23 / 57
23 御前会議
しおりを挟む
「御前会議?」
「国王の下、月一回行われる要職の定例会議です。殿下も十五になってから勉強のために毎回その場には参加しています。青妃も王太子妃として、是非ご一緒に」
ただそう言われるがまま、晃瑛殿下と共にこの城最大の広間に席を貰っていた。そうは言っても、あくまで殿下の後学のために今は"参加させていただいている"体であり、発言権があるわけではなかった。あったところで、自分の立場から言えるほどの何かを持ち合わせているわけではないけれど。
所在なさを感じながら、隣の殿下に目を向けるとーー……こっくりこっくりと船を漕いでいる。
「……ちょっと、起きなさいよ!こらっ」
小声で叱りながら、彼の太ももをつねりあげる。結構力を入れているのだが、それでも状況は変わらなかった。こないだといい、やたらと眠りが深いのかなんなのか。
私が殿下の対処に悪戦苦闘していると、急に広間がざわつき始めた。
「……なんだポォン。菖将軍、もう一度言ってみろポォン」
国王からそう言われた軍部の偉い人は、王に凄まれても怯まず真っ直ぐ王座を見据えて言った。
「は。何度でも申し上げます、陛下。目下、我が軍の兵の流出が続いております。その背景には若者を中心に拡がりを見せる阿銅羅教が関わっており、兵士たちは隣国の東龍国へ流れているとの噂もあります。この状況を見過ごすことはできません。ただちに阿銅羅教を規制し、流出を止めないと近いうちに大変なことが起きます」
「……兵士の離反が相次ぐのは、将軍の能力不足ではないのかポォン。自分の無能を棚に上げて阿銅羅教のせいにするとは、将軍とは名ばかりの小物だポォン」
「兵を繋ぎ止められなかったことは、私の不徳といたすところであると重々承知しております。しかし、軍は全体主義。個人主義を推進する阿銅羅教を無闇に拡げることが、どうして国の利益となり得ましょうか」
阿銅羅教。あの、誕生日会でいきなり演説みたいなのを始めた宗教だ。その時は、ちょっと不気味だと思った。その後、お悩み相談に乗ってもらった時は、むしろ自分個人としてはすっきりして感謝すらした。あの宗教が、国家を脅かしていると、目の前の将軍は訴えていた。
しかし……東龍国? そんな話は、自分は聞いたことはなかったが。
「軍だけでなく、一般市民にも阿銅羅教の影響は及んでいると聞きます。このままでは我が国の国力は著しく衰退し、他国に潰されてしまうでしょう。御父上である前国王が築き上げた豊かなこの国を、どうか取り戻していただきたい」
"あの教えを皆に広めたら統制が取れなくなるのではないか"
それは、私も同じように考えていた。後宮内でこそ大した影響は感じられなかったが、まさに自分が危惧していたことが、既に他の場所で起こってしまっていたのだ。
「朋が、父よりも劣っているというのかポォン」
「そうは申しておりません。ですが、陛下の御父上も御母上も、大変ご立派な方であられました。陛下もそれを継いでくださるものと信じてお仕えして参りましたが……その女が来てからというもの、国がだんだんおかしな方向へ進んでいると感じております」
将軍は、国王の隣に座る女を指さした。国王の隣ーー本来であれば王后が座るその玉座に、さも当然であるかというように由貴妃が座っていた。
広間は鎮まりかえり、彼らの応酬を固唾を呑んで見守っていた。先程までうつらうつらしていた殿下も、いつのまにか目を開いてその状況を見つめていた。
「わ、私でございますか……」
由貴妃はかすかに震え、今にも消え入りそうな声で答えた。
「由貴妃、阿銅羅教をこの国へ持ち込んだのは、貴様であるな。我が国王を誑かし、何を企んでおる。阿銅羅教に限らず国政の私物化、専横。貴様は我が国を滅ぼそうとしているのではないか」
広間の面々から、ぽつぽつとざわめきが広まり始める。
「そ、そうだそうだ! お前はこの国に災いをもたらした」
「この厄病神が」
「王后陛下の席に堂々と座る薄汚い売女め!」
由貴妃に対する罵倒は次第に大きくなり、怒号のようにこの場を埋めつくした。
「ひ、酷い……私は、そんな……」
よよ、と由貴妃は身体をふらつかせ、国王にもたれかかった。そんな彼女を支えた国王は顔をみるみる紅潮させて、身体にぐっと力を入れたのがわかった。
「黙れポォン!!!!!!!」
国王が誰よりも大きく叫び、その席を立ち上がった。その振動は凄まじく、声が止んだあともビリビリと鼓膜が震えているように感じる程だった。
ざわめいていた空間が、水を打ったように静まり返る。
「ゆ、由貴妃は……朋のために、阿銅羅教を紹介してくれたんだポォン。国王を継いだけど上手くいかなくて自信を失っていた朋を励まし、立ち直らせてくれたのは由貴妃と阿銅羅教だポォン。彼らがいなければ、もっととっくに朋は潰れ、この国も潰れていた。彼女には感謝こそすれ、罵倒するなんて言語道断だポォン! ポォンポォン!」
