。ぎゅっと目をつぶると、両方の目から涙が頬を伝っていくのを感じた。
「ぁ、はわわわわ……ごめん、ごめんって!」
嘘とわかっているはずなのに、実物の涙を目の当たりにした殿下は、あからさまに狼狽えてみせた。
私は殿下の手を両手で握り、更に距離を詰めた。
「殿下、私、私は、貴方に嫌われてしまったら、もう生きていけません……」
「ぁ、あの、あのその……思ってないから! 本気じゃない、から、もぅ泣かないで……ぁゎゎ」
男が女の涙に弱いのは、何か本能的なものなのだろうか。女である私は由貴妃の涙なんか見ても微塵も心は動かされないが、性別というか、関係性というか、それによって諸々の効果があることは、数多の人間達が実証済みだ。
「はい、こんな感じ! どう、できそう?」
さっと私が切り替えると、殿下は深く息を吐いて、その身体はへろへろと力が抜けていった。
「……はぁー疲れた……。何これ、皆こんなことできんの?」
「さぁ。でも、貴方は涙に惑わされないようにする訓練も必要だわ。嘘泣きとわかっていてもこんなんじゃ、いつか罠に引っかかるわよ」
「嘘泣きの訓練と、涙に騙されない訓練か……ぅぇ」
「そもそも何で嘘泣きしたいのよ?」
「そ、それは……別に。ただそんな簡単にできるのかなって思っただけで」
「あっそ。黎、嘘泣きはともかく、後者は彼を鍛えておいてちょうだい」
「かしこまりました」
また新たな課題が見つかってしまった。
人間関係を築いてこなかった王太子殿下にとって、吐き出された言葉以外のものを読み取ることは難しいかもしれない。だが、これから先、彼に対しても誰かが何かを仕掛けてこないとも限らない。ここで生き抜くためには、用心してしすぎることはないと、今日の会議で直に感じていた。
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