真っ赤な顔をして唾を飛ばしながら叫ぶ国王は、まるで頭から蒸気がシュッシュと吹き出ているようだった。
台詞だけ聞けば、まるで物語の主人公のようだ。気弱そうで儚げな由貴妃は、口元を袖口で覆い、うるうるとした瞳で国王を見つめていた。
「国王の下、月一回行われる要職の定例会議です。殿下も十五になってから勉強のために毎回その場には参加しています。青妃も王太子妃として、是非ご一緒に」
ただそう言われるがまま、晃瑛殿下と共にこの城最大の広間に席を貰っていた。そうは言っても、あくまで殿下の後学のために今は"参加させていただいている"体であり、発言権があるわけではなかった。あったところで、自分の立場から言えるほどの何かを持ち合わせているわけではないけれど。
所在なさを感じながら、隣の殿下に目を向けるとーー……こっくりこっくりと船を漕いでいる。
「……ちょっと、起きなさいよ!こらっ」
小声で叱りながら、彼の太ももをつねりあげる。結構力を入れているのだが、それでも状況は変わらなかった。こないだといい、やたらと眠りが深いのかなんなのか。
私が殿下の対処に悪戦苦闘していると、急に広間がざわつき始めた。
「……なんだポォン。菖将軍、もう一度言ってみろポォン」
国王からそう言われた軍部の偉い人は、王に凄まれても怯まず真っ直ぐ王座を見据えて言った。
「は。何度でも申し上げます、陛下。目下、我が軍の兵の流出が続いております。その背景には若者を中心に拡がりを見せる阿銅羅教が関わっており、兵士たちは隣国の東龍国へ流れているとの噂もあります。この状況を見過ごすことはできません。ただちに阿銅羅教を規制し、流出を止めないと近いうちに大変なことが起きます」
「……兵士の離反が相次ぐのは、将軍の能力不足ではないのかポォン。自分の無能を棚に上げて阿銅羅教のせいにするとは、将軍とは名ばかりの小物だポォン」
「兵を繋ぎ止められなかったことは、私の不徳といたすところであると重々承知しております。しかし、軍は全体主義。個人主義を推進する阿銅羅教を無闇に拡げることが、どうして国の利益となり得ましょうか」
阿銅羅教。あの、誕生日会でいきなり演説みたいなのを始めた宗教だ。その時は、ちょっと不気味だと思った。その後、お悩み相談に乗ってもらった時は、むしろ自分個人としてはすっきりして感謝すらした。あの宗教が、国家を脅かしていると、目の前の将軍は訴えていた。
しかし……東龍国? そんな話は、自分は聞いたことはなかったが。
「軍だけでなく、一般市民にも阿銅羅教の影響は及んでいると聞きます。このままでは我が国の国力は著しく衰退し、他国に潰されてしまうでしょう。御父上である前国王が築き上げた豊かなこの国を、どうか取り戻していただきたい」
"あの教えを皆に広めたら統制が取れなくなるのではないか"
それは、私も同じように考えていた。後宮内でこそ大した影響は感じられなかったが、まさに自分が危惧していたことが、既に他の場所で起こってしまっていたのだ。
「朋が、父よりも劣っているというのかポォン」
「そうは申しておりません。ですが、陛下の御父上も御母上も、大変ご立派な方であられました。陛下もそれを継いでくださるものと信じてお仕えして参りましたが……その女が来てからというもの、国がだんだんおかしな方向へ進んでいると感じております」
将軍は、国王の隣に座る女を指さした。国王の隣ーー本来であれば王后が座るその玉座に、さも当然であるかというように由貴妃が座っていた。
広間は鎮まりかえり、彼らの応酬を固唾を呑んで見守っていた。先程までうつらうつらしていた殿下も、いつのまにか目を開いてその状況を見つめていた。
「わ、私でございますか……」
由貴妃はかすかに震え、今にも消え入りそうな声で答えた。
「由貴妃、阿銅羅教をこの国へ持ち込んだのは、貴様であるな。我が国王を誑かし、何を企んでおる。阿銅羅教に限らず国政の私物化、専横。貴様は我が国を滅ぼそうとしているのではないか」
広間の面々から、ぽつぽつとざわめきが広まり始める。
「そ、そうだそうだ! お前はこの国に災いをもたらした」
「この厄病神が」
「王后陛下の席に堂々と座る薄汚い売女め!」
由貴妃に対する罵倒は次第に大きくなり、怒号のようにこの場を埋めつくした。
「ひ、酷い……私は、そんな……」
よよ、と由貴妃は身体をふらつかせ、国王にもたれかかった。そんな彼女を支えた国王は顔をみるみる紅潮させて、身体にぐっと力を入れたのがわかった。
「黙れポォン!!!!!!!」
国王が誰よりも大きく叫び、その席を立ち上がった。その振動は凄まじく、声が止んだあともビリビリと鼓膜が震えているように感じる程だった。
ざわめいていた空間が、水を打ったように静まり返る。
「ゆ、由貴妃は……朋のために、阿銅羅教を紹介してくれたんだポォン。国王を継いだけど上手くいかなくて自信を失っていた朋を励まし、立ち直らせてくれたのは由貴妃と阿銅羅教だポォン。彼らがいなければ、もっととっくに朋は潰れ、この国も潰れていた。彼女には感謝こそすれ、罵倒するなんて言語道断だポォン! ポォンポォン!」
真っ赤な顔をして唾を飛ばしながら叫ぶ国王は、まるで頭から蒸気がシュッシュと吹き出ているようだった。
台詞だけ聞けば、まるで物語の主人公のようだ。気弱そうで儚げな由貴妃は、口元を袖口で覆い、うるうるとした瞳で国王を見つめていた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
紀尾井坂ノスタルジック
涼寺みすゞ
恋愛
士農工商の身分制度は、御一新により変化した。
元公家出身の堂上華族、大名家の大名華族、勲功から身分を得た新華族。
明治25年4月、英国視察を終えた官の一行が帰国した。その中には1年前、初恋を成就させる為に宮家との縁談を断った子爵家の従五位、田中光留がいた。
日本に帰ったら1番に、あの方に逢いに行くと断言していた光留の耳に入ってきた噂は、恋い焦がれた尾井坂男爵家の晃子の婚約が整ったというものだった。

お見合いに代理出席したら花嫁になっちゃいました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
綾美は平日派遣の事務仕事をしているが、暇な土日に便利屋のバイトをしている。ある日、お見合いの代理出席をする為にホテルへ向かったのだが、そこにいたのは!?
後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜
あきゅう
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】
姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。
だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。
夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜
菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。
私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ)
白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。
妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。
利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。
雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。
誰もがその聖女はニセモノだと気づいたが、これでも本人はうまく騙せているつもり。
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・クズ聖女・ざまぁ系・溺愛系・ハピエン】
グルーバー公爵家のリーアンナは王太子の元婚約者。
「元」というのは、いきなり「聖女」が現れて王太子の婚約者が変更になったからだ。
リーアンナは絶望したけれど、しかしすぐに受け入れた。
気になる男性が現れたので。
そんなリーアンナが慎ましやかな日々を送っていたある日、リーアンナの気になる男性が王宮で刺されてしまう。
命は取り留めたものの、どうやらこの傷害事件には「聖女」が関わっているもよう。
できるだけ「聖女」とは関わりたくなかったリーアンナだったが、刺された彼が心配で居ても立っても居られない。
リーアンナは、これまで隠していた能力を使って事件を明らかにしていく。
しかし、事件に首を突っ込んだリーアンナは、事件解決のために幼馴染の公爵令息にむりやり婚約を結ばされてしまい――?
クズ聖女を書きたくて、こんな話になりました(笑)
いろいろゆるゆるかとは思いますが、よろしくお願いいたします!
他サイト様にも投稿しています。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